4月23日 その⑦
「「マス美...先生?!」」
さっきまで殴り合い───否、梨花が一方的に殴っていたのだけれど、殴っていた梨花・殴られていた美沙の2人は声を合わせて「マス美先生」と名乗った女版マスコット先生の方を見る。
「ほら、駄目じゃない!保健室は怪我や病気を治すところであって、怪我を増やすところじゃないわよ!2人とも、別々になりなさい」
「でも...」
「大丈夫。乙女の恋愛相談も先生の仕事の一部だから」
マス美先生は、梨花にウインクすると、美沙を背中に背負いながら倒れた仕切りを戻した。
「梨花ちゃんも、安静にしてなさい!死ぬわよぉ!」
「───」
唐突な乱入者によって、殴り合いは終焉を迎えた。梨花にはまだ、激昂の気持ちが残っていたが背中から激痛が走ったので、大人しくベッドで横になっていた。すると、こんな声が聞こえてきた。
「アナタも怪我してるじゃない。ほら、先生に見せなさい」
「わかりました...」
美沙とマス美先生の会話であった。たくさん殴られた美沙は、マス美先生に治療を受けるようだ。
「───それで、どうして殴り合いなんかになったの?」
「それは...ミサが梨花ちゃんが好意を寄せている拓人君と性行為をしちゃって...それで...」
「粗方の事情は察しが付いたわ。アナタは謝りたかったのよね?そのことを」
「うん...でも、梨花ちゃんは話を聞いてくれなくて...」
「はい、反対側向いて」
「あ、はい」
「───それと、話を聞いてくれなくて...って言い方はよしたほうがいいわよ。それは、相手に謝罪を受け入れてもらうのではなく、受け入れさせようとしているわ。それは、謝罪ではなく押し付けになるわ」
「───はい」
「だから、ちゃーんとお互いがお互い話せるような状況を作るの。それに、赦してくれるなんて甘っちょろいとことは考えないほうがいいわ。自分に都合がいいことばかり考えると、脳が腐っていくしね」
「そう...ですね...」
「はい、これでよし。相手を刺激させすぎるのはよくないから、今日はもう保健室には来ないほうがいいわよ。アナタも殴られたくないだろうしね」
「───わかりました、そうします。では、ありがとうございました。失礼しました」
「怪我したら、また来て頂戴ね。先生待ってるから───なーんて、怪我なんかしない方がいいに決まってるわよね。怪我するんじゃないわよー!」
「はーい」
そう言うと、美沙の声はしなくなった。そして、保健室は静寂に包まれることとなったのだ。
***
「鬼も鬼で大変だね」
そうやって、鬼の被り物をしている人物に声をかけるのは、一人の少年。
「全くよ。こんなのマスコット先生に押し付けられて大変だけれど...少しでも、私の情報を撹乱できたら...」
「生徒会」と書かれた被り物をした彼女は、ボイスチェンジャーによって機械的な声で話していた。
「へぇ、そうかい。それで、罪は押し付けたのかい?」
「ふふ、どうでしょうね。私が私のフリをして梨花ちゃんに伝えたのかも」
「なんだよ、俺にくらい教えてくれたっていいじゃない」
「嫌よ。穴はどこにあるかわからないもの。ほら、アンタも鬼の格好をした私と話してるのをバレたらマズいんじゃないの?」
「はは、そうだね。それじゃ、鬼さん頑張ってー」
そう言うと、その少年は歩いてどこかに行ってしまった。彼が、梨花が体育館の外に出ようとした時に扉を押さえて出れなくした犯人であった。
「さて、次にする行動は...と」
鬼である少女は、ニコリと笑う。そして、どこかに歩み出していった。
***
美沙は保健室を出て、『3-A』の教室に戻る。すると───
「おい、佐倉!お前が鬼だって本当か?」
「ちょ、単刀直入に聞きすぎだろ!」
教室にいた裕翔が直接聞いてしまったので、健吾が思わずツッコミを入れる。
「え...え?」
教室の真ん中で黙り込んでいたのは、拓人であった。彼が、彼が情報を流出させたのだ。
教室にいるのは、安倍健吾・柏木拓人・園田茉裕・中村康太・西村誠・西森純介・森宮皇斗・山本慶太・渡邊裕翔・綿野沙紀の総勢10人。
他の面々は、学校のどこかにいるのだろう。
「───ミサは...」
「言い訳御無用。容疑があるなら捉える。それが、この世の摂理だ」
「───なっ!」
そう言うと、森宮皇斗が動き出し、美沙の手を掴んだ。
「佐倉が鬼だと言うのなら、捕らえておけば殺人は起こらない。佐倉が鬼じゃないとしても、佐倉を鬼に仕立て上げようとするために殺人は起こらない。西村誠の証言から、女子であることはわかっているし、プラスして純介の発言から今回の被害者である秋元梨花で無いことはわかっている」
───となると、容疑者は4人。佐倉美沙・園田茉裕・細田歌穂・綿野沙紀となる。
「ならば、佐倉を鬼の象徴として捕らえておけば平和的解決が見込めるだろう。生徒会も、自分が生徒会とはバレたくないようだからな」
そう言うと、森宮皇斗は教室にいる女子4人の顔を順々に見た。
「───と、言うことでだ。手荒な真似を許していただきたい」
「え、あ、いや...」
そう言うと、美沙は捕らえられた。腕を「ショップ」で買った無料の縄で縛り、そして、教室に置いた。
もし仮に美沙が暴れてもいいように、教室には常時、男子2人の見張りが付くことになった。男子の中で時間での交代制だ。
───そして、学校で行った「真の鬼ごっこ」はそれ以降何もなく終わりを迎えることとなる。
死者こそ出なかったが、女子の中での喧嘩や美沙への疑心暗鬼など、ある意味死者が出るより大きな事件を生むきっかけが生まれた。
───どうして、死者が出るより大きな時間かって?
───そんなの、「生者に口有り」だからに決まっているでしょう。
次回から、主人公視点に戻ります。
「真の鬼ごっこ」では「死者」ではなく「問題」が増えましたね。
これで、いいんです。無闇に死者を増やすと後々困りますし。
ここぞと言うときに殺す。でもたまに、テンプレ展開でも殺す。