4月19日 その⑤
「なっ...なんで、ここに!」
驚きの声をあげるのは、紛れもない雷人であった。
2人は、鬼役の臨時教師がパルクールゾーンの方向に移動しているのは確認していたはずだ。それが、真っ赤な嘘かもしれないが雷人達の目の前に鬼が現れた事からも鬼陣営側に裏切ったと考えられないだろう。
───となると、超高速でパルクールゾーンから今、6人がいる森林ゾーンまで移動したことになる。
「早速見つけたぜ。キレイな腕の...そうそう。菊池梨央と言ったな?俺の芸術品にしてやるよ」
「───ひ」
梨央が、小さな悲鳴を漏らした。先程、手を掴まれた時のことを思い出したのだろう。
「皆、逃げよう」
たまたま出会った結城奏汰が、その場に居合わせた5人───梨央・美緒・紬・智恵・雷人の全員に声をかけた。
”ダッ”
そのまま、6人は走り始める。森林ゾーンなので、辺りにあるのは木ばかりだ。この木を利用して、逃げきらなくてはならない。
「逃さねぇよ。絶対、俺の作品にしてやる」
鬼である臨時教師も、6人を追いかける。
「逃げないと...」
6人の中の先頭を走る奏汰。その後ろに、雷人・美緒・紬・智恵・梨央の順に続いていく。
「レディ達!このまま行くと、全滅してしまう!だから、2組に別れよう!」
雷人の提案は、雷人以外の5人に加えて鬼にもしっかりと聞こえていた。雷人は、チラリと後ろを見ると4人が頷く姿が見えた。
「よし、じゃあ分断だ!」
1本の木を境に、奏汰と雷人は全く別の方向に走っていく。
「Y」の字のように、見事に2方向に分かれたのだ。奏汰が走っていった左側には紬と智恵が。
右側に走っていった雷人の方には美緒と梨央が走っていった。
「俺の目的は変わらない!」
そのまま、鬼である臨時教師は梨央がいる右側に走っていった。
「───このまま、鬼と距離を取れるまで走ろう」
奏汰は、ついてきた智恵と紬にそうアドバイスをする。2人は、そのまま遊具ゾーンと森林ゾーンの境目まで走っていった。
***
鬼に追われ続けるのは、美緒と梨央、そして雷人の3人であった。
「や、やっぱりこっちに来たぁ!」
森林を、走って進む3人。いや、後ろに鬼が来ているから4人だろうか。
「こら、待て!逃げるんじゃねぇ!」
そう言って声を張り上げるのは、鬼である臨時教師であった。ゲーム開始前までは冷静だったのにも関わらず、獲物を目の前に叫んでいた。
「狙いは梨央さんだ!美緒さんは、抜け出してしまって!そうすれば、エスケープも容易だ!」
「でも、梨央は放っておけない!」
「美緒!牢屋に先に向かって!捕まったら、ワタシをすぐに助けて頂戴!そうすれば、鬼は少しはまけるから!」
「───わかったわ!」
美緒はそう言うと、草原ゾーンに向かって走り出した。追われているのは、雷人と梨央の2人きり。
「梨央さん!大丈夫か───ッ!」
雷人が振り向くと同時に、視界に入ってきたのは鬼に今にも捕まりそうな梨央であった。
「しゃがめ!」
「───は」
直後、梨央の足に木の根っこが引っかかり転んでしまう。それと同時に、梨央を捕まえようと鬼である臨時教師が両手を、前方に大きく振るうがどちらも触れることはできない。
「───んな!」
雷人は、鬼のいる方向へ気が付いたら走っていた。しっかりと、梨央と喋ったのは数分前のことだったのに。
どこか、情が生まれていた。美緒が、牢屋に辿り着くまで時間を稼がなければ。鬼は、目の前にいる。だから、今牢屋まではフリーなのだ。梨央が、牢屋に行く時間を少しでも遅らせる。
「梨央、逃げよう!」
雷人は、転んだ梨央の手を掴み、スピードを殺さずにそのまま走り続ける。梨央は、脱臼しそうになりながらも宙に大きな弧を描いて雷人の背中に乗った。
「背負われてくれ!」
「でも───」
「クソッ!ちょこまかと!」
鬼のすぐ真横を走り去っていった雷人と、その背中に乗った───正確には、乗せられた梨央を尻目に急いで方向転換をする。少し、愚鈍なところが出ているような気がした。
「もう、ミスはしない!」
鬼が「ダンッ」と踏み込むと共に、一瞬で雷人と梨央の後ろまで移動する。
「ワタシ、重いから置いていってよ!」
「別に、体重のことで謙遜なんて必要ないし、梨央さんはメチャメチャ軽いよ!それに、僕がレディ一人も支えられない非力な男に見えてしまうから、心配はしないでくれる方が嬉しいかな!」
伸びてくる鬼の四肢を、雷人は避ける。これが、雷人の本気。
「───なっ!」
鬼である臨時教師も、驚きの声をあげる。
「これが、僕の雷神ステップさ」
そう言うと、鬼に向かってウインクする。
「クソがクソがクソがクソが!」
鬼は、雷人に迫る。
「す、杉田君!すぐそこまで来てる!」
「わかってる!」
再度、鬼は雷人に迫る。二度あることは三度あると言うが───
「捕まえた」
「───あ」
鬼がタッチと言うと同時に、雷人の背中から重みが消えた。
───梨央が捕まり、牢屋までワープしたのだ。
「マズいな...僕も」
「お前はどうでもいい。俺の目当ては、菊池梨央の腕だ」
そう言うと同時に、鬼は牢屋の方へ走っていった。先に行かせた、美緒を捕まえるためだろうか。
「クソッ...梨央さんが捕まってしまった...」
雷人は、一人そう悔しがった。森の中に響くのは、葉がざわめく音だけであった。