4月23日 その⑫
「オラァ!」
雷人の蹴りで動きが止まった臨時教師にすかさず鈴華が殴りを入れる。
「───くっ!」
ここまでボコボコにされてなお、逃げるという選択肢を取らない臨時教師。もしかしたら、殺そうとしていないことがわかっているのかもしれない。
「おらよ!」
”ドゴッ”
「───ッ!」
そのまま、連続で臨時教師のことを殴ろうとした鈴華の腹に、臨時教師の拳がのめり込む。
「うぐっ」
これで、何度目の腹への攻撃だろうか。鈴華の口からは、胃液が少し漏れ出る。それを、すぐに手で拭いもう一度臨時教師の方へ走って行くと───
「んな...」
”ドサッ”
鈴華は、目眩で転んでしまったかのようにその場に倒れてしまう。
「何が───」
「お前の平衡感覚を麻痺させた。正直、ウザったらしいからな」
「だが、残念だ。オレを崩しても真髄は崩れねぇ!ほら、今も後ろで構えてやがるぜ!」
「───ッ!」
再度、後ろからの不意打ち。そして、鈴華が伝えるというデジャブ。
───1度目は、鈴華が攻撃すると言うフェイクであった。
なら、今回も───
だが、違う。今回も後ろに雷人がいるが、今回は本当に蹴りを入れるようであった。実際、もう空中での回転は始まっており、今にも空中踵落としが臨時教師の頭に直撃しそうであった。
───が、臨時教師はやはり後ろを向く。
そう、臨時教師は俺が目を攻撃した為にまだしっかりと見えていないのだ。
先程よりも、フェイクか否か見極めることは難しくなる。
が───
”ドスッ”
そんな鈍い音がなる。
「───ッ!」
雷人の足が捕まれ、そのまま打ち上げられるように腹を殴られる。そして、そのまま上に打ち上げられる。
───鈴華の嘘かもしれないのに、後ろに現れた雷人を掴んで攻撃をしたのだ。
自分だって鈴華に攻撃されるかもしれないのに、雷人を攻撃することを選択した。
自分を傷付くことを全く厭わない。どこからやってくるのだ。その、決断力は。
これは、俺や稜が持つのとはまた別の自己犠牲。
この臨時教師は───否、廣井大和は知っている。
───何かを犠牲にしないと勝利は掴めないことを。
戦っている間に、梨央と美緒を逃がす作戦はもう失敗した。攻撃しながら逃げるのではない、攻撃しきってから逃げるしかないのだ。
倒してから、逃げなければならない。そうしないと、そちらに臨時教師はついていってしまって「牢屋」の外───要するに、戦場の範囲から逃げられてしまうのだ。
実に、面倒。面倒であった。
「───私も協力します!」
打ち上げられた雷人の方を、見えないながらも向いていた臨時教師のノーガードな腹を真胡は攻撃する。
「───がはっ!」
臨時教師は、声に反応しガードしようと動くも、間に合わない。見事に、鳩尾に攻撃が直撃する。
臨時教師は、踏ん張り後ろに吹き飛ばされるまでは行かずとも後ろによろけてしまう。そして───
”グウォン”
「───ッ!」
”グシャッ”
骨が砕ける音。
「うがぁぁぁぁ!」
骨が砕けたのは臨時教師───
───の拳が、背中に直撃した鈴華であった。
「んなっ!」
真胡の攻撃で後ろによろけた臨時教師は、転ぶことをすぐに承諾してその場で意識を保ったまま倒れている鈴華の背骨を砕くことを選択したのだ。
真胡は、驚きを隠せずに声をあげてしまう。俺だって青天の霹靂だ。
「よくもまぁ...やってくれるじゃないですか!」
「くっ!」
”ドサッ”
今更になって、空中に打ち上げられた雷人が地面に落下してくる。無論、頭から。
雷人は、頭から血を流し倒れている。
「何が雷神ですか?自分でわかっているでしょう?あなたの名前は雷人。雷に人と書いて雷人!あなたは神なんかではない!人なんです!人!人人人!騙し、裏切り、傷つけ合う愚かな生物、人なんです!」
「───うぐ...」
「雷人と鈴華を!」
「大っ丈夫だ...オレはまだ戦える...」
そう言って、立ち上がるのは鈴華であった。背骨が、肋骨が砕かれているはずなのにまだ立ち上がる。
「ここまで来ちまったら、臨時教師───いや、廣井大和!お前をぶっ潰してから倒れてやるよ!自分を...仲間を裏切るわけにはいかねぇからよ!」
鈴華は臨時教師に迫る。
「わ、私も!」
臨時教師の前から真胡。後ろから鈴華。臨時教師が狙うは───
真胡だ。
「あなたを潰せば、後は有象無象!」
「ワタシを忘れないで頂戴!」
「───ッ!」
「なっ!」
額から血を流しながらも臨時教師に迫るのは美玲であった。先程、地面と熱烈なキスをして戦闘不能にまで追い込まれた彼女が、ここで復活した。
「勝つためなら、ワタシは肉壁だろうと囮だろうとなってやる!熱血系主人公が土属性で何が悪い!」
”ドンッ”
臨時教師の左腕を、自分の右腕で動きを止める。
「んん!」
左腕を止めた故に、右腕を振るう距離が少し短くなる。
”スッ”
右腕を、流水のような動きで避けた真胡。そして、臨時教師の間合いの内側に真胡と鈴華は入り込む。
「これが!」
「オレ達!」
「捕虜救出隊の!」
「「「友情だ!」」」
真胡・鈴華・美玲が声を合わせる。そして、真胡と鈴華が前後両方から臨時教師を乱打する。
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」
乱打。乱打。乱打。
徹底的に叩きのめす。一発で、吹き飛ぶほどの真胡のパンチが、後ろからの鈴華のパンチで上手く相殺し、その場に耐えさせている。動かないが、打撃のダメージだけは蓄積していく。
「───か、は...」
”ドサッ”
臨時教師───廣井大和がその場に倒れる。
───勝利。勝利したのであった。
「勝...利...したぜ...」
”ドサッ”
鈴華が右腕をあげると同時に、その場に倒れる。
「智恵!紬!鈴華を!稜は、縄で臨時教師を縛るぞ!」
「あ、あぁ!」
俺達は、失神した臨時教師を縛る。縄は、スマホの「ショップ」から無料で購入することができた。
「───これで」
”ドンッ”
「───ッ!」
直後、真胡の頭が何者かによって蹴られる。そこにいたのは───
───ここで縛られているのと全く同じ臨時教師であった。
いや、縛られている臨時教師は今現在被り物をしていないので、相違点はそこだけだろう。
だが、体中に付いている大量の人の腕という格好は同じであった。
「おいおい、俺の兄貴がどうしてこんなになってんだよ?お前ら、タダじゃおかねぇからな?」
「お前は...」
「俺かぁ?俺は廣井大和。そこで縛られている大和の双子の弟だよ」
───そう、臨時教師は最初から2人存在していたのだ。
【臨時教師が2人いた伏線】
・臨時教師が瞬間移動して現れたような演出(本当は2人いた)
・梨央達が追われている際の一人称だけ、「俺」になっている。
・マスコット先生のセリフでは廣井大和のルビが「廣井」だけにしか振られていない。(やまととひろかずの両方で読ませるため)
・毎度「ひろいやまと」と丁寧にルビが振られている。(ルビを振らないとゴッチャになる)
・ゲーム名が『パートナーガター』