62話 寿命の話 挿絵有り
欲しい人間に欲しがるものはとっとと売ってしまおう。下世話な話だが、お金というのは邪魔にならない。文明が滅びれば別かもしれないが、それでも燃やせば焚き火くらいはできる。しかし、望田はえらく勿体ないと言うな。
そんなに長生きしたいのだろうか?個人的には面倒だと思うのだが。人生は短い。だが、それでも人は退屈する。ジュールの言葉だが、間違いないと思う。今の世の中娯楽は溢れているが、それでも日々それに耽る訳にもいかない。究極的に言って、仕事しなければ飯は食えないのだ。電話をしていた橘も席に着いて、各々が口を開く。
「買うなら寿命にするといい。じゃないと人生にハリがなくなる。夢や希望は追うから楽しいんであって、実現してしまうと、割とどうでも良くなるよ。」
「僕は貴女に会えた幸せを、どうでも良いとは思いませんよ?」
そう言いながらモザが、俺の手を握って力説している。そんな大それた人間ではないのだが、まぁ、働く人間がやる気になるのならいいか。ここで働く以上、缶詰になるようだし。
「そう言えば、寿命の薬って何が変わるんです?前雑誌ではテロメアが〜とか見ましたけど?」
「望ワンそれは分裂時計の延長による延命。細胞分裂時間が長くなるから、寿命が延びるって寸法なのだわさ。人の限界は大体120歳くらいで、設計図延ばせば自ずと寿命が延びるって寸法ネ。アンチエイジングとかにはならないけど。」
望田の話に神志那が食いつく。寿命が科学されているが、方法としては間違っていないのだろう。老衰ならそれで延命できる。しかし、わざわざ不老と不死と若返りを分けて薬にしているのだし、飲み方や飲んだ状況次第では取り返しのつかない事になるんじゃなかろうか?まぁ、それは飲んだ人間が考える事か。俺には関係のない事、永遠を求めるなら自分の力で形作ってもらおう。
「寿命は置いておくとして、判定機です。これは鋳物師なら誰でも作れるものなんですか?私は現地で見てないので知らないんですが・・・。」
橘が判定機をテーブルに載せて聞いてくる。しかし、俺もその辺りは知らないな。あくまで買い付けてきたのであって、作成現場は見てないし。職は人によって大きく変わるので、もしかすれば変わるのかもしれない。ただ、説明的にはできるとは思うが。
「鋳物師に会わない事にはなんとも。職の説明を聞いた限りではできると思いますよ?ただ、理解が求められるので、作成者に弟子入りって形になるかも知れませんね。」
「ふむ、それでも私達の仕事に目処が立つ。そうなれば、私もゲート関連で外に・・・。」
「橘くん、君は警官なのでここに詰める形は、あまり変わらないよ。」
「なっ!黒岩さん!私は中位ですよ?外勤を程々に希望します。」
なにやら橘と黒岩が話しだしたが、判定機はあくまで鑑定後の物を記憶して判定してくれる。それはインターネットよろしく、蓄積データから名称を判別してくれるので、どの道鑑定はしないといけない。これの有用性はあくまで、一度鑑定したモノと似たようなものを、鑑定師が何度も鑑定しなくていいという点にある。向こうのデータもリンクしているようなので、再鑑定が必要なモノは少ないと思うが、形状だけで別物と思い判定機を使うと、同じモノの名前が出るなんて事もあるかもしれない。
「橘くん、判定機は青天の霹靂の様な品だが、それでも出土品は多い。外で仕事したいのも分かるが、もう少し堪えてくれ。こちらとしても、判定機は大量注文してゲート付近に駐在している警官に持たせるよう働きかける。」
土産として渡したが動きは早い。生地の鋳物師よ、大量の仕事を押し付けた形になって済まない。そのうち何かお菓子でも送るよ・・・。実際、コレを元にビッグデータが完成すれば、ゲート内で鑑定師が居なくても、モノの判別が付きやすくなる。詳細までは別として、死にそうな時に『これ本当に回復薬?ちゃんと効く?』事案は減りそうだ。それでも判定出来なければ改めて鑑定師に依頼すればいい。しかし、今まで面倒で箱を開けずに放ったらかしにしていた作業を、自分でしなきゃいけないのか・・・、そのうち判定代行サービス業とか出てきそうだな。
そんな事を考えていると千代田がやってきた。あまりいい表情ではないが、多分この薬のせいだろう。どこの富豪か知らないが永遠を体現する者が現れる訳だし、場合によっては薬の奪い合いが発生する。でもまぁ、1つ言えるのは欲しければ探せと言う事。形はどうあれ、この話が広まれば掃除は更に加速する。
「クロエ。貴女がこの薬を使わず、売り払うというのは本当ですか?」
「ええ、1億ドル。高いか適正価格か、はたまた安いかは知りませんが売りますよ。私には無用の長物なので。」
壁に耳があり、障子にメアリー。おっと、目ありだ。簡単には漏れないと思うが、持っているという情報が広がれば、それを欲しがる人間は何らかの形でアクションを起こすだろう。そのアクションで一番嫌なのは家族への被害。なら、元からアクションを起こさせないよう、薬の所有権を放棄するに限る。
「政府として・・・、いえ、大きな話ですが人類としてこれは、貴女に使ってもらいたい。」
「・・・、交渉の席を有しているからですか?」
そう言うと、千代田は無言で頷く。他の面子は一瞬考え込んだが、配信を思い出したのだろう。交渉の席の話に言及した事を。しかし、既に使わずとも終わりは捧げてしまって剥奪された。飲む飲まない関係なく、既に永遠は嫌でも体現してしまっている。
「未来を見た時、席があっても交渉人がいないのでは意味がない。権利が譲渡出来るなら飲まないという選択肢も出て来ますが、それは出来ないのでしょう?」
「話した限りは無理ですね。譲渡するなら先ず、そこの交渉材料を探さないといけなくなる。・・・、千代田さんは私の身体の事は何処まで知っていますか?」
「講習会メンバーと同程度です。」
この薬が出た以上、話す時が来たと考えるべきか。ここにいる人間全員に話して聞かせるには、信用の足りない面子もいる。特に缶詰鑑定師達は別として、黒岩は自由に動けて権力がある分厄介だ。なら、ここは秘密会談といこう。薬を指輪に収納して立ち上がり、橘達にお礼を言って千代田と望田を連れて、鑑定課を後にする。
「千代田さん、完全防音、盗聴機等が全くない個室はありますか?」
「・・・、準備しましょう。」
そういった千代田と分かれて喫煙室で一服。高槻から情報が回っていれば、不老不死の話は警察に流れていてもおかしくないが、高槻は義理堅く話していないのだろう。しかし、したくはないがするべき時はきた。これ以上隠してもどうしょうもない。話さないのは魔女と中身の事くらい。そうすれば、千代田の胃も少しは良くなるだろう。
「ツカサ、準備出来たそうです。」
「あいあい、今行きますよ。」
望田に連れられて部屋に入る。退出しようとした望田は引き止めて、さて話すとするか。妻には不老不死は話してある。その事で彼女がどう考えるのかは、はっきり言って分からない。ただ、個人的には穏やかに逝ってほしい。永遠を彼女に背負わせるのは酷だろう。やはり、子供の老衰なんかに立ち会うのは俺だけでいい。3人とも席に着き、アイスコーヒーで喉を潤して口を開く。
「さて、不死の薬の話ですが・・・、前提条件として私には必要ありません。」
「それは、交渉材料を見つけ、他の誰かに権利を譲渡すると?その話が出れば、また一波乱ある。事と次第では、譲渡された者の絶対王政さえ可能です。現状、最初に入り内情を示した貴女だから、何処からもその事に批判は出ていない。しかし、それが変われば・・・。」
「千代田さん待ってください。ツカサ、何かあっての事なんですか?」
そう望田が千代田の話を遮る。千代田の懸念する事は分かる。何を交渉するか、内容をどうするかではない、その席に着けることに先ず意味がある。交渉場所もまだ発見出来ていないが、そこさえ見付け、材料さえどうにか出来れば交渉ができる。そして、その交渉が出来るのはたった1人。つまり、その1人がゲートのモンスターをあの国嫌いだから、そこだけ外に開放してとか、金貨いらないから、他の資源うちの国に多く頂戴とか言える。実際はそんな交渉出来るか微妙だが、事と次第ではアイツ等は飲む。
そうなってしまえばもう、後はその人間の好き放題。どんなに犯罪を犯そうが、どんなに人格破綻的な事を行おうが誰も手出しできない。何なら譲渡するまで延々と悪政を敷くことだってできる。千代田の言うように絶対王政、その王は交渉の権利を有している間は誰にも裁けない。暗殺でもしてしまえば、その時点で交渉の余地はなくなるのだから。
「私の身体の秘密・・・、心音の件はご存知でしょう。これは、それから先の・・・、ゲートでの交渉の話。私は職を選ぶ権利で賢者を習得した。しかし、適性がなかったんです・・・。」
「適性がない?無いのに権利を貰えたと?今までの話では、入れば適性に沿った職を選ぶ事から始まるのでは?」
「ええ、それが通常です。しかし、最初の1人は職業一覧から好きなモノを選ぶ権利が与えられる。今にして思えば、これは安全装置なのでしょう。どの星にも初めてはある。そんな初めての中でモンスターを倒せる者を選定し、仕事が出来るかを見る・・・。そんな試験のような安全装置。私達は知性ではなく、武力・・・、この場合闘争心によりゲート設置が決定された。」
その話に何処か落胆する2人、気持ちは分かるよ。この星の覇権を握ってるのに、お前脳筋じゃんと真正面から言われて、言い返そうにも相手の方が遥かに進んだ技術力を持ってる事を見せ付けられたんだから。
「しかし、貴女は賢者の職に就いているのでしょう?それが不死の薬を飲まない事と関係があると?」
「ここからは本当に知れば後戻りは出来なくなる。それでも聞きますか?私は不死、この一言で納得するなら話はおしまいです。」
2人の目を見て話すが、空気が重苦しい。タバコを手に取りプカリと一服。これが終わったら話し出そう。納得して不死を信じて話を終わらせるなら、この話はここでおしまい。もやもやは残るかもしれないが、変な恐怖に押しつぶされなくても済む。なにせ話してしまえば、ソーツの強大さに恐怖を覚えても仕方ないのだから。誰も口を開かずタバコの火は遂にフィルターまで来た。なら、話すとしよう。
「適性のない職に就く為に、私は捧げモノを要求されました。それは物品でもいいし、概念的なものでもいい。後からの職の変更は受け付けられなかったし、捧げろと言われても定義がなかった。なので、私は最初にムダ毛を捧げました。」
「「は?」」
2人が目を点にして、バカを見るような顔で俺を見てくる。お前等・・・、同じ状況なら何を捧げると言うのだ?金は意味がない、服も意味はない、何なら命は捧げたら多分拒否される。掃除してね、分かった掃除の準備に命あげるね、では本末転倒だろう。
「なら、2人は何を捧げます?格好は制服。手持ちのモノはほぼ何もない。」
「えっと・・・、伸びた爪とか?」
「私は手帳などで・・・。」
2人共聞かれてモゴモコと口ごもる。結局はそうなってしまう。勇者でも魔王でもない一般人から差し出せるものなど、金品が無意味で能力も知性も相手が上なら、欲しがられない限り何もない。
「私は髪とまつ毛や眉以外の体毛全て、身長、脂肪に贅肉、繁殖能力、メラニン色素なんてのも差し出しました。いやぁ、太っていてよかった、脂肪と贅肉の査定は良かったですよ?合計で3%満たせましたね。妻がいるので、夜の生活は出来ます。」
「ちょ!えっ?なんてもの捧げてるんですか!?赤ちゃんできないじゃないですか!?えっ!でも奥さんだと元から出来ない?あれ?でも遥ちゃん達はいるから、え?」
「落ち着きなさい望田君。跡継ぎ問題は前提が崩れましたね・・・。年齢を加味して貴女の次世代を望む声もありましたが。捧げたらどうなるんです?」
あっぶねぇー、混乱している望田はいいとして、千代田の話はガチで身の危険じゃないか・・・。確かに43歳出産では高齢出産にあたるが、そもそも男と寝る気は、妻以外とそう言う事をする気はない。次世代とか跡取りを望む声って何処からだよ・・・。特殊性癖の政治家か?こんなあどけない少女(?)相手に何を考えているんだか・・・。
「剥奪されます。要は引っ剥がされて無くなります。なので、身長は縮みましたし、下も含めてツンツルリン。色も真っ白です。まぁ、そこから色々問題あったんですよ・・・、完成形見せてもらったらキモいオランウータンだし、査定は3%だしで。まぁ、そこから先で私は時間、体の中身、老い、死を捧げて、査定を超過させました。」
「超過?なんでわざわざ超過なんて事を?」
「超過分は還元される。この還元が狙いで、どうしても超過させたかった。超過させたおかげで、セーフスペースと指輪と資源等目録、退出ゲートを設置できた。危なかったよ、超過してなかったら外に出られない所だった。掻い摘んで話したけど、交渉はこんな感じです。」
そう言って話を締めくくる。2人とも無言で俺を見てくるが、これ以上話す事はない。交渉の会話を録音でもしていれば、もう少しスムーズに説明出来ただろうが、していないものは仕方ない。結果として俺はこの姿になったし、秋葉原では勝利もできた。散った者たちに、ちゃんと今は平和だと伝える事もできるし、君達の献身に意味はあったと堂々と言える。
「死まで捧げたのですか・・・。この先、貴女は永遠に貴女であると?死すらなく。」
「まぁ、文句なしの永遠の乙女ですよ。ありとあらゆる傷は巻戻り、体は変化しない。老いもしなければ、若返る事もないでしょうね。」
「なんでそんな飄々と言えるんでずが〜・・・!」
望田が泣きながら抱きついてくる。女性に泣かれるのは苦手なんだが・・・。背に手を置いてトントンとあやすように背中を叩く。彼女に話したのは間違いだったか、共感しやすい彼女に話せば、大なり小なり先を考えて共感してくる。その先というのは、知り合いが死に絶えた先、一人残される寂しさ、後を追えない辛さ。言ってしまえば色々とある。しかし、それはネガティブな事を考えるからだろう。
「死なないなら死なない分出会いがある。生きる苦しさや辛さは誰も変わらない。なら、新しい出会いを喜ぼう。」
「うぅ・・・。」
「クロエ、交渉というのはやはり、何かしらの捧げモノが必要なのですか?」
まだ嗚咽を漏らしている望田をよそに、千代田が口を開く。交渉の話だが、俺も最初以外していないので、何がいいのか分からない。仮に誰かの時間を捧げたとして、それに価値があるのかも分からない。そもそも、最初の交渉は職業選択の延長線と、言う感じがするので、何かが欲しいから交渉してくれと言うのとは訳が違う。
「さぁ?重大なエラー以外では時間の消費を嫌っていましたね。私が呼べば来るそうですが。まぁ、そう言う訳で不死の薬はいりません。売り飛ばしちゃって下さい。」
「分かりました。上には既に貴女には必要ないとだけ、伝えておきましょう。なにか補足事項はありますか?」
「・・・、結婚しているので他はいらないと念入りに。そう言えば、これを渡してなかった。地元なんかの露店を回った時に、判定機以外にも色々買ってきたんですよ。」
そう言ってVR発生装置やらAR発生装置を渡す。大きさは500円玉くらい、他にもこちらの露店では見ない品を数点渡す。泣いていた望田は落ち着いたのか、俺から離れ目は赤いものの平常運転に戻ったようだ。渡した品をしげしげと見つめながら、物品名の所で千代田が止まった。何か問題があったのだろうか?
「これは・・・、正式名称ですか?」
「目録で見なかったので勝手につけたんでしょう。ペットボトルの正式名称が、ポリエチレンテレフタレートボトルの様に。」
「出土品が方言化してますね・・・。お土産ありがとうございます。鋳物師は一応見つかりましたが、難しい性格の方のようでして、話は中々進んでいません・・・。これなら地方から引き抜いた方がマシか・・・。一度地方視察を政治家の皆さんには、進言しておきましょう。九州の方は面白い事になっているようですし。」
生産職はやはり職人気質の人が多いのだろうか?大村では会えなかったので分からないが、遥にしろ、鍛冶師の斎藤にしろ拘りのある人間がなっているように思う。まぁ、何かを作ろうと志すのだ、拘りくらいいくらでもあるだろう。
あり過ぎた究極形がソーツなんだろうし。千代田はなにやら段取りを考えているようだが、そのあたりは感知外。金と政治は関係ない所でゴシップを見るくらいがちょうどいい。
「さて、話はこれくらいですかね。そろそろいい時間なので娘を迎えに行きます。」
「分かりました、今回の話はほぼ公表する事はないでしょう。薬に関しては架空の人物を捏ち上げ、その方からの提供とします。通貨の指定はありますか?」
「ん?基軸通貨ならなんでもいいですよ?見れるなら100兆ジンバブエドルとか見てみたいですね。」
ハイパーインフレで政府が発行した本物の通貨。流石に今はもう発行されていないが、一枚くらいくれるなら記念に欲しい。コレクターズアイテムなので、探せばあるだろうがネタ通貨である。
「そんな変なものを要求しないでいただきたい。円換算で建て替えてお支払いします。ドルが国として受け取れるなら、外貨獲得で国庫が潤いますので。」
千代田が悪い顔をしながら話している。まぁ、円はうちの通貨なので刷れるしな、1億ドル円だと100億+その時のレート億。俺も真面目にトレジャーハンター目指そうかな?使い道のないお金だけど、長く生きるなら邪魔ではない。寧ろ、美味いもの食べるとか、どこそこに行くとか、プレゼント買うとかにはお金がいるわけで・・・。
「口座振込でかまいませんか?現金は用意するのに手間がかかりますが。」
「いいですよ。少しは現金欲しいですが、その辺りは自分で下ろします。薬は千代田さんに渡せばいいですか?」
「いえ、そのまま保管しておいて下さい。必要な時に連絡します。」
千代田との話が終わり部屋を出る。割と話し込んでしまった。一緒に部屋を出た望田は、繋いだ手を放そうとしないのでそのまま歩く。無言のまま車に乗り込み出発して少ししてポツリと望田が聞いてきた。
「お子さん達はあの話は知ってるんですか?」
「今は知らない、時が来たら話す。話すには遥はともかくとして、息子はまだ幼すぎる。」
高校生に俺不老不死なんだぜ!とか言ったら中二病を疑われる。まぁ、年齢は捧げて14なので中二で間違いないのだが。しかし、知らせて事実が変わるわけでもない。そのうちのじゃロリとかなりそうだがそれは先の話、老け込むにはちと早い。
「・・・、そうですか。後悔とかはないんですか?」
「納得してこうなったからね。今更泣き叫んでも遅いよ。誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。そう思いながら、自分勝手に仕事をするさ。」
「なら、護衛である私も一緒に仕事しないといけませんね!ツカサ、一緒に行きますよ、行けるとこまでずっとね。」
そう言って微笑んだ望田の横顔は美しく、思わずドキリとしてしまった。うぅむ、彼女に執着しているのでは無いかと前に言われたが、そんな事はないと思いたい。妻がいるのだ、浮気だめ、絶対。
「遥を拾ったら靴を買いに行こうか、いいところがあるんだろ?何足か奢るよ。これでも億万長者になったんでね。」
「おっ!容赦しませんよ?泣き顔見た代金です。何買ってもらおうかなぁ〜。何なら玉の輿も狙っちゃおうかな〜。」
「はいはい、おじさんをからかわない。自分を大事にする。」
「ツカサは綺麗な女の子ですよ?鏡を見てから言いましょう。油断してると襲われますよ?跡取りがーって。」
どちらともなく笑いだし、軽くなった空気の中車はひた走り駐屯地で遥を拾い靴屋へ。大通りに面したビルの1階の奥に入っている靴屋だが、中は薄暗くゲートの中をイメージしているようだ。ディスプレーしてある靴は、普通の革靴からスポーツシューズ、ブーツタイプの物まで様々。鍛冶師と装飾師のコラボ品なので、来客者はゲート関連の人が多く、変わった格好の人もちらほら見える。ただ、額がそれなりにするので、手は出しづらいだろう。金貨での取引も可能だが、100枚とか書いてある、ここだけ見ると、ゲームの世界に迷い込んでしまったようだ。
「これ凄い・・・。」
「見てわかるものなのか?」
「うん、私は普通の布とか皮だとどうしても刻印2個くらいが限界だけど、これには倍の4つ入れてある。何をどうしてるんだろ?」
遥が靴を手に取って様々な角度から見ている。外見的には普通の靴と変わらず、刻印内容は分からない。靴なので多分頑丈さとかクッション性が上がっているのだろうか?近くに刻印内容が書いてあったが、蒸れ防止、乾燥、クッション性、爪先の頑丈さ向上と書いてあった。ゲート内は進むと山岳地帯の様になるので、ありがたい機能だろう。爪先が頑丈ならモンスターも蹴っ飛ばせる。望田の方も何足か良さそうなものを見ているし、俺もどれかほしいな。毎度魔女がゴスロリを要求するので、ロングの編み上げブーツとか。
「何かお探し・・・、えっ!もが!」
驚いて声を上げそうになった、若い女性店員の口を遥が塞ぐ。躊躇のない早業である。一瞬周囲の客がこちらを見たが、サングラスとベールの魔法でやり過ごす。流石に声をかけられたらバレるか、調整が難しい。完全にいないものとするなら楽なのだが・・・。
「クロエはお忍びです、静かにお願いしますね?」
口を塞いだ遥が話すと、店員はコクコクと頷いて返した。これで騒がれる事は無いだろう。ついでだ、ブーツがないかも聞いておくか。見た感じハーフブーツはあってもロングは見当たらないし、男物が多い。傾向としてやはり、スィーパーは男性が多いのだろうか?
「ロングブーツはありませんか?あるなら何足か欲しいのですが。」
「ひっ!ひゃい!大人気で売り切れで御座いましてですはい!」
「店員さんテンパらないテンパらない。無いみたいだけど、クロエどうする?」
「無いなら仕方ないさ、遥も欲しい物を買うといい。私は適当に見て・・・。」
「お待ち下さいお嬢様!すぐ、すぐにどうかします。こちらへ、ささっ、こちらへお越し下さい。」
遥と顔を見合わせて望田に声を掛けた後、小声でハキハキ話す店員に引っ張られて、連れてこられたのは店のバックヤード。どうやらこの店はこのバックヤードで、靴の調整をしているようだ。所狭しと大きな針やゴム用の接着剤なんかが置いてある。
「辰樹、仕事!大仕事!起きろボケナス!」
「今日は閉店ガラガラ、靴の調整は・・・、芽衣その子ともう1人は誰?なんか顔がよく見えないんだけって、殴るな!」
「クロエさん!クロエ=ファーストさん!見たら分かるだろボケナス!!すいません、うちの夫が世間知らずで、申し訳ない!」
男、辰樹が芽衣に頭をガンガン叩かれている。夫というからには夫婦なのだろ。仲は悪くなさそうだが、そろそろ辰樹が気絶しそうだ。取り敢えず、サングラスと魔法を解除して話しかける。
「見えないのは仕方ありません、魔法で顔を隠してるので。旦那さんを責めるのはやめてあげてください。」
「うおっ!ほんもんだ!えっ!?なんでいんの?ドッキリ?」
「アンタをドッキリかける為に、クロエさんが来るわけ無いでしょバカ!ロングブーツを買いに来られたのよ。」
「おお!俺もとうとうここまで有名に!やっぱりセンスがちがっ、てなんで叩く痛いじゃないか。」
「アンタは既存の靴の調整とカスタムがメイン、私は販売と刻印がメイン。センスはどこにもないわよ。」
「おっ、オーダーメイドだってくるやん?」
なんで俺はここで夫婦漫才を見せられているのだろう?横の遥も若干困惑しているが、オーダーメイドは受け付けているらしい。