4月10日 その⑭
「───は?」
「え───」
「───ッ!」
「なんやと?」
「ほう、そうきたか」
「えぇ?」
「そんな...」
「それもまた、一種の愛...」
俺・智恵・他のゲーム参加者、そして傍観者から、多種多様な驚きの声が漏れ出る。
それぞれに含まれる感情は、また三者三様であろう。
『スクールダウト』の最後の情報、途端に饒舌になったと思ったら信じられないようなことを持ち出してきた。
「待っていたんでしょう?こう言うの!」
マスコット先生が嬉しそうに笑いながら答える。
俺の時は、まだ智恵に告白していなかったからできなかったが、智恵と付き合い始めて今だからこそ、この情報は効果がある。
「おい、どういうことだよ...」
俺は、そう声を出し机に握り拳をぶつける。机はダンッと大きな音が鳴り、教室が静寂に包まれた。
「栄、ちが───」
智恵の弁明なんか聞かない。俺は、マスコット先生に怒りをぶつけた。
「ふざけんな、マスコット!どういうことだよ!どれだけ、智恵のことを侮辱したら気が済むんだよ!」
「───」
マスコット先生は、ニヤリと口角があがるだけで何も返事をしない。
「智恵の知られたくない過去をばら撒いて、流言飛語を散々言って!本当に人間かよ!人の所業とは思えない!」
「何度、言わせるんですか?私は人間ですよ」
マスコット先生はそう述べる。マスコット先生は、こう言いたいのだ。
───悪意を持って行動するのは、人間だけだと。
「私は人間ですし、村田智恵さんも人間。村田智恵さんを傷つけたのも人間。そして、池本栄君。あなたも人間です」
「───ッ!」
マスコット先生が述べるのは、全くの事実。俺も智恵も智恵を傷つけた人も皆、人間。全て、人間なのだ。
「───じゃあなんで、悪いと思わないんだよ!罪悪感は無いのかよ!」
「何度、同じ質問をするのですか?教師が言ってはいけないと言われている言葉の一つを解禁してしまいますが...その程度のこともわからないんですか?」
マスコット先生に嘲笑される。目の前にいる理不尽は、地獄の鬼なんかよりも、よっぽど鬼に見えた。
シンプルな顔立ちだからこそ、色々な線が書き足され、多種多様な姿で目に映る。
「人でなし!この人でなしが!」
俺は吠えた。智恵を小馬鹿にする先生に向かって。
「───そうやって、私を罵倒するのはいいのですが、本当に村田智恵さんの情報⑤が嘘だって言う根拠はあるんですか?」
「そんなの、これまでの智恵を見ていればわかる!」
「でも、演技かもしれませんよ?」
「そうやって、演技だ演技だって言ってきたから皆、おかしくなっちまうんだろ!」
そう、いつだってそうだ。人間が鬱になる時ってのは大抵決まっている。
自分が「自分」ではないような感覚がやってくるのだ。だけど、自分が「自分」だと言うことはわかっている。このジレンマが、鬱の時にはやってくる。
欝病ではない俺が、あーだこーだ語っていい内容ではないのかもしれない。だけど、このままでは本当に智恵は殻に閉じこもって死んでしまうだろう。
だから、俺が救ってあげなければならない。
「あー、池本栄君。随分と盲目的ですねぇ?利用されてますよ?困らないんですか?」
「そうだな...利用されてやるよ。とことん利用されてやる。だが、俺は殺されない。それなら、問題ないだろ?」
俺は、チラリと智恵の方を見る。
「見捨てるなら、勝手に見捨てろ。だが、まだ智恵は俺のことを見捨ててない。故に、この情報は嘘!」
「投票で確かめるって手もありますよ?」
「お前の言うことなんか信用できない。投票の結果が嘘かもしれないだろ?」
「あらら、公平さはどこに言ったのでしょうか...公開する情報にまで嘘があったら、ゲームとして面白くないのに...」
マスコット先生は、そんな事を言っている。そうだ。マスコット先生は、ゲームを見て楽しんでいる側の人間だった。
ズルをするとは考えにくい。だが、人間関係が悪化するのを「より楽しむ」ために、嘘を付く可能性は充分にある。
情報を1つしか公開しない理由は、複数の匿名性を保つためだろう。
公開された5個の情報の内、1つだけしかわからないとなると他の情報の特定は不明となる。そして毎回、全員が保有する点数が提示されるとなると、結局のところ情報の匿名性はなくなってしまう。
だから、最後に点数が公開される───と言うものなのだが、本当にそうだろうか。
もし仮に投票した情報が「◯」であるが、多数決での発表で「×」が出た場合は、他の少数だった時のところで「×」だったが「◯」にするなどと誤魔化すことが可能なのだ。
故に、投票後に開示される情報だって嘘の可能性が出てきたのだ。真偽がわかるのは、マスコット先生と答えた本人なのだが、「◯」の情報を「×」と申告されれば、疑われる余地が減るし、他に知られたくない情報があった場合は「×」の情報を「◯」と虚偽の申告をしてもらえれば、疑われる可能性は減ってくる。
───投票で開示された情報の真偽も、本当かどうかわからないのだ。
俺の疑いすぎかもしれないが、その説を頭から捨てるには勿体なさすぎる。
───そして「情報⑤」に投票しても虚偽の報告しか返ってこないであろう。
公開された情報に───投票多数の情報に入れることが多かった俺は、ほぼ全ての真偽がわかっている。
だが、それ故に嘘が付きやすいのだ。何せ、投票されて「×」だったのは津田信夫の情報④「平塚ここあを殺した犯人を知っている」だけだったのだから。
「───本当に面倒だ...」
俺は、相手にしているマスコット先生が相当に厄介な人物であることを知った。
マスコット先生をボコすには、GMと繋がっている立場をどうにかしなければならないだろう。もしくは、こちら側───すなわち、デスゲーム参加者にさせると言う選択肢もある。
今回の『スクールダウト』で俺の志が決まった。
そう、マスコット先生及びデスゲーム運営関係者への制裁。
「さて、駄弁はこのくらいにして投票と行きましょう!」
マスコット先生の大きな声が静寂が支配していた教室に響く。
「栄...」
智恵の手が小刻みに震えていた。きっと、「情報⑤」のことでビクついているのだろう。
「大丈夫、智恵はそんな事しないってわかってるよ。もし仮に本当だとしても俺は智恵に殺されないし、殺したくないって思えるような人間になれるように頑張るから」
「───うん」
智恵が、俺に手を重ねる。甘いと言われてもいい。だって、スクールダウトの6割は嘘なのだから。そして───
───愛すると誓った人物に、前言撤回を申し立てるなど男として一番の恥であろう。
男しての覚悟。そして、投票へ───