4月23日 その⑮
「───う...ぁぅ...」
梨央が、口をパクパクとさせながら、悲鳴にもならない悲鳴をあげる。
「栄、そのお腹大丈───梨央まで!どうして、どうして!」
取り乱すのは、俺のところにやってきた智恵であった。俺の心配をして、駆け寄ってくれたのだが梨央の方が大量に───本当に、無数のナイフが刺さっている。
一体、それほどまでのナイフをどこに保持していたのだろうか。少し疑問に思ってしまう。
これほどまでに、ナイフを持っていると動く度に「カチャカチャ」と音がなるのではないだろうか。
そんなことを疑問に思いつつ、俺は自分の腹の痛みを耐え続ける。智恵は、梨央の方を心配そうに見ているが、俺の左手を握ったまま動くことはない。
「そんな...梨央!梨央!梨央!」
稜のとった、梨央の腕を人質にとる───という作戦は、失敗に終わった。
人質にすらならなかったのだ。廣井大和の2人は、「腕が好き」なのではなく「腕を憎んでいた」からこそ体中に付けていたのだ。
まさに臥薪嘗胆の思いで、辛酸を舐めてここまでやってきたとしか思えなかった。
「お前...死んだってどういう意味だよ?」
俺は、廣井大和に言葉の真意を問う。
「そのまんまだ。俺は、一度死んだんだよ。だが、マスコット先生───いや、GMか?まぁ、どっちでもいい。GMの能力で俺は蘇ったんだ」
「蘇ったって...死者蘇生ってことか?」
「あぁ?そうに決まってんだろ?頭悪いのか、お前」
「でも...」
「でも、なんだ?問題あんのか?」
あるのは、問題ではない。希望だ。
───もしかして、デスゲーム運営がデスゲームを行える所以は、死者蘇生ができるところにあるのではないか。
俺は、そう考えた。
本当に死ぬのなら、デスゲームは不可能だ。だが、死者の蘇生が可能となるのならデスゲームだって可能だ。
失敗したって、復活できるのだから。
いわば、マリオのような要領だ。何度復活できるかわからないが、穴に落ちたり敵に当たったりしても何度でもやり直すことができる。復活することができる。
───そう、思考を逡巡させた。だが、すぐに廣井大和は俺にこう述べる。
「だが、俺が蘇生されたのもつい最近だ。それこそ、この第3ゲーム『パートナーガター』をするために蘇ったようなもの。だけどな、こう約束したんだ。このゲームを生き延びたらお前らは普通の生活に戻してやる───ってな」
廣井大和は、そう自慢気に話す。
「畢竟、俺が復活できたのは俺が特別であったからだ。兄貴が、生徒会に属していたから───っていう要因がデケェかもな」
「お前は...生徒会に入ってなかったのか?」
「あぁ、俺はな。だが、兄貴は入った」
「兄貴が生徒会に入ってて...何も思わなかったのか?」
「もちろんだ。俺がいれさせたんだからよ」
「───ッ!」
きっと、この話を聞いているのは俺と智恵だけだろう。稜も美緒も美玲も、刺された梨央のことを診ている。
智恵は、俺に声をかけてこない。きっと、智恵は「栄と廣井大和の会話を邪魔してはいけない」とでも思っているのだろう。
「まぁ、生徒会を上手く利用しようって思ったのさ。生徒会が誰かさえ分かっていれば、殺すのは容易だ。兄貴も最後に殺せば、俺は誰かに嫌われることもなく卒業できる───って、算段だったんだけどよぉ...俺が兄貴を裏切ろうとしたように、兄貴だって俺を裏切るつもりだったんだ。それで、兄貴のほうが早く行動して、俺を殺させたって訳だ」
「───じゃあ...」
「あぁ、俺が生き返ったのは兄貴のお陰であるところが大きいだろう。だが、俺は兄貴が大嫌いだ。そして、俺の首を絞めた手もな」
「じゃあ、その腕は...お前を殺した腕がどこかに...」
「いや、それは断られた。彼女も───九条撫子もデスゲームを生徒会として生き延びて、今は俺の兄貴のようにGMの下に付いているんだ。だから、腕を斬り落とすことは許されなかった」
「そりゃ、まぁ...当然のことだろうよ...」
───だが、どうしてこのように身の上話をしているのだろうか。
話を聞いたところで、俺の「梨央を助けよう」という気持ちは変わらないし、それどころか腹を刺された痛みから廣井大和への恨みはドンドン大きくなっていくというのに。
まるで、時間を稼いでいるかのような───
「───ッ!」
”ゴポッ”
俺の腹から、血が漏れ出る。先程までは、あまり流れなかったのに、どうして急にこんなに───
「タイムオーバーだよ、栄。お前はここで死ぬのがお似合いだ!」
「栄!栄!」
俺は、智恵によりかかるようにしながら、地面に足をつける。腹から血と共に体温が抜けていくような感覚に陥る。実際、体が冷えているのだろう。
「───マズい...死ぬ...」
{そのまま、安静にしとけば死なねぇよ。だが、動くと内臓が傷付くかもな。それと、ナイフを抜くことはオススメしないぜ?血が大量に抜けて失血死をしちまう}
しっかり、廣井大和は忠告していた。それを無視して、俺はナイフを抜いていたのだ。
脳に掠るのは死の文字。
───死。
───死。
───死。
───指。
「───ッ!」
俺は閃いた。勝利の方程式を。
───だが、この状況では動けない。
「智恵、耳を貸して...くれっ」
「栄!話さないほうが...」
俺は、智恵に作戦を伝える。
「───これで...勝てるの?」
「絶対...じゃ、ないっ。でも、俺が───俺らが生き残るためには...最善の選択だ」
段々、呼吸をするのも辛くなってくる。そして、体が寒くなってくる。
「栄、大丈夫?栄!」
「いい...からっ。行けっ」
「う、うん!死なないでね、栄!」
「もちろんだ」
俺は、そのまま地面に横になる。腹からはまだ血が流れ続けている。意識が朦朧としてきた。
───だが、ここで意識を堕とす訳にはいかない。俺達は、勝たねばならぬ。