622話 闘争本能 挿絵あり
「宇宙に落ちる、詩的で素敵ですね♪ところで宇宙の上下ってどうやって定義します?そもそも落ちるとは今の位置から物体が下方に行く事ですから。」
「足が下でいいのではござらんか山口女史。自身から相対的に見た下なら落ち放題でござるよ?その過程で加速し過ぎて燃え尽きても責任は取れないでござるが。」
「重力加速度とかありますけど飛行ユニットの場合落ちると言うより降りるでしょう?地球にだってゆっくり降りるエレベーターなんですから。」
橘とエマの方はJAXAとNASAから何処に行って欲しいとか、あの岩のサンプルが欲しいとか言われて歩くと言うか飛び回っている。感動の後は現実がやって来て物欲により月から色々毟り取る。面倒だけどやらないと『ケテ・・・、タスケテ・・・。月近くで遭難した。』なんて言う好奇心に殺される学者が増えそう。
実際リアタイで今の映像は地球に送られているし、通信基地も設置しているのでほぼノーラグで姿も声も伝わる。この通信規格も高槻製薬が利権を持っていてさっさと使用料取ってオープンにする予定なので、他の国が月に行ってもJAXAに救難信号は出せる。まぁ、出して助けに行くかは別の話だし行くにしても物理的な距離はあるので、トラブったならさっさと救助を求めないと死体回収する事になるのだが・・・。
『アレが月の裏側との境界線・・・、真っ暗ですね。』
「月の裏側は太陽が全く当たらない面ですからね。月は地球に向かい何時も同じ顔を見せている。ただ、線を引いた様に一定の所から真っ暗ですね。ライトとかで照らしてみます?」
『いヤ、やめておこウ。急激な温度変化もあるだろうし今回は回収だけダ。むッ、これは人工衛星の破片カ。』
「2009年の物とかですかね?米国とロシアの衛星が衝突してデブリがいっぱいでたやつ。」
『かも知れないナ。流石に空缶が落ちていれば驚くガ、人工衛星の破片なら仕方なイ・・・、のカ?』
「大気圏がないので月にはモロに隕石でもデブリでも激突しますね。安全の為、飛行ユニットにトラブルが発生したら直ぐに帰還を。ついでにアナハイムエレクトロニクスとか建設出来る所ありません?」
「ラプラスの箱でも置くでござるか?」
「中身は獣人憲章の原文とかにしたら面白そうだけど、単純に宇宙基地かな?時代が進んでコロニーが増えるにしても中継基地は必要だからね。特にゲート搭載型が増えればトラブルの際に即時回収に動ける様にしないといけないし。」
まだ宇宙に来て使ってないゲートだが、宇宙へ放出されるのも怖い。コロニー大破前に奪取するなんて話も出てくるかもしれないし、数こそ多いゲートだが失くしていけば減るのは当然で厄介だが国としても売り物にするのは最後の最後。
スタンピード当初に売ったと言うか他国に押し付けた国もあるが、未だにその時の政治家は批判されまくっている。下世話な話をすると国の収益として運営しやすいのよねゲートって。他国のスィーパーが入るなら税を取るとかもしているし、ギルド世界化で格差は無くしたいとされているが、それはもう少し先の話だろうな。
『ファースト氏、あまり危ない話はOPENで話してもらっては困る。』
「田辺理事?危ないも何も想定内の話です。ゲート出現当初危ない物は何処かへやってしまいたいと言う人も多かった。流石に今ではその話は出ませんが、完全に消えたとも言えない。」
『違います。トラブル等の話です。ないとは誰も考えていないでしょうがS・Y・Sに搭乗し宇宙人とも対話出来る貴女が言うと恐怖を煽る。』
言いたい事は分かるが煽ろうと煽るまいと重大インシデントなんてものは山程ある。それこそ線路に置き石するのだって重大インシデントだし置石をした時点で犯罪は成立する。それをコロニーに置き換えれば飛行ユニット使ったスィーパーがコロニーにぶち当たるのも重大インシデントとなるだろう。流石に人が押し負けるとは思うがスィーパーだと何が起こるかわからない。
「恐怖を感じるなら戒めとして考える事ですね。今S・Y・Sは1つしかない。でも、来年は幾つあるか分からない。互いの距離にしろ中で何をするにしろ、そこで起こる不測の事態は文字通り人が直面した事のないものかもしれない。よくあるでしょう?『外壁に穴が!』なんて話。」
『それをこの場で言わないで欲しいと言っているんです。水を差しているの分かりますか?』
「今水を差した方が考える人は増える。夢を見るのは自由ですが、その夢見た自由には現実がついてくる。それは呼びかけでも証明されたでしょう?ソーツが来るかもしれないと言う夢は来なかった現実に塗り潰され、起こり得ないだろう言うインシデントはあり得る。まぁ、確かに水を差したと謝罪しましょう。でも、映像の橘さん達はいいんですか?」
『・・・、えっ!?』
田辺に話を振るが2人とも月面でサバゲーやってるよ!ペイント弾使ったモノだが、宇宙での運動性能試験に何をするのか?と言う問に2人がサバゲーと言い出したから。割とこれは理に適っていて武器ではなく低反動とは言え衝撃のあるエアーガンを使った時にどれくらいの反動でどれくらいバランスを崩すのか?或いは何処まで地球と同じ動きが出来るのか?その辺りを探るらしい。
ただまぁ?流石にエマの分が悪いな。橘は職の親和性にしろバワードスーツの扱いにしろ誰よりも長けていて文字通りエースオブエースである。方やエマは米軍の叩き上げ将校として長年の経験がある。それが地球なら今だといい勝負に持ち込めるかもしれないが・・・。
『えぇイ!ちょこまかト!』
『ハッハッハ!当たらなければどうと言う事はない。職による身体能力の違いが戦力の決定的差でないことを教えてあげましょう!』
付属ユニットを随伴させたエマはツーマンセルで戦っているが、橘の方が1枚上手と言うか自分の身体の様に使いこなせる分、アクロバットな事も出来る。今もスライドしながらペイント弾を回避しつつ飛行ユニットが足場になる事をいい事にバク宙しながら身体を捻って射撃している。
『橘の生命を最優先。被弾は一切許さない。』
更にたちが悪いと言えばフェムの存在か。生命維持を最優先と言う様に当たれば弾けるペイント弾をどうも受け流している様に見える。確かに飛行ユニットの制御を一部任せていればそれも可能だろうな。瞬間的に斥力やら引力出したり出来るし使う電力は豊富だし。
『ほら!そこぉ!』
『ちぃッ!』
『ファースト氏!これは軍事行動では!』
「何を見てるんです何を?そもそも私は指示してませんし、軍事行動も何もあそこはどこの領土でもない。単純に未開の地でじゃれ合ってるだけでしょう?あれを軍事行動と言うなら即刻世界から軍隊を無くせと叫ぶ事をお勧めします。今行っているのは性能テストですよ、どこでもやるでしょう?車を作れば走らせる、飛行機を作れば飛ばす。なら、宇宙で活動が出来る物を作れば何処まで動けるか試す。2人で走った所でそれはただの競争でしかない。重力の低い場所、或いは無重力と言う場所で人がどれだけ動けるか試すならパルクールやこう言った遊びで試すのがいいんじゃないですか?」
まぁ、闘争本能マシマシな人類だから仕方ない。エマの付属ユニットにベタベタとペイント弾が命中して赤くなっている。見ている山口は多少仕方ないと思う半面、悔しそうに画面を眺めているな。まぁ、色々詰め込んだ付属ユニットがどんどん被弾しているしな。
「エマさん、付属ユニットは自律モードでいいです!カメラの扱いにもタスクを割いてるんですから、この際付属ユニットは大破したとしてください。」
『了解しタ。橘、第2ラウドだ!』