閑話 とある富豪の絶望愉悦インタビュー 17 挿絵あり
時間がない。納得はできましたが、もう少し書き込みたかった。大味です。
はした金で寿命が買え、若返り、永遠さえ手に入る。素晴らしい!あまりにも素晴らしい!私は成功者であり、その成功は金として目に見え、見えた資金は権力となって私に還ってくる。逆らう逆らえないのではない、淡々と事実が積み上がり歯車が回るだけで、私の足場は固まる。それが世界であり、普遍的な真理である。そして、私はそれを買った。もたらされたのは初めてゲートが開通した彼の国。
私の歳は今年で45歳、いささか年老いたがそれでもまだ若い。それに若返りの薬も飲んで外見は20代だ。なら、これを使うのも問題ないだろう。薬の検証は中々に大掛かりだ。発見する所から始めないといけないが、それができても鑑定、効果の程の人体実験、更にはその後の薬害被害まで試して、初めて私が服用するに値する。しかし、この薬・・・、不死の薬だけはそれが中々に叶わない。
様々な国にアプローチをかけ、政治家に金を握らせその先で手に入れた薬。1億ドルなどという安い値段で買えたのは吉報で、それが無事に手に届き、目の前にある。彼の国で鑑定済みの品だが、それも手駒の鑑定師に鑑定させた。結果は間違いないそうで、出された条件もこなせる・・・。
私に条件などと言うものを突きつける事がおこがましいが、もたらされた国を考えれば、誰が発見したかと言う事はおおよそ検討が着く。誠に不満だが、金と権力でどうにもならない事は確かに存在する。それは、ゲートの奥へ行く事もしかり。私はあのような野蛮な場所に行く気はないが、そこを嬉々として歩む人物・・・。ファーストだろう。発見者の名前は違い、探りを入れたが一切の情報は抹消されている。
政治家や犬に金を渡したが、遂にその確証だけは得られなかった。しかし、薬はここにあり、私はそれを飲む権利を得ると同時に永遠を手に入れる。幾星霜の年月かかろうとも使い切れない金はあり権力も存在している状態で薬を服用するなら、そこに綻びはなく、王者として君臨する事が出来る。ただ、気がかりなのはなぜこの薬を、その場で飲めと指定したのか?
別に飲んだ所で問題はないと思うが、その点に言及した事だけが気がかりだ。しかし、誰か別の人間に試させれば、余分な金を使うのもまた事実。寿命は買って使った。他の人間も使い科学的に分析され効果のほどは確かだった。若返りは数が少なく手に入っていない。仮にあったとしても、スィーパーが使っているのか表にも裏にも出る事はない。
「アイリーン・・・。私がこれを飲んだとして、次があれば君も飲むかい?老いていく君を見るのは忍びない。」
「私は・・・、いらないわ。老いを楽しむのも女性の特権よ。シワ一つ、白髪一つ私の生きた証だもの。あぁ、若返りがあればちょうだい?美しい姿を残すのもまた、女性の義務なの。」
妻は老いを楽しむか・・・。欲のない事だ。使い切れない程の財も、ほぼほぼ願いを叶えられる権力も、生きていなければ使えない。妻とは決別が決まった。永遠のうちの数十年程度なら彼女に使ってもいいが、その後は私の楽しみとして全てを使おう。
「いいだろう、死ぬまでは夫だが死んだら別だ。私は君のいない後を生きるなら、楽しみは必要だからね。」
「いいわよ?死んだ後なんてなんの気負いもないわ。私は、今を生きてるのだから、死ぬまでの間は贅沢させてね?差し当たって、若返りの薬と大きなダイヤが欲しいわね。今のルビーも嫌いじゃないけど、飽きてきたのよ。」
「いいだろう、好きな指輪を買うといい。」
私より20歳若いアイリーンは新しい指輪が欲しいらしい。別に構わない。金など掃いて捨てる程あるのだ、彼女が宝石で飾るように、私も彼女で私を飾ろう。いい女に旨い酒と料理、贅を凝らした家に趣味で使える金もあまりある。それは、受け継がれた資産もあれば、私が事業や投資で増やしたものもある。
知り合いに依頼されて投資したモンスターの持ち出しは、警告を受けたので投資を取りやめたが、どうせ私以外の誰かが後の投資を引き継ぐだろう。しかし、ファーストか・・・。一度直で見てみたい人物ではあるが、権力や金ではどうにもならない事の1つで会う事は叶わないだろう。一度、知り合いの政治家にそれとなく打診したが無理だと断られた。
どうやら、彼の国は彼女を箱入り娘にしたいらしい。外交のカードにした所で、それをちらつかせるだけも事足りる強力なカード。私の権力でさえも通用しない相手。なに、これを飲めば後は時間が解決してくれる。
「さて、飲むとするか・・・。君も見るかい?人類の悲願が達成される瞬間を。」
「興味ないわよ。悲願だろうなんだろうと、ただ新しい骨董品が産声を上げるだけでしょ?私は、お酒でも飲んでハッピーになっておくわ。寝室の鍵は開けておくから、気が向いたら来てね。」
妻は寝室に行き、残ったのは薬と私だけの部屋。勿体ない事だ、世紀の瞬間を見ないなどとは。いや、世紀の瞬間なら大々的にお披露目する方が面白いのか?マスコミを呼び、羨む人々の中で煽る不死の薬。それは何物にもまさる喜びになるのではないか?羨望も懐疑心も皮肉も一手に引き受けて、笑顔で呷る薬はさぞ美味いだろう。そうと決まればこうしてはいられない!
手元の電話を取り知り合いの新聞記者や、テレビ会社の社長へ連絡を取り、大々的に記者会見を開く準備を行う。テロにしろ、物乞いの犯行にしろ、或いは天災に交通事故だろうと、私は凶弾に倒れる事はなくなったのだ!死の恐怖から開放された事がこんなにも心を軽くしてくれるとは!
「とうしました?ミスター・スレイシス?何かいいネタでもありましたか?」
「あぁ!とっておきだ!私は不死の薬を手に入れた!記者会見を開いてその場で飲もうと思う!」
「なっ!?会見はいつ開きますか?」
「すぐ飲めと発見者から言われてね。明後日だ、それなら準備できるだろう?どの放送局にも連絡して大々的にやってくれ!」
水面に水滴が落ちれば波紋が広がる。私の落とした水滴は大きく、波紋は光の速度で情報が周り各方面から多数の問い合わせがあった。中には薬を寄越せや、偽物でこれが本物と言う輩もいたが、それは全て無視だ。
会見の当日、私は大勢の記者に囲まれて壇上に上がった。横には美しい妻と物々しいSPにスィーパー達。警備は万全で会場は私の屋敷。簡単に賊が入り込めない手はずを施し、記者やカメラを見渡す。人々を見下ろすのは気分がいい。これが量産されて、行き渡れば私のした事は道化になるだろうが、いまこの瞬間は私が人類の主役と言っても過言ではない。死の克服だ!誰もが羨む夢を私は叶える!
「お集まりの皆さん、今日この時!この場で!人類は進歩する!死は別れではなくなり、永遠を探す為のタイムリミットでしかない!私はその一歩を踏み出し、永遠となろう!」
話し終えて薬を一気に呷る。喉を通り過ぎて身体に入ったが、変わった感覚はない。多少落胆するが不死を得て身体が変わっては意味がない。ましてや、吸血鬼の様に膨大な弱点を備える存在などになりたくはない。しかし、古来よりあらゆる権力者が望み、誰も成し得なかった夢を、今、この時、私は体現した!
「スレイシス氏、なにか変化は!」
「いや、ないよ。ただ、満ち足りた気分だ。」
「スレイシス氏!今後の長い生をどう生きるかの展望は?」
「なに、長いんだゆっくり考えるさ。」
様々な質問が飛びそれに答える。横の妻は微笑んでいるがつまらなさそうに私を見るが、夢の体現は成された。何をしようにも死に怯えず、どんなアクティビティでも、エクストリームスポーツでも出来る。まさに無敵。まさに自由。
パラシュート無しのスカイダイビングとてこなしてみせる。あぁ、映画でも撮ろうか?スタントなし空砲なしの本物志向のアクション映画。なるほど、その場で飲めとはこの万能感を早く味わえと言う事か。気前よく売るだけあって、粋なはからいだ。
その後の私は更には事業を行い富を増やし、不死をいい事に様々な無茶をした。毎日浴びるように酒を飲んでは贅を凝らした食事を楽しみ、妻や妻以外の女性と遊び、この世の快楽悦楽を求めてありとあらゆる事をした。
中には本当に危ない事で、実弾の前に立つ事さえした。なに、不死なのだ。撃たれた痛みはあり、血が流れようとも薬を飲めば傷跡は消え、食事をすれば血は戻る。そんな私に妻は早々に愛想を尽かしていたが、今の生活から抜け出せず、とやかく言う事はないし、言えば離婚の一言で事足りる。なに、金はあるのだ。少なくない額を握らせればいい。
いつしか世界は進歩し、車も空を飛び靴を履いた少女のタイトルで、ファーストのポスターがルーブル美術館に展示された。たまに配信という古びた形式で放送されるそれは、未だに人気があり、この為だけにコンテツがあるようなものになった。世界ではスタンピードが起こり、災害は発生し、英雄と呼ばれる者達が現代に名を連ねては消えていく中、私は遊び回った。
私にはその権利がある。私にはそれをできるだけの時間も金もある。なら、それをしない手はない。そんなある時、冷え切った関係の妻から唐突に言われた言葉。その一言が私をしたたかに打ち付けるハンマーの様な、或いは断頭台へ上がる階段のような言葉だった。言葉がこれ程の刃だとは、その時まで私は気づかなかった。
「貴方、白髪が増えたわね?」
「何を、私は不死だよ?白髪なぞ・・・、老いたのか?私が・・・、老いているのか!?」
いつの頃からか見なくなった鏡を見て愕然とした。頭には白い物が混じり、顔にはシワがあり、肌は少しカサついている。まさか!いや、まさか・・・!そうか、不死ではあるが私は、この数十年若返りの薬は飲んではいない。探さなくては!買わなくては!いや、不老の薬を探さなくては!
「ミール!早く来いミール!」
「はい、旦那様。ここにおりますよ。」
妻が雇い入れた使用人は意外と使える奴で、言えば大体の事はしてくれる。すぐさま若返りの薬を買い漁らせ不老の薬を探したが、その額に驚いた・・・。遊び呆けていたうちに薬の額は上がり、情報を調べれば自分で取った方が安いとの結論が出た。自分で取る?それなら人を雇ったほうがマシ?いや、不死なのだ。探せばいいではないか!
「私は、スィーパーになる。アイリーンしばらく留守にする。ミール支度を!最適解を導き出せ!」
職とスィーパーはある程度体系化されている。人の歩みは止まらず不明な事は調べればいい。ファーストは未だにスィーパーの頂点にいるが、私はそんなものを求めていない。不老の薬だ。不死と不老、これが揃えば私の永遠は盤石になる。各国は力あるものにそれを飲ませ守りを固めているようだが、知った事ではない。
ゲートに入り職に就いて先を目指す。金で雇った護衛は職に慣れてからと言うが、知ったことではない。早ければ早いほど、私の老いは止まり、怯えをなくせるのだ。進み続け雇ったスィーパーが音を上げる中、私は先を目指した。箱を見つけては開け、意味のない金貨は投げ捨て、四肢をもがれようと薬を飲んで回復したが、30階層で限界が来た・・・。不老の薬の眠る階層は更に奥・・・、中層と下層の境あたりだという・・・。英雄と呼ばれる者達でも、更に一握りの究極が遊ぶ遊び場。
噂によれば下層は更に過酷な所と書いてあった。情報は武器なので、ファーストとてそれは載せていない。そんな場所にある薬を・・・、私は手に入れられるのか?失意の中外に出て考えて行動を起こした。事業で得た金で買おうと動いた・・・、無理だった・・・、額が違った。権力者に話をした・・・、無理だった。
スタンピードの驚異がある中で、個人にそれを売る事は出来ないと突っぱねられた。ツテを、情報を、ささやかな噂だって買った。しかし、それだけは手に入らない。若返りの薬を使い、老いを遠ざけるが、それでも老いは忍び寄ってくる。白い物が増えた事に恐怖し、ナイフとフォークの重さを感じた事に咽び泣いた。どれほど探そうとも、手に入らない。一度ファーストとコンタクトを取ろうとしたが、忙しくて取れないと追い返された・・・。
そんな中、妻が逝った。私が躍起になって薬を探して飛び回っている中の出来事だった。最後に話したのは・・・、いや、顔を見たのはいつか・・・。思い出せない・・・。
「旦那様、私もこれでお暇します。私はアイリーンさんに雇われたので、これで契約完了です。」
「・・・、お前も残らないのか・・・。」
「えぇ、最後にアイリーンさんからの言葉を。」
「なんと?」
「『時間は貰った、後は好きに生きなさい。』だ、そうです。ではこれで。」
そう言って別れたミールを見送ったのが何十年前だろうか?下手すれば十では足りないのかもしれない。そんな年月が過ぎ、薬で調整した若さは、しかし、履いて捨てる程あると思っていた金は、時と共に価値が失われ、新たな価値のあるものが出ては移ろいゆく。私の身体は徐々に生身ではなく、機械に置き換わり寝たきりだったり数十年を払拭するように動けるようになった。
「なるほど、スレイシスさん。それで、今はどんな身体なんです?いや、そもそも身体は必要なんですか?」
「必要だとも。不老を飲んだものは突然死する。若返りを飲んだ者の時は止まらない。そして、不死を飲んだものは・・・、永遠の苦しみから生の喜びを知る。生身では無くなったが、動ける身体はあるし、とても便利だ。新しく妻も迎えられる。」
「えーと、アイリーンさんの後に何人迎えました?」
「さぁ?数えてないが両手では足りないかな?不老の薬は買わずとも別の永遠は手に入った。なら、人生を楽しもう。」
「はぁ。やはり長く生きた方は違う。ファースト氏は面倒だとよく言っていましたよ。」
「なに!君は彼女に会ったことがあるのか!いつだ!」
「つい先日たまたま取材で・・・。千年を越えた美しさ。彼女は生身でしたよ。」
「なるほど、いい事を聞いた。これでまた、人生にハリがでる!」
なるほどなるほど、ついぞ会えなかった彼女は生きているのか。ゲートに籠もり戯れにモンスターを狩っていたが、なるほど私の愉悦はまだそこにあったか。自然と笑みが出る。目標のない余生だと思っていたが、なるほど、ルーブルで見た彼女は美しく、なら、本物はさぞ美しいのだろう。よし、なら新しい身体を作らねば!