57話 夕食 挿絵あり
妻の運転で家路へ就く。運転は好きな方だったのにこれからは、厳しくなるな・・・。身長をせめて後10cmは残しておくべきだったか。まぁ、無くなったものは仕方ない。別に死ぬわけでは無いのだし。
「そう言えば那由多は家か?」
「そうよ?夏休みに入ったけど、部活とかであんまり家に居ないのよね。時間的にはもう帰ってるとは思うけど。」
高2の男子学生、夜遊びもぼちぼち覚えるし、夏休みなら彼女作ってお祭りとか繰り出していてもいいと思うが、俺に似たのかどうやら女っ気は無さそうだ。千尋ちゃんという可愛い幼馴染もいるのに嘆かわしい。まぁ、一夏の思い出で出来ちゃったなんて事があったら、事と次第によってははっ倒すだけでは済まないのだが。そういったものには節度を持って、自分で責任が取れるようになってからだ。
恋愛するなとは言わない。社会人になって、それまで恋愛するなとか言っておきながら、急に子供や結婚の話を持ち出すのもおかしな話。何事も節度と責任。危ない火遊びはやらない方がいいし、やったなら最後まで責任を取る。せめてコレがその火遊びの代償だ。
「まぁ、那由多の事だ。今頃ヘトヘトになって帰ってゴロゴロしてるさ。結城くんには気にするなと伝えたか?」
「それは大丈夫。ただ、貴方の事はかなり噂になったみたい。すぐに旅館に避難したけど、LINEとかではクラスメイトからバンバン質問されたって。」
辺鄙な所に住んでは居るが、市内まで遠いわけでもない。クラスメイトの父親が少女になって配信者デビューしてたらそれは、大事だろうなぁ。あまり興味のない俺でも多分野次馬になると思う。休みに帰ってきたけど、その辺りはどうするかな・・・。流石に家で缶詰は嫌なのだが。そうは言っても息子の交友関係もあるわけで、大っぴらには動かず出来るだけ大人しくしておこう。
「お父さん温泉とか行くでしょ?大丈夫?」
「大浴場は避けて家族風呂かなぁ。知り合いの奥さんとかに見つかったら言い訳も立たないし。幸い家族風呂はたくさんあるからそこに入るさ。」
「向こうで練習したんじゃないの?」
運転していた妻が聞いてくるが、流石に大浴場で娘と入るのは違うと思う。裸はさんざん見られて採寸もされたが、その辺りは父と娘なので一線を引く。遥は気にしないというが、俺が気にするよ!嫁入り前の娘、間違いが起こる訳はないが気持ちの問題である。海とか行っても時間をずらすか車で着替えよう。
「したはした。でもそれとこれとは別。少なくとも向こう数十年は温泉行っても家族風呂オンリー。変に難癖付けられても嫌だしね。」
「そっか、なら私と家族風呂入ろうね、司。全身洗ってあげるわ、あなたの洗い方雑だし。」
そう言いながら妻がウィンクしてくるが、雑だろうと何だろうとこの身体は巻き戻る。まぁ、好きにさせるか。洗ってもらうのは気持ちいいし、髪が長いのはだいぶ慣れたが、未だに洗うのは面倒だと感じる。変な臭いとかはしないと思うが、夏場なので洗わないと気持ち悪い。
そんな話をしながら車で約1時間半、漸く家についた。外から家を見ると灯りが漏れているので、那由多が帰っているのだろう。約一月半ぶりの我が家だが感慨深い。東京に連れて行かれた時は、その後のゴタゴタも含めて、半年以上は帰れない事を覚悟していた。
「さて、入りましょう?」
「先に入っててくれ。一服してから入るよ。」
妻達を家に入れて一服。今日はほとんど吸えてなかったので、ニコチンが脳に染みて身体に悪い煙が心地良い。東京でも夜空を見上げる事はあったが、地元の方が星はよく見えるような気がする。まぁ、辺鄙な所なので、他に光源がないせいかもしれないが・・・。
「ん?お前もいたのか。」
タバコを吸っていると、足元に犬がいた。指輪に入っていたのか、走ってきたのかは知らないがコイツは割とどこにでも付いてくるので、驚いた所であまり意味がない。鳴きもしないし、餌も欲しがらないし、散歩も要求しないので楽ではある。とりあえず頭をワシャワシャ撫でてから家へ入る。
「おじさん?お姉さん?ファーストさん?千尋、どれが正解だと思う?」
「普通に司さんでいいんじゃないのか?お久しぶりです、どうもご無沙汰してます。」
「あぁ、結城くんに千尋ちゃんいらっしゃい。遅い時間だが大丈夫なのか?結城くんは斜向かいだからいいとして・・・。」
家に入ると何故か家族より先に、息子の友人二人が出迎えてくれた。時刻も20時過ぎで、丁寧に頭を下げて挨拶している千尋ちゃんは、それなりに遠い所に住んでいたはずだが・・・。
「今日は勉強会で泊まりなんだよ。と、そういう名目で父さんに会いたかっただけの野次馬2人。」
「ただいま那由多、そういう名目ならいてもいいが、名目がある以上勉強はするんだぞ?」
愛想笑いを浮かべる二人の後ろから、那由多が出てきて二人が居た理由を話してくれた。わざわざ待ち構えなくても、明日にでも会いに来ればいいのに。あれか、有名人に会いたいファンの心理とか?何にせよ顔見知りに会えるのは嬉しい。二人共うちの家族と一緒に旅館で缶詰にされていた訳だし、下手をすると未だに公安が、隠れて二人の身辺警護もしているかもしれない。
家族もそうだが、この二人に何かあれば相手を許さないだろうな。東京の方では望田がいたので、他国からのちょっかいはなかったが、こうして東京を離れると若干心細く感じてしまう。それは、周りが大人ばかりで自分の身は自分で守れるという保証があったから。しかし、息子にしろ友人二人にしろまだ子供だ。陰ながらサポートしてくれてるとは言え、どうしても不安を感じてしまう。・・・、過保護過ぎだろうか?
「司早く入って、夕食の準備できたわよ?今日は二人共泊まるんでしょ?お風呂どうしようかしら、近場の温泉かウチのお風呂になるけど?」
「とりあえず飯を食べてから考えよう。私は家で入るよ。この身体だ、家の風呂でも足は伸ばせるし、行った所で家族風呂ならサウナも入れない。運転は遥に任せればいいさ。」
玄関から上がり自室で短パンとダボダボのロンTシャツに着替えて一息。バイクでウロウロしていた為、長袖長ズボンを着ていたので開放感が心地いい。残念な事だが昔の・・・、男だった時の服は、全てケースに収納され、タンスの中には妻が俺に着せたいのであろう女性物の服と下着が詰め込まれていた。
「流石に着れないし、古着かリサイクルボックスに全部投げ込むか・・・。皮のジャケット辺りなら那由多も着れるか?まぁ、本人の趣味もあるし・・・。」
「お父さん何ブツブツ言ってるの?お母さんが早う来いって呼んでるよ?」
「あぁ、遥。なにか父さんの服でいるものあるか?無いなら那由多に確認して整理しようと思う。」
流石に普段着は断るかもしれないが、遥なら手直し出来るしライダー物なら欲しいかもしれない。割りといい皮のジャケットとかあるし、売るにしても何だか勿体ない気がする。まぁ、タバコの臭いはいいとして、と加齢臭とかで断られたらかなりショックを受けるかもしれない。
「後で確認する。先にご飯食べよ?お父さんが来ないと食事始まらないし。」
そう言って遥が部屋を出たので後を追い居間へ。居間のテーブルには所狭しと山盛りのとり天やら唐揚げ、鳥刺しや鳥のタタキ。奮発したのであろう関あじや鯖なんかも置いてある。うむ、好物ばかりで嬉しい限りだ。
「母さん作り過ぎじゃないのか?俺達でも食べきれないくらいあるけど・・・。」
「大丈夫よ?お父さんこれぐらいペロリだから。あっ、司来たわね。牡蠣もあるから先に座ってて。お酒はハイボールでいいかしら?」
「ありがとう莉菜、それでいいよ。」
「改めて、司さんすいませんでした。」
妻に礼を言ってテーブルに着くと、愛猫のにゃん太があぐらをかいた足の上に乗ってきたのでモフモフする。うむ、今も変わらずモフモフである。そんな事をしていると、目の前に座っていた結城くんが急にガバリと頭を下げて謝ってきた。多分、クラスメイトなんかに話した事だろうが、妻からも話が行っているだろうし、そこまでかしこまるものでもない。どの道家族の事はバレていただろうし、それが早いか遅いかの問題でしかない。寧ろ、情報が上がったおかげで警察が危機感を覚えて早く動いてくれたなんて言うファインプレーもあったかもしれない。
「いや、どの道バレていたさ。それよりも、開通当初勝手にゲートに入っただろう?そっちの方が問題だ。今回はみんな無事だったから良かったものの、下手をしたら死んでいたかもしれない。せめて、私が帰るまでは待って欲しかったな。」
その話になると、遥も含めて全員バツの悪そうな顔をする。ゲートがある以上入るなとは言わない。しかし、せめて情報がある程度出て、補助員なんかがついてからでも遅くはない。子供ながらの好奇心と無鉄砲な行動力で動いたのだろうが、流石に20歳も超えていないのならせめて、妻には相談してほしかった。
「その件は私がこってりと。それはもう、タイガードリームのラーメンスープ並みにこってりと絞ったから大丈夫よ。」
大量の牡蠣を持って現れた妻が、それぞれを見た後に俺に言う。あのラーメン屋のスープか並か。濃厚スープで山盛りチャーシュー。濃い味が人気で何時も昼には外まで人が並ぶほどの店だが、若者向けなせいか、40過ぎの胃には多少辛くなって・・・、いやまて、今なら好きなだけスープ濃くしてマキシマムなチャーシュー4種盛りが胃を気にせずに食べれる?
「それだけ絞ったのなら、私からは一つだけ。命を大事に、無茶しても良いことはない。わかったな?」
「「「「はーい」」」」
遥あたりなら『お父さんも、無茶してるじゃない。』と、返してくることも出来るが、そこは言わないのがお約束。それを言ってしまったら、わざわざ倒れた事を伏せた意味が無くなり、妻がまた悲しんでしまう。それは遥も望む処ではない。妻も俺の横に座ったので勢ぞろい、手を合わせて頂きます。流石は男子高校生2人、唐揚げととり天がどんどん減っていく。
「那由多、お父さんの分なくなるでしょ!」
「そうだぞ、工藤。人様の家の夕食の御相伴に預かってるんだ。もう少し食べ方をだな・・・。」
「そういう千尋だって鯖結構とってんじゃん!」
「千尋は魚にうるさいからな、今日のはかなりいいんだろ?母さん唐揚げまだあるだろ?」
「まぁまぁ、私はお酒・・・、は控えとく。後で皆を連れて遠くの温泉行ってついでに星見てくる。お父さん牡蠣と鳥刺しばっかりだけど大丈夫?」
「ん?いるならほかも摘むよ。」
賑やかな食卓である。ホテルだと望田と話すばかりでこうも賑やかなのは宴会や焼肉くらいなもの。自衛食堂でも話はするが、どうしても仕事の話にウェイトが置かれるので帰ってきた感じがする。妻がやたら牡蠣を勧め、遥が遠くの温泉に行くということは、そういうことで気を使ってくれているのだろう。そうでなくとも、久々に夫婦水入らずで話してくれという事。気を使わせてしまったな。行くときは多めにお小遣いをあげよう。
「しっかし司さん綺麗になりましたね、初めて見たときは恋しそうでしたよ!」
結城くんがとり天を摘みながら、おどけたように話す。あの時は、俺がこの姿である事を知らないし、魔女が・・・、まだゲート入ってなかったよな?まぁ、元々美しい身体だ、仕方ないにしても恋する前で良かった。
「はっはっはっ!絶望せずに済んだな。那由多はその前に絶望していたが。」
「む?那由多。何かあったのか?」
「いや、なにも・・・!」
息子が慌てたように千尋ちゃんに言い訳をする。意外と脈アリか?美人な幼馴染でうちは付き合うならウェルカム、あちらさんの両親も那由多の事は知っているので、清いお付き合いならまぁ、許してくれるだろう。俺も何度か空手の試合で顔を合わせたが、割りと気さくな人だった。
「那由多は裸のお父さんと鉢合わせて赤面してたらしい。」
「な!お前というやつは父親を襲おうとしたのか!」
おぉ、遥の話を聞いた千尋ちゃんが嫉妬しておられる。那由多の横に座って、鯖とアジを食べていたが裸の話を聞いて、今は襟首を掴んで揺さぶっている。那由多め、ここまでされているのだからはっきりさせてやればいいものを。色恋沙汰は難しいが、好きにしろ、別に好きな人がいるにしろ或いは嫌いであるにしろ。
何らかの形で答えは出さないと、お互いに前へ進めない。確かに息子からすれば、今の関係は居心地がいいのだろう。男友達の親友と女友達の幼馴染。息子が付き合えば結城くんは気を使って、遊ぶ頻度は減るかもしれないし、振れば千尋ちゃんは割り切るまで共に行動しない。その結果がハッキリさせずその居心地の良さを満喫するといつもの。まぁ、男女の友情が成立するか否かという事もあるのだが、何にせよ友情なら友情と言わないといけないわけで・・・。
「違うと!帰った時にシャワー浴びた父さんが、風呂から出てきたんだ、事故だ事故!姉ちゃんこそ、向こうでなにかしたんじゃないか?」
「那由多。私はお父さんを裸にして、採寸ぐらいしかしてない。必要な事だ。」
「遥、悪いようにしないから後で写真送りなさいね?」
那由多がバラした遥に苦し紛れに話を振るが、振られた遥は素っ気ない。寧ろ、妻が食いついているのだが・・・。
「莉菜。俺はここにいる、それじゃ駄目か?」
「そんな!そんなわけ無いわよ!後で買った服色々着せないと・・・。そう言えば、何でチアリーダーしてたの?」
「母さん、父さんの向こうでの普段着はチューブトップにホットパンツ。今もホットパンツだけど、何着てもおかしく無いよ。」
「色々やんごとなき事情があった。普段着は涼しいから着てるだけ、冬になったらモコモコになる予定だ。」
寒いのに薄着なんてしたくない。何なら、夏は早く冬になれと願い、冬は早く夏になれと願う人間だ。魔法があれば体感温度も変えられるが、そこまでして薄着でいるものでもない。冬場にタイツ一枚で短いスカート履く人には頭が下がる。俺は絶対長ズボン。何なら毛糸のパンツと腹巻きも完備して、ヒートテックも着る。女性は身体冷やさないほうがいいらしいし、それくらいしてもいいだろう。
「しかし、あのチア動画学校でも凄い人気なんですよ?そのおかげで、那由多は色々お願いされてるみたいですけど。」
「ん?何をお願いされてるんだ?」
息子はソッポを向くが気まずそうな顔をしている。一体何をお願いされているのだろうか?考えられるのは英雄の息子だから色々出来るだろうと、ゲームよろしくお使いを頼まれるとか?血は繋がっているが、職は別なので頼まれても出来ない事の方が多いだろう。と、言うか職を聞いてないし。
スィーパーをやるやらないは別として、ゲートに入ったなら何かしらの職には就いていると思う。聞いてもいいが、本人が言い出すまでは待つとしよう。魔法職ならアドバイスもできるが、近接職だと俺よりもっといいアドバイスができる人もいるだろうし。
「・・・、父さんを呼んでほしいとか、試合で応援してほしいとかだよ。一応、学校では親戚ってことにしてる。クラスメイトとかは父さんだと気づいてるかもしれないけど、それ以外は知らないはず。」
「そうか、応援か。休みの間、暇な時は部活を見学に行くのもいいかもしれないな。」
空手なんてやった事はないが、昔から道場への送り迎えなんかもやっていたので、一応ルールとかは分かる。上手い下手は分からないが、楽しんでやっているので、下手ではないのだろう。しかし、職に就いた状態で部活って出来るのだろうか?一応制御はできるが、ふとした拍子に暴発とかしたら危ない。
例えば空手で試合をしていて、接戦になり勝ちたいという思いのあまり拳が格闘家の拳になるとか。そういった事故は聞いていないが、職はゲートの外でも有効なので絶対起きないとは言えない。
「基本的にロードワークと型がメインだから面白くないよ。試合が出来ない訳じゃ無いけど、危ないからね。」
「仕方ないとはいえ寂しいな。」
スポーツにスィーパー枠なるものが出来るような動きはあるらしいが、それが格闘技にまで及ぶかは分からない。マラソンなんかは走ればいいからいいのだが、例えば格闘家同士のボクシングとかは見てみたいが実力が違いすぎれば、リンチになりかねないんだよな。やはり、日常生活には生産職か。或いは祭壇を見つけてお願いするしかない。
そんな話をしながら夕食は終了。育ち盛りなので、みんな食べる食べる。山ほどあった料理はきれいになくなってしまった。まぁ、妻の料理が美味しいというのもそれに一役買っている。
「さて、食べ終わったし3人共温泉行こ。いい穴場を見つけたから星も見たい。」
遥の号令でいそいそと那由多達が準備をしだす。手持ちがなかったので、カードをそのまま渡すと、帰宅時間が伸びた。気を使ってくれるのは嬉しいが、こそばゆいな。