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4月10日 その⑨

 

 マスコット先生の口から放たれる驚くべき情報。「自殺しようとしたが、失敗した」という、智恵の情報。

「───え」

 智恵の口から、そんな声が漏れ出る。


 きっと、智恵自身意図していたようなものではないのだろう。驚きが大きく、思わず口から漏れ出たようなそんな感覚。


「智恵?」

 茫然自失。呆気にとられて声が出ていない。脳が、情報を受け付けようとしていないのが見て取れる。


 直後。


 ”ギュウウウ”


「───ッ!」

 俺の手を握る、智恵の手の力が途端に強くなる。

「智恵、大丈夫?」

 俺は、心配する言葉を投げかける。


「わ...わ...わわ...」

 智恵の呼吸が、荒く浅くなってきている。吸っては吐いて。吸っては吐いて。


 何キロも走った後のように、呼吸が荒くなっている。


「智恵、智恵、大丈夫───いや、無理しなくていい!俺がついてる!」

「さ、さ、さか、さかえ...」

 直後、智恵の顔が青ざめる。


「───村田智恵さん」

 マスコット先生から、差し出されるのは黒いエチケット袋。智恵が、俺から手を離しその黒い袋を受け取ったた。そして───


「うええええええ」

 智恵が、戻してしまう。時間が飛び、埋められていた空腹感を無理に満たした時に、方法はわからないが腹に入れられた食べ物が全部、口から吐き出される。


「皆、見ないでやってくれ」

 俺は、皆にそう声をかける。


「誰も、嘔吐しているところなど見たくないだろう」

 そう言いながら、森愛香は半目を瞑っている。


「ごほっ、ごほごほっ」

 留まりを知らない智恵の吐き気。俺は、智恵が過去に何があったのか何も知らない。もし「自殺しようとしたが、失敗した」という情報が事実なのであれば。


 智恵が、自殺をせざるを得ないような状況が作り出されたのだ。


「わたっ、私は...」

「智恵、無理しなくていい。大丈夫、大丈夫」

 背中を撫でて、嘔吐の援助をしてやりたいが、この絶妙な距離感でそれはできない。


 ───この距離感も、全てマスコット先生に仕込まれていたのなら。


 手を繋げるし、隣の人同士であれば顔を近付ければこそこそ話───言わば、密談も可能だ。

 だが、ハグをすることも背中を擦ってやることもできない距離。


 ───そして、相手を殴ることも蹴ることもできない距離。


 絶妙すぎる距離感。過度に助けることもできないが、暴力を振るうことだってできない。そんな距離感。

 教室の真ん中ら辺にあった机を円になるように適当に並べただけなのに。乱雑に並べたはずなのに、このような距離感が全て保たれている。


 今、俺達は座席ごと宙に浮いている。だから、その浮く時に微細な調整が行われたのであろう。


「───」

 俺は、智恵の背中を擦ってやろうと無理に手を伸ばす。だが、やはり智恵に触れることはできない。


「はぁ...はぁ...」

 吐き気が収まったのか、智恵はエチケット袋から少し顔を遠ざける。そして、袋を片手で持つと手で自分の口周りを拭った。


「これも、お使いください」

 マスコット先生は、ティッシュを差し出す。智恵は、自分の吐瀉物が入った袋をマスコット先生に差し出すとティッシュで口を拭った部分と、口をティッシュで拭いた。


「ご、ご、ごめん」

 智恵に、吃りが出ている。前までは、無かったのに。吃りが出る状況。それは───




 ───不安な時や、周りの目を気にしすぎている時だ。


 この『スクールダウト』は、かなり人の性格が出る。

 図星と当てられて、怒りだす者。真偽を全く感じさせない者。全部驚くような反応を見せて、真実を隠し通す者。そして、思い出したくない過去を言われ身体に異常が出てしまう者。


「───智恵」

 俺は、智恵の名前を呼ぶ。智恵は、無理して微笑んだ。


「だ、だ、大丈夫。わ、私は大丈夫だよ」

「違う───智恵、大丈夫な訳ないだろ?」

 智恵は今、必死に過去のトラウマと戦っているはずだった。このゲームの本当に恐ろしい点はここだ。


 ───知られて欲しくない過去を、洗いざらい晒されてしまう点。


 これは、津田信夫の時も顕著に現れた。だが、智恵の場合とは根本的に違う。


 そう、津田信夫は情報が晒されたことによるストレスを、八つ当たり───すなわち怒り狂うことで、発散した。

 だが、智恵は違う。智恵は、自分の中で抑え込んでしまっているのだ。


『スクールダウト』は、言ってしまえば「誰も死なないけど、死にたくなる」ゲームだ。

 確かに、ゲームでは棄権をしない限りは死ぬことはない。だが、晒された情報によっては、死にたくなるのだ。


 ───それも、愛する人に全てを知られるとなるのなら。


「智恵...」

「だ、大丈夫。わ、わ、私は大丈夫だから」

 まるで、自己暗示をかけるように智恵はその言葉を繰り返す。抱きしめてやりたい。だけど、距離が足りない。


 不安に押し潰されている智恵を、どうにかして助けてやりたい。


「智恵、これは自分の情報だって考えるな」

 俺は、そう伝える。


「───それは、無理だよ」

 智恵は、そう反論する。その声は、酷く震えていた。吃りが消えていたが、代わりに恐怖が全面に出てきていた。


「どうして───」

 俺が質問し終える前に、智恵が答えを出してきた。そう、その答えは───

















「───どうしても、思い出しちゃうの。20階から飛び降りた時の風景が」

『スクールダウト』

情報の公開される順番 津田信夫・森宮皇斗・宇佐見蒼・森愛香・池本栄・村田智恵

現在 村田智恵 情報①の開示

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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― 新着の感想 ―
[良い点] ぬうう……。 想像以上に地獄な展開。 でもまだ①なんだよなあ。 本当の地獄はこれからだ。 がこれ程に合う展開もそうはない!!
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