74話 喫茶店 挿絵あり
通信が終わったであろうエマからコールがあり、部屋飲みした翌日。今回の部屋飲みはドレスではなく、迷彩柄のタンクトップで来たので、それなりに肩の力は抜けたのだろう。話すのは仕事の話が多いが、割りと4人で話しているので話は尽きなかった。そう言えば、事後承諾だが訓練の話を定時報告でしてもいいかと聞かれたが、特に問題になる様な事もしていないしOKをだした。そもそも報告なのだ、そこまで止めていては、何を報告すればいいのか分からなくなるだろう。
そんな話をして、教場でミーティングを行なってゲートへ。中に入るのはいいが、エマをこのまま20階層に放り込んでいいものか迷う。罠のイメージは出来つつあるが、どうもまだ貧弱な気がする。元がゲームからのイメージなので、どうしても対人の罠に偏ってしまう。それをどうにか払拭したいと思っていた時にスマホがなった。
「もしもし橘さん、どうしました?」
「久々のオフなので、15階層以降へ行きたいと思いまして。1人で行くと黒岩さんが五月蝿いので、誰か中位を貸していただけませんか?」
ふむ、橘はまだ15階層で遊んでいたのか。まぁ、1人でどうとでもなろうが、黒岩からすれば溜まったものではないだろう。なにせ切り札、ゲートの藻屑と消えられては困る人材だ。しかし、コレは渡りに船なのか?エマの最高到達地点は20階層だが、それは罠を使ってではなくガンナーとしてだ。そうなると、連れて行って罠が通用しない場合、マイナスのイメージだけが蓄積される。
よし、缶詰刑事と罠を使っての珍道中と洒落込もう。1人だけ別世界に飛んでいっているヤツだ。雑に露払いさせてもいいだろう。困った時は安全装置にもなるし。いると何かと便利だし。
「いいですよ。私ともう1人が同行しましょう。それなら黒岩さんも文句言わないでしょう?」
「それはありがたい。赤峰君辺りが来ると思っていましたが、貴女が直々に来るなら誰も文句は言いませんよ。すぐに向かいます。近くの店でお茶でもしててください。」
橘は嬉しそうに電話を切った。警視庁から秋葉原ゲートまでは4kmなので、本当にすぐ来るだろう。ここも新地からだいぶ復興しスィーパー街へと変貌を遂げつつある。
「誰からダ?早くしないとおいていかれル。」
米軍仕様の軍服にインナーは渡した物。靴は辰樹の所の物でフル装備のエマが急かしてくるが、今日のメニューは決まった。時間配分にさえ気をつければ5階層降りるのはそうそう難しくないし、夕暮れまでには帰ってこれるだろう。何せ俺も橘も進むゲートの位置が特定できる。
「エマは別メニューです。宮藤さんに雄二に卓、あとカオリもちょっと来て。」
エマは不満げな顔をするが、罠を使うものとして橘を見るのは凄くいい訓練になる。あのびっくり箱人間は、あらゆる武器が使いこなせる。なら、それは暗器と変わらない。昨日エマは手からトラバサミが出せた。なら、その他も出せるはずだ。必要なイメージは今回の橘である程度補ってもらおう。それに、宮藤達にはそろそろあのメニューもやってもらわないとな。
「クロエさんどうしました?また何か呼び出しですか?」
「呼び出しではないですが、橘さんとエマとで潜るので別行動になります。その代わり、あのメニューを行ってください。」
「うぉ・・・、あのメニュー・・・。卓、お前得意か?」
「いや・・・、出来ない事はないが成功率がな。」
「私の心が砕け散った・・・、あの訓練は中々にくるんですよね・・・。」
雄二と卓と望田が項垂れる。確かにあの訓練はキツイんだよな・・・。グサグサ来るし、出来る事のはずなのに本当に出来るのかという綻びを植え付ける。しかし、対人戦をするなら、スィーパー犯罪者を捕まえるなら、これはある程度避けられない道でもある。まぁ、それが嫌なら別メニューもありはする。
「対象は4人でいいですか?他の中位も対象としてもいい頃合いですが。」
「増やしてもいいですよ。無理そうなら、イメージ簒奪訓練でも構いません。20階層で行動不能は避けたいですから、程々に頼みます。何なら、簒奪を優先しても構いません。」
簒奪の言葉に3人が光を見出したかのように微笑む。微笑むが、これも難しいんだぞ?相手のイメージを理解して誘導し、相手の力で自爆を誘う。合気道の様な方法だが、これも上手く決まれば相手は疑心暗鬼になり、何もできなくなっていく。参加者が本部長となり有名になればなるほど、本人のイメージは知られていく。
そうなった時、簒奪方法で攻撃されたり、イメージ撹乱に対応出来ないと間違いなく詰む。必要なのは確固なイメージだが、そのイメージそのモノが攻撃されだしたらどうするか?この訓練のキモはこれである。
「皆さん、半々、半々でやりましょう。撹乱は自分もくるモノがありますが、やらない事には慣れませんから。」
宮藤も嫌そうな顔をしながらみんなを引っ張る。実は一度宮藤と2人で試して、モンスターへのダメージ効率を検証した事があったが、心がボロボロになった宮藤は最終的に三つ目にさえダメージが出せなくなっていた。どうへし折ったかは2人の秘密である。まぁ、それも復活してより強固なイメージになったので良しとする。
そんな話をしたみんなをエマと共に見送る。悲壮な顔をして敬礼しているが、入っていくみんなはなんの気負いもなく散歩感覚で入っていくので、酷くシュールに見える。しかし、エマを20階層に放り込まなくて良かった。こんなに調子ではガチガチで出来る事も出来なくなる。気を抜けとは言わないが、リラックスは大事である。
「皆に武運ヲ。死して祖国の土は踏めぬガ、国が君達に付いていル。」
「縁起でもない事言わない。さて、エマ待ち人が来るまでお茶でもしましょう。魔法で隠れていれば騒がれませんし。」
「構わないガ・・・、私は独り言を話す変人には見られないよナ?それと、宮藤達に言ったメニューとは何ダ?」
エマは宮藤達のメニューに興味があるらしい。変人の話は笑顔で流す。話してもいいが、実践してくれと言われたら断るだろう。流石に今のエマにコレをすると間違いなく潰れる。宮藤や卓が嫌がるのだ、推して知るべし。近くの店に入り適当に座って注文する。新メニューはマロンケーキらしいので、コレを5つとアイスコーヒーを注文してもらう。エマは、コーヒーのみの様だ。これから動くのにいいのだろうか?
「さて、メニュー内容ですが対スィーパー訓練の一環です。前に話したイメージを叩き潰すモノが1つ。もう1つはイメージの簒奪です。」
「・・・、奪えるのか?」
「ん〜、簒奪といいますが内容的には、イメージの捻じ曲げに等しいですね。例えば火の玉が飛んできたとして、相手は何を思って火の玉を飛ばしたのか?ある人は銃弾かもしれません。また、ある人は火炎瓶かもしれません。しかし、目に見えているのは、空飛ぶ火の玉。それをどう納得させたら消えると思います?」
「火の玉を消ス・・・、消火器や砂カ?消火すれば火は消えル。」
道理としては合っている。それが手元にあるのなら、とっととそれを使えばいい。しかし、問題はそれがイメージで作られた火であり、既に飛んできていると言う事。こちらは何も準備出来ていないので、それに対するイメージを固めて絡めとるか、誘導して流すしかない。無論、叩き潰せもするし、本当に簒奪もできる。
しかし、エマにはそこまでのイメージはないだろう。仮にするとするなら、空からタライでも降らせて火の玉を閉じ込めて窒息させればいい。
「合ってますよ。ただ、それを職で成す。そうすると、考え方が変わります。私なら煙を絡めて火が燃え尽きる。そう、イメージしますし、本気で奪うなら、煙は私のモノなので、そのまま花火をイメージしてより火力を増して打ち返す。物事一つとってもイメージは千差万別、要は相手をどう納得させるのか?それを考える訓練ですね。」
「・・・、貴女は私のトラップを奪えるカ?」
エマが真剣な目で問うてくる。エマのトラップを奪う・・・。叩き潰す方が楽だが、仮に奪うとするなら・・・、うん、このイメージだろうな。多分、これが最善で最も被害が少い。
「やろうと思えば、多分出来ますね。まぁ、状況によりますが。」
「・・・、方法は教えもらえるカ?」
マロンケーキが来たのでスプーンですくって一口。ここのは甘さ控えめか。ビターな感じで大人向け、アイスコーヒーよりは、ジャムを入れたロシアンティーの方が合うかもしれない。
「それは駄目ですね。」
「何故だ!」
まぁ、声を荒げるのも分かる。武器を奪えると豪語する相手が目の前にいるのに、方法は教えないというのだ。誰だって問いただしてその方法を封じようと思う。特にエマは国外の人間、考えたくはないが、いつ情勢が変わって敵となるかもわからない。しかし、今は駄目だ。それを教えたらエマはビク付いて罠が使えなくなるかもしれない。
「もっと成長してからですね。そもそもコレは中位かそれに近い人の訓練です。早くにやり過ぎるとあまり良くない。まぁ、そう言うカリキュラムだと思ってください。」
「分かっタ。従おウ。それで、何時までここにいるんダ?」
そうエマが問いかけた時に店の扉が開き橘が現れた。迷う事無くこちらに一直線、魔法で隠れているが、それも橘からしたら判断材料だよな。空白があるなら、そこには見えない俺がいる。見慣れない魔法があれば、鑑定すればある程度使用者も分かるだろうし、分からなければやっぱりその先に俺がいる。あれ?橘が追跡者の職に就いたなら俺の逃げ場無し?まぁ、その追っかける人間が閉じ込められている現状ではあるが・・・。
「クロエにエマさんお待たせしました。エマさんはお初にお目にかかります、警察官をやっている橘です。」
「はい待たされました、お代はここのお茶代です。エマ、名前呼ばれたくらいで攻撃しようとしない。潜入任務じゃないんだから。」
「私が呼ばれるより、ファーストが見つかる事の方が重大ダ。来日時、私は一切感知出来なかった。それを橘はやって・・・、橘とは配信の橘カ?」
「はい、その橘です。」
そうエマに返事をしながら、流れるように席についてコーヒーを注文する。まぁ、コーヒーの一杯くらいでそんなに時間は押さないし、軽く自己紹介してもらってブリーフィングといこう。ここまで一切をエマと接触しないあたり、一応気を使ってるのかな?
「配信で見タ。鑑定師だナ・・・、不躾だが鑑定師は戦えるのカ?我が国では鑑定師はゲートに入らズ、外で口を出すだけの存在ダ。」
初期橘だな。まぁ、これ程適材適所の分かりやすい職もない。出てくるものが分からないので、ひたすら鑑定させられて閉じ込められる。今でこそ外をウロつけるが、配信後は引っ張り回されるし缶詰だしで大変だったんだろうな。現にゲート鑑定してぶっ倒れたし。
「あ~、それで満足するならそれがいいでしょうね。安全に鑑定出来れば、それだけ色々とモノが見れる。でも、それだと頭打ちしますよ?」
「頭打チ?何でヘッドバットが?頭を殴ってゲートに放り込めという事カ?」
「エマさん。先に言っておきますが、平八は関係有りませんからね?男塾の直人行軍も・・・、米軍は・・・、いや、国防総省はなんでこれが教材になると思ったんでしょう?あぁ、引かぬ心?」
橘が1人でブツブツ話だし、エマがコイツ大丈夫か?となんでコイツ国防総省訓練の事知ってんの?と言う。酷く曖昧で、自身の中で物事が処理できず、助けを求めるようにコチラを見る。多分、鑑定しすぎか、能力の切り忘れだな。勝手に鑑定してそれを処理しているのだろう。
「橘さん、エマのスリーサイズは?」
「えーと、上からって、何を言わせようとするんですか。セクハラで捕まえますよ?」
「それを覗いた本人は捕まらないと?能力切り忘れてません?さっきから見た情報だだ漏れですよ?そもそも、私はエマの事一切話してないじゃないですか。これだと自己紹介も何もないですよ。」
俺の言葉にエマがハッとする。そりゃあそうだよな。今朝急に電話してきた会ったことない人物が、明らかに彼女のバックボーンから何から、知ったように話しているのだから。それに、鑑定師はモノを触ってから鑑定する。これが共通かは知らないが、至って見るだけで良くなったのなら、それの下は何かしらの下準備がいるのだろう。
「ファースト、まさかとは思うが私から情報を抜き出したのカ?」
「橘さんどうなんです?乙女の秘密を暴いたんですか?どうなんですか?」
「職とプロフィールくらいですよ。チラッと目に入った時にたまたま見えただけです。」
コレはガチでヤバいのでは?本人曰く事故だが。相手がヤバい。米国陸軍の少佐、それはそれは外に出せない情報のひとつや2つ持っているだろう。これから先は悪魔の証明で、橘が知らないと言おうと見たなら知っているだろうの?禅問答が始まる。
「橘、誓いが無意味なのは知ってるナ?そして、知らないと言う言葉が薄っぺらい事も知っているナ・・・?」
橘がこちらを見るが、これは身から出た錆。交渉材料は自分で探してもらおう。両手を上げて首を左右に振ると、橘も諦めたのかエマと向き合う。さてどう交渉するのかな?
「エマさんでいいですね、改めまして橘です。職は中位 鑑定術師、第2職はスクリプター。今は警視庁で働いてます。」
「米国陸軍所属エマ=ニコルソン。階級は少佐。・・・、鑑定師の中位?まテ、橘はS職の中位なのか!?」
紆余曲折あったが、本題はここである。Sでも中位になれる事、トラップの扱いとして橘がいい手本になるだろうと思った事、5階層潜って20階層に備えるイメージを創る事。だいぶ回り道した気もするが、漸く一歩踏み出せる。
「ええ、間違いなく中位です。それと、不慮の事故とはいえ申し訳ない。お詫びと言ってはなんですが、道中のゴミ掃除は引き受けましょう。」
「いヤ、それには及ばなイ。ワタシも訓練できタ。それなら援護を頼厶。ワタシの情報は中位のS職の話と、法に触れない範囲でのお願い事を1つ聞くで手を打とウ。」
橘のお詫びにエマがにこやかに返す。覗きダメ、絶対。どうやら橘は高い授業料を払ったようだ。しかし、これで話もまとまったし、そろそろゲートに向かわないと日暮れまでに間に合わなくなる。会計を橘に押し付けて3人でゲートへ。一応、記録映像として首輪カメラを着けておく。15階層から潜りだしたが、どうもエマのトラップは効きが悪い。
理由は分かっているのだ、如何にゲームで練習してイメージを作ろうともここは現実で、相手は不規則に動く未知のモンスター。攻撃方法もビームから始まり切断に衝撃派、分裂はしないものの耐久力は高く、触れただけで切り刻まれる事もある。大きさも様々で前に見た巨大なモノも見える。
「トラップ、ペンデュラム!」
欲しい罠をコールすると虚空から振子鎌がスイングし、モンスターにぶち当たる。串刺しにしていれば終わりだったが、モンスターはそれを受け止めたのでエマは銃撃で仕留めた。辺りの露払いは既に橘と俺で済ませているので、エマが対応するモンスターは多くても2〜3匹程度。蜂の巣になったモンスターはクリスタルに変わり、背後から迫ったブタ鼻はベアトラップに足を挟まれ抜け出す前にエマのケリが炸裂して吹っ飛び、足型のついた胸に銃弾が撃ち込まれる。
「はい、おつかれさまでした。先に行きましょうか。」
「そうですね、やはりまだ歯ごたえがない。」
「・・・、鑑定術師とは、こんなにも無茶苦茶なモノなのカ?」
モンスターを倒したエマが集まって、歩き出すなりそんな事を口にした。確かに別方向に進んでいるだけあって、橘は無茶苦茶である。前の鎧から更に進化したのか全体的にシャープになった代わりに、指輪からの武器の出し入れの隙がなく、スクリプターの能力と相まって、凄まじい殲滅速度と移動速度を出している・・・、生身でアーマード・コアになれるんだな。リアクターがない分無限行動である。
「橘さんの場合は鑑定数が違うんですよ。多分、世界で一番鑑定してるんじゃないですか?」
「ゲート開通当初から延々と鑑定してますからね、警察のバックアップがある分マシですが、やりたいものではない。クロエ、本当に判定機は助かりました。あれがなかったら、今も警視庁の地下で鑑定缶詰でしたよ・・・。」
目の部分のバイザーが上がり橘が遠い目をしている。いるメンバーは癖は強いが悪い人間ではないと思う。しかし、そこに缶詰になりたいかと言われれば、自由がないのは辛いものがある。それはさておき、エマがまだ硬いので冗談でも言って和ますか。
「エマちょっと・・・。」
「何ダ?」
(実は橘さんは人造人間で警視庁が、その総力を注いで作ったものです。出土品を見れば可能だと分かるでしょう?)
(なっ!?そんな事ガ!)
(えぇえぇ、装備を見ても分かるでしょう?1人だけサイバーアクションですよ?バーニアから火を吹いて、パシュッパシュッ言わせながら高速機動ですよ?)
(そこまでの技術力が。はっ!パトレイバープロジェクト!?いや、ロボコップ?特撮はカモフラージュで実際している?)
エマが百面相している。たまに出るエマのオタク発言はどこから来るのだろう?まぁ、硬いよりは話しやすいのでいいのだが。さて、先を急ぐか。