76話 フィールド 挿絵有り
「ご命令ヲ・・・。アナタが望むなら、ワタシは獲物を狩って献上しまス・・・。」
「えぇ、えぇ、夕餉には早いから、クリスタルを貢ぎなさい?アナタに貸した領土だもの、枯らすも肥やすも、胸のうち。見てる間にお行きなさい?」
紡がれた言の葉を賜ったエマは領土と言われた森を歩き、その後をついていく。短いショットガンから出される射撃音が木霊すると、どこからともなく何かのひしゃげる音や、潰れる音がする。彼女は白いブラウスに黒のタイトスカートだが、軽い足取りと顔に湛える頬笑みのせいで、ゴシックドレスを着て歩く深窓の令嬢を思わせる。ただ、痛ましいのは首のカメラが、鉄の枷を思わせる事か。
そして私が悲しむのは、その微笑みも眼差しも私の方に向いていない事。私は彼女にナイトと呼ばれた。そして、控えろと。仮にここが森の狩場なら、確かにナイトの出番はなく狩人の仕事場だ。森に分け入り怪物を倒す事はあれど、獲物を仕留めるのは狩人の仕事。それぞれに役割があり、領分というものがある。
「クロエ、貴女は賢者でいいんですよね?」
「えぇ、えぇ、森に住まうは賢者にして隠者。紡いだでしょう?緑は死の色と。古い古い絵本の時代、死人は緑で森はその象徴。街を追われたなら、死の国に住むしかない。」
例えなのだろうか?エマは米軍所属で、普段は迷彩服を着て仕事をしている。深い経歴までは見なかったが、クロエはそれも知っているのだろう。多分、話しているのは彼女が軍属になった経緯?いつにもまして抽象的だ。しかし、エマが暗示をかけているのなら、周りがそれは嘘だと指摘すると暗示に綻びが出る可能性がある。
「では、私は私の領分まで控えてお喋りでもしましょう。赤ずきんを暇にさせるのも悪い。狩人はこんな森も出せるものなんですか?」
「そうねぇ、それは狩人の先かしら?至る道に歩む道、戻る道に帰り道・・・。私の心付けは、差し当たって近道かしら?イメージなさい?古くも新しくも、知らなければ分からない。」
クロエは狩人の先を知っている?いや、狩人のイメージから森を出した?虚像の森は、しかし、触れもできれば葉の擦れる音もする・・・。コレもイメージなのか?彼女はビルを消した、なら、何かを生み出す事も出来る?あの黒い犬・・・、バイトと呼んだあれは、犬の皮を被ったモンスターだ。
全世界にガーディアンの警告は成されている。モンスターが不用意にゲートから出れば、あれが追ってきて辺りをモンスターごと壊滅させると。他ならぬ彼女から警告された。しかし、当の本人はモンスターを外に出している・・・。彼女の言う首輪のおかげなのか?
分からない、聞けば多分教えてくれるのだろうか?いや、教え云々より私は彼女の声が聞きたい?そう思うと、背中にジットリと嫌な汗が伝う。私は元の黒江 司を知っている。配信前に警察署で写真を見た。何処にでもいる、小肥りの人の良さそうなおっさんだった。しかし、それを知った上でそう思った?
「橘?貴方は人より多くのモノが見える。職は無数にあるけれど、その中でも、あなたの職は難しい・・・。過ぎたモノなのよ・・・。」
響く銃声で最後は聞き取れなかった。前を向く彼女の口は見れず、スクリプターの能力での読唇術も使えない。疑いと疑惑の残るこの状態だが、不思議とそれが正しく思える。まだ、誰も現れないEXTRAであり、魔法を自在に使う者とは皆こうなっていく?
深い森は途切れる事なく続き、しかし、見通しの悪い森の中でもその歩みは迷いなく進む。15階層から潜りだして早くも19階層まで来た。襲いかかって来たであろうモンスター達は、一切姿を見せる事なく、エマが倒すか時折する咀嚼音の主、バイトが狩っているのだろう。控えろと言われたので、従者の様に付き従って歩くが、彼女と喋っているので暇とは感じない。
「エマは上達していますか?」
森そのモノが魔法なのだろう。鑑定してみたが、脳内にヘドロの様な緑がぶちまけられそうになったので、すぐさまやめた。やはり、魔法の鑑定は気持ちが悪い。
様々なイメージが交わりあい、不気味な色を見せてくる。救われたのは、エマが設置した罠は魔法と似ていながらもまだ、見れる色だったからだ。これが罠もなくクロエの魔法だけを視ていたなら、多分私はなんの恥じらいもなく、胃の中身をぶちまけていただろう。
「ぼちぼちね。領土があるのだもの。彼女のイメージとは違うものでも、彼女に従うし領土なら、そこの王女は彼女自身。だからほら、少しは面白い見世物が見られるわぁ。バイト待て。コレは彼女の仕事よ?暇なら先に行ってメンバーと遊んでなさい?」
先程まで単発で響いていた銃声がけたたましく木霊する。呼ばれた犬はいつの間にか現れて、クロエの足に甘えるように頭を擦り付ける。傍から見れば、微笑ましい光景かもしれないが、犬はモンスターの成れの果てで、主はそれを成した人物。薄ら寒いモノがある。ひとしきり頭を擦りつけた犬は、音もなく走り出して森へ消えた。命令に従うように受講者達の所へ向かったのだろう。
ゆるゆるとクロエが歩き、森の開けた所に出るとそこにはエマと一体のモンスターが対峙していた。巨大なモンスターは深い緑色で、顔のような部分には赤と薄い緑の光が見える。ふむ、驚異ではないな。少なくとも、私なら片手間に倒せる程度のモンスターだ。鑑定しても、脅威は感じない。倒すだけなら数十通り以上の方法が浮かぶ。しかし、エマには少し重荷ではないだろうか?罠を使い出して昨日今日の、クロエ曰く新米で下手っぴ。ここは私がやったほうが安全・・・。
「おやめなさい?成長の機会は誰もが持ってる、卵の殻を破って雛になる。準備も機会もそれは突然現れる。」
「・・・、私は視ていればいいと?」
「えぇ、子の歩みは思ったよりも早いものよ?」
構えた私をクロエが手で静止するので踏みとどまる。エマの勝てない相手ではない。しかし、一筋縄で行く相手でもない。雑魚を罠で倒しきらなかったのなら、決め手は銃撃となるのだろうか?視界の先で始まった戦闘で先に動いたのはエマだった。一発撃ち込まれた弾丸は、しかしモンスターに通用せず甲高い音を響かせるにとどまる。
(あえて実弾を使っている?)
ガンナーの武器で攻撃した場合、弾は出るがそれは実弾ではなく。実弾とイメージされた何か。当たって弾かれても、あるいは貫通しても音はしない。するとすれば、それは職に就いたものがそうイメージしているから。効果の確認をする事なくエマは木々に紛れて姿を消す。モンスターはこちらに見向きもしない。多分、感知されないようにクロエが魔法を使っているのだろう、霧のような煙が濃くなっている。
銃弾に釣られたモンスターは蜘蛛のように細い足を振り、エマの消えた先を薙いで木々を倒すが、幾本目かで触れた木がトラバサミとなり、細くも太い足をガチリと加え込んで完全に閉じきった。切断された足は地に落ちながら消えていく、流石に大きいので、すぐさまとは行かない。人と同じ大きさのモノでも、破壊の度合いによっては、消えるまでに時間を要するので仕方ない。
モンスターは切断された足に気を払う事なく、レンズの様な目で周囲を探しては足を振るうが、ハズレを引けば更に足が減らされる。爆発に槍衾に、ギロチンの刃。身体を支えている足も、不用意に踏み出せば穴が空き姿勢を崩す。森と言うフィールドを活かし、姿なくエマはモンスターを罠に嵌めていく。足はだいぶ減ったが、それでもモンスターは未だ健在、火力不足な罠では仕留めきれないか。
木を伝う様に、細い足と伸びたケーブルを使い移動しようとするが、そのモンスターの荷重でしなった木から落ちてきた無数の木の実の様なものが触れるたびに爆発を起こして、身体を支えるケーブルを破壊して地面に落下させ、落ちた先に地雷でも設置していたのか、更に足を吹き飛ばす。決め手はないが、確実にダメージを蓄積している。狩人としては正解なのだろうか?
職の中では数少ない絡め手を得意としている?割と職ははっきりとした攻撃手段で攻撃する。スクリプターにしても、ダメージを重ねる前提で攻撃し、必殺のイメージを込めて倒す。倒せない、或いは倒しきれないと言うイメージは邪魔でしかない。そんな小さな綻びでさえ、スィーパーなら否定しないといけない。
横にいるクロエは微笑みながら、モンスターが破壊される様を見ている。そこでふと思う。なぜ彼女はそこまでモンスターを倒したがるのか?開通してからこれまで、ずっと彼女は自身が交渉した責任の為に、モンスターを倒していると思っていた。しかし、その微笑みを見て思う。本当にそれだけなのかと・・・。
「楽しいですか?」
「えぇ、ゴミが片付くのはいい事よ?」
事もなげに、微笑みながらそう返えしてくる。鑑定に頼りすぎているつもりはないが判断に迷う。確かにモンスターが倒されるのは喜ばしい。溢れる事を考えれば、外円にいた私でも恐怖を覚える。せめて、今の感情でも分かれば・・・。
「さて、これは減点ねぇ。霞揺蕩う森の中、光りは優しくしか届かない。触れる光は暖かく、そんなものでは傷付かない、」
焦れたモンスターがビームを発射し、ぐるりと一周して周囲の木を触れる事なく切断する。こちらにもビームは飛来したが、煙を抜けたそれは、ほんのりとした暖かさのみを伝えるのみ。周囲への被害と私達へもたらされた結果のあまりのチグハグさに、一瞬頭が追いつかない。
切断された木の隙間からエマが、転がるように出て来てモンスターに2発。通用しない弾丸は着弾する前に姿を変えて杭となり、2発目はそれを打ち込む破城槌となって杭と同時に着弾して先端をめり込ませる。有効打ではあるが、その程度のめり込み方ではモンスターは止まらない。殺るなら貫通でもさせるか、トラバサミのように食い千切った方が有効だ。
しかし、鑑定していれば分かる。あの杭はあくまで打ち込むもの。足をもいだのも、上へ行かせないようにしたのも、この状況を作り出して彼女の必殺を描く為。彼女にはこのモンスターは荷が重いと思っていた。しかし、荷が重いのなら軽くなるように策を練り、罠に嵌め、必殺の場を作ればいい。
「なる程、領土ですか。」
「ええ、堅牢だろうと大きかろうと、綻びが出ればそこから崩れる。見上げるほどのゴミだけど、小石ひとつでサヨウナラ。」
めり込んだ杭の先、そこは最初に弾丸を撃ち込んだ場所。杭を受けて更にめり込んだ最初の弾丸は、モンスターの中に入り込み、毒を受けたかの様にモンスターが痙攣してついには動かなくなった。仕留めたのだろうか?
地面を転がったエマは服のあちこちは破け、下の黒いインナーが見えるが身体に傷は見えない。一応念の為だろう回復薬を飲んで、こちらに歩いてくるとクロエの前に片膝をついて両手を差し出し、その手の中からは無数のクリスタルが出される。
「献上しまス。コレも・・・、あの獲物さえモ、献上しまス。」
「えぇ、えぇ、受け取るわ狩人さん。なら、ご褒美に少しだけ、減点を差し引いた分だけご褒美を上げる。」
キセルを手に持ちプカリと吐かれた煙が指先に集まり、見えなくなる程凝縮されたソレのある指先で、エマの顔にある傷跡をひと撫でする。これがご褒美?いや、確かにご褒美だ・・・。撫でられた傷跡には、クロエの魔法の痕跡が見て取れる。何が込められているのかまでは見えない。靄のように薄く、しかし、離れることのない靄。ご褒美のお守りにしては、贅沢な気がする形のない一品。
「さて、エマ!」
「!な、何ダ!?何が起こっタ!?えっ、あっ、ま、まテ!ワ、ワタシが・・・、倒しタ?」
ーside 司ー
魔女が余りにも煩わしい・・・。イメージするなら、目の前を左右に転がりジタバタしながら、しきりに暇と叫んでいる感じだろうか?コチラも仕事しているので、子供の相手はしていられない。しかし、余りにも煩わしいので仕事を与えた。内容はエマの教育。元を正せばエマは魔女が綺麗だからと選んだのだ。
この程度の仕事を割り振った所でバチは当たらないだろう。振った当初はモンスターハンティング出来ないとブーたれていたが、始めてみると意外と面白かったのか、割とちゃんと教育していた。最後にエマの名を叫んで、目の前にキセルを突き付けて暗示を解く。深い暗示なら別の方法を探らないといけないが、簡単な自己暗示なら一気に注意を空してやればいい。
暗示は解けたようだが、割と深かったのだろう。俺達を見ながら驚き、背後のモンスターを見て驚き、魔法を解いたので崩れて煙になっていく森を見て驚いている。忙しい奴である。しかし、徐々に記憶が思い出されているのか、手袋と銃を交互に見たり顔の傷を撫でたりしている。それはそうと。
「エマ、これもらっていい?」
「渡したものダ、返せとは言わなイ。」
手?足?は減ったがほぼ完全な形のモンスターとクリスタル。クリスタルは自分でどうとでもなるが、モンスターは毎回ぐちゃぐちゃになってすぐクリスタルになるので、こういった形で手に入るのは珍しい。一応、杭の刺さった穴から煙を流し込んでみたが、どうやら完全停止して、還元変換も徐々に始まっているようだ。無くなる前に指輪に収納してあとはキレイさっぱり何もなし。あのモンスターとタイマンはって倒せたのだ、これで罠が少しは強くなっただろう。
「それでクロエ、控えていた私には何のご褒美もないんですか?」
横に突っ立っていた橘がごほうびを要求してくる。えっ?何もしてないのになんかいるの?ん〜、まぁ、控えろって言ったのは確かだし、楽できたからそれがご褒美でもいいんだろうが、多分納得しないだろうなぁ。どちらかと言えば、モンスター狩りたい側の人間だし。そうなると、何かあげないといけないか・・・。なんか手持ちであっただろうか?
「何が欲しいんですか?外に出て食事くらいなら奢りますよ?なんたって懐は熱々ですからね。」
無い胸を反らしての金持ちアピール。実際、金貨にしろ現金にしろ最近ウハウハなので金持ちではある。飯の1つや2つ奢った所でなんともない。
「なら、エマと同じものを下さい。あれは・・・、固体なんですか?」
「エマと同じ・・・、煙ですか。ん〜、まぁいいですよ。固体で欲しいなら固体にしますが、舐めたり含んだりしないでくださいね?」
「なんで私がそんな事するんですか・・・。」
「・・・、いや、一応口に含んで出したものですし・・・。何なら体内?を巡ったモノですし。」
忘れないぞ、前に人のキセル吸わせろと言った事。大丈夫だとは思うが釘は刺しておく。プールで尻は触るし、変に口説くような言い方をするので、信用はしているがそれでもね。キセルを吸ってプカリ。さて、エマと同じモノというが、これは糸を作る要領で作った簡易魔法発生装置の様なモノ。スクリプターと違うのは発動すれば、ある程度の自由があるという事。
試作段階で日夜賢者と殴り合って作っているが、形にはなった。特に問題点もなく、発動条件も本人次第。ただ、元は一吸いの煙なので、煙がなくなれば当然魔法も発動しなくなる。タバコやキセルは吸うが、消火器じゃないんだ戦闘以外でそんなにモクモクしないよ。
「・・・、しませんよ、そんな事。」
「はい、目を逸らさない。で、内容は何がいいんです?だいそれたモノ以外でお願いしますよ?」
「ふむ、エマさん。ご褒美は使えますか?」
「厶、試してみよウ。」
いうが早い。エマは顔の傷を指で触る。それが本人が決めた合図なのだろう。撫でた指を振り払うと、周囲にはどこかの町並みと奥にはトレーラーハウスが見える。森と一緒である程度自由に動かせれるので、そこいらの車が突っ込んできたり、町が突如崩壊するなんて事も出来る。
感触も何もかもあるが、それは全体ではなくあくまで触れたりした部分のみ。全体をそうすると、流石に一服では追いつかないし、そうする必要性もない。割と煙を食うのは爆発なんかの消失イメージなんだよなぁ。壊れれば消える。当然のイメージ程強い。
「ワタシは・・・、ここヲ・・・、覚えていたのカ・・・。」
「そりゃあ、何処かは知りませんがエマのイメージなんです。イメージのないものは作りづらいんですよ?」
周囲を見回して悲痛な面持ちで懐かしんでいるようだが、故郷なのだろうか?いい思い出にしろ、悪い思い出にしろ、故郷には色々な思いがある。例えばイタズラして親父に怒られたり、友達と遊び呆けて迷子になったりとか。いゃあ、チャリで行動範囲が広がったからと、無鉄砲に何処までも走って見るものじゃない。
大人になってから見ればすぐそこの様に感じるが、子供から見ると友達の家と、通学路以外の場所に行くのは大冒険なんだよ。知らん場所に行って友達と遊んだはいいものの、帰り道が分からなくて結局警察にお世話になったっけかな?道聞いただけだけど。
「他のモノも作れますか?例えば・・・、先程のようにビームを無効化する霧とか。」
「出来ますよ。ただ、町よりは燃費がかさむので・・・、10回くらい無効に出来ると思ってください。本当は刻印の方が頑丈ですけど、それでいいんですか?」
「構いませんよ。スクリプターで編集すれば使い放題ですから。」
人の魔法をコヤツは使いまくるつもりらしい。まぁ、誰か他の人も煙を使うなら、同じようにするだろうからいいのだが。エマが町並みを崩す中で煙をプカリ。指で絡めて具現化していく。封入された魔法はビーム無効のみで、出来た物はビー玉位の白い玉。見方を変えれば真珠に見えない事もない。全く光沢も無くて、煮魚の目のようだが・・・。
「出来ましたよ、どこかに付けますか?」
「いえ、指輪に収納しましょう。」
手渡すと指輪に玉を入れて3人で先を急ぐ。20階層まではすぐだが、森での討伐に割と時間を食った。19階層から20階層の道中で出たモンスターは橘とエマが競うように狩っていく。相変わらずサイバーアクションしている橘は、なんの気負いもないのでスクリプターの能力も使い出して、武器攻撃も編集しているものだから時折キモい動きになったりする。
肉壁スーツのおかげで大丈夫なのかと思ったら、単純に身体を限界まで酷使してアイテムで制御しているとの事。いくら回復薬があるにしても、あそこまでしたらかなりキツイような・・・。逆にエマは大型モンスターを倒した事で自信がつき、罠を多用するようになってきた。体中のあちこちを触って、モンスターの中を進むと、背後には感知地雷よろしく黒いスリングが飛び散り、前面のモンスターを手袋で殴って、蹴っ飛ばして爆散させて巻き込ませたりと、地形が無いなりの戦い方をしている。
「Hoooo・・・!なぜ我々はコレが出来なかったのダ・・・。出来るにしてモ、もっと早けれバ部下達ハ・・・。」
クリスタルに変わるモンスターを見ながら、雄叫びを上げたエマが悲しそうにつぶやく。早ければ、か。後悔は何時も時間が絡む。早ければ、あの時していれば、その時はこんな事になるとは、と。悔やんでも仕方ないのだ、何事も前にしか進まないなだから。
逃げたと思って後退したとしても、それは結局次を目指しての行動。折れなければどうとでもなる。割とどうしようも無い事はあるが、それでも時間は止まってくれないしねぇ。いや、意外と魔法ならイケる?
『無理無理、時間は無理。単体をどうにかは出来るけど、全体は無理。警告しておくけど、全体の時間を止めようだなんて無理な事はしない事。』
『ふむ、単体は・・・、そう言えばソーツはしてたな。』
なるほどザ・ワールド!そして海外からの中継です。懐かしのクイズ番組だな。アレのおかげで色々興味持てたのは素直にいい事だった。それはさておき、全体とはどこまでの全体なのだろう?大きい規模なら宇宙全体とか?まぁ、そこまでする必要性はないが、単体はどうにかなるらしい。なら、その方向も賢者にご教授願おう。必要なイメージだと、ありきたりに時計とか?
「エマ、時は早々にどうにかなるものじゃない。積み重なって折り重なって歴史になるんです。今の世の中、この世界の最高の岐路ですよ?楽しみましょう。」
「ウ・・・、ム。20階層行きのゲートが見えてきたナ。あれは・・・、バイトだったカ?いい猟犬だっタ。」
遊び呆けていると思った犬がゲートの前で出迎えてくれた。変に律儀な犬だが、そう言えば戻してなかったので、普通の大型犬位の力しかない。まぁ、咀嚼に限り何でもモグモグするのだが。横に来た橘は犬を警戒するので、指輪に収納しようかな?
「クロエ、あの犬と模擬戦はできますか?」
「ん〜、手綱を握っているので出来ない事はないですよ?」
「タチバナはアレと戦うのカ?」
3人で犬を見つめる。中層行きの試金石、手綱は握っているので一応安全。怖いのは空間攻撃なので、事故ったら最悪頭や腕をパックンチョされる事。余りにも危ない試金石だが、犬とやり合えるなら中層でもどうにかなる?ん〜、ここでするより一度メンバー全体の前で実演した方が噛み付きへの対処法もイメージ出来そうだ。
次にスタンピードが起こった時、その場に俺がいるとは限らない。なら、そういう訓練も必要なのか・・・。問題は怪我とイメージが崩れる事だが・・・。
「とりあえず、20階層に行ってから考えましょう。」
何にしても、ここに立ち止まっていては埒が明かない。犬を連れてゲートを潜る。辺りに人影はないので、メンバーとは別の所に出たようだ。まぁ同じ所に出る確率の方が少ないのだ、仕方ない。スマホで時間を確認すると、ギリギリ退出前の様な時間帯。すぐさま連絡を取ると疲れ切った声の宮藤がすぐ出た。
「お疲れ様です、クロエです。その、大丈夫ですか?」
「・・・、お疲れ様です、ちょっとみんな心に傷を負っています・・・。どうかしましたか?」
どうやら、対スィーパー訓練でやつれているらしい。しかしどうしようかな。今の状態で犬の攻撃見せたら砕け散ったりしないよな?まぁ、話してみよう。
「宮藤さん、中層のモンスターって興味あります?」
「・・・、それが相手に出来ると?」
声に若干の覇気が戻る。やはりあの訓練は鬱憤が溜まるのだろう。俺もしたくはないし、やられたくもない。まぁ、そんな訓練だが必要は必要なんだよな・・・。
「まぁ、ちょっとした再現です。疲れて退出するなら、また次の機会にしましょう。」
「いえ、メンバーを集めましょう。殺るにしても、見るにしても早いほうがいい。GPSは無意味なので、炎を打ち上げます。」
電話をしながら辺りを見回すと、真横から盛大に火柱が立ち昇るのが見えた。盛大に昇ってはいるが小さい。さて、橘とエマを連れて飛んでいくかな。