4月23日 その⑯
智恵が、稜のところに行って作戦を伝える。無数のナイフに刺されている梨央を逃がすには、廣井大和を倒さなければならない。
梨央の看病───と言うより、梨央が死なないようにする応急処置と言えばいいだろうか。その処置は、美緒がやってくれる。
行動できるのは稜と、美玲・そして智恵だけだろう。俺は、腹を怪我しているので不覚ながらも攻撃できない。
智恵が、稜や美玲に作戦を伝えてくれる。作戦通りに事が運べば、数瞬のすきができる。
そこに攻撃する。殺す───とまでは、いかないが失神させるところまでは行く。
そう。目には目を歯には歯を。刺されたなら刺せ。
稜が、ナイフを持っている。それを使って、廣井大和の隙を突いて攻撃する。
打撃と、刃物では攻撃の威力が違う。だから、俺も仕方なく刃物を使用することを決定した。
作戦を聞いたであろう、稜と美玲が行動に移す。この作戦は、できる限り人数を減らしたかったので実行は2人にしてもらっている。智恵は、トタトタと俺の方に走ってくる。
「栄、作戦を伝えてきたよ」
「ありがとな...」
俺は、できるだけ傷が痛まないようにしつつ智恵に感謝の言葉を伝える。
───後は、俺達は稜の動きを見るだけだ。
「よくも、梨央に攻撃してくれたな!」
「そうよ!ワタシ達が許さないんだから!」
「作戦会議は終わったか。ナイフは...ッチ、用意していたのは全部投げちまった。しかも、一気に大量に投げたから致死まで追い込めなかったしよ...あーあ、手を使って人を殺すのは嫌いなんだよな」
「それは、感触が残るかるからか?それとも、その手でお前が殺されたからか?」
稜が煽るように、廣井大和に問う。だが、廣井大和は返事をしなかった。
「行くわよ、稜!」
「あぁ!」
稜と美玲が、一斉に動き出す。稜は、廣井大和の正面目掛けて。美玲は、廣井大和の後ろを狙うようにして。
「くらえや!」
稜が拳を振るうと同時に、それを止めるようにして廣井大和も拳を振るう。
”ガンッ”
鈍い音がする。実に鈍い音だ。
「───ッ!」
刃物は、稜の制服のベルトを通す穴に上手く引っ掛けている。故に、拳をぶつけたところで刃物を落とすようなことはない。
「お前の拳は砕け散った!まずは、お前からだ!」
稜の、脳天に廣井大和の拳がぶつかりそうになったその刹那。
美玲が、廣井大和の目の前に現れて両手でその目を覆う。
「───ッ!」
廣井大和は、稜を殴ろうとしていた手を驚くべきスピードで引っ込め、美玲をどけようとする。
───どうやら、俺の予測は正解であった。
廣井大和は、首を絞められて死んで、その後GMによって復活させてもらったらしい。
もっとも、復活なんてものは期待できるようなものではなかったし、本当に偶然であるだろう。
───今回大切なのは、廣井大和が首を絞められて死んだことだ。
臨時教師が首を絞められて死んだのなら、臨時教師は自分を殺したその手に恐怖感を抱いているはずであった。
実際、その恐怖感を「憎しみ」というものに変えて体中に腕を付けている。
───なら、その「腕の恐怖」は抜けきっていないのだ。
いや、抜けきるわけがないだろう。自分を殺したものが怖くないわけがない。体が、恐怖感を覚えないわけがない。
デスゲームで人が死ぬことは、日常茶飯事かもしれない。だが、デスゲームで自分が死ぬのは異例の事態だ。
死ぬのはいつも他人ばかり。自分が死ぬのは一度だけなのだ。
死ぬどころか、死にかける───海で溺れて死にかけた人が、海が怖くなるのと同じ。否、それ以上とも言える恐怖感が体には染み付いているのだ。
「やっぱりね!」
廣井大和の視界を覆うようにして美玲は手を伸ばす。廣井大和は、美玲のことを掴むも、恐怖感で体がうまく動かないのか振りほどけていない。
「稜!」
「わかってる!」
”ブスッ”
稜が、廣井大和の脇腹にナイフを刺す。臨時教師の皮膚を裂き、肉を分かつナイフ。
「人に刺してばっかりいたお前は、自分が刺されるのは初めてかい?」
「───う...ぐっ!」
一度、死んだ廣井大和だからって、死に恐怖が無いわけではない。
それどころか、死への恐怖心はより一層高まっていることだろう。
───そこを狙って、廣井大和の脇腹にナイフを刺したのだ。
「───あが...」
”バタッ”
被り物の中から漏れ出るほどの、大量の泡を吐いて失神していった廣井大和。
───彼も、所詮は人間なのだ。
「こんなのでぶっ倒れんのか!なら、栄や梨央の方が強いな!」
そう言うと、稜は廣井大和の被り物を取る。
「───ッ!」
”ガシッ”
迂闊。迂闊であった。
まだ、廣井大和は失神していなかった。口から泡を吐いた今でも、まだ意識を残していた。被り物を取るときを待っていたのだ。
「お前だけは、殺してやるよ!道連れだ!」
「まず───」
稜の足の骨が折られようとしている。それだけは、駄目だ。それだけは、避けなければ。
───そう考えると、俺の体は不思議と動き始めていた。
そして、俺の腹を刺したナイフを、廣井大和に投げる。それは、見事に廣井大和の腹に刺さった。
「───ッ!」
廣井大和の顔が一瞬、強ばる。そして、目を閉じた。
「───勝った...やっと...」
”ドサッ”
俺は、その場に倒れる。もう、意識を保つのも精一杯だ。
「栄!栄!栄!」
智恵の俺を呼ぶ声を尻目に、俺は意識を闇の中に落としていった。
決着