4月23日 その④
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「ミサは...ミサは...」
佐倉美沙が学校を走っている。
「どうして...どうして、ミサは拓人君に手を出しちゃったんだろう...梨花ちゃんと喧嘩になるんだったら...いや、梨花ちゃんに酷いことを言われちゃうんだったらあんな事しなければよかった...」
美沙は、B棟の2階にまで走って逃げていた。
「ミサはどうすれば...」
そして、美沙は1つの結論に辿り着く。それは、単純で明快で当たり前のことだった。
「すぐに、梨花ちゃんを見つけないと」
そう言うと、美沙はどこかに走り出していった。
***
秋元梨花は、校舎内を走って移動する。その目には、涙が浮かんでおり美沙に裏切られたことへの悲しみを象徴している。
「アタシはちゃんと言ったのに...なのに、どうして...どうして...」
「逃げてきたのに、ごめんね。もう出会っちゃうなんて」
「───ッ!」
A棟の4階から飛び出し、逃げてきたのは体育館。後ろから声をかけてきたのは、ボイスチェンジャーで声が電子音に変わっている鬼であった。
「───んなっ」
「何が、あったのかな?」
そう言うと、鬼は体育館に入り口を閉める。
「───逃げっ」
「逃げれないよ。それに、逃さない。逃すわけもない」
体育館には、数個の扉があるが梨花が開けようとしても開けることはできなかった。
「昨日の反省を活かして、昨日閉めておいたんだ。もうミスはしないよ。君は袋小路に立たされた袋の鼠なんだ。窮鼠猫を噛んだりするのかな?」
「アタシは───」
「あー大丈夫大丈夫。何も言わなくていいよ。問題ないから」
ジリジリと、梨花は後ろに下がっていく。目の前に入るのは、昨日と同じように包丁を持った鬼であった。
「全く...第3ゲームを抜け出したと思ったら鬼に追われて、挙げ句美沙が拓人と夜な夜な行為をしてるなんて知らされて...もう最悪よ。それで、こんな窮地に陥って...」
「悲劇のヒロイン気取りかい?意趣返しはできないし、鼠返しには突っかかり、どんでん返しも無いだなんて、少し同情しちゃうよ」
「アンタに同情されたって嬉しくないわ。それなら、アタシのことを逃しなさいよ!」
「───うーん、どうしようかなぁ?梨花ちゃんの話を聞いていると異性として好きな拓人君とミサが性行為をしてて、要するに好きな人を取られんでしょ?ふふふ、可哀想だね」
ボイスチェンジャーの無機質な声で、そう述べられる。
「本当、ムカつくわね。でも、アタシが今追い込まれているのも事実ね」
梨花は、体育館から抜け出す方法を思案していた。彼女もまた、デスゲームに参加している天才なのだ。
まず、周りの扉には鍵がかかっている。いや、正確には外に何かが置いて外に出られないようにしてある。
ここからの突破は無理だ。
そして、体育館のホールから見て正面にある一番大きな扉の前には鬼がいる。その鬼は、1歩1歩と梨花の方へ進んでいるので上手く出し抜けば逃げることが可能であった。
先程、扉に鍵をかけていたが内側からの鍵なので簡単に開けられるだろう。ならば、鬼がいて少々リスキーだが、正面の大きな扉から逃げるのが得策だろう。
「───やってやるわ」
梨花は、脳内ですぐに作戦を立てる。走ったのは、体育館の出口───
ではなく、体育館倉庫。
梨花は、体育館倉庫を開けて中からバスケットボールを1つ取り出す。
「アタシ、運動だって得意なのよ。特に、バスケ部に入っていたからバスケは尚更!」
”ダムダムダム”
梨花は、その場でドリブルを始める。
「絶対に逃げてやるんだから!」
ドリブルをしていたボールを腕に持ち、鬼を避けるように弧を描くような感じで、体育館の大きな扉に吸い込まれるように移動する。そして、体育館の扉を開けようとする。
「残念、後ろががら空きよ」
「そのためのボールよ!」
”ブスッ”
ナイフに刺さったのは梨花───
───の持っていたバスケットボール。
見事、ボールにナイフを刺して使えなくさせたのであった。
「これで、アタシに猶予ができる!」
梨花は、ボールから手を放しそのまま体育館の鍵を開ける。引き戸の体育館の扉を開けようとする。
”ガタンッ”
「───え」
───だが、扉は開かない。外側から、誰かが逃げられないようにしているような感じであった。
「───んな」
「残念ね。でも、殺さないであげる。これが、せめてもの優しさよ」
梨花の背中に刺さるのは酷く冷たい包丁であった。そう、鬼は包丁を2本保持していたのだ。
「ア...タシは...」
「ここで鼠に引かれていなさい」
”ドサッ”
梨花は、背中に包丁が刺さったままその場にうつ伏せに倒れる。そのまま、梨花の意識が朦朧として来ている時に、こんな声が聞こえた。
「残念だね。梨花ちゃん!梨花ちゃんはね、ミサに負けたんだよ!好きな男もとられて、背中まで刺されちゃう!誰かが来れば助かるだろうけど、誰も来なければ失血死しちゃうかもね!まぁ、それじゃあ頑張ってぇ!」
───その声は、先程までのボイスチェンジャーの無機質な声などではなく美沙の声と全く同じであった。