4月10日 その⑩
「どうしても、思い出しちゃうの。20階から飛び降りた時の風景が」
智恵の言葉が、俺の頭の中で何度も何度も繰り返される。
「───」
俺の口から、声にならない音が思わず漏れ出てしまう。俺のアドバイスが、逆に智恵を苦しめてしまっている。
「ごめんね、私...私...」
智恵の謝罪。俺の頭が、白くなってくる。真っ白。何も考えられないほどに真っ白に。
「───栄?」
智恵の声で、俺は現実に呼び戻される。
「───かは」
名前を呼ばれ、意識が戻ってきた瞬間、俺の体を酸素を渇望した。俺は、呼吸を荒くしながら深呼吸を数回行う。
「栄、ごめん...ごめんね、こんな暗い話して...」
智恵が、そう謝罪する。
「20階から飛び降りるって、何があったんや」
「ちょっ!」
津田信夫の、無遠慮な質問。俺は、津田信夫を黙らせることもできずにいた。
「それは───うぷ」
「智恵!」
俺は、智恵の手を握る。智恵は、右手で俺の手を強く握り左手で口を抑えている。
「先生!」
「わかってます」
智恵は、俺から手を離すと口元にマスコット先生から新たに受け取った黒いエチケット袋に再度吐き出した。
俺は、津田信夫の方を睨む。
「す、すまん!ワ、ワイの質問が悪かった!」
”ドシャッ”
手で抑え込んでいた吐瀉物が、袋の底に落ちるような生なましい音がする。
「よく、そんなに吐けるピョン。フードファイターだったりするんだピョン?」
「蒼!」
「きゃあー、地雷踏んじゃったピョン!怖いピョン怖いピョン!」
宇佐見蒼がニヤニヤと笑いながら、そんな事を言う。
「智恵、大丈夫。大丈夫だからな。心配いらない。安静にしていてくれ」
「大丈夫、ぅぇ、私は大丈夫だから」
智恵が、袋に口を近付けたままそう述べる。
「ぅぇぇぇぇ...」
智恵がそんな事を言いながら、吐き続ける。きっと、喉がヒリヒリして痛いだろう。もう、食べたものは全て出きっているような気がしている。
「ごめん...ごめんね...きっと、信じて貰えない気もする...でも、話せない...話したら、もう皆とは仲良くできないような...そんな、そんな気がする...いや、絶対にそうだ...だから、ごめん...演技だって思われるかもしれないけど...私にとってはそれでもいい...それなら、生徒会だって言われたほうが...まだ、マシだよ...」
智恵が、思い出しただけで吐いてしまうような過去。一体、俺には何があったのか、全くの想像も付かない。
だが、これほどまでに智恵を追い詰めたのは事実だ。
俺は、智恵の過去を払拭するトリガーになってやりたいし、そうなるための手助けをもしてやりたい。そして、過去が辛かれど今は「幸せ」だという、辛から幸への1本を引くのを手助けだってしたやりたい。
最初の1歩を踏み出すには───
「マスコット先生、『スクールダウト』を終わりにしましょう」
「「「───は?」
「───え?」
「はい?なんですって?」
「だから、『スクールダウト』を終わりにしましょう」
「───何故?」
「何故って、こんなに智恵が苦しんで悲しんでいるのがわからないですか?」
「はい、わかりません」
「───ッ!」
「逆に、こちらから質問です。どうして、池本栄君は村田智恵さんを庇うのですか?」
「それは───それは、俺が智恵の彼氏であり智恵のことを大切に思ってるからだ!」
「だからと言って、池本栄君がゲームを中断する理由にはならないでしょう?」
「は?」
「恋人だから?大切だから?本当ですか?では、池本栄君。あなたは、村田智恵さんの為に死ねますか?」
「勿論だ」
「本当に?」
「あぁ、もちろんだ」
「そうですか...そこまで、赤の他人の為に頑張るなんて、凄いですね?」
赤の他人。マスコット先生はそう言った。赤の他人な訳ない。だって、ここまで仲良くなったんだぞ?
「人間なんて、所詮他人なんです。自分以外は、全て他人。わかりますか?いや、池本栄君にはわかりませんよね。殴らなければ、殴られる。殺さなければ、殺される。いじめなければ、いじめられる。世界は、そうやって成り立っているのです。喧嘩も、殺人も、いじめも全て自然の摂理なんですよ。殴る方も心が痛い?殺す方も後悔が残る?いじめる方にも悲しみがある?」
マスコット先生は、ニヤリと笑う。そして───
「そーんな訳、無いじゃないですかぁ!殴る方は優越に浸り、殺人は快楽でありいじめとはお遊戯なんですよぉ!暴力も殺人も虐めも全て、娯楽なんです!なのに、貴様ら偽善者は殺されたり虐められたりしている人を見て可哀想だと思っているじゃないですか!それって、表面的なものであって自分は優しい奴だって思うためにやってるだけですよねぇ?」
「───は?」
「本当に、殺しや虐めが許せないなら、肉なんか食べないでくださいよ!競馬なんかしないでくださいよ!動物園や水族館になんか行かないでくださいよ!戦争を止めてみてくださいよ!行動に移してくださいよ!」
「でも───」
「でもじゃありませんよ。違いますか?違いませんよね。自分以外は皆他人。だから、自分が傷つかなければ人は行動しない。故に、国は九州に核爆弾が落ちたって悲しむだけで行動には移さない!核は禁止しろと声をあげるだけ!」
「間違ってる、間違ってるよ!俺は、そうは思わない!他人の痛みがわかる人だっている!」
「───そうですか。では、その意見に耳を傾けて第3ゲームは皆さんの友情を確かめるようなものにでもしましょうか」
マスコット先生はそう述べた。
「じゃあ───」
「情報②生徒会に所属しているッ!!!」
マスコット先生は、ゲームの続行を選択した。俺の要望は飲まれなかった。マスコット先生に恨みを募らせつつ、智恵をこの苦しみから救えなかった自分を責め立てる。
お望み通りの情報を公開したと言わんばかりに、マスコット先生は満面の笑みを浮かべていた。
確かに智恵は「生徒会だって言われたほうが...まだ、マシだよ...」と言った。だからと言って、言われないに越したことはないはずなのに。
「マスコット先生。アンタは悪魔だ。お前は、史上最低な悪魔だよ」
俺はマスコット先生を睨み、中指を立てる。
「残念ですね、池本栄君。私は悪魔なんかじゃありませんよ」
マスコット先生は、俺の言葉を否定してからこう続ける。
「───私は、人間ですよ」
『スクールダウト』
情報の公開される順番 津田信夫・森宮皇斗・宇佐見蒼・森愛香・池本栄・村田智恵
現在 村田智恵 情報②の開示