620話 何を着るのか? 挿絵あり
「大丈夫と言えば大丈夫だけど卒業式への参加がね・・・。」
「卒業式に親が来ない所も多いし、式の後は友達とかと遊びに行くと思うわよ?仲のいい友達にしても進学にしろ就職にしろ県外に出て行くと、いつの間にか疎遠になったりしてもう会わない事もあるし。」
「確かにそうなんだけどねぇ・・・。」
自身の卒業式の事を思い返せば母は来たが親父殿は来なかったな。平日だったと言うのもあるし、周りを見ても親が来ていない所も多くて、妻の言う様に卒業式の打ち上げとしてもう会わないかもしれないからと友人と遊んでいた。
高校が工業高校だった事もあり半数近くは県外に出てしまったし、俺も俺で自衛隊に入隊してから土日祝しか外に出れないし、長期休み以外は実家に帰らず基本隊舎で生活するので外で泊まる事も少なかったな。
ただ卒業式の日の夕食は家族で食べたし、学生最後のケジメとして両親にありがとうは伝えた。う〜む、そう考えると息子の場合直ぐに家を出るわけでもないし職場も県内と言うか、ギルドに就職したので下手すると昼夜問わず顔を合わせるかも。
「親としては寂しいかもしれないけど、子供にも子供の付き合いがあるし就職に決めたから学生最後の日で大人最初の日よ?那由多の好きにさせてあげたら?どの道貴方はゴタゴタで帰れそうにないんだし。」
「親にとっては子は何時までも子。でも、それは関係性であって縛るものじゃない、か。分かった、俺からのおめでとうの言葉は取っておいてくれ。後からでも伝えるから。」
「分かったわ。そっちもそっちで無茶しないでね?死なないって言葉は信じてるけど急に宇宙の果に行ったら嫌よ?」
「分かってるよ。じゃあ、また。」
「ええ、またね。」
妻との会話を終了するがさて何をしようか?待機予定なので寝ててもいいのだが、せっかくの宇宙だしそれはもったいない。無重力区画で実験的な事をしてもいいし本を読んでもいいな。お客様扱いと言う事で結構買い込んできたし。
宇宙でありつつ地球と同じ感覚で生活出来てしまうので、どうもわくわく感が足りない気もする。やはり無重力か、無重力でプカプカ浮かびつつ青山との取り決めを再度どう行うかを考えるか。タバコで一服。本来の無重力空間なら煙は落ちずにとどまるし、宇宙ステーションでは火気厳禁なので喫煙なんて以ての外なのだが、そう言う小さな面でもここが既存の物からかけ離れた作りだと言う事が分かる。
最初に説明されたが部屋や研究施設で火事が発生したら扉を閉めて窒息消火するらしい。程度にもよるが水を使って湿気を出すよりもそちらの方が効率的で、そもそも火災でもS・Y・Sの壁が燃え落ちる温度にまで上昇する事はないし、ケーブル使って燃え広がる事もない。
テクテクと歩きリュウ達のいる区画の隣の区画へ。そこまで広いスペースではないが狭いスペースでもない。ここが何の為にあるかと言えば宇宙遊泳練習場兼多人数発進用。S・Y・Sから宇宙に出る時はカタパルトで打ち出されるわけでもなく、無重力の中をエアーシュート式の取っ手を握って外まで運ばれて行く。
別にこれを使わなくてもいいのだが、緊急でもない限りS・Y・S外殻近くでは飛行ユニットが干渉し合うので使わないで欲しいと言われたな。まぁ、俺の場合飛行ユニットはバイクにしか搭載されてないし、そのバイクもエマに貸しているのだが・・・。
区画内は内部用飛行ユニットがないので扉を潜れば無重力。地面を軽く蹴れば身体はプカリと浮かび元の扉へ戻るならこのまま進んで壁を蹴るか、巻取り式吸盤銃を扉に向かって撃ち巻き取って貰うしかない。その銃の巻取り速度も結構遅いので早く戻りたいなら、近くの壁に撃った後にその壁を蹴るといいらしい。まぁ、早すぎで姿勢制御をミスると壁に激突してその反動でまた何処かに飛んで行く事になる。
ただ藤が証明した様に宇宙でも魔法は使えるので、飛べばいいのかな?一応、そう言ったイメージも構築して来たので多分大丈夫。
「アニメなんかで宇宙船とか宇宙戦艦に乗ってるのにスカートのキャラは勇気あるよなぁ〜。見せパンとか言うやつを全員履いてるんだろうか?」
何処もかしこも無重力ではないが、こうして体験して見ると履くならズボンだな。でも、SFものの服って下着なのか洋服と言っていいものなのか迷うような物が多い。特にコブラとか。
なんにせよ無重力だと服が引っかかった時に思ったよりも反動で身体が持っていかれるし、スカートが広がれば自由落下しないので広がりっぱなしで邪魔である。野郎は嬉しいんじゃないかな?無重力初体験で下着丸見えの若い子とか見られたら。
ウォータパックから水を出してパクリと飲み、浮遊しながら思考を切り替えて青山に吹き込んだ奴について考えるが、どうしても一人ではないと言う考えに至る。増田が青山に協力依頼を出して、その過程で威圧されたのは聞いた。割とガチギレしていたらしいから青山にも奉公する者にも動くなとは言った。
だが増田の言葉も奉公する者が動いた要因の1つである。なら、他に耳を貸しそうな人物と言えば望田や伊月にリー達。望田はまぁ、除外かな?中露関連で望田が口出しする事は少なく、情報を集めようにも情報元が限られてくる。
なら最近一緒に仕事をする機会の多い伊月はとなると、テレビで見知った情報は持っていても今回の様に宇宙関連のディープな情報を持っているとは考えづらい。まぁ、予測の域で話すのは話せるよ?世界情勢を見た時にニュースなんかでも中露宇宙ステーションの話はよく出てくるし、そこで何をしているかは公表されてない。つまり、陰謀論やら虚言やらの蔓延るネットの話をする事は出来る。
最後にリー達だが青山にわざわざ祖国の事を話すのか?と言われると話さないと思う。何かしらの交換条件を持たかけられたとも考えられるが、それに乗るだけのモノを青山が出せるかは微妙。但し、スパイ活動は公認しているのでテイやリーが得た情報から繋ぎ合わせて行ったとも考えられる。
スタートの話をするなら青山は人である。ロボットや操り人形ではなく、意思ある人で考える葦である。つまり、貰ったり得た情報を繋ぎ合わせてどう動くかは本人次第と言うところもある。当然だろう、結果として中露は黙ったし貸しと言う手札も手に入った。ついでに言うなら奉公する者も魔女の本体が黙らせたらしいし、一応宇宙人は来たが脅威はなくなったと思う。
つまり容疑者を考えると関わった全員であり、青山本人であり奉公する者本人。と、言うか奉公される側がベリーハードじゃない?最初は短絡的に増田のせいかとも思ったが、よくよく考えると手綱握れコールは来てるしコチラとしても地雷になりそうな事は極力言うなと言う話で決着はついている、ただ、青山の職的に知見があるから勝手に情報収集するし、奉公する者との相乗効果で損して得取れを爆走する。
「やはり動く前に何するか一筆書かせるか。それはそれで奉公じゃないと駄々を捏ねそうでもあるが・・・。いや、合う機会が増えると喜ぶ?何にしても今回の件で色々懲りたしな・・・。」
犯人探しは犯人多数+宇宙的脅威を大国が感じたからそれで良しとしよう。流石に次また宇宙人を呼び込むとかしだしたらもう知らん。S・Y・Sでもなんでも勝手に作って土星ででもやってろ。そう言えばS・Y・Sは土星の輪の中に紛れ込めると言っていたな。大量の隕石の破片で出来た輪っかだが、斥力フィールドを纏っていれば破片を避けるのではなく押し退けて居座れるらしい。まぁ、出力の問題で破片が大きすぎれば回避するしかないらしいが・・・。
『クロエ殿〜、クロエ殿〜。月面降下実験をそろそろ開始するでござるよ〜。』
「休んだけど休み無しか・・・。研究者も含めてエナドリ相当買ったって聞いたけど寝てるんかね?何気に呼びかけまでで1週間くらい経ってるんだけど・・・。」
うそ!私の睡眠時間なさ過ぎ!?まぁ、寝なくてもいい身体なのだが生活リズムは狂いっぱなし。そもそも太陽が出続けると言うか遮光しない限りS・Y・Sの中は明るい。白夜地域に住めばこんな感じなんだろうか?九州に住んでいるので豪雪地に憧れない事はないが雪かきとかがなぁ・・・。雪降中の露天風呂で我慢しておこう。
吸盤銃を使って無重力区画から廊下に出ると橘とエマが話しながら歩いて来た。どうやらこの区画から外に出る様だが、リラックスしている様に見えるので点検等も異常がなかったのだろう。
「お疲れ様です。橘、月面に立つですね。」
「ここで暇潰してたんですか。部屋にいないからまた何かやってるんじゃないかと疑ってましたよ。」
「私はトラブルメーカーじゃない。」
「それでもトラブルには巻き込まれてるがナ。さテ、私と橘はこれから月面に星条旗と日本国旗を刺しに行くガ、月の石とかの土産はいるカ?前に藤から貰ったと聞いたガ。」
「いや、石はいいけど前に刺した旗がどうなってるかは知りたいかな?予測だと白旗になってるらしいけど、見ない事には答えが出ない。」
アポロ11号が星条旗を月に刺して以降、17号まで月面に星条旗を残してきている。そして、その旗は11号の分を除くと今も立っているとか。なら、陰謀論よろしく11号は月に行ってないんじゃない?と言う話が出てくるが、話では11号が離陸する時のジェット噴射で倒れたのだとか。何気に月には隕石も落ちるし倒れた旗がなくなっていても不思議ではないか。
「月に白旗カ。最初から人類は宇宙人に対して無力を知らせているとも取れるナ。」
「そんな無力感を払拭する為に固定処理した旗を新たに2本追加するんでしょう?まぁ、本来の実験目的は飛行ユニットの対応力テストと言う面もありますけどね。」
「成功すれば宇宙開拓DASH星の幕開けですね。水星やら金星は暑いから行かないとして、火星以降は視野に入るだろうなぁ〜。」
「最初から土星でやれって言われないだけマジですけどね。流石に土星の引力や重力圏でテストはしたくない。」
「開拓も何も、土地があるかもする意味があるかも怪しいがナ。そう言えバ、日本では月にウサギがいると言ウ。見つけたらクロエと名付けてやろウ。」
「そのウサギ絶対スペースウサギで人食うから近寄るなよ?エマは知らないかもしれないけど、月面クレーターはスペースウサギが月を掘り起こした跡で、虚ろ舟で避難しようとして撃墜された皇族のかぐや姫は竹に似た救命艇で地球に降り立ち、自分の位置を光に乗せて仲間へ送信して迎えに来てもらったんだから。」
「・・・、マジか?」
「マジマジ、ちょーマジ!」
与太話である。ただ、最近の話だと過去の出来事は本当に与太話やら作り話なのか本気で研究されている。それこそ、警察が全力で行方不明者を探しても見つからない人は見つからない。これは割と異常事態で職を使っての捜索だと生死は別として概ね見つかるし、手がかりも出てくるが。しかし、それが全く出ないと言う事は・・・。
エマの顔が青ざめているが、月にウサギ型宇宙人がいたとしても多分弱いぞ?重力が低いと言う事はそれだけ負荷がなく、大きくなれる反面中身はスカスカになるか、逆に小さく重くなるしかない。小さくて重いのは厄介だが、大きいだけならエマ達が普通に勝てる。
「宇宙語出来るクロエが言うと現実味が出てくるから変なジョークは言わない。もう行きますがサポートは任せましたよ?」
「サポートもなにもバイク以外飛行ユニット持ってないから救助に行くなら自力となりますけどね。まぁ、それよりも連絡してラボからの預かり品を使いますよ。」
「バイクは上に置いてきたゾ。数少ない遊泳装置の1つだからナ。でハ、行ってくル。」




