61話 情報開示 挿絵有り
「えー、皆さんご存知の通り、私は20階層で倒れ病院に担ぎ込まれました。心音の件は周知していると思いますが、特段身体に異常はないので、今まで通りで大丈夫です。なにか質問のある方。」
さて、説明しようと思ったが何からしていいか思いつかない。ここは1つ質問に答える方式で行こう。その方がいらんことまで開示せずに済みそうだし。遥も部屋の後方で聞いている、遥も病院での事は知っているが特段話してはいない。もしかすれば妻から聞いているかもしれないが・・・。そう思いながら部屋を見回すとチラホラ手が上がる。男性陣から手が上がらないのは女性の身体の事と言う事で聞きづらいのだろう。
「じゃあ、小田さんから。」
「まず、今は心臓動いてますか?」
ど直球な質問である。他の講習者達もザワつくが、俺も心穏やかではない。いきなりそこからくるかぁ、しかし、復元師となった小田からすれば治癒できるか否かは重要な所。前提が違えば結果も変わる。そして、どこかで俺と別の誰が倒れた時に、優先するべき対象を見定めるのは必要な事。無駄に俺を治癒して他の誰かが死んでしまってはどうしょうもない。
「私に関しては一切の治療行為は必要ありません。倒れたなら、放置で構いません。勝手に起きます。仮に手足を失っても魔法で回復します。秋葉原での無傷での生還の絡繰はそれです。他言無用でお願いします。」
部屋の中が静まり返る。これは信用を失っても仕方ない。信じていた相手が無敵のヒーローではなく、ゾンビアタック上等の化け物だったのだから、動揺するなという方が難しい。妻に見せたように実演する気はないし、した所で気持ち悪がられるだけ。この秘密は妻と高槻にしか言いたくなかった・・・。しかし、独り善がりで他人を巻き込みたくはない、この事は妻にも了承を得て開示している情報だ。これで人が離れるなら仕方ない。
「それってやっぱりEXTRA職の効果なんですか?賢者ってからには無意識で魔法使う的な。説明文は空白でしたよね?」
静まり返った室内でおずおずと望田が質問した。思えば、あの時も望田が聞いてきた。EXTRA職賢者、結局様々な呼び名以外は教えられず鍛えると言われて散々ズタボロにされた。そのおかげでイメージはかなりスムーズに固まるようになったし、魔法も息をするように扱えるようになった。しかし、身体の秘密と職の秘密は別なわけで・・・。
『面倒なら引き受けるよ。君達の生態に興味はないけど、師となるんだ、弟子の悩み程度引き受けてあげよう。あまりウジウジ悩まれても困る。僕のせい。それで済むなら僕が出ようか?』
それは不誠実なのではないだろうか?主導権はあくまで俺にあり、それを他人?に押し付けるのは間違っている。捧げたモノ、剥奪されたモノ、失ってしまったモノ、全ては俺の意志で行った事だ。なら、言葉は自分で紡がないといけない。初めに言葉があった。なら、その言葉を発するのはコイツ等ではなく俺である。
「多くは言えない。ただ、ゲートに最初に入った事、それがすべての始まり。言葉を交わし、交渉した末の結果。必要な時に情報を開示するよ。現時点で開示出来るのは、私は特定の攻撃以外はダメージがない事、痛みなんかはある事、肉体的損傷は回復する事、戦闘方面ではこれくらいかな?」
寿命云々は薬が見つかれば問題なくなる。傷についても最上位のものなら欠片から回復してくれる。なら、わざわざここで言及するものでもない。まるっきりなワンマンアーミー仕様で回復魔法や支援魔法なんかもあまり使えないが、それでも全くではない。魔法を定めた者の名は伊達ではないのだ。
「他に質問のある方は?」
「倒れる条件の様なモノはありますか?後、復帰までの時間とか。」
夏目から質問が飛んできた。しかし、これはコードによるモノ。無理やりガーディアンを抑えつけて、権利の剥奪なんて無茶をさせられたから起こった訳で通常の、例えば犬の攻撃なんかは普通に痛いものの回復するし耐えることも出来る。復帰についても、今回は賢者と意識の中でやり合っていたから時間がかかったわけで、何もなければ即復帰出来るらしい。ただ、損傷からの巻戻り時間は検証出来ていない。犬に囓られた時は瞬時だったが、全損からの復帰は分からない。
「無茶をしなければ取り敢えず倒れません。この無茶というのは通常と違う方式の攻撃と思ってください。今回は外に出ようとした助けるモノ、ガーディアンの権利を無理やり剥奪した為に起きました。復帰についてはまぁ、今回を除き即復帰と思ってください。肉体的損傷も同じだと思います。検証してないし、したくもないので確証はないですが・・・。」
「するってぇと、クロエさんは基本的に無敵回復状態でウロウロしてると?」
赤峰が何故か嬉しそうにその言葉を口にした。その目は『えっ、ならガチでやり合っていいんじゃね?』と雄弁に語っている。確かに、ガチでやり合える。武器での損傷の話を賢者としたが、犬の攻撃が回復するし余程特殊な武器でも使われない限り、そうそう回復出来ない事態にはならないらしい。その特殊な物とは下層やEXTRA職によるもの。そういった事態になった場合はサポートしてくれるそうだ。
「基本的にはそう思って構いません。ただ、何にしても1人しかいないので、スタンピードの対処はマンパワーが必要です。皆さんの力を貸してください。」
そう言って頭を下げる。世界各国にあるゲート総数、確認されただけでも1万は超えるらしい。日本だけでも100個、各都道府県に約2個あり東京なんかの大都市には3個つまり、人口密集地になればなるほど設置されたゲートは増える。逆にアマゾンとか砂漠にほぼ確認されていない。知らない所でスタンピードが起こるよりマシだが、こうもあからさまに設置されているとは思わなかった。まぁ、目的は掃除なので設置の仕方は間違っていないのだが・・・。
「顔を上げてください。自分達が全部対処する訳では無いですが、脅威は平等にあります。ゲートは撤去不能。なら、やれることをやりましょう。」
そう宮藤が声をかけてくれる。どうやら受け入れてもらえたようだ。まだゲートについては俺自身も分からない事は多い。それでも、これから先も付き合って行かないといけない。なら、この仲間達と出来るかぎりやれる事はやろう。さし当たっては中位に至って貰う為のサポートから。4者会談なんてものも控えているし、米国からの参加者もいる。一応、プロフィールには20階層まで行っていると書いてあったので、来てそうそう出遅れると言う事もないだろう。
「では、久々の訓練です。インナーの不備や刻印してもらいたい方は遥の方へ。彼女は専属の装飾師となったので、これから先は彼女にメンテナンスしてもらってください。今日は一日明日から20階層で行う訓練の準備期間とします。宮藤さん、それでいいですか?」
「構いませんよ。休暇中に自主的にゲートに入って、刻印が消し飛んだ方もいますしね。まぁ、自分もその口なんですが。」
宮藤の方からも了承が得られたので、それぞれが思い思いの準備に入る。赤峰と井口、ほか数名は走りに行くと言って軽いジョギングへ。夏目と小田ほか数名は遥の所に行ってメンテナンスを申し出ているようだ。夏目の武器であるスーツは腕を切断された時に壊れたが、今は新品を装備しているようで特に損傷はない。
宮藤も刻印が消し飛んだ為に、遥に刻印を入れてもらっているが、額やら胸やら色んな所に施している。休暇中に一体何と戦ったんだよ・・・。中位になってそんな状況ってかなりヤバい相手と戦ったんじゃないのか?
「ん?卓君は刻印はいいの?」
「ええ。炎化、平たく言うと変身なんですが、イメージさえできれば解除しない限り腕とか足とか無くなっても、炎で補って元通りになるんですよ。変身ヒーローってあれじゃないですか。スーツが爆発とかしても、中身はかすり傷程度でそんなにダメージ無いですし。一応、急所には刻印してもらってますよ。」
卓のワンマンアーミー化が止まらない。えっ?遠距離発火すればその炎の中から出てこれるし、発火点に炎の矢の様に自身をぶつける事も出来る。格闘家を選んだおかげで、殴ってよし蹴ってよしで身体能力も上がってるし、いつの間にか後方指揮タイプから最前線突撃タイプに変わってらっしゃる。まぁ、ヒーローが指揮官って言うのも変な話だし、方向性は間違ってないのか。
逆に宮藤のはガッツリ指揮官タイプだよなぁ。イメージ的にも助け合いで前に進む感じだし。これは本当に教育の方針を変えたほうがいいのかもしれない。赤峰は盾師を習得して全体カバーリング出来るし、兵藤は追跡者で猟犬じみて来たし、ここいらで中位は他の県にでも派遣して本部長としての自覚を養ってもらうのもありかな?
小田に関してはガンナーを選択したので、1人でウロウロというよりは縁の下の力持ちポジションだろう。クリスタルを使っての砲撃は強力だが、身体能力が上がっている訳ではないので頼れる盾がいる。夏目か清水が至ればそこはカバー出来るが、35階層までは残って貰ったほうが安全だろう。
何にせよここにいるのは他県で安全を担う本部長候補。腕っぷしで選んで20階層まで来た。目標は35階層だが、ぼちぼちと終わりも見えてくる。セーフスペースが無いのが懸念事項だ・・・。次は10階層、その次の5階層で合計35階層到達。やはり20階層で訓練して中位をもう何人か増やさないと厳しいかな。一気に行く必要はないし、脱出アイテムで腰を据えて攻略してもいい。
そんな事を考えているとスマホがなった。画面を見ると橘の文字。はて、なにかしただろうか?武器を届けてもらって以降は会ってないので、特になにかしたとは思わないが。有るとすれば、早くも千代田が判定機を届けたとか?
「もしもし?橘さんお久しぶりです、どうかしました?」
「クロエ、ありがとう・・・。本っ当にありがとう!判定機は千代田さんから受け取りました。あんな便利なモノがあったなんて・・・、貴女が休暇と聞いて呪っていたのが恥ずかしい・・・。」
「え、えぇ。お役に立てたようで幸いです。それで、今回はお礼の話ですか?判定機はカステラ県の大村ゲートの方へ連絡を取れれば、いくつかは買い取り出来るかとは思いますが。」
知らん間に呪われていたらしい。しかし、それを本人に言う辺り相当キているのだろう。そのうち慰安にでも行こうか・・・、行っても入れるか知らんけど。まぁ、これで完全フリーとは言わないが、橘が動けるようになれば更に戦力が増す。うむ、掃除するにはいい事だ。
「いえ、お礼もそうですが本題は薬の話です。35階層まで行った分の箱の中身は、武器を優先して鑑定していました。薬の鑑定が終わったので電話したんですが取りに来れますか?」
ナイスタイミング?薬はいくらあっても邪魔になる事はない。小田なんかはたまに親の敵のような目で見ているが、治癒師と命名されているだけで、中身は戦闘職と遜色ないしな。ガンナーを手に入れたので、どの距離でも攻撃出来るようになったし。
「いいですけど、私はそこに入っていいんですかね?警察の重要部署でしょ?」
「いいですよ、私が許可します。望田さんに案内してもらって下さい。継続資料室と言えばわかります。来てもらったら、ちょっと込み入った話があります。」
「分かりました、向かいます。」
電話を切って遥と望田に声をかける。遥の方はまだ人集りができているし、流石に入れてくれないだろうという事で望田だけをつれて後の事を宮藤に任せて出発。夏目がファースト成分が足りないとか言っていたが、そんなものは多分無い。
「いゃあ、久々の古巣ですね。継続資料室と言えば地下ですよ。昔は資料の墓場だったんですが、あそこを改築したんですね。」
「昔ドラマやってたけど、やっぱりポージング部署なん?」
タイトルはズバリ『ケイゾク』映画にもなったし、結構面白かった。話していたらまた見返したくなる。ドラマの中では未解決事件を捜査しているという、ポージング部署的な場所だった。本当にそうなのかは割と気になる。
「ドラマは知りませんが、単純に資料整理係ですよ。今は橘さん達の鑑定課が入ってるみたいです。」
「そうかぁ、未解決事件を専門に扱う警官はいないのか・・・。」
残念だがポージングで税金を使われても困る。ここは仕方ないと割り切ろう。望田の運転でしばらく走りやってきたのは警視庁。そう言えば、何時だったかチアコスで激励させられたような・・・。えっ、もしかして来るのは早まった?しかし、着いてしまったので行かないという選択肢はない。車から降りて正面玄関をくぐると、制服を着た偉そうな人物が待ち構えていた。橘が寄越した案内役だろうか?望田がいるのにわざわざ出迎えなんていいのに。
「お初にお目にかかります、私は黒岩と言うもので橘くんの上司に当たるものと思ってください。」
「ご丁寧にありがとうございます。クロエと言います。彼女は望田、紹介しないでもご存知かと。」
互いに握手して名刺を差し出す。作っておいて良かった、地元に帰った時にも使ったし、また作っておいてもらおうかな。望田は何やら身を固くしているが、黒岩というのは多分偉い人なのだろう。
「では、ついてきてください。橘くんの所に行くには私がセキュリティコードを解除する必要がありますので、遅れないようお願いします。」
先を歩く黒岩を追い望田と歩きだす。行先はエレベーター、望田が地下にあると言っていたので、これで下るのだろう。しかし、本当に橘は缶詰にされてたんだな・・・、ホテルに住んでるのは知っているが、ほとんど留守なので顔を合わせることはない。
(カオリ、黒岩さんって知ってる人?緊張してるみたいだけど。)
(黒岩警視監、トップの警視総監の1つ下、局長級の方です。私なんかじゃ木っ端のように吹っ飛びます。)
「はっはっはっ、失礼。ヒソヒソ話が聞こえてしまってね。望田くん、君は今や要人だ。それにチヨダから内閣府直轄警護要員に任命されている。形だけで言うなら私の方がよっぽど木っ端。このエレベーター内で一番気を使うのは、実は私なんだよ。」
飄々と言うがこれも狸なんだろうなぁ。公務員で上に行く、これは単純に勉強出来ればいいと言うものでもない。入るべきポストは既に最初から埋まっているので、狙うのはそのポストに就ける2番手。ポストが辞めて漸くその席につける。つまり、上に行けば行くほど外と変わらず、如何に2番手で居続けられるか、空いた瞬間にそこに滑り込めるかと言うのがカギになる。
彼がわざわざ出迎えて、彼のセキュリティコードが必要と言ったのも、それだけ彼はゲートを重要視し且つ、橘達と良好な関係を築いているというアピールなのかもしれない。この場でのアピールが必要なのかと言われれば、間違いなく是である。警察の知り合いなんて講習者と橘くらい。何かあって警察に協力要請を出すとしたら、地位を考えるなら今の所、橘と黒岩の2人。これから知り合いができる可能性もあるが、名前を上げろと言われれば、この2人で橘より地位が上なら黒岩を頼る場面もある。なにせ、橘は元は地方の人間なのでこちらにパイプなんて無いだろうし。
「着きましたよ、どうかされましたか?」
「いえいえ、黒岩さんとは良好な関係でいたいと思っていただけですよ。橘さんを待たせても悪い、行きましょう。」
互いにニヤリと笑みを交わして歩きだす。あちらもこちらの意図が分かったらしい。まぁ、何も頼まないのが一番だが、何が起こるかわからないのも現状なわけで・・・。
歩き出した先には何やら分厚い扉があった。黒岩がセキュリティコードを入力しているが、こんなに厳重な必要は・・・、有るな。寧ろ、鋼鉄製の扉如きでは不安が残る。なにせ、中にいるのは鑑定師の集団。詰まりは、出土品を使い熟せる人間達。仮に彼等が縮退炉なんてモノを作ろうとして失敗したなら、この場にブラックホールが生まれることになる。流石に生まれ出ようとするモノを祝福する気にはなれない。横の望田は扉の開く様に思わず息を飲んでいる。
「よく来てくれましたクロエ。歓迎しますよ。望田さんもよく来てくれました。」
左右に開いた扉の先には橘が立っていた。思ったよりも元気そうだし、職場の待遇改善はなされたのだろう。流石にここで狂われても困るしな。
「ええ、お久しぶりです。本当に缶詰状態だとは思いませんでしたよ。他の方は中に?」
「ええ、紹介するので付いてきてください。」
橘に連れられて中に入るが、所狭しと荷物が置いてある。見てもよく分からないものが大半で、品目ではなくランクで分けられているようだ。しかし、ジュースの缶の様なモノが、B+判定とは、一体何に使うものだろうか?
「貴女がお土産で、チヨダさんに渡した判定機は素晴らしい。コレをみてください。」
そう言ってよくわからない缶に判定機を向けて、ボチっとボタンを押すと一瞬赤い光が走り、判定してくれるの画面にクリスタルリアクターと表示が出た。橘はうんうんと頷いているので、品目は間違いないぃぃぃ!
「クロニャン確保ー!総員お茶会会場へー!!長ったらしい話とか後にせんかいばかちんがー!モザー!受け止め任せた!」
「おうよ!ガチ恋は逃さねぇ、ガチ恋距離も逃さねぇ!五十嵐ぃぃ!!!無理だったらバックアップね?」
「薬投げますね。」
なにやら小脇に抱えられて進んでいる。まぁ、突き当たりまで距離はないし、地下で行き止まりのようなのであまり気にしなくていいだろう。しかし、クロニャンとは?猫派ではあるがその呼ばれ方は初めてだ。そう呼んだ女性を見上げると、白いシャツにスカートを履いた茶髪の女性。叫んだ先には男性二人多分モブっぽいのがモザだろう。叫んで返事してたし。なら、その横が五十嵐。しかし、女性の名が呼ばれないな。ここにいるという事は鑑定師で間違いないと思うが。
「私をクロニャンと呼ぶ君は誰だい?」
「本人からクロニャンキターー!!私は神志那、神志那 和美。会いたかったよクロニャン!モザ達は後でいいや、ちょっとお姉さんに匂いとか確かめさせてね?」
急に降ろされて匂いを嗅がれているが、何だというのだ。壁際の、特にモザはやり切れない思いに涙を流し、両手を合わせ?なぜ拝む。
「ありがたや、神志那とクロニャンの百合とか尊死するだろ。」
「死んではいけませんよモザ。死ぬのは老衰とモンスター討伐をしくじった時だけです。」
濃い面子だ・・・。五十嵐は戦闘狂っぽい事をいうし、モザはまぁ、オタクだろう。人を見て百合言うのは・・・、傍目から見れば百合っぽいのか・・・。そして、連れ去ったはいいものの走った距離は・・・、いや、そもそも早歩きくらいの速度を走ったと言っていいのか分からないし、抱えた腕は終始ぷるぷるしていた。そんな人物神志那は今、匂いを嗅いでいる。いや、嗅ぐなよ!
「取り敢えず、やめてください。体臭を臭われるのは好きじゃない。」
「大丈夫!皆が言うようにすんごいいい匂い!クロニャン、想像しうる最大に頭のいい人は最後どうなると思う?」
「無気力。」
「ほぅわぉ、即答ね。ブッダ?」
「空は至れないかな。」
「ふーん、愚者ではないと。」
「まさか、愚者だと認めてるよ。だからこそ学べる。学ぶ姿勢がある。」
「ほっほー、やっぱりブッダじゃん。うん、楽しい。お茶会をしましょうクロニャン。」
「招かれよう、鑑定師のお茶会に。」
神志那は相当頭がいいんだろうな。返せる質問で良かった。追いついてきた、と言っても歩いて来ただけだが、慌てないあたりここではこんな事日常茶飯時なんだろうな。橘の苦労が分かる。神志那辺りは人より何歩も先を歩いている印象だ。或いは、鑑定師になって更に先を見たくて歩き出したのかもしれない。
「アグレッシブな方ですね、体力は無いみたいですけど。」
「初めて持ち上げられて腕の震える人を見たよ。こんな所に缶詰じゃ仕方ないさ。お茶会に招待されたし、行くとしよう。橘さんも来るでしょ?」
「ここの長ですからね、手綱は伸び切ってますが」
何を言われるかと思ったお茶会だったが、中身はオタク談義で終始和やか。俺のねんどろいどをどうです?と見せられた時は流石に返答に困ったが、まぁ、似てないこともないと曖昧に返しておいた。そんな和やかなムードの中、橘が本題を話しだした。
「コレを、薬の目録です。内容的には、回復薬の概ね中級。特定部位の骨折程度を瞬時に治してくれます。上位3つの3番めを薄くしたようなものですね。それはまだいい。話があるのはコレです。」
そう言ってテーブルの上に置かれたのは1つのアンプル。色的には翡翠色だろうか?美しい色である。回復薬は最上位が黒くてピカピカしていて、そこから劣化すると赤くなっていく。今よく使うモノは薄いピンク色。色に意味があるのかは知らないが、概ね劣化=薄くなるようだ。しかし、この色はどれにも属してないような・・・。
「あっ!不死薬。クロニャンの持ち物だったんだ。」
「えっ、これ飲んだら死なないんですか!?」
神志那の発言に望田が驚いて薬をマジマジと見る。他の鑑定師も神志那の意見を否定しないので、不死の薬で間違いないらしい。蓬莱山に行った覚えはないがどうやら見つけてしまったらしい。いらん争いの種だな。しまって黙っておくか、間違って落として割ってしまうのがいいかもしれない。
「それで、コレをトイレにでも流せばいいんですね?」
「それはやめてください、下手すると訳のわからないものが不死性を持つ。話というのは、千代田さん経由で聞くと思いますが、さる富豪がこの薬を探しています。支払う代価は1億ドル、もちろんアメリカドルです。この薬の権利はクロエ、貴女にあります。」
そう言って薬が差し出される。さて、どうしたものか。個人的には別にいらないし、売ってしまっても特に問題はない。買った個人がどうなろうと、何に使おうと何なら転売しようとどうでもいい。
「私が所有者だと、なぜ先方は気づいたんです?」
「気付いてません。ただ、金を払っての虱潰し作戦です。話では、その富豪はどの国にも同じ様な話をしているようです。無論、支払いの信用はおけるようですが。」
金持ちの道楽かはたまた盛者必衰を忘れたか。まぁ、そんなに欲しいなら売ってしまってもいいか。これはあくまで不死であって、他の効果はない。どれくらいの確率で出るかは知らないが、まぁ、これが最初で最後でも無いだろうし。
「鑑定書は付けるんですよね?発見者が私である事を、伏せて売りましょう。」
「いいんですか?人類の夢の産物ですが・・・。」
「いいですよ。ただ、条件をつけるならその場で飲んでほしいとだけお願いします・・・って、これって橘さんにお願いしていいんですか?」
「ツカサ、もったいないですよ!いつか使うかも知れないじゃないですか!」
望田が横から勿体ないと叫ぶが、別に必要じゃないし誰かに永遠を渡したい訳でもない。我がままだが、子供の死ぬ姿を見るのは俺1人で十分だ。
「・・・、私から千代田さんに連絡をすれば対応してくれます。本当にいいんですね?」
「ええ、欲しい人が代価を支払ってそれを買うと言うんです。なら、欲しい人に売りましょう。私の事は伏せて、鑑定書だけ付けてね。」




