閑話 来訪者 11
朝起きて顔を洗う。鏡に自分の顔が映る。頬にある傷跡、私は私の顔が嫌いだ。希望も絶望も見た。ここに流れ着いたのもその為。何度でも言おう、私は私の顔が嫌いだ。
「おはようさんマッド・ドッグ。今日は何人シゴき上げるんだ?」
「黙れボーイ。お前もまたウジ虫に戻してやろうか?」
「おぉこわっ。美人なんだからたまには笑ってくださいよ。上官殿。」
部下のジョージが軽口を叩く。イラク戦争からの付き合いでアフガンにも行った。ゲートなんて訳のわからないものが出なければ、私はそこで散っていただろう。いや、散りたかった。散らせて欲しかった。私が未だに生きているのは、惰性でしかない。私のすべての始まりは全米2位から始まる。
全米美少女コンテスト2位。それがすべての始まり。あの頃が多分1番楽しかった頃だと思う。優しかった両親に褒め称える友人知人。私自身も私は成功者であり、次は1位となり輝かしい人生を送ると疑わなかった。しかし、それは地獄への片道切符だった。私の人生は2位で始まり2位で終わった。
翌年も出場した私は2位だった。1位は別の子、この時私は自分と他人を比べて自身の顔が嫌いになった。私はわたしのかおがきらいだ。しかし、この時まではまだ良かった。私は私の顔が嫌いだが、コンプレックスではなかった。絶望が歩みだしたのはこの時から。優しかった両親は厳しくなった。食事制限にダンスのレッスン。水泳に演技練習、CMのオファーがあれば全て父が契約し母は演技で指導を受ければなぜ出来ないのかと問い詰める。
表向きは仲のいい家族で、私も1位を取るつもりで辛い日々の先に希望があると頑張った。頑張って様々なレッスンをこなし、仕事をこなし、学校ではいい子を演じながら、必死に勉強を頑張り、友人など作る暇のない日々を過ごし、3回目の出場を果たし最後まで残った。到頭だ、到頭私は救われると思った。横に見るのは去年、一昨年と違う相手。審査員は新人もいるが、それでも顔見知りが多い。私の栄光は揺るがない。私はようやく2位から飛び立ち1位に着ける。
それは、両親の望みであり私の悲願。過去2年は失敗した。しかし、今年こそは私が王者であり私が栄冠を掴む。横のポットでの奴なんかには負けない。それだけの美貌とレッスンを受け、衣装を選び鍛えたのだ。去年から段々と仲の悪くなった両親も、これで元に戻る。今思えばそれは、脅迫感に突き動かされた事だったのだろう。正々堂々勝負をしていて打ち負かす。他の誰にも1位は譲らず、今年の栄冠は私にこそ相応しい。
今でもたまには夢に見る。タキシードを着た司会が封筒を持ち壇上に上がる。その封筒の中身は私の未来であり、栄冠を知らせる手紙である事を疑わなかった。封は切られた、中身は出された。なら、その後は私の名をエマ=ニコルソンを呼び称えるだけ。そう思い、気づかれない範囲で壇上に上がる準備をし、前から考えていた1位であるという台詞を頭の中で反芻する。
さぁ、私の名を呼び讃えればいい。漸くの栄光。漸くの1位で。全てが報われて幸せになれる。今あるのはそこまでの、まだ希望があり両親が薄氷の上でも、仲が良かったという記憶。呼ばれた名は別の誰か。その年、私はファイナリストの称号だけが与えられ意味のない2位だった。茫然自失の私に審査員から掛けられた言葉は、今の時代では古臭く美しいが1位にはなれないという言葉。私は私の顔が嫌いだ。
そこから絶望が始まった。薄氷は崩れ去り、両親は言い争う事が増え、依頼のあった仕事も他の子に奪われていく。この頃父は仕事を辞めていて酒を多量に飲むようになり、母は外で遊び歩く事が増えた。家の収入源は私でありほかはない。働かない両親の代わりは私がするしかなく、しかし、審査員の言葉がのしかかり中々上手く行かない。仕事の契約をしてくれていた父は昼から酒を飲んで使い物にならず、母は週1〜2回帰ってくればいい方で、帰ってきても金の無心をしては父と言い争って出ていく。
そんな生活が何年か続き、到頭仕事もなくなり家を手放し、父の知り合いのツテでどうにか、トレーラーハウスを借りてホームレスにはならずに済む始末。かつての栄光はなくなり、努力して行ったレッスンなど、なんの役にも立たなかった。終わりの見えない荒んだ生活は結局、私が軍人になるまで続いた。そして、私の顔に傷を付けたのも、その生活の終わり頃。
酒浸りの父は何時しか薬にまで手を出しただでさえ少なかった稼ぎはそれに消え、母は男を他に作り出ていった。バイトをしては日銭を稼ぎ、漸く18歳となってどうにか高校も卒業出来た。大学へ行く人を見送り卒業式の後、1人で家に帰る。古臭いと言われた美貌は健在で街の食堂で、ウェイトレスの職も決まっていた。選ばれた理由は顔。私は私の顔が嫌いだ。
「ただいま・・・。」
帰ってくる言葉はない。この頃の父は酒と薬でボロボロになり、刑務所と家を行き来していた。昨日から仮出所していたが、更生の見込みはないだろう。薄々感じていたが、ここ以外行く所もないので、仕方無しにここにいた。
「アニーか!よくも出ていったな!この俺を!俺を置いて出ていったな!!」
酒と薬に溺れた父は既に帰った時には錯乱していて、私と母の区別もつかず揉み合いの喧嘩となった。父は言うその顔が憎いと。その顔さえなければ、1位さえ取れていれば全てが上手く行ったと。1位の取れない顔に意味は無いと。父がナイフを取り出し私はそのナイフを奪い自身の顔を切った。私は私の顔が嫌いだ。
家から逃げ出し街を彷徨い、新しく決まった職場に住み込みで働けないかを願い出たがそれは、叶わなかった。太った店主は私の傷ついた顔を見るなり、採用を取り消した。
「君を採用したのはその顔があったから。学もなく、店に出したら客がいなくなる。採用は取り消し、出ていってくれ、セカンドガール。来なくていいぞ。」
私は私の価値を自ら傷つけ、職も失った。路頭に迷うしかない。ホームレスになるのはゴメンだけど、他に道も思いつかない。私は顔に始まり、その始まりも成功の約束はなかった。家に戻る気はない。父は既に父とは思えない。母は居場所さえわからない。傷ついた顔でも、ホームレスになれば襲われる可能性がある。娼婦になれば、傷で買い叩かれて病気で死ぬ未来しか見えない。私は私の顔が嫌いだ。しかし、その嫌いなものにしか、私の価値はなかった。
一晩中泣いて、泣き疲れて路上で寝て、起きては泣いて。何日かした時、捨てられた新聞の広告が目についた。兵士募集の記事。年齢は満たしている、学力も大丈夫。兵士なら顔で判断されないだろう。私はその新聞を片手に軍のゲートを潜った。しかし、ここでも顔を言われた。
「君の顔に傷がなければ広報担当で良かったが、その傷がある。採用はするが、一兵卒として頑張ってくれ。スカーフェイス。」
私は私の顔が嫌いだ。軍での生活は順風満帆とは行かなかった。一兵卒から入り、運動も大学へも行っていない私はひたすらに鍛えるしかなく、毎日走り回り筋トレをし銃を撃ち分からないながらも資料に目を通して、上官を補佐する。入隊時に呼ばれたスカーフェイスは陰口として言われたが、昇進しては言ったやつを殴って黙らせた。
マッド・ドッグ。何時しかそう呼ばれるようになり、顔の事は言われなくなった。そこからは心地よかった。各種任務で戦地を周りイラクの暑さやアフガンの埃っぽさ。密林での任務の茹だるような暑さと毒虫の恐怖。敵兵との戦いでの銃弾の音・・・。艶めかしさと、恐怖で彩られた記憶に顔を言及するものはなかった。
昇進を重ね、歳を重ね、銃を握り人を殺していつか死ぬであろう日まで歩む。子など必要はない。何が人を・・・、人生を狂わせるかは分からない。しかし、私の思いとは裏腹に世界の方が勝手に変わった。ゲートの出現、コレが私の世界を狂わせた。同盟国日本。そこから発信された情報は世界を周り、情報の精査などをする前に、ひたすらに叩きつけられる情報に、国防省だろうと情報局だろうと、泡を食ったように色めきだってある事ない事を話し出す。
荒唐無稽、まるで映画のような配信内容はカーカイブとして残り、今も研究されている。ファースト。嫌な事を思い出されるその名を名乗る少女は、私の知らない言葉で楽しげに話す。関わり合いたくはない。関わる事は無いだろうが、関わり合いたくない。思い出してしまうから、過去を。私は私の顔が嫌いだ。その笑顔から目が離せないが、それでも私の価値が傷ついた事を思い出させる。
少女と日本の警官達による配信を確認し、国は動き出した。私にも仕事が振られた。日本語で話された内容を、すべて英訳した資料を渡され、開通したワシントンDCゲートからの内の調査。他のゲートもあったが、市民が暴徒のように押しかけ入れなかった。部下は全部で30少ない数だが入り口が狭い為の精鋭部隊。列を作り、前の者の肩に手を置いて突入し職を選んでからの探索。全てが日本語で記載されているため、誰もが適当に選んでモンスターと戦った。
幸い、職を選んでいないものはいなかった為、触れても溶かされることはなかった。しかし、信じて握って来た銃は意味もなく。モンスターには通用せず、イタズラに兵は殺された。ドッグタグのみ回収し、後で迎えに来ると約束した兵は消えて無くなり、跡形もない。
「よぉ化け物!俺と地獄でダンスしてくれよ!」
ビームで傷ついた部下は抱きついて自爆したが、モンスターは無傷だった。箱から出た武器と呼ばれる物は、なんだか分からず、誰も扱えず、動画の様な華やかさはなく。ただ、静寂と兵の怒号のみが木霊する。仲間を減らし、傷を負い出口を探して彷徨い、奥へ進む。意味のない重火器は武装解除して、放置すればそれもまた消えた。残された箱からの武器の扱いを模索しながら、どうにか5階まで来た時には、仲間は私含め5人になっていた。
命からがら外に出て、報告を上げているときに通知が来た。ゲート内言語は日本語と。生贄の様に捧げられた部下の命に、意味はあったのだろうか?私の顔を綺麗とも傷者とも言った者達は、しかし、最後に私の不機嫌な顔を見て逝った。私は私の顔が嫌いだ。
政府はゲートへ入る事を推奨しないとした。個人で入る分には自己責任。調査のために入る兵士も血を流しすぎた。入らなければ、モンスターの脅威はないのだから、入らなければいい。コレには私も賛成した。資源があろうとも、国としては推奨しない。彼女の話は文書にされているが、本当にあるのかの確証はない。トレジャーハンターの話を聞けば、内部の調査は国がしなくてもいい。しかし、その夢は一週間足らずで壊された。
日本でのモンスター流出事件。これは、我が国だけではなく、世界に激震をもたらした。出ないと思っていたものが外に出て甚大な被害をもたらしたのだ。外務省を通じてからの話では、どのゲートでも起こりうる事象だと結論が出された。これにより、国は方針を転換し積極的にゲートに入る事を推奨し、場合によってはゲート内の職で区別をつけるようになった。
しかし、私の仕事は変わらない。ゲートに入ってモンスターを倒そうとも、民間から来たモンスターハンターの話を聞いて、武器の扱いを習っても、やる事は軍人として変わらない。しかし、ここでも顔だ・・・。民間から人を引き抜くに当たり、男性ウケの良さが私の顔にはあった。私は私の顔が嫌いだ。
「少佐、大佐が話があると呼んでますよ?大方何か問題があったんじゃないですかねぇ?ゲートとか、新人のパワハラ告発とか!」
「黙れニック。その口を縫うぞ。いや、口を増やしてやろうか?」
軽口を叩く部下を黙らせ大佐の元へ廊下を歩く。コツコツと軍靴の響く廊下を歩く足取りは重い。また、新兵から出た苦情を聞かされるのだろうか?頭が痛い。人の顔を見て、私の所に志願したのだ、死んでも文句を言わず、ハイかYesで答えればいいものを。日本語の勉強教材としてマンガやカトゥーンが基地内に置かれ、それを見た新兵が何を思ったか私の所に来る。恋愛などこの年までした覚えはないし、する気もない。そもそも、私は私の顔が嫌いだ。
「エマ=ニコルソン到着しました!」
「よろしい、楽にしたまえ。」
「はっ!」
部屋に入るとダグラス大佐と見知らぬ人物がいた。スーツ姿の優男は、にこやかな笑みを浮かべながら私を見る。どうもいけ好かない。ホワイトカラーはブルーカラーを見下す。偏見だが、インテリは嫌いだ。
「初めまして、私は国務省のウィルソン。気軽にウィルと呼んでほしい。」
「呼ぶ機会があれば。大佐、お話というのは?」
手を差し出すウィルソンには目もくれず大佐の方を見る。私はこの人の命令で動き、部下は私の命令で動く。軍とはそういうものだ。国務省の人間など相手にしたくない。差し出された手を引っ込めたウィルソンは微笑みを変えず口を開く。この男が私に用事がある?関わり合いにはなりたくない。手榴弾でも抱いて敵兵に突っ込むなら握手くらいはするが・・・。
「マッド・ドッグエマ。いや、セカンドの方がよろしいかな?彼女がなぜ貴女を選んだかは知りませんが、貴女に決定しました。」
「何の話だ腰抜け。愛の告白なら墓の下でやれ。今から連れて行ってやろう。」
「待たんかエマ。先ずは話を聞け。」
「はっ!」
大佐に諌められ口を閉じる。彼女が私を選んだ?何の話かは知らない。心当たりもない。そもそも、女性に選ばれるような言われはない。軍人であり、ボディーガードではない。軍務での救出作戦は携わったことがあるが、それも昔の話だ。
「日本での政府主催のスィーパー講習会。話を聞いたことは?」
「いえ、知りません。」
嘘だ。この話は軍の中では有名で、美しいとされる男女が写真を撮られ経歴とともに日本へ送られる。曰くファーストの選別。優秀だろうと、美しかろうと一切を切り捨てた彼女の選別は既に軍内で、なり手のいない講習者として噂されている。彼女の眼鏡は相当に厳しいのだろう。元、ミスコンの出場者に無理矢理階級を付けて渡しても、ハーバード大学の首席卒業者に階級を付けて渡しても、他、複数の工作をして送ろうともいい返事はない。該当者は減りに減って、本当に軍人から選ばれだしたが、それでもokが出たとは聞いていない。
「そうか。なら、これを読んでくれ。」
生け花を生きがいにした生え抜きの生娘。生絹を生業に生計をたてた。生い立ちは生半可ではなかった。生憎生前は生まれてこの方、生涯通して生粋の生だった。日本語で書かれた羅列は意味が分からず顔を顰める。ゲートが出て以降日本語は学んで見たが、『退出』の文字さえ分かればいい。コレが出口だ。
「読めないか・・・、仕方ないとはいえ、なぜ彼女が君を選んだのか理解に苦しむ。」
ウィルソンはこう言いながら頭を振っている。横の大佐も目を押さえている。面倒事だろう。私には関係ないものだといいが、ここに来た時点でその芽はない。
「エマ=ニコルソン少佐。現時刻から約1ヶ月で日本語をマスターし、彼女の元に赴いて講習会に参加せよ。これは、軍命である。」
「サポートは国務省がしようか。休みはない、日本語は難解で彼女の言葉は更に難解だ。全ての情報を正確に伝えてほしい。」
「了解しました!しかし、その彼女とは?」
すっとぼけたい。私であるはずがない。歳もとった。傷もある。私は私の顔が嫌いだ。そんな私のはずがない。
「クロエ=ファースト。彼女に君が選ばれた・・・。全てを今まで断っていた彼女に君なんぞが選ばれた。君はこれから出国まで自由はない。」
目眩を覚える、何故私なのかと。何故ファーストにセカンドが呼ばれるのかと・・・。悪い冗談だ。そうまでして1位は私を見下したいのか。見目麗しい少女は私の事など知らない。それでも憤りを覚える。私は私の顔が嫌いだ。