閑話 とある富豪の絶望愉悦インタビュー 18
「うむうむ、楽しみを探すのは簡単だが難しい。人生に張りを求めるなら釣りではなく常に動く事を考えないといけない。若人のインタビュアー、君は永遠を望むかい?」
「いえ・・・、スレイシスさんの話を聞いてから考えます。それくらいの時間はありますよね?」
「さぁ?死のうと思えば今死ねる。生きようと思えば、とりあえずは・・・、そのまま座っておけばいい。死は色んな所に潜んでいてね、今座っている椅子から立っただけで心臓発作を起こすかもしれない。座っているだけで、エコノミー症候群を発症するかもしれない。あっ、分かるかい?エコノミー症候群。死んだ言葉かも知れない。いつの言葉かも覚えていないからね。」
「残念ながら、私も知りません。インタビューの続きですが、生きて長いなら、その…絶望したことはありますか?見つからない薬以外で。」
「ふむ、なら語ろうか。他の不死薬服用者は知らないが、私が味わった面白い絶望を。質問は都度してくれて構わない。」
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ナイフとフォークの重さを感じて恐怖して、若返りの薬を狂った様に買って飲む。足りなければ自身で探し、それもまた飲む。老いとは恐ろしい。何気なく歩くだけで息が上がり、寝て起きるだけで節々が痛む。その度に回復薬を飲み、痛みを忘れさせてはゲートに入り傷つく。
しかし、それにも限界があり、到頭私は動けなくなった。人という生物の限界寿命は疾に超えていだが、それでも不死である以上、死と言う終わりはない。幾度となくモンスターに食われ、或いは切り飛ばされたり潰された足や身体は、到頭動かなくなってしまった。
それからは早かった。日々ベッドの上で横になったまま移ろう世界を見る。私はこの時、本当に絶望していた。動けない事でも、話せない事でもなく忘れ去られる事でもなく、置物となり果てる事に。干乾びようと死にはしない。医療器具なんて私には無意味だ。死ないのだから放置でいい。ベッドの上に横たわるミイラ、それが私のその時の姿。
「難しいだろうがイメージしてみてくれ。さぁ、目を閉じて。タバコの箱程の立方体。手もなく足もなく呼吸も心音もない。しかし、考える事もできるし、意志もある。それがその時の私だ。」
「意識のみの存在であったと?」
「いや、それよりたちが悪いかな?箱、つまりは肉体の檻はあるからね。続けよう。」
どれくらいの時をそうして過ごしたが忘れてしまったが、転機は訪れた。ゲートのおかげだ。こうなって久しくした後、私などというちっぽけな存在を尻目に、世界は発展し続け、現実と虚構が曖昧になったので退屈はしなかった。
仮初の世界に仮初の身体を置く事も、現実の世界に仮初の身体を置く事も出来た。しかし、見舞いには誰も来ず看護婦すら人ではない。この時の私は少しはマシだったが、抜け殻のようでありながら、同時に機械のようであった。
散々ゲートに入ったおかげで、富は減って権力も息のかかった者達は既に一線を退いていた。なので、片手間に富と権力を充実させる事に注力を注いだ。まぁ、片手間だ尽力するほどではない。しかし、これは割と面白かった。干乾びて生乾きの動けないミイラの元へまた、人が集まった。
ある者は金の無心、ある者は事業方針、ある者は国の運営の話、ある者は君の様に不死の話。話を聞いて怒れる者も嘆くものも、私を貶す者も、或いは掴みかかる者もいた。
「いやぁ、あの時はお互い驚いた。掴まれた腕がボロリと崩れたからね。その後治癒師にくっつけてもらったが、取った人間と笑い合ったよ。相手の顔は引きつっていたけどね。しかし、その中でも取り分けて多かったのがゲートの話だ。」
「えーと、ソコまで行くと腕に意味はあったんですか?」
「あるとも!博物館に飾られた時、隻腕ではみんな腕を探して回るはめになるだろう?さて、ここからだ。」
ゲートの攻略はファーストが底まで行ったと言う宣言のみで、ほとんど分かっていない。開通した初期から僅か数年で底まで行ったと言う話だったが、それはほぼ伝説となって久しい。彼女の存在は大きいが、それもまた彼女の住まう国が情報隠蔽をし、誤情報を垂れ流すので、どの国も真意の程は分からずじまい。
あの国は上手いよ。昔からスパイ天国だったけど、それはどれが本当か真贋を確かめなければならないという事。人は噂が好きだからね、私も誤情報に煮え湯を飲まされたことがあるよ・・・。
干乾びてはいても、私も薬を探してスィーパーとなったのだ。情報は武器、そして、武器とは金と権力で買える。強いスィーパーの情報を買っては仮初の身体で面会し、話を聞いてはゲートに潜る。歯痒いことだが、上位まで至ったスィーパーは金や権力でどうこう出来るものではない。
彼等自身ゲートで金も大量に稼ぐし、ゲートを出れば権力も持っている。まぁ、会って話した限り、本人達は目標以外にあまり興味はなかったように感じる。そんな中で、1人の最強と呼ばれる人物に会えたのは僥倖だった。
「ナツメさん、私はスレイシスというものです。お噂はかねがね、生きる伝説の1人とこうして出会えたのは格別の幸せです。」
「貴方は私と同じ時代に産まれた人でしょう?いいですよ、昔話に花を咲かそうくらいに考えただけですから。」
彼女の住まう所はなんの変哲もないその時代にしてはかなり古い仕様の一軒家。広くもなければ狭くもない。ただ、女性の使用人?愛人?が多数いるくらいか。いつの頃からか有名で彼女は女性好きとして知られていた。
なので彼女の元には多くの女性が集まっている。今、一杯の紅茶を出したのも見目麗しい女性だった。スィーパーの長が直々に鍛えたメンバーの1人。それが彼女を見る世間の常識であり名札。生きる伝説の1人は時が経っているにも関わらず若々しい女性だった。不老と不死を飲んだと噂されているのも頷ける。
「分かりました、こんな姿で失礼。生身はお嬢さんに見せるには少々刺激的でして。」
「昔・・・、いつだったか忘れましたが、世界初の不死の薬を飲んだ人物だと覚えています。さて、話とは?」
「不死の先について。ゲート最下層、ここにはそれに類するものはありますか?」
ギシリと高級品になったゲート外木材の椅子が軋みを響かせる。この時の私の身体はほぼサイボーグ。軽く見積もって200kgはあったと思う。ゲート出土品を使えば更にいいものは作れたが、この時は懐古主義に傾向して古めかしいファッションだった。
「ふむ、その辺りはクロエが箝口令を敷いているので話せませんね。自身で行って見る分には、底以外ならどうでもいいとも言っていましたが。あそこの辺りには祭壇があるので。まぁ、広いので探しても中々見れるものではないですが。」
交渉の祭壇。ソーツと呼ばれる者と話す場と聞いているが、これもファーストしか使えないらしいので私には関係ない。私の興味はそこではないのだ。
「祭壇はどうでもいい、私はあくまで不死について知りたいのです。不死の先は・・・、精神体なのですか?貴女の様に不死と不老を飲めば、永遠の自分を手に入れられるのですか!?」
「はぁっ?私は不死なんて飲んでませんよ?私が飲んだのは不老です。不死はやめとけとクロエがいつか雑談で話してたんですよ。あぁ、懐かしい。確か望田と話したと言って、講義の日々で雑談がてら話したんです。世間のは噂ですよ?」
ここに来て心がポキリと折れそうになる。不死の薬は出土してどこかの誰かの元へ消えていく。そして、飲んだ人物はいつしか消息を断っている。そんな中で、彼女は私の希望でもあった。仮に、私が若返りの薬を飲みまくって若返り、その状態で不老を飲めば上手く行くのではないかという、希望的観測もあった。なら、永遠と言われる彼女は合わせて飲んだのか?少しでも自身でいられるという希望が欲しい。
「・・・、ファーストは飲んだんですよね?永遠の乙女と言われる彼女は!不死と不老を飲んだんですよね!?」
「ん〜、彼女のプライバシーなので私が多く語るのはダメでしょう。代わりと言ってはなんですが、私が生身でいる理由は話せますよ?」
「・・・、それは不死にも有効ですか・・・?」
「ん〜、想い1つですね。私の初期の職は肉壁です。なので、好きなように身体を変えられます。」
そういった彼女は髪を短くしたり、腕をメートル単位で伸ばしてみせた。そうか・・・、自身制御。これのおかげで、彼女は歳も取らずにしかし、死は自身のモノとして残しているのか・・・。永遠の若さを持って死を内包する・・・。つまる所、私は最初の選択肢を既に間違えていたのだ。職にも就かず他人の成果を買い漁って浅ましくも不死を得た。
終わりなき追憶の旅は終わりなき未来に続き、その果の姿は分からない。干乾びたミイラでも誰かに認識はしてもらえる、金はあるので高級な器具を使えば声もイメージも伝えられる。しかし、ミイラが崩れ去り風化したら・・・?幽霊・・・?不死なのだ・・・、話せずとも、触れ合えずとも、意思を伝えられずとも・・・、生きているのだ・・・。一人きりの世界で・・・。薄ら寒い孤独の絵は未来であり、私が描かれたもの・・・。
「対処は・・・、私にできる対処はないんですか!」
立ち上がる時に膝が当たりテーブルの紅茶が溢れ足に掛かる。この感覚も全ては、センサーでそう思わせているに過ぎない。そして・・・、それは、ミイラの身体が無くなればなくなってしまう。
「いやぁ、本当に絶望だったね。富も名声も権力も死んでいては使えない。そして、死んでいないのに対話出来ないのでは使い道がない。相対的価値というものがあるけど、相対相手のないモノに価値はない。つまり、私は彼女との会話で無価値に至る道を示されてしまった。」
「しかし、それでも歩んだと?」
「ああ、パンドラの箱だよ。彼女と会って絶望したけど、彼女と会って希望を見つけた。話の最後には希望があったからね。さて、話も終盤、悦楽だよ?」
声を上げて絶望する中、彼女は私を手で制してこんな問をしてきた。ありきたりで、昔の世なら天気がいいですねくらいどうでもいい話。
「貴方の職はなんですか?」
「中位、付与術師と第2職はサバイバーを習得しています・・・。」
「付与術師・・・、2回の権利は使ってしまいましたか。確か付与師は貼り付け、下限、上限でしたね?」
「・・・、ええ。私にはもう、打つ手がない・・・。干乾びて風化する者としての先を歩きましょう・・・。」
打つ手はない。権利は使い切り肉壁には就けず、ミイラになって永い身体を元に戻すのは無理がある。選んだ理由も私は人に金を渡し結果のみを得る為。至っても考えは変わらず、生きてさえいればどうとでもなると、捜索向きのサバイバーを選んだ。しかし、その道は間違いだったのだろうか?私が歩むと決めた道の先とはこんなにも寂しいものだったのだろうか・・・?
「・・・、永く生きる者のよしみです。私も一度クロエから言われた言葉を少し変えて贈りましょう。」
「クロエの言葉?」
「ええ、貼り付けるとは何を貼り付けるんですか?」
「何を貼り付ける?それは、武器の能力を飛躍させたり、モンスターを弱らせたり能力上限を引き上げ・・・。」
「はぁ、クロエが面倒と口癖のように言うのが分かる。全く、今のギルドは何を教えているんだか・・・。いや、古い人間だから昔から教えてない?まぁ、時間はあってないようなモノです。正解は自分で出す事、ヒントはあげましたよ。」
そう言うと彼女は立ち上がると同時に、別人の姿へとかわる。見事なものだ、最強とはかくも見事に職を使いこなすのか。時は進んで体系化した中位への至り方、しかし体系化しても後は本人次第と言うのは否めない。と、彼女は何をする気だ?
「まっ、待って下さい!どちらへ!?」
「ちょっとギルドを下見して、駄目そうならケツを叩いてきます。紅茶飲んだらお帰りを。後は任せましたよ?」
そう言葉を残し彼女は行ってしまった。しかし、さっき紅茶は溢してしま・・・。
「入っている?まだ、温かい?」
とりあえずは紅茶を飲んで帰り、言葉を反芻しながら考えて考えて・・・。
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「それで、今の人でない姿になったと?」
「それは間違いでもあるし、正解でもある。この姿はトロンプルイユによるまやかしで、本体はないからね。」
「は?しかし、希望はあったと・・・。」
「あぁ、あったとも。私は富豪で元貴族だからノブレス・オブリージュだ。面白いモノを見せてあげよう。」
トロンプルイユで人の身体を作り、それに私を貼り付ける。幾度も失敗し、完成させた工程は寸分違わす成功し、古い体は露と消える。ふむ、こんな姿だったかな?まぁいい。私が動け、私として成り立っているのだ。コレが出来るようになったら、1つの身体なんて窮屈なモノは邪魔でしかない。
「どうだい?中々のイケメンだろ?いや、少し古いか?」
「あ、え、いえ・・・、その、それが今の貴方ですか?」
「あぁ!スレイシス・フォン・アグホーン。世界の富豪の1人、形なき支配者さ!まぁ、支配も何もしてないんだけどね。さて、面倒事はほっぽり出してファーストを探しに行こうか!」
ファーストにも会いたい、いい女とも遊びたい酒も飲みたいし、食事もしたい。やる事があるのは実にいい。人生にハリが出るからね!