70話 装備品を買おう 挿絵あり
千代田に頼んで適当な店を見繕ってもらう。何時もの喫茶店でもいいのだが、流石にブリーフィングとなると、それなりに深い話をするのかも知れないので千代田に頼んだ。そんな車内でエマが俺の方を、ちらちら見てくるのだがさて、何を話そうか?仕事の話はどこかの店ですればいいし、遠路遥々と言うのも、呼んでないのに来たので違う気がする。天気の話題は切り札だが、これは外人には通じないだろう。
手っ取り早いのは食の話とか?東京は食の都と言っていいくらい、世界中の料理が食べられる。個人的には肉さえあればそれでいいが、それでも旨いものは色々摘んでみたい。米国の人ならやはり肉料理がいいのかな?和牛のステーキとか、すき焼きとか。最近は自衛隊レーションのチープな牛丼しか食べてないので、チェーン店でいいので行きたいなぁ。
「なにか食の好みはありますか?ブリーフィングは食事しながらになりますが。」
「アナタの好みに合わせマス。腐ったマメ以外は多分大丈夫デス。」
「分かりました、千代田さん肉にしましょう。なにか美味しい肉料理の店。長旅でエマ少佐も疲れているでしょうから、力の出るものを食べましょう。」
「それは貴女が食べたいだけでしょうに・・・。いいとんかつ屋があります。個室で声も響かないので、ブリーフィングにはいいでしょう。」
外でタバコをプカリ。千代田の運転で件のとんかつ屋に向かい、車は俺の指輪へ収納。最近というか、元々東京は駐車場が少なかったが、スィーパーが増えて車を指輪へ収納するので駐車場そのモノを土地として売り出す所が増えてきた。元々この店は駐車場がなかったようだが・・・。店に入り待つことなく個室に案内されたが、千代田が選ぶ辺りこの店も息がかかった店なのかもしれない。まぁ、旨ければどこでもいいか。
個室は掘り炬燵式ではないので、正座か横座りか胡座のどれか。米国人に正座は厳しいので足は崩してもらおう。俺も胡座だし。スカートなら気にするが、ズボンなので問題ない。
「どうぞ、足は楽にしてください。千代田さんメニューが読めるか分からないので、適当にお願いします。」
「大丈夫デス、読めマス。そんなに、気にしないでいいデス。」
「分かりました、エマさんが決まってから注文しましょう。クロエ、量はどうします?」
「適当にお願いします。」
程なくしてエマの注文も決まったし、後は料理が来るのを待つばかり。ブリーフィングと言うが、何から話そうか。明日の予定からでいいかな。流石にコチラに来たばかりでいきなりゲートに放り込んでいいものか悩むし、最初はメンバーとの顔合わせをしてランニングと施設の説明でいいかな?そう言えば、来る来ると言われて、やっと来たが期間的なものは聞いていない。
すぐに至らせて帰せと言われても困るし、何より本人はどうしたいのだろう?参加させるのはここまで来て拒否する気はないが、教育方針はコチラに丸投げなので、何をどうしたいか言ってもらった方がいいのだが。
「エマ少佐、教育期間とどうなりたいかの希望はありますか?先に言いますが、来てそうそう中位に至るのは難しい。」
「中位に至る?成る?私は中位に成る為に来まシタ。期間の指定はないデス。宿泊はここにしマス。」
そう言って泊まる所の住所を差し出したが、一緒に見た千代田は若干顔を顰めた。俺と同じホテルか、宿泊者の名はウィルソン=スミスとなっている。網を抜けたのか、抜かれたのか。それとも、誰かの手引があったのか。まぁ、同じホテルに泊まるくらいどうでもいい。夜中に襲撃する気なら撃退するが、流石に参加者なのでそんな事はしないだろう。
しかし期間の指定なしか。アチラも腰を据えてやるつもりなのだろう。コチラも漸く中位が出だしたので、変に急かされるよりはいいし、遅いと文句言われる事もなくなった。ただまぁ、1つ訂正或いは確認をしておこう。
「エマ少佐、貴女が中位でいいのなら成るでいい。しかし、その先を望むなら至るです。これを履き違えると、貴女はとても苦労する事になる。」
「成る、至る何が違ウ?ワタシは中位に成る任務で来まシタ。それが作戦完遂の絶対条件デス。」
訝しむように俺を見てくるが、さてどうしよう。普通に話して通じるモノだろうか?感覚的なモノは環境で大きく変わるし、彼女が中位で止まって先を目指さないなら構いはしない。しかし、こうも思う。剪定された可能性に未来はないのではないかと。到達点が上位として、そこを目指すから思い煩う事がある。しかし、目の前の目標だけを追えば、捕まえた先にはなにもないのではと。
これが冒険物の小説ならそれでいい。魔王討伐良かったね。その後の主人公の日常は蛇足になる。しかし、上位は魔王討伐の多分先だ。道を決めて歩き出して、寄り添う職が増えた先に目標がなければ、結局迷子になって道草を食う。残念ながら周回プレイは出来ないので、時間を浪費すれば薬にでも頼らないといけなくなる。
「エマ少佐。若返りの薬を使ってまでここに来て、中位なんかで終わっていいんですか?それでいいなら、中位に成るでいいですよ。」
「・・・、中位の先を教えてくれるノカ?」
「さぁ?それは貴女次第ですし。」
何かを考え込んでいるが、出す結論は彼女しか知らない。ウチもまだ上位いないし、いたら中層辺りを多分ウロウロしてるし。35階層以降もそろそろ行きたいしぃ。まぁ、何にせよ彼女は先ず中位からか。進むも止まるも回り道するも彼女次第。米国では若返りの薬を確保している様だし、コチラが心配することでもないか。
「料理が来ました、後は食べながらにしましょう。」
卓一杯の豚カツとおひつご飯3個。さて、食べるとするか。俺の前に並んだ量に目を見張っているが・・・、米国だと食前酒とかあるしお酒もいるのかな?畏まったレストランではないが、格式はありそうな店なので一応エマに聞いておくか。
「食前酒は要りますか?要るなら注文しますが。」
「い、いえいいデス。この量を消費するのは大変デス。」
「エマさん、クロエが食べるので気にせず食べてください。ホテルの件は了解しましたが、他に連絡事項はありますか?コチラとしては後出しで情報を上げられても困る。」
「ないデス。米軍との接触は禁止されていマス。資金はカードと向こうで円の支給があったので大丈夫デス。」
「分かりました、必要なモノはクロエに聞くか私に聞いてください。これが私の電話番号です。」
「分かりましタ。今後の行動方針として、自由行動を軍から許されていマス。しかし、疑われる行動はしないと約束しマス。」
豚カツを食べている横で千代田が名刺を差し出し、その裏に電話番号を書く。自由行動が出来るなら、観光でも遊び歩くでもしてもらって構わない。しかし、米軍と接触出来ないのなら、色々バックアップに不安があるのではなかろうか?服は事前に送ったが、必要な装備品は現地調達になる。ホテルも一緒だし、日用品なんかを扱う店は一緒に回るか。下手に装備が足りずにゲート内で遅れを取られても困る。
「なにか必要なものはありますか?明日はとりあえず施設の説明とランニングくらいで軽く流す程度ですが。時差ボケが有るなら、明日は休みでもいいですよ。」
「気遣いムヨウ。すぐにデモ訓練出来マス。ゲートでもかまいまセン。」
真剣に意気込んでいるが、やる気はあるようだ。まぁ、差し当たっては靴からかな。装備品の確認をしない事には、怪我でもされたらたまったものではない。他所様の娘さん?を預かるのだ、変に傷物になったと抗議されても困る。それに、提出された資料には職は載っていなかった。
これは単純に手の内を明かす人間を、減らしたかったのだろう。職で選ぶ訳ではないのでいいのだが、そこもハッキリさせないと、何をどう動いてもらえばいいのかコチラとしても分からない。聞き慣れない職でなければいいが・・・。
「分かりました、先ずは装備品と職の確認です。装備品はどうとでもなりますが、職はなんですか?」
「S狩人デス。装備品は米軍から支給されたものがありマス。」
チラリと千代田の方を見るが首を横に振る。支給品は既製品で間違いないだろう。既存のものなら買い替え、差し当たって靴からだろう。インナーは有るので大丈夫だし、そもそも防具系は自身の好みがあるので強くは言えない。しかし、S職か。狩人とは初めて会ったが、小さい頃に狐か兎狩りでもしていたのだろうか?間違ってもマン・ハントが趣味ですなんて言わないで欲しい。ここまで話した感じでは、そんなに悪い人ではないようだし、多分他のメンバーともやっていけるだろう。
「千代田さん、狩人は国内にどれくらいいるかわかりますか?」
「正確な数は分かりませんが、0ではなかったはずです。傾向が知りたいのですか?」
「いえ、傾向は知りたいですが、何ができるのかの方が重要です。ワタシは狩人を知らない。エマさん、狩人の内容を書いてくれませんか?」
お客様アンケートの裏側を差し出し、内容を書いてもらう。割りと綺麗な字を書く。多分練習したんだろうがそれでも、他国の字を綺麗に書くのは難しい。多分、元々勤勉なタイプなんだろう、少佐なのだから頭も悪かないはずだし、イントネーションも話していれば大丈夫。来国初日からそこまで求めるのも酷な話だ。
「出来マシタ。コレでいいはずデス。」
S狩人:飛び道具全般を使いこなし、罠を作成設置できる。
設置した罠は、任意発動、時限発動、反応発動
発動対象選択ができる。
罠の種類、設置場所は問わない。
問答無用のトラッパーか。押せ押せドンドンタイプで望田と同じ様なタイプ。武器は見ていないが、見た感じ距離制限はあってないようなもの。設置場所を問わないなら、自身に設置して背後のモンスターに反応させて、敵陣ど真ん中だろうと余裕で生還できる性能がある。銃はあくまで護身用と位置づけて、トラップ主体で走り回った方が討伐速度も上がるし、モンスターに設置して蹴っ飛ばして、モンスターそのモノを時限爆弾にしてもいい。
或いは、自分を罠と定義すればカメレオンアーミーよろしく、気付いた時には背後からグサリもやれるし、究極的に言って設置場所を問わないなら、空間設置で本当に何もない所に空間の裂け目、何ていう出鱈目も出来る。やっぱりSは強いな、尖った性能な分出来る事が明確で、行動の迷いが無くなりやすい。流石狩人と言うだけあって、獲物に悟られる前に倒す事が出来るタイプだ。
「程度のいいガンナーデス。扱いはいいデスが、全然強く無いデス・・・。」
書いた後に首を竦めて自嘲気味に笑う。何をどうしたらその答えに行き着くのだろう?何をどう考えても強いし、攻守共に隙もない。鑑定師や防人はどうしても身体能力と言うハンデがあったが、狩人にはそれもない。コレで弱いとか言ったら他の下位は怒っていい。
「エマ少佐、他の下位の方の前で弱いなんて言ってはいけない。どの職も得手不得手はあっても、間違いなく戦える。特に少佐の職は攻守自在で扱いやすい、なにか問題があるんですか?」
誇っていい性能の職なのだが、どうも本人はそんな事はないと言い張る。うぅむ、訓練をすれば自ずと自分の問題点も見えて来るか。膨れはしないが飯は食べた。おひつ2つ半に豚カツ6枚その他キャベツに味噌汁。店構えに負けずいいお味でした。食べた量にエマが何度も皿と俺の腹を見ていたが、残念ながらポッコリする事はないのだよ。
「トラップが分かりまセン。穴を掘ったり、グレネードを仕掛けたりしまシタ。でも、効果ありませン。」
「なるほど、ならそれは訓練で探りましょう。それより、支給装備は不味い。鍛冶師謹製とか装飾師装飾済みとかではないのですよね?」
「クロエ、米国ではスィーパーの管理をしていません。職も個人情報と位置づけられ、誰がどんな職なのか、何ができるのか等は財産として保護されています。仮になにか作成してもらいたい場合は、鍛冶師を探す所からですね。自由ですが、うちよりも米国の実情は大変ですよ。」
千代田が情報をくれるが、それは大丈夫なのだろうか?流石は自由の国と言いたいが、管理できてないと暴動やら喧嘩やらか起きた時、被害はかなり大きくなるような・・・。まぁ、他国の事だ。内政干渉、内政干渉。飛び火しない様こっち見んな!
「すいませんがもう一軒、靴屋へお願いできますか?」
「今日のスケジュールは貴女の付き添い以外、入っていないので大丈夫ですよ。靴屋と言うと、アソコですか?」
「ええ、辰樹の所です。靴と同じくらいポスターが貼ってあるので、どうも足が遠退きますが靴を買うならアソコがいい。」
会計を済ませて指輪から車を出して乗り込む。一番食ったので支払いは俺持ち、エマは居心地悪そうにしていたが、見た目子供の俺に奢られたのが腑に落ちないのだろう。それはまぁ、いいとして辰樹の靴屋がね・・・、ポスター売り出したらね、靴と同じくらい売上を出しているらしい。それは別にいいのだが、堂々とあの写真が貼られているのか、こっぱずかしいったらありゃしない。
言えば多分外してくれるのだろうか、既にファーストポスター前との名称で待ち合わせ場所になっているらしく、下手に外してもらうと変な混乱が起きそうなので、そのままにしている。あのポスターのせいで各方面からポスターの依頼があったが、今の所政府関係、それも会談の3人からの頼み以外断っている。下手に受けると望田Pプロデュースで、アイドルをマスターするルートが開けそうだ・・・。
「ファースト、なにか不安があるのカ?あまり良くない顔をしていル。財布が寂しいなら、今から食事代をかえス。」
「いや、お気持ちだけ受け取ります。店はいい店ですよ?品揃えもいいですし、品質もいい。鍛冶師と装飾師が店にいてオーダーメイド出来る。支払いは持つので好きに注文してください。」
「それは悪イ!そこまで払ってもらわなくとも、資金の支給は受けていル。まだ若いんだ、お金は大切に自分の為に使う事を推奨スル。」
何やら意気込んでいるが、提供資金で支払うならいいか。最近は民間のスィーパーも政府の政策のお陰で懐が潤って、装備品を探し回っている。そのせいか、微妙に値段が上がってるんだよな。ブランド価値というか、鍛冶師と装飾師価値というか。政府が生産職を初期に囲ったせいで、後続の鍛冶師くらいしか野にいないので、どうしても品質面でバラつきが出る。
そんな中であの店の靴を履いたポスターである。芽衣の方も遥と話して人に刻印出来る事に気付き、装備面防御面一気に揃えられるあの店は、奥に行く者達にとって避けられない店になった。風の噂ではそろそろ独立店舗を考えているそうな・・・。
まぁ、何はともあれ仕事をして経験を積めば、小田の様に何かのきっかけで至れるかも知れない。今後の辰樹と芽衣に期待である。2人が至れたなら、生産職も先に至れると希望が待てるだろう。そんなこんなで店に着いて店内を物色する。中は明るくなり、人でごった返しているが、魔法で気付かれることはない。
千代田もこの店には何度か来客者を装い調査に来ているようで、警察内部でも欲しがる人は多いそうな。ただ、辰樹の作品は安くても金貨100枚、今は値上がりして150枚が最低ラインになっている。指輪のお陰でかさばらなくて済むが、コイン計算機に大量の金貨が吸い込まれていく様は中々に壮観だ。
「思ったよりファーストは騒がれないのダナ。」
「魔法で気配というか、存在の認識を薄くしています。居ると確信しない限り早々見つかりませんよ。一応、名前呼びは控えてください、気付かれます。米国では魔術師は少ないんですか?」
「名前の事はわかった。魔術師は分かりにくい職ダ、ファイターやガンナーに成るものが多イ。そもそも、イマジネーションを形にする工程が違って形に出来ない人もいル。」
千代田に辰樹達を呼んでもらう間にエマと雑談する。米国で魔法だとオズとか?イギリスとアメリカは歴史を共有している部分もあるので、出身次第では英国系米国人とかになるのかもしれない。英国なら魔法の本場と言われるだけあって、魔術師が多そうだがどうなのだろう?慣れ親しんだものだし、魔術師になりやすいかもしれないなぁ。
「勘違いしてるのかも知れないですね、魔術師の事を・・・。」
「勘違い?ナニ?何処を間違っタ?」
「魔術師に成れる人は、と言うよりその職に付ける人は適正があるんですよ。配信では・・・、あんまり触れなかったかな?まぁ、適正は貴女が貴女である限り付きまとう、貴女の適正。狩人が出たと言う事は何か獲物を追っていたんですか?」
「!・・・、・・・、過去は過ぎた事ダ。最初に言う、ワタシはワタシの顔が・・・、キライだ。」
目を見て話していたが、なにか地雷でもあったかな。しかも、ソレを知らん間に踏んだらしい。獲物と言った時にエマの顔は醜悪に歪んだ。まるでモビー・ディックとエイハブのようだ。本人が顔が嫌いと申告するあたり、顔の傷となにか関連でもあるのだろうか?まぁ、お互い若い見た目とは裏腹にいい歳なのだ、なんだかんだで酸いも甘いも知っている。
「なんだかコチラを見る人が多イ。ワタシのカッコは馴染んでナイカ?コスプレイヤーよりは普通ダロ。」
「いや、エマさんは綺麗だから人目を引く。それに、彼等は皆スィーパーだよ。」
「・・・、日本のスィーパーはコスプレイヤー?カトゥーンは本当だっタ?なにか意味はあるのカ?」
カトゥーン、アニメの事か。何が本当かは知らないが、格好に意味が無いと切って捨てれないのが悲しい所。制服効果は自己暗示に通じるので、羽織袴の剣士なら、そこはかとなく凛としてモンスターを斬り伏せているような気がする。
「制服効果、暗示の一種で職になりきっている。イメージで戦うならありですよ。」
「・・・、あの白い顔の集団もカ?」
「・・・、魔術師です。クソっ、何故ファーストメイクは下火にならない!」
そんな話をしながら待ち辰樹と芽衣にエマが最高品をと言って、施された刻印と靴の値段に顔を引きつらせたりとしながら装備品も整いホテルへ。明日から講習か。