4月19日 その⑥
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捕らわれた梨央は、一瞬の浮遊感を感じるとすぐに「牢屋」の中に移動した。もっとも「牢屋」と言っても鉄格子に囲まれて暗いイメージなのではなく、草原ゾーンに微かな光の壁で遮られた───いや、光であるので通ることも可能な壁であった。
だが、ここを通るとルールの9{捕まった「逃げ」は、「脱走」できる状態でないのに、「牢屋」の外に出た場合死亡する}に引っかかってしまうので逃げることは不可能であった。
「美緒がこっちに向かっているし、待たないと逃げられない...」
梨央は、体力が他より劣っている自分が臨時教師に目を付けられるのが嫌がった。
そして、自分のコンプレックスである腕を芸術作品にしようと言われるのも嫌だった。
いや、決して梨央の腕は太いわけでも変な色をしているわけでもない。白くてスラッとしたキレイな腕であった。
「アナタも、もう捕まったのね」
そう梨央に声をかけるのは三橋明里であった。
「早速、臨時教師に目をつけられちゃって...」
「最悪よね。出だしからこんなんじゃ、本当に嫌になるわ」
梨央の他に捕まっていたのは2人。三橋明里と、成瀬蓮也であった。紫がかった髪をした小柄な少年。体育座りをして土をなぞっており、話しかけるには気が引けた。
梨央は、森林ゾーンの方を見る。そちらの方角から、走ってくる一人の少女の姿が見えた。
梨央のパートナーである、美緒であった。美緒は、梨央を助けるために走ってきているのであった。
「美緒!」
梨央は、自分のために走ってきてくれるパートナーの名前を呼ぶ。だが、パートナーはその声に返事はせず、代わりに驚いたような顔を見せた。
梨央は、何を驚いているのだろうと不信感を持つが、すぐにその不信感は払拭される。
───自分も、その驚きの要因に気付くという形で。
「菊池梨央さん。お待ちしておりましたよ」
梨央の後ろに立つのは、鬼である臨時教師であった。梨央と、先程まで鬼ごっこを繰り広げていたはずの臨時教師がもう後ろにいた。
杉田雷人がこちらに移動してきていないので、そちらを放っておいて梨央のところに来たのだろう。
「それでは、腕をいただきますよ」
臨時教師は、梨央の右手の二の腕を掴む。先程、助けてくれた稜はこの場にいないし、同じく「牢屋」に捕らわれている成瀬蓮也と三橋明里はそっぽを向いて助けてくれそうにない。
走ってこっちに来ている美緒も、間に合いそうにはない。
「───助けて」
そんな小さなつぶやき。それと同時に涙が落ちて、それと同時に梨央の腕を握る手に力が入る。
「はーい!鬼が逃げに暴力を振ることは認めませんよー!時間内まで、耐えてくださーい!」
その時、上空からそんな声が響く。皆が皆、空を見た。そこにいたのは、マスコット先生だった。
「ですが───」
「ゲームを終えれば好きにしていいと言っているでしょう?ですので、ゲームくらいちゃんとしてくださいよ。ならず者が」
「───ッ!」
梨央の腕を握る力が更に強くなる。
「痛い痛い痛い痛い!」
梨央が、そんな声を上げる。痛みと恐怖から、目からポロポロと涙がこぼれていた。
「梨央!」
叫び声に答えるように、美緒が声を上げる。美緒が「牢屋」まで残り10mと言ったところで───
「はぁ...しょうがない。では、こちらも耐えさせていただきます」
臨時教師は、梨央を手放してその場に座り込んだ。
「───え?」
待ち。臨時教師は、牢屋内で座り込んだ。そして、逃がすものかと言うオーラを出す。
「───これじゃ、牢屋の中に入っても逆に捕まっちゃうわ...」
美緒は思い出す。このゲームのルールを。
第3ゲーム『パートナーガター』のルール
1.このゲームは、ペアで行う。必ず、最初は2人でゲームに参加する。ペアで、自分ではないもう一人の人物を「パートナー」と呼称する。
2.生徒は全員「逃げ」。先生は「鬼」となる。
3.ゲーム開始前に「牢屋」を決め、「鬼」に捕まった「逃げ」は「牢屋」の中で待機する。
4.「牢屋」の中にいる人物は、体及び衣服に触れることで「脱走」させることができる。
5.捕まった人物は、「パートナー」のみしか「脱走」させることはできない。
6.4月23日23時59分59秒に「牢屋」にいた人物は、死亡する。
7.自分と「パートナー」の両方が捕まった場合、先に捕まったほうが「自分を脱走させる」か「パートナーを脱走させる」か選ばせることが可能。
8.自分と「パートナー」が両方捕まった場合に「自分を脱走させる」を選択した場合は、6時間経たないと「パートナー」を「脱走」させることができない。
9.捕まった「逃げ」は、「脱走」できる状態でないのに、「牢屋」の外に出た場合死亡する。
10.ゲームの途中でランダムに2度、「出口」が出現する。
11.「出口」から脱出すると、ゲームクリアとなる。
12.4月22日丁度に、死亡及び「出口」から脱出して「パートナー」がいなくなった人物をかき集めて無作為に再度ペアを設定する。その際、候補者が奇数だった場合は一つだけ3人のトリオになる。トリオの際も、ルールは同じ。
13.優勝賞金は、ペアで捕まった回数が少ないチームに渡される。
「───逆よ。私は捕まる」
そう言うと、美緒は走って「牢屋」に近付いていく。そして、梨央に近付く。すると───
「アナタもタッチです」
美緒は、タッチされる。だが、ここで梨央に下される決断。
「自分を脱走させる」か「パートナーを脱走させる」の2択であった。梨央の選択は───
「パートナーを脱走させる」
「───ッ!」
梨央の選択は、自分を逃さないという、そんな危険な選択であった。
───そして、これから繰り返される行為がいたちごっこであることを理解させた。