4月23日 その⑥
「───ッ!」
”ガッシャーン”
美沙の顔面に、梨花の拳が直撃する。拳が当たった反動で、梨花の背中の傷が悲鳴を上げる。
そして、美沙は反動で後ろに下がり保健室のベッドとベッドを区切る仕切りにぶつかってそれを倒してしまう。
「───んな...殴った!」
美沙が、梨花の行動を糾弾するように金切り声をあげる。だが、如何なる理由があれど暴力に頼ってはいけなかった。
───何せ、そこに意見の相違があり、話さないとわからないことがあるのだから。
話せばわかると言う言葉があるが、それはお互いがお互いキャッチボールをする状況でないと無理だ。
キャッチボールをしようとしても、片方がボクシンググローブを付けてしまっていてはキャッチボールはできない。
今は、そんな状況と同じでできるのは言葉のキャッチボールではない。拳のキャットファイトだ。
お互いがお互い、伝えたいことをまとめることとしよう。
梨花は、拓人を奪ったことへの恨みと自分を刺したことへの糾弾。
美沙は、拓人を奪ってしまったことへの謝罪と刺したのは自分ではないという誤解の払拭であった。
───だが、実際に美沙が刺したかどうかはわかっていない。
ただ、鬼の声が美沙と全く同じだっただけなのだ。勿論、それは状況を決める証拠として今現在の中で一番大きなものになるのだが。
「殴った!なんて、自分が被害者みたいに言っているけど、被害者はこっちなのよ!」
梨花は、ベッドから出て美沙に馬乗りになろうとするも、背中が痛みを発して動くことができない。
「今が───」
美沙は、仕返しとして梨花のことを殴ろうとする。
───だが、そんな暴力的な思考は一瞬にして放棄された。
美沙は、自ら対話をするために心のボクシンググローブを取ったのであった。手には、何もつけずに梨花に向かって謝罪をする。
「ごめんなさい!ミサは謝りたかったの!さっきは拓人君がいたから、言えなかったけど!梨花ちゃんが拓人君が好きなことを本当に忘れてたの!ごめんなさい!もうしないから!ごめんなさい!」
「人の心を踏み躙って、自分は勝ち逃げかぁ?させねぇよ、そんなことはよォ!」
「───ッ!」
この光景を傍から見ると、悪役は梨花で悲劇のヒロインが美沙であった。
何せ、美沙は謝罪をしているのに梨花はそれを受け入れず暴力に頼っているのだから。
これが、美沙の本性であった。
自分は被害者。自分は悪くない。
そう見せるために、いつだって自分を可愛がっていた。他人から、可愛がって貰っていた。
「自分は可哀想でしょう?みんな、自分の味方をして♡」という思考が行動に滲み出ていたのだ。
もちろん、今この2人以外に保健室にはいない。故に、喧嘩の傍観者もいない。
この自分可愛さの為に行われている美沙の行為は無意味に等しかった。
「アタシは、アンタを赦さない!ぶち殺す!絶対にぶち殺す!」
背中が痛むため、美沙を追いかけることはできない。それは逆に、梨花が反撃された時に逃げることができないということだ。
梨花は現在、「鬼=美沙」と確信しているために美沙を逃すまいと美沙の第2ボタンまで開いた胸ぐらを掴んでいる。そこからは、外れかけたピンク色のブラジャーがチラチラと見えかかっていた。
派手な色のものだと視認でき、これで拓人を誘惑したのだと、梨花は考える。
すると、腹の底から更にフツフツと怒りが湧いてくる。吐き気が湧いてくる。
「許さない...赦さないよ。人生に免罪符なんてものはない!そう思い知りな!」
左手で胸ぐらを掴み、利き手である右腕で美沙の左頬に拳を思い切りぶつける。
「───かは」
「命を!」
殴打。
「乞うても!」
殴打。殴打。
「私は赦さない!」
殴打。殴打。殴打。
ベッドから身を乗り出し、美沙を離さんと左手で胸ぐらを掴みながら、左頬だけを殴り続ける。
美沙のキレイな顔は赤くなっていく。
「ごめ...ごめん...」
美沙は、殴られ続けながらもそう言い続ける。そこに、本当に謝罪の気持ちがあるのかはわからない。
「アンタは、私の背中を刺した。じゃあ、殴られるのも当然よ。アタシを殺さないという決断をしたのはアンタ」
「ミサじゃ...ない...」
「そんな嘘、信じるわけないだろ?この詐欺師が」
梨花が美沙の胸倉から手を離したと思ったら、すぐに美沙の顔面にパンチが飛んでくる。
「───うぐ」
美沙の口の端からは、血が垂れている。殴られた時に、舌を噛んだのか口の内側を怪我したのか。
だが、少し流血したからと言って、梨花が暴力を休めることはなかった───
───と、思われたのだが一人の乱入者が現れる。
「あらー、駄目じゃない。保健室は病院で一緒で静かにしなくちゃ!」
そこに現れたのは、マスコット先生───ではない。
マスコット先生と同じ顔をしているが、口の部分がピンク色に塗られているし、目もどこかキラキラしているような気がする。
言うならば、女版マスコット先生。
声も、いつものマスコット先生とは違い女性らしい声であった。思わず、梨花は美沙を殴る手を止めていた。
「アナタは...」
「ここの養護教諭。マス美先生よ!」
その人物は、マス美先生と名乗った。
「マス」コット先生(担任)
「マス」美先生(養護教諭)
「マス」ター(売店の店主)