4月23日 その⑬
「臨時教師が...2人?」
目の前の状況を整理するために、俺は言葉にして呟く。
倒して、今現在に縄に縛られて身動きの取れる状況ではない臨時教師───廣井大和には双子の弟がいた。
その名は、廣井大和。そして、彼も鬼として現れていたのだ。
奏汰の立てた作戦では、相手にする臨時教師は一人だという想定だった。
誰も2人いる場合なんか考えなかったのだ。
それもそのはず、体中に人の腕をぶら下げている人なんか、2人いると思わない。
背丈格好をほとんど同じであり被り物をしている2人は俺には全く同じに見えた。
それに、小さな体格の差など、人の腕をぶら下げているインパクトが強すぎて気付くことができない。
どちらか一方は左腕だけ、どちらか一方は右腕だけ───などなら、見分けは付いただろうがどちらも両腕入り混じり、どれも白い腕をぶら下げていた。
見分けがつけやすい、日焼けをした腕などはなかったのだ。
「───2人揃って、腕を手に入れるためにこれだけのことを...」
俺は、辺りを見渡す。先程、頭を蹴られた真胡は血を流して倒れていた。
「真胡!」
「アイツは猛者だったから、先に潰させてもらった。脳震盪を起こしているからもう戦闘不能だ。俺に殺されて死ぬ」
「───ッ!」
俺は、犬が牙を向くように歯茎を見せて怒りをあらわにする。先手必勝とは言うが、卑怯ではないか。
───否、真剣勝負に誠実も卑怯もない。
勝者こそが絶対となるのだ。
「俺達だけで勝てるのかよ...」
もう、既に俺たち「捕虜救出隊」はボロボロであった。
「捕虜救出隊」は安土鈴華・池本栄・奥田美緒・斉藤紬・杉田雷人・竹原美玲・東堂真胡・村田智恵・山田稜・結城奏汰の10人だが、鈴華は背骨を折られて雷人は高くに打ち上げられ地面に激突し、真胡は蹴られて脳震盪を起こしており、奏汰は体中ボコボコにされていた。
実質的に動ける者は俺と美緒・紬と美玲・智恵と稜になる。救出するべき3人───菊池梨央・成瀬蓮也・三橋明里も仲間にいれるなら、合計で9人が動くことが可能だ。
───だが、新たにやってきた臨時教師と戦うべく戦力は揃っていない。
「───一先ず、逃げないと!」
俺は、思考を逡巡させてどうすればいいか考える。今、目の前にいる臨時教師───廣井大和は動こうとはしていない。
まだ、殴りかかってはこないのだ。俺たちのことを「雑魚同然」と思っているのだろう。
「智恵!紬!三橋さん!蓮也!怪我をしていて動けない4人を運んでくれ!」
「わかった!」
「了解よ!」
「う、うん!」
「逃げる時は、相手を逃がすを選んで、相手に触れるんだ!そうすれば、自分も相手も逃げることができる!鬼に捕まえる意思が無くても捕まる判定になるのなら、逃げが助ける意思が無くても逃げる判定になるはずだ!そこのところ、マスコット先生は『平等』だから大丈夫だ!」
俺は、何度目かのゲーム運営の性格の正確さを利用する。
何かとおかしい言動も見られるが、そこの筋だけはしっかり通すのがマスコット先生達ゲーム運営だ。
───その筋だけはしっかり通すところに俺は共感できたし、自分を重ねていたところがあった。
だが、そんなところはどうでもいい。今は唯、逃げなければ。
恥ずかしいことだが、敗走だ。まさに「鬼ごっこ」だ。
「───ここじゃ、勝てない!」
最悪、怪我人だけでも逃がせば後はどうとでもなる。怪我人という足枷さえ取ってしまえば後はなんとかなった。
───梨央以外の2人を一先ず逃がす。そして、怪我人を前線から離して再度戦闘だ。
だが、戦力が明らかに足りていない。だから、諦め───
「何いってんだ、栄!ここだから、勝てるんだろ!」
そう、声をあげるのはおれのパートナーである稜であった。稜はファイティングポーズを取る。
「稜!でも、指が!」
「背骨が砕けてる奴もいるんだぜ?それなのに、小指一本怪我しているだけの俺は傍観者か?男が廃るぜ!」
「ワタシも、ここで敗走ってのはプライドが許さない感じ!」
そう言って、立ち上がるのは美玲であった。
「美玲....」
俺が間違っていた。ここで、逃げるのは間違っている。俺は、皆で最後に笑うためにここに立っているのだ。
「作戦変更、ここでもう1人も倒す」
「「そうこなくっちゃ!」」
「んじゃ、美緒と梨央も残っていてくれ。それと、智恵。運び終わったら戻ってきてくれ。いいか?」
「えぇ、もちろんよ」
「わかったわ」
そう言うと、智恵達4人は怪我人4人を背負ってどこかに走っていった。
こうして「牢屋」の中にいるのは、俺と稜・美玲に美緒と梨央の5人と、縄で縛られた臨時教師───廣井大和と、その弟であり、つい数分前に存在が明らかとなった廣井大和であった。
縄で縛られている方の臨時教師は、縄を解いても動けないはずだ。なら、敵は大和ただ一人。
5vs1だが、先程とは条件が違う。戦闘向きの人物が一人としていないのだ。それに、美緒と梨央は戦闘ではなく捕虜側に近いから実質3人。
───この3人で、どれだけ行けるのか。
「おっと、やっと戦う雰囲気か?」
そう言うと、大和は首を回す。骨がポキポキとなった。
「これから行われるのは喧嘩なんかではない。殺戮だ。恨むなよ?」
「もちろんだ。俺の服が返り血に染まったって文句はねぇ」
───こうして、2人目の臨時教師との戦いが始まった。