4月23日 その⑭
「美玲は右側を!稜は左側を!」
「えぇ!」
「おう!」
俺が廣井大和の真正面を担当する。コイツを倒すための作戦はなかったが、壊滅しないための作戦は思いついていた。
それは、まるで脳筋の発想なのだが「攻撃を絶やさない」というものであった。
誰かが狙われようと、どこが狙われようと攻撃を続ける。殴り殴り殴り続ける。
いくら、1発が微粒子レベルに小さいダメージでも何十何百何千と積み上げていけば、いつかは相手を倒すためのダメージになる。
攻撃が、ゼロ出ない限りは倒すことができるのだ。
「行くぞ!」
”ダッ”
俺と稜・美玲3人が、廣井大和に迫る。
「活きが良いじゃねぇか!雑魚のくせによぉ!」
「───ッ!」
放たれるのは、普通の一発。狙われるのは、真正面にいる俺であった。
”ドォォン”
「───避けッ!」
俺は、避けることに成功した。先程の、戦いで少し目が冴えていた。故に、廣井大和のパンチを見切ることができたのだ。
幸い、直線的なパンチであったために避けることができた。これが、変則的な動きをするパンチであったら普通に失敗していただろう。
「まずは一発!」
俺のパンチが、廣井大和の腹に入る。もちろん、真胡のように強力なパンチは放てない。
だけど、これは確かに相手に当てたパンチであった。3人は、そのまま臨時教師を殴り続ける。
ただのパンチ。強いわけでもないし、メリケンサックがついているわけでもない。本当にただのパンチなのだ。
「うぜぇ!」
「───っかは」
俺の鳩尾にぶち当たる、廣井大和の膝。俺は、後ろに吹き飛ばされてしまう。
「本当に、ウザいんだよッ!」
「うがっ!」
「きゃあ!」
そう言うと、稜と美玲も吹き飛ばされてしまう。
「稜!美玲!」
「大丈夫?!」
そう言って、後方から声を上げるのは戦闘に出てはいけない美緒と梨央であった。
梨央は臨時教師に腕を狙われており、美緒を捕らえられてしまうと梨央を逃がすことができなくなってしまう。
故に、2人は戦闘に参加できないのだ。
「これ以上、俺の周りに纏わりつくなら容赦はしねぇ。 首を斬らせて貰うぜ?」
「───お前の心は、傷つかねぇのか?」
「当たり前だ。兄貴がこんなんにされて、容赦はしねぇ」
「そっちがその気なら、こっちも───ッ!」
俺の腹に刺さっていたのは、1本のナイフ。どこから取り出したのか、1本のナイフが刺さっていた。
「───え、───は」
理解ができない。ジワリと、制服の上から血が滲む。
「栄!」
「おっと、動くな。栄にもう1本刺さるぞ?」
廣井大和は俺以外の4人にそう言い放つ。俺を助けるために動き、俺にもう1本ナイフが刺さるようじゃ、笑い話にすらならない。故に、俺のところに駆け付ける人はいなかった。
このナイフ1本では、死ぬ程度の怪我ではない。そして、失神するほどの怪我でもない。
───ただ、痛みがズキズキと主張してくるだけなのだ。
「────────ッッッッッッッッッ!」
俺の表情が歪む。痛い。痛い痛い。痛い。
まるで、腹に熱々の鉄板をつきつけられているかのようなそんな感覚。この「熱さ」がジリジリと痛みに変わってくる。
「───ぁ」
口から、悲鳴にもならないような空気が漏れ出てしまう。
「そのまま、安静にしとけば死なねぇよ。だが、動くと内臓が傷付くかもな。それと、ナイフを抜くことはオススメしないぜ?血が大量に抜けて失血死をしちまう」
「うる...せぇ!」
俺は、自分の腹からナイフを引き抜く。できるだけ、傷口を開けないようにゆっくりと。
”ゴフッ”
”ゴポゴポ”
そんな音を鳴らして、傷口からは更に血が流れる。制服の上のシミはどんどん大きくなっている。
「おいおい、俺の忠告を抜いて聞くとは。そんで、戻ってきたか、女子一人...」
廣井大和の声で、誰かがこちらに戻ってきていることを知る。その女子とは、言わずもがな───
「栄?そのお腹...」
智恵であった。
俺が戻ってくるよう指示したのだ。俺の恋人である智恵に。それに従い、智恵は戻ってきた。
───そこで見たのが、腹から大量の血を流して栄であったのだ。
常人の精神じゃ耐え難いだろう。
「そこの嬢ちゃんも近付いたら、もう一本栄に刺すからな」
そんな声を無視して───否、そんな声は智恵の耳に届くことすらしなかった。
智恵は、俺のもとに走ってくる。
「俺は言ったからな?」
もう1本、ナイフが俺に向かって飛んでくる。その、ナイフは俺に刺さり───
───はしなかった。
「───ッ!ってぇ...まだ折れた指が痛むぜ...」
ナイフをキャッチしたのは、稜であった。智恵が、俺の元に走ってきている今、他の2人が動いたところでもう何も問題はないのだ。
「俺」という存在を人質に、動きを止めていた廣井大和の作戦が、智恵の行動で破綻した。
「クソッ!お前ら!」
廣井大和が、動かれたことに怒りを見せて無数のナイフを投げようとしてくる。
だが───
「おいおい、ナイフを投げるのはやめておいた方がいい。お前らの大切な梨央の腕が傷付くのは困るだろう?」
そう言うと、稜は自らが見事にキャッチしたナイフを使って、梨央の腕に当てた。
これで、臨時教師の望む梨央の腕を人質に取り、優位に立つことができた───
───と、思っていると。
”ピッ”
「───え」
梨央の体に、何本ものナイフが刺さる。もちろん、ナイフは臨時教師が欲しがっていた腕にも刺さっていた。
「残念だな。俺は腕が好きで体中にぶら下げてんじゃねぇ。俺は、俺を殺した腕が憎くて、その恨みを晴らす為に色んな奴らから腕をもぎり取って体に付けてんだよ」
臨時教師が腕を付けていたのが、偏愛なのではなく報復のためであることを知る。
───今気付けば、臨時教師は一言だって「腕が好き」だとは言っていなかった。
廣井大和兄弟の過去回想を挟もうとは思っていますが、いつにしましょう。
決着が付いてからにするか、それとも次話で早速入ってしまおうか。