4月19日 その①
***
俺は、いつも通り5時半に起床する。小さな欠伸をして、シャワーを浴びる。
髪を乾かしてから、外に出るとそこには智恵がいた。
もう、俺ら2人のルーティンになっていた。俺は、いつもこの時間に起きて朝食と弁当を作っていたのだが、智恵はどうしていたのだろうか。
「智恵は、早起きは辛くないのか?」
「あ、うん。つい、目が覚めちゃって」
「そうなのか...」
智恵は、俺の手を優しく握る。
「私の過去は話せない。栄は、私のことを気にして聞いてこないんだと思う。それは、本当に感謝してる。でもね、私も話したい───栄になら、話してもいいって内容があるの」
「何?俺で良ければ、何でも聞くよ」
「私ね、悪夢を見るの。週に2・3回、同じ悪夢を」
「そうなの?」
「───うん。ふと気付いたら、私は真っ暗闇に立ってて、後ろから無数の手が迫ってくるの。手に掴まれたら、きっと嫌なことが起こるから私はその手に捕まらないように逃げるの。でも、私は馬鹿だし体力も無尽蔵にある脳筋ってわけでもないからさ、体力が無くなっていくの。でもね、そんな時に上空から手が天使が現れた時に出てくるような神々しい光と共に現れるの。私は、唯一の希望に縋るように吸い付くんだけどね...伸びてきた手も、また手。後ろから追ってきた手と種類は同じなの。決して救いなんかじゃなかったの。手に捕まるとね、私の体は弄られて、蠢く手に首を絞められたら四肢を引っ張られたり打たれたりするの」
「んな...」
智恵からの、悪夢のカミングアウト。だが、それを「夢」だ。とまとめるのは危険だ。智恵は、覚悟を持って話してくれたのだから、俺はそれに答えてあげなければならないだろう。
そう、思っていたら───
「───でもね、最近は展開が変わっているの。手が伸びてくるところまでは変わらないんだけどね?私が、その手を掴もうとすると、横から栄が私のことをタックルして手を取らせてくれないの。そのまま、栄は私を抱きしめてどこかに逃げるの。そして、そこで夢が終わるの」
「俺が?」
「───うん」
信じられなかった。俺が、智恵の夢に出て智恵を救っている。
「栄、ありがとう」
「俺は何も───」
「いいや、栄は私を救ってくれたの。少なくとも、栄は私の王子様で、ナンバーワンだよ」
「───」
俺は、智恵の頬が赤くなっていくのを見るのと同時に、自分の頬が赤くなっていくのを感じた。
「私ね、クエスチョンジェンガで、焦ってパーフェクトジェンガができないようなところを引いちゃってね。もう、死ぬしかないって思ってたの。だから、赤いジェンガを引こうとしたらね...栄が助けてくれたの。ありがとう」
「俺は、自分のためにしたから...感謝されるようなものじゃないよ」
「そんなことないよ。栄は、自分のためだったとしても、それで私は救われたんだもん。どんな理由であれ、魔王は勇者に殺されたの。だから、栄は私の勇者様で王子様だよ」
***
智恵が栄のことを意識するようになったのは、クエスチョンジェンガで救われた時であろう。
留年することが確定し、逃げるように入学したこの学校での出会いは本当に幸運であった。
智恵の前の学校では、悪意が蔓延っていたし、その悪意に心身を共に蝕まれた。
今度は、デスゲームで命をも蝕まれると思った刹那、現れた真の救世主───栄の印象は好意に傾いた。
それこそ「このクラスで、付き合うとしたら誰?」という質問を引いたら、「池本栄」と答えるほどには。
智恵が、栄に夢の話をしたのは信頼の証。そして、過去を教えてしまうことの恐れであった。
栄は、自分の過去を教えてくれなかったら自分を捨てて、どこか遠くに行ってしまうのではないか。
智恵に「利用されているかも」という疑念を持ってしまうかもしれない。そんな、恐れがあった。
故に、智恵は栄に夢の話をした。
───もっとも、栄は智恵の過去を聞いたって幻滅なんてしないし、智恵が過去を話さないからって疑うことなど皆無なのだが。
***
俺は、智恵の見る悪夢の話を聞いた後、励ましたりした後に家に戻った。
そして、学校に行く準備をした。朝食をとり、歯磨きをして制服に着替える。そして、7時45分に家を出て学校に向かった。
今日から、第3ゲーム『パートナーガター』が始まる。俺は、どんなゲームになるのか一切聞いていなかった。
知っている者としたら、ゲームの製作者である田口真紀だけなのだろう。
───だとすると、攻略法がわかっている田口真紀はゲームの不参加になる可能性だってでてくる。
ポイント制だと、ほぼ必勝であろう。故に、時間内での攻略かつ、誰かと争うようなことではないと予想できる。
そんな予想をしていると───
”ガラガラガラガラ”
マスコット先生が、教室に入ってくる。
「はい、本日は第3ゲーム『パートナーガター』を開始したいと思います!」
教室に入った時に、そんな宣言が行われる。
「まずは、『パートナーガター』に協力してくれる臨時の先生のご紹介です!どうぞ!」
そう言って『3ーΑ』の教室に入って来たのは、マスコット先生と同じ被り物をしている人物───その人物は、体に大量の腕を付けた人物であった。断面は、焼かれている。
「君たちの手を、私の芸術品の一部にしてやりたい。まぁ、よろしく頼むよ」
その人物は、そう述べて一礼した。全員が全員、その異常さを前に唾を飲み込んだ。