595話 就職戦線 挿絵あり
宮藤の方は簀巻きが効いたのか参加者は御行儀よくなったらしい。対人戦を叫ぶ前に地力問題が露呈し、バキバキに鼻がへし折れて今は粛々とまとまりを見せつつ訓練されてるとか。宮藤自身も口で言って聞かないなら拳で語る方に方向転換したのか、回復薬の買い付け量が増えたと言っていた。まぁ、優しい宮藤としても参加者をどこかお客様扱いしていたと言っていたので、本腰と言うか本番はこれからかな？
因みに糸の拘束を見せて説明したので、それを宮藤自身も訓練してそこそこモノに出来そうだとか。俺の場合火傷にとどめたが宮藤の場合腕切断の痛みも知っているので、更に痛みが増しているのではなかろうか？やんちゃして被検体になった参加者には悪いが諦めて貰おう。別に本当に切れるわけでもないし。
そんな中で獣人をゲートに入れる試験が開催され、多数の獣人がゲート入りしている反面、本能なのか拒否する獣人達もいる。テストで受かれば職に就けるわけでもないし、拒否するならそもそも準備が出来ていないと悟っているのだろう。ただ、中にはパートナーからご馳走を貰う為に入るやら、パートナーがぼんくらだから食い扶持を得る為に来た獣人なんかも・・・。
その反面、人の方が食べ物で釣ってゲートに入れさせようとする場面もある。獣人カフェを経営してる人なんかは割とその傾向が強く、ゲート内に店舗を拡大したい人なんかは上手くすれば護衛料金を安く出来るなんて言う野心家も・・・。
最終的には入る獣人の意思に寄るだろうし、パートナー側がいくら望もうとも拒否したなら入れる事はない。ただ、教育モデルケースとなっている獣人達は検証の為に入る事を推奨されている。コレは政府側の要請でもあるし、知識レベルや対人関係強化で本当に職に就けるのかと言う部分を明確にしたいからだとか。
実家モデルケース獣人は同じくらいの知能指数の獣人を集めて教育しつつ、学校に通わせて対人関係を磨き獣人の年齢と言うあやふやなモノ以外の指標を作ろうとしているから。これで全員職に就ければ指標とするモノは固まってくるが、そこに性格やら本人の資質がないのは大丈夫だろうか？なんにせよ決めるのは俺じゃないから何も言えない。
「獣人達はどうなんですかね？資料的な物は政府とギルドのHPに記載されたり、各ギルドからのお知らせとしてポスター貼ったりしてますけど。」
「そればっかりは分からないけど、明日からまた書類が増えると思えば・・・。」
「あの書類申請の山はまだ増えるのカ・・・。なにか減らす方法はないカ？こうも仕事に追われていればやりたい事も出来ないだろウ？」
「多分書類は増える。仕事を減らしたいならいい加減にすればいいよ。既に入ってる獣人は仕方ないとして、日本みたいに獣人をゲートに入れる申請制度を作らずパートナーと本人に任せる。あくまで獣人のゲート入り申請って職に就ける水準にあるか否かだし、統合基地で働いてる獣人を今更引き上げるなんて出来ないから、そう言った仕事として新たに入る獣人については護衛を付ける様に指導したりして事故をなくす為のものだしね。」
「職に就いてないとモンスターに出会うだけで危険ですからね。」
「他国からの各データがそれを物語っているカ・・・。ガーディアン騒動でも子供の不調者は米国でも幾人も出タ。高槻製薬のエナドリや回復薬の大量配布や国連の備蓄解放、個人単位での薬使用には助けられたナ。」
「社訓が困ってる人を出来るだけで見捨てないだからね。実際日本の統合基地にあるラボ2号と言う名の生産プラントは何時もフル稼働だし、海外から来た人を自国に戻してゲート内統合基地で生産プラントを建設するって話も進んでるよ。」
飛行ラボは研究施設となってしまい、元々大規模回復薬生産プラントとして作られていたラボ2号が回復薬製造を一手に引き受けているし、回復薬製造を学ぶ目的で来る人もそちらに行く様になっている。なので2号の方も色々な国の人がいたな。育って自国に帰って販売してくれれば更に私腹を肥やせるので頑張って貰いたい所である。
ゲート外で回復薬生産プラントを作ろうと言う動きもあるにはあるのだが、問題発生時に飛行ラボのあるゲート内の方が急行して対策出来るとして、どの国もゲート内に生産プラントを作る流れとなっている。ただ、たまに問題と言うか何と言うか・・・。廃液泥棒がいるらしい。外に出しておけば勝手に消えるので箱に入れて廃液と書いて置いていたらしいのだが、廃液でも回復するのではと持っていくらしい。流石にコレはまずいと今ではひっくり返して捨てる様になったとか。
「そろそろ外に出だしますかね？今回は補助者やパートナー総動員でやりましたけど、次からどうします？流石に毎回動員は厳しいですよ？」
「ケースバイケースかな？パートナーがスィーパーなら試験後その人と入って出た時に神志那さんや警察の鑑定師に鑑定してもらって、職に就けたらライセンスとタグ発行の流れでいいと思うよ？スィーパーでない人の獣人なら個人で補助者に依頼だね。」
「米国の補助者はたまに質の悪い者もいル。米国ギルドではその辺りが問題になると言われているガ、アライル達の見解では身内に依頼すると言うのが主流になるだろうとしてあったナ。実際、初めて会った強者に背を預けたくない者も多イ。」
「それはもう米国の問題だねぇ。日本でも野良補助者にはたまにそう言う人もいるし、ギルドからの注意喚起としては初心者はギルドに相談と強く言ってあるよ。まぁ、それでも身内とか知り合いと入る人も多いけどね。」
難しい問題で知り合いなら大丈夫と思っていても襲われる時は襲われるし、大口叩いた知り合いが実は数度潜ったペーパースィーパーなんて事も・・・。生きて出られればいいが2人とも行方不明扱いは流石に避けたい。避けたいのだが潜った回数=戦闘回数でもない。企業人とか統合基地に行って帰りは契約している護衛使うなんて人もいるしね。
「戻りましたよクロエさん！」
「お疲れ様、青山は集団入場だったけどどんな感じ？」
「俺の所は1人ですね。後2回は連れていきますけど、それで定時と言うか・・・。やっぱり24時間対応しましょうか？」
「するなするな。今回が初めてだしそれを基準にされても困る。試験は日中を予定してるし、それ以外の時間帯で人が増えても処理に困る。それに、仕事で獣人を入れるにしても職に就いたら速やかに報告と徹底してある。」
「青山さんの所って確かに補助者3人で獣人20名ですよね。1/20となると獣人スィーパー増えそうですよね？」
「相変わらず羨ましイ。米国にはまだいないらしいゾ？獣人スィーパーは。発見出来てないだケ、申請されてないだけと言う事も考えられるガ・・・。」
「難しい判断だな・・・。ラボにも獣人はいるし、仕事してる獣人も今回入ったりしてる。これで全員職に就けたら仮説は正しかったって話になるけど、その1人が家事専門とかだったらまた話は変わってくるよ・・・。職は？」
「妖怪です。」
獣人=妖怪は今の所確定している。なら、職に就ける就けないの基準はなんだ？流石にアダムとイブ理論でフェリエットと新たな1人が猫人の男で、その子しか職に就けないなんて馬鹿な話はないだろう。なら、ほかの基準的なモノがある？1番嫌なのは魔女達の中で獣人を見ている奴の好みの問題で判別される事だが、少なくとも人と同じ程度の事が出来ればそこまで好みが別れるとも・・・。
いや、そもそも魔女達って人が好きなわけでもなんでもなくて、暇だから力貸して見ている傍観者だったな。なら、よけい好みは出ない？いや、好みがあるからこそ見たくないなら見ない？そもそも人は及第点として獣人は？人より優れているか否かは見方によって変わるが、個人的にはトントンくらいだと思うけど・・・。
「その獣人は神志那さんの所に？」
「いますよ。会いに行きます？」
「いや・・・、会うのは後日でいいかな？ここに詰めてるのも他のギルドで何か問題があった時に速やかに連絡が取れる様にする為だしな。」
「青山さんその獣人って猫人ですか？犬人ですか？」
「女性の猫人ですよ望田さん。ほっぺたにネコヒゲが生えてましたね。」
「完全に人型でないといけないと言う括りもなくなったのカ？米軍内では試験的に犬寄りの犬人を訓練したりもしていると聞いたガ。」
「なんにせよ結論はまだ出せないよ。他のギルドからの話や入場した人数から確率や割合を出さないといけないし、何より今いる日本の獣人が全員入るわけでもないからね。」
試験を受けるのは自由なので人の方が拒否している場合も当然ある。例えば妻としての立場を獣人に求めていれば、危ないからと入れたがらないし、子供件同居人としていてもやはり入れたがらない。
獣人側としてはモンスター=敵で間違いないのだろうが確実に職に就けるわけでもないので説得しようにも説得力が足りない。まぁ、後はパートナーの獣人が職に就いて捨てられないかと言う不安があったりなかったり・・・。
素直に働け人間！たまにギルドに駆け込んで来て『コイツを働かせろ！』なんて言う獣人もいるんだぞ！確かに可愛い獣人とイチャつきたいのは分かる。分かるが愛だけでは飯が食えないんだよ！
「じゃあ俺は名残惜しいですが飯食べて再度行ってきます・・・。」
「そんなにチラチラ私を見らんでいい。あぁ、そう言えばコレをやろう。」
ポイと投げて渡すのはラップで包まれたおにぎり。妻が夜勤でソフィアとフェリエットに朝飯を作ったのはいいのだが、若干ご飯が余ったので梅干しおにぎりにして昼にでも食べようかと思っていたが、どの道一個じゃ足りないと言うかそれだけで済ませてしまうと言うか・・・。
「・・・、手作りですか？」
「そうだが潔癖症だったか？それなら返してもらうが。」
「いえ、家宝にするんで今から遥さんの所に押しかけて固定処理を・・・。腐敗さえ遠ざければ何百年と保ちますよね？」
「食わんなら返せ！」
「今すぐ食べます！」
(口惜しい！口惜しいぞ青山！！吾に変われ！あの御方御自ら作り下賜された物を食えるなどどれ程幸運か！)
(悪いな奉公する者、俺はクロエさんが自ら作った物は余す事なく細胞に吸収させる主義だ！それにクロエさんはあの御方じゃないだろう？)
(あの御方の末端を宿されていて対話しているなら、あの御方の意思もある！変わって寄越せ！)
(2人で1つでもやらん！コレは俺の物だ！)
(吾と雌雄を決する時が来たか！)
(負けんぞ！)
「お～い青山〜。大丈夫か？」
ラップごと口に入れて黙り込んだまま咀嚼しているが大丈夫だろうか？むしろラップ食うなよラップを！ガリガリ音がするから梅干しの種も噛み砕いてるんだろうが、また変なスイッチでも入ってない？まぁ、肉壁だし歯が欠けても大丈夫と言えば大丈夫なんだろうが・・・。
「そう言えばクロエの手料理を食べた事ないが旨いのカ？カオリは食べた事あるんだろウ？」
「美味しいですよ。高級料理とは違った家庭ならではの味ってやつですね。手際よくちゃっちゃと作りますし。」
「まずい物は食べたくないし、子供がいれば作る機会も増えるからね。特にフェリエットは那由多よりも食うし。」
そんな話をしていると青山が片手を突き上げながらおにぎりを飲み込んだ。えっ？ラップは？吐き出してなかったけど身体に吸収される物でもないだろ？
「これで後1000年は戦える！」
「それは好きにしていいが腹壊すなよ？」
「大丈夫です！行ってきます！」
青山が走って出ていき取り敢えず一服。PCを見ると他のギルドから獣人が出て来たと言う報告と、職に就いた就かないと言う報告が上がってくる。東京周辺のギルドは相当な人数がいるので大分よりも大変だが、試験そのものはそこまで手こずるものでも難しいものでもないので、警官やら自衛官を融通してもらって人海戦術を取っている。
しかし、職に就く確率は今の所低いとしか言えないかな？青山のチーム以外の第一陣は追加で1名職に就き後は就けなかった。第一陣だけでも500名以上の獣人がいて2名、他の所は０の所もあれば3名なんて所も。ただ、職に就けた獣人と話して行けば何かしらの共通点は見えてくるのかな？
松田、黒岩、大井の仲良しトリオとしてはフェリエットに頭の上がらないムーブからの脱却を願っていたが、増えたならそこそこ脱却するのでは？松田もポチ君に試験を受けさせると言っていたし、その結果次第ではポチ君が政府御用達獣人になるルートも・・・。
「そう言えば、定吉君は今回試験受けてないんだっけ？」
「意外や意外に神志那さんが『私が連れて入る以外認めないのだぁ〜！』って言って試験は受けませんでしたね。後日落ち着いた頃に試験受けて入るんじゃないですか？」
「神志那は人に興味の薄いタイプだと思ったガ、そうでもなかったのだナ。人物鑑定が苦手なタイプと言うカ、そのイメージの薄い人間は総じて他者への興味が薄イ。しかシ、流石歌人。本人と同じ声に聞こえたゾ？」
「ラボ帰りの私はニュー望田からハイニュー望田辺りになってますからね！」
「隕石を押し返してくれそうなカオリはいいとして、人は変わるものだからね。神志那さんだって恋がしたいかもしれない。」
獣人男性を婿にしている人もいるし、なんだかんだで拾ってからずっと一緒に生活していれば情が湧く。同棲から始まる恋があってもいいが、神志那の場合そのままズルズル行きそうでもある。まぁ、そこは本人達が1番楽なスタイルでいいだろう。
