4月23日 その⑪
「真胡!」
圧巻。
まさに、圧巻。稜の指を触れただけで折るような強さを持つ臨時教師の鬼を、拳一発で吹き飛ばす威力を持つ真胡。
「私も、こんな人を傷つけやすい体に生まれたくはなかったよ。でも私、気付いたんだ。この強さは、誰かを傷つけるためにあるんじゃない!誰かを守るためにあるんだ!」
「誰かを守るためには、他の誰かを傷つけなければなりませんよ?今の私のようにね」
「残念だね、私はお前のことを人とは思っていないんだ」
「そうか...なら、何をしても許されるよな。ほら、熊に食われてもそこにやり返そうとする人はいない。台風に家が壊されたからって、台風にやり返そうとする人はいない。私は言うならば、災害だ」
「残念だな。真胡が言うのは言葉の綾だ。お前は人間だよ、臨時教師───いや、大和だっけか?」
「ふん、よく言ったものだな。全員でかかってこい。全員を相手してやる」
「なら、遠慮なく!」
俺と真胡と美玲が前方から。臨時教師の後ろから、鈴華が迫る。誰も、数の暴力には勝てな───
”ガッ”
「───ッ!」
「───がは」
後ろからやってきた鈴華に即座に肘打ち。その肘は、見事に腹にぶち当たった。そして───
「んなっ!」
”ドンッ”
美玲は、避けられずにそのまま頭を地面にぶつけられる。地面は抉れて、そこは小さなクレーターのようになっていた。
次は───
「栄!」
”ガッ”
俺に迫ってくる臨時教師の右の拳を受け止めたのは、腹を殴られダウンしていた奏汰であった。
「奏汰!」
「頼む!」
「応!」
奏汰を避けて、真胡とは反対側に移動する。
「喰らえ!」
「───ッチ!」
きっと、ガードするのは真胡の方だ。俺のパンチなんて、臨時教師には屁みたいなものかもしれない。だが、真胡のパンチは威力が段違いであった。一人だけ、インフレが進んだバトル漫画からやってきたのかという場違い感があるパンチを放つ。
故に、残った左の拳でガードをするのは真胡の方。だから、俺はその間に臨時教師の目を狙って潰せばいい。
被り物を外そうとしている右手と、目を潰すための左手はもう準備オーケーであった。
───これが、弱者なりに考えた喧嘩の方法であった。
「喰らえ!」
俺は、左手をピースのような形にして臨時教師の方へ振るう。左腕は、真胡の方に───
無い。
「なん───」
俺の臨時教師の被り物を外そうとしている右手が、臨時教師の被り物に届く。
それとほぼ同時に、真胡の拳が臨時教師の鳩尾に衝突する。
───それと同時に、臨時教師の右の拳を掴んでいた奏汰の顔面に臨時教師の左腕がめり込む。
「───がはっ」
「うぐっ」
「───ッ!」
臨時教師の顔があらわになる。そして、臨時教師の鳩尾に真胡の拳が衝突する。その上、奏汰の顔面に臨時教師の左の拳がめり込んでいく。
「オラァ!」
”グニュ”
俺の左手の2本の指から伝わってくる不快感。俺は、それを無視して指をその奥へ奥へと進ませ続けた。
「───うがぁ!」
吠えるように、臨時教師は悲鳴を上げる。臨時教師は奏汰を手放す。そして、1歩後ろに下がった。
”ドサッ”
その場に、殴られた奏汰は倒れる。
「奏汰!」
情報が多すぎて、この場を一言で一斉にまとめて伝えることは不可能だ。
まず、敵である臨時教師の顔が明らかになり目を潰すことに成功した。臨時教師の顔は、入学初日に見たマスコット先生の死体とは別の顔であり20代後半のような見た目をしていた。
そして、臨時教師の鳩尾に真胡のパンチは衝突した。隕石のような威力だからただ単に「殴る」や「打つ」よりも「衝突する」が一番正しいと思えてしまう。
こちらの被害としては、奏汰と美玲であった。
美玲は地面と、奏汰は臨時教師の拳と熱烈なキスを交わした。2人共、倒れた後立ち上がる様子は見せない。
「智恵!紬!」
「わ、わかった!」
2人は、名前を呼ばれて自分たちが何をすればいいのかすぐに察した。本来、美玲はマスコット先生に攻撃する役割ではなかった。
一先ず、戦闘不能なはずの2人を後ろに下げた。美玲は、紬か智恵に触れてもらえば「牢屋」の外に出ても大丈夫だ。それに、地面に打ち付けられただけならまだどうにかなるかもしれない。
───だが、問題は奏汰であった。
奏汰は、文字通り拳が顔にめり込んだ。どこか見ていると落ち着くような風貌をしていた奏汰の美顔は今は血だらけであって可哀想であった。
2人は戦闘不能だ。故に、残っている戦力としては限られてくる。
───真胡と鈴華。そして雷人と俺だ。
「よくもッ!」
鳩尾に肘打ちされていた鈴華は、一瞬でダウンを抜け出して臨時教師に拳を振るう。
”ゴンッ”
「クッソ!目をやりやがって!」
真胡に鳩尾を殴られて尚、その場に立って意識を保っている臨時教師。その強さは、やはり鬼であった。
───そして、その精神力も異常だ。
真胡のパンチは一度くらってその脅威を身にしみて体験しているはずだし、俺の目潰しだってもちろんわかっていたはずだ。
───なのに、左腕は右拳を掴んで絶対に逃げないであろう奏汰に向けて放った。
何の恨みがあるのかわからないが───いや、恨みなんかはないだろう。
ただ、手を掴んでいたのが奏汰だったから。手を掴むのが俺であろうと、梨央であろうと平然と殴っていただろう。
───必ず、攻撃は成功するのだから。
「コイツ...異常。異常だ...」
「異常だろうと?至上だろうとオレには関係ねぇ!ただ、殴るのみ───ッ!」
臨時教師は、後ろに立っていた鈴華の方へ腰を回して体を向けて殴ることに成功した。
「───ぐふっ」
しかも、右目が見えない故に生まれる視界を狙って。臨時教師は何も考えずにただ暴力を振るっているわけではない。
会話の中から、自分に必要な情報を取捨選択しつつ攻撃をしているのであった。
鈴華は血を吐き、その場に倒れる。
「何やってるのよ!鈴華!」
そう言って、三橋明里は糾弾するかのようにして倒れた鈴華に近付こうとする。だが───
「近付くな!オレはまだ戦える!」
「でも───」
「大丈夫だ。オレは負けねぇ。オレが一体、何人の大人を泣かせてきたと思ってやがる?大人なんか、赤子の手をひねるように泣かせられんぜ」
そう言うと、鈴華は殴られて尚立ち上げる。彼女も、まだ戦えるようだ。
───そして、目潰しされて目があまり見えていないにも関わらず、臨時教師は鈴華に攻撃した。
これは、俺の放った目潰しによるダメージがあまり無いことへの証明であった。
「もう一発、行くぜ?歯ァ、食いしばれや」
「面白い。ケツの穴に手ェ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせてあげますよ」
鈴華の挑発に、臨時教師も乗る。戦力が減ってきた今、先制攻撃を放ったのは鈴華ではなく───
臨時教師───
───でもなく、雷人であった。
彼は無言で、ジャンプすると同時に、空中で何回転かしながら臨時教師の顔面を空中で蹴っていった。
「さっき、人だの災害だの議論していたよね?なら、この僕はこの世界の雷神だ」
雷人は、蹴りを食らわせて見事に着地をするとそう言い放った。
戦闘可能 安土鈴華・池本栄・杉田雷人・東堂真胡
戦闘不能 竹原美玲・結城奏汰
戦闘不能者回収係 奥田美緒・斉藤紬・村田智恵・山田稜
傍観者 菊池梨央・成瀬蓮也・三橋明里