56話 休暇 挿絵あり
目覚めた日は大変だった。講習会メンバー全員がお見舞いに来てくれて病室はごった返し、千代田や橘なんかも顔を出してくれた。最後に見た時、腕を無くしていた夏目は腕も有った。身体の肉を集めて腕を作っているので、身長が縮んだが食べて肥えれば大丈夫と笑っていた。まぁ、肥えなくても小田に言えばどうにかなるらしい。
顔を出した千代田にその場で、今回の事が話せればよかったのだが、珍しく千代田が、今日は仕事の話をしないので療養してくれというので、世間話程度で済ませた。そんなこんなで、見舞いと形だけの検査を高槻から受けて、ほぼほぼ内容のない診断書を貰って、漸く退院という運びになった。
「身体に異常もないので、退院して大丈夫ですよ。かなりの人に貴女の身体の事が知られましたが大丈夫ですか?」
「何れはどこかで知られることです。幸い講習メンバーにしか知られてないので、情報から誰がバラしたかは追いやすいでしょう。」
病室で高槻と話す。忙しいようだが、俺が倒れた事で、主治医として名乗りを上げて、病院での一切の出来事を引き受けてくれた。まぁ、聞いた話では病院に担ぎ込まれて、そのまま過労診断で寝かせるだけ終了。点滴等も必要なしで、そのまま起きるまで寝かせると診断したらしい。身体の秘密を知っているだけに、いい判断だ。他の医師も診断したいと言ったが、面会謝絶と医師会で顔が広い事を盾に全部断ったとも言っていた。
身体バレの事は現状ではこれ以上、どうしようもないので置いておくとして、目の前の問題はモンスターの持ち出しである。これのせいで要らん吐き気からの、滅亡なんて笑えない冗談が発生した訳だが、詳しい情報を持ってそうなのは千代田か。通信状況と急ぎだった為に詳細は分からないが、この件に関しては情報があってもなくても警告ないし、厳重抗議しておかないと面倒な事になる。
賢者がガーディアンを退出出来なくしてしまったので、外でモンスターが暴れ出した場合、そこにいる人間で対処しなければならないのだが、そもそもな話俺達はモンスターの全てを知らない。仮に犬が数体何らかの方法で持ち出された場合、その被害はうなぎ登りに広がって都市陥落なんて事もあり得る。他の国が中位を多数抱えているなら、まだ対処のしようもあるかも知れないが、講習会に人を送り込んでくる事を考えると多分、まだいないのだろう。
そもそも、どうやってモンスターを持ち出したのか?コレの方法が分からない。持ち出す理由はいくらでも考えられる。研究の為とか飼い慣らして軍隊にしたいとか、訓練の的にしたいとか他色々。しかし、最初の持ち出し方法、ここが分からない。攻撃すればクリスタルになるし、倒さないなら会話も出来ないので暴れる。何かしらのアイテムを発見したなら、それまでの話なのだが、そんなものがあるなら射的感覚でモンスターを楽々倒せるので鍛えなくても良くなる。
「これから帰宅ですかな?」
「娘が気晴らしにツーリングに誘ってくれたので、少し走ってからですね。」
妻の方には心配させないよう、遥が今回倒れた事は伏せていてくれたので、大事にはならなくて済んだ。他のメンバーも俺が起きた事で10日ほど休暇に入ったので、よっぽどの事がない限り、思い思いに休んでくれるだろう。本来なら俺も退出後すぐに地元に帰ろうかと思っていたが、倒れたので先延ばしになった現状である。
バイク自体は千代田からもらったのだが、残念な事に同型は元々生産中止な上、秋葉原の件で人気が出て手に入らなかった。代わりに娘のバイクと同じ色のバイクをもらったので、そちらを乗り回すとしよう。
「そうですか、余り無茶はしないように。尤も、貴女相手に無茶を説くのはおかしな話ですがね。」
「まぁ、不思議な身体で動いてるので、何が無茶か分からないですからね。では、娘を待たせてるので行きます。高槻先生もご自愛下さい。」
「えぇ、最近は色々楽しくていつ寝てるかも分からないので、そろそろまとまった休みでも取りますよ。」
互いに挨拶を交わして診察室を出ると、ベンチに遥が座っていたので連れ立って外に出る。顔を隠していないので、やはり周囲から見られるが全て魔女のせいなので諦めるしかない。遥の方はあまり気にしていないので、多分大丈夫だろう。
遥を連れて歩きながら千代田に連絡を取ると、すぐに出て今回の件はその他諸々を話す事になった。場所はホテルのラウンジでと言うことになり、ホテルで待機している望田を迎えに寄こすといったが、ツーリングの件もあるので断った。かなり食い下がられたが、娘との約束で押し通した。
「手入れも行き届いてるな、やっぱ愛車はこうでなくちゃ。遥、そろそろ次が欲しくなる頃か?」
「欲しいけど、中々いいのがない。クロエは何時もの?」
「いや、同型は手に入らなかった。だから代わりのこれ、色は遥のに合わせてくれたんだろう。」
ライムグリーンではなく、娘と同じ黄色に塗装されたNinja。何時ものバイクとは違い、速度を求めたスポーツバイク。ヘルメットが何故か猫のデフォルメ仕様だが、まぁ被れればいいか。ヘルメットを被らずに秋葉原では乗り回していたので、いざ被ると髪が風で盛大に棚引いて邪魔だな・・・。
「このまま空港までツーリングしてそのまま帰る?」
「いや、一度千代田さんと話したい。行き先はホテル、帰りの手土産を買っておいてくれ。」
「分かった、ここからの道知らないだろうし着いてきて。」
遥が走り出しその後を追う。愛車よりギアチェンはシビアだが、愛されるバイクなだけあって、乗り心地もそこまで悪くない。ただ、250ccから400ccにランクアップしたので、アクセルを回せば回しただけガンガン走る。道を知っていれば、遥を引いて峠とかを攻めたいな・・・。
病院から走り、程なくしてホテルについて遥と別れラウンジへ。遥は東京バナナを買いに行くと言って、土産物品店を物色しに行った。既に望田と千代田がラウンジの席を取っていてくれたので、そこへ滑り込むようにして座りアイスコーヒーを頼んで一息。
「先ずは快復おめでとうございます。これは、つまらないものですが快気祝です。」
「ご丁寧にありがとうございます。中身は?」
「黒くダボ付いた服と、その他諸々です。」
キャリーケースを渡されたので、中身の確認はここではできない。何が入ってるのか聞いてみたが、中身は何時だったかねだった服のようだ。くれるというので有り難く受け取ろう。指輪に収納して届いたアイスコーヒーを飲んで口を開く。
「先ずは、身体の方はもう大丈夫です。倒れた原因はガーディアン、退出ゲート付近にいたものです。あれを停めるために多少無茶をしました。」
「ツカサ・・・、次からはそんな無茶しないでくださいね?あの後本当に大変だったんですから。ガーディアンは何処かへ飛んでいくし、倒れた貴女は呼吸も薄いし、心音も脈も無いから死ぬかもしれないと大慌て。小田さんなんか泣きながら治癒使って、使いすぎて本人の方が参ってしまいそうでしたよ・・・。」
うぅむ、不測の事態とはいえ悪い事をしたな。特に能力を使っても疲れたり何かを失う事はないのだが、精神的な疲れはあるだろう。しかも、20階層を目指すという訓練の大詰めで起こった事なので、疲れもひとしお。次に会ったらお礼を言おう。
「まぁ、身体の事は黙っていて悪かった。休暇明けにはみんなの前で謝罪と開示できる部分は情報を開示するよ。それよりも、あのガーディアン起動の件で話が。あれは、無断で外に出たモンスターを排除する装置・・・、今後は外に出る事は有りませんが、持ち出されればどんなモンスターでも私達人類で対応するしかなくなった、持ち出した国はどこです?」
夜中に賢者にガーディアンの退出許可取り消しを、取り消せるかと聞いてみたが、現状では無理との事。理由は先ず、ガーディアンを発見してからじゃないと処置が出来ない事が1つ。もう1つは賢者の言うコード。極稀にモンスターが話すあれが問題で、詳しく聞くと魔法の元になるものらしい。身体のない精神体を縛ったりぶっ壊したり出来るモノなのだが、当然それを扱えるモノにはプロテクトが備わっている。
無理矢理突破出来ない事も無いようなのだが、その場合下手をするとこちらの精神にも多大な負荷がかかり、また吐き気を催す可能性がある。そうなって吐いたら全てが終わるので、もう少し理解出来てからする方が安全との事。因みに、このコードはイメージを具現化したり、法を破るのに使うのでそれぞれで異なるものになるらしい。前に橘が魔法を鑑定すると頭の中に絵の具をぶち撒けた感じで気持ち悪いと言っていたが、それもこのコードのせい。
身体のあるなし関係なく、魔法は様々なコードを寄せ集めて事を成すので、その際に色のイメージが付きやすく人の頭で鑑定すると、職の補助があっても気持ち悪くなるらしい。死ぬ事は無いらしいが賢者曰く、及第点だから仕方ない。未来で進化するしかないね。と言われた。
一応、賢者からコードの触りは教えてもらったが、ちんぷんかんぷんで意味不明。本来は職の位を上げれば、自然とコードに対抗出来るようになるし、知らなくても職の補助でどうとでもなるのだが、俺の場合、最初から上げる暇なく職を習得して、しかもEXクラスだったので、その辺りは魔女がどうにかしてくれたようだ。秋葉原で魔女が発破を掛けたのも、その辺の事情が絡んでいる。
他の星?はっはっはっ!うちの星より全部上なんだぜ?その辺りは自前で対抗手段も突破方法も持ってる。なんなら、全員同じ職でそれが全であり1であるらしい。身体も無いだろうから、格闘家とかいらないのか、はたまた念力とかで投げ飛ばしたり殴ったりしてるのだろうか?
「米国と北です・・・。手段は不明、目的も不明。この件に関しては内政干渉を盾にだんまりです。」
「それを盾にすると・・・。被害がない以上、抗議は無駄ですね・・・。よし、ガーディアンとの戦闘動画を配信して警告しましょう。外にモンスターを連れ出せばこれが来る可能性があると。」
「ツカサ、いい案ですけどそれで止まると思います?方法は不明ですけど、持ち出せる可能性があるとばら撒くようなものですよ?」
「カオリ、究極的に言って私は他国に興味がない。例えば、他の国でスタンピードが起きたとして、それにすぐさま駆け付けるようなヒーローじゃない。私の最優先は家族であり、友人であり、今の所安全なこの国。他国のやったおいたの尻拭いをするほど優しくないよ。」
千代田と望田は曖昧な顔をするが、この国は島国なので地続きよりはどこかで溢れたモンスターが来る事は少ないし、すぐさまここを目指すわけでもない。スタンピードはまだ、天災の様なモノなので助ける気もあるが、他のおいたは助ける義理もない。そもそもそんな時の対処の為に、各国で人材確保合戦をやってるのだ、生贄の様に毎回モンスターの前にぶら下げられても困る。俺は人参では無いのだし。
「言い分は分かりました。外務省は貴女を外交カードにしたいようですが、その辺りは私もどうこうできません。ただ、貴女の意志は伝えましょう。配信は・・・、貴女が倒れた事を除きアップして、テロップで注意喚起する形とします。モンスター名はガーディアンでよろしいですね?」
「ええ、Typeガーディアンこの個体のみ退出許可があると。他のモンスターはスタンピード以外では出れないと書いてください。」
「分かりました。では、次の話ですが。ひとつはこれです。」
そう言って差し出された紙には・・・、埋め立て計画書?5km四方の正方形の海にせり出した埋立地の図面と、見覚えのある地名が書いてある。工事施工計画書と書いてあるが、まさか・・・。
「千代田さん、これって本部長舎建設計画書ですよね?下見でもしてもらうんですか?」
一緒に覗いていた望田が声を上げる・・・。やっぱりか・・・。地元の海沿いは工業地帯になっているので、土地を探すなら山手になると思っていたが、こんな手段に出るとは・・・。ご丁寧にスタンピードを想定して余白を残した庁舎建設計画書。文句が挟めるか、挟めないかで言えば挟めない。ゲートは移動できる。スタンピードでのモンスター出現範囲も分かっている。なら、起こっても被害が少ない場所に設置するのは当然で、海にせり出した場所なら民間への被害は抑えられる。秋葉原の教訓が生きてるな、ちくせう!
「クロエなら見覚えのある作りでしょう?長崎県の空港。貴女の出生地で、高校に通うにも眺めた場所をモデルケースとして採用しました。」
「えぇえぇ!見てましたねぇ!コレの計画は1年で終わるんですかねぇ!」
「余程の天災がない限りはその予定です。南海トラフ地震はこちらとしても想定外とします。」
「起こってほしくないので想定しない!他もこんな感じの作りになるんですか?」
「海に面した土地は概ね同じです。内地は山手で交通には多少不便ですが、安全優先ですので仕方ないかと。街中ダンジョンゲート、面白い響きですね。因みに、本部長舎の仮称はギルドだそうです。良かったですね、ギルドマスター。」
うちの県の海って、沖は深いから大型船とかも入れたような・・・。まぁ、出来るというからには出来るのだろう。流石にこれに駄々を捏ねて街中に置けとは言えない。まぁ、駅から一直線で街中に有りはするのだが。それと、名前考えた有識者はゲーマーだろう・・・。正式名称が長いので呼びやすくは有るのだが、酒場とか作っていいのかな?
「ギルドの設備に関しては、作るときに話し合いましょう。それと、これが今の所最後の話になりますが、米国からの派遣者名簿です。」
渡された冊子には顔写真と経歴。後、赤字で様々な訂正や場合によっては名前にバツ印がつけられている。わざわざ急ごしらえで持ってきたのだろうか?今までに無いパターンの冊子だが、そんなに急ぐ事か?米国はモンスターを持ち出したし、それ関連で何かあった・・・?いや、考え過ぎか。
「名前に印のある人は選ばないとして、一応皆さん指定した水準ですね。何か補足はありますか?」
「補足は・・・、あぁ、これは追加の1枚です。」
そう言って差し出されたのは、金髪の美しい女性の履歴書。歳は多分30代。珍しくオフショットで軍服を着ておらず、赤いジャケットにどこかの夜景とかなりラフな格好だ。身よりもなく階級は少佐、アフガンやらを転々としたと書いてあり、写真では見えないが顔に傷があるらしい。語学力が低いが、出してくるというからには大丈夫なのだろう。
『あら、コレ良いわね。』
『ん?気に入ったのか?』
『ええ、どれも一緒だけど、コレが一番綺麗に見える。』
何やら魔女が気に入ったので、この人にするか。正直な話、外人の醜美はイマイチ分からない。なんというか、彫りが深すぎてメイクされると宝塚を連想してしまう。今回の渡された写真の女性達もきっちりとした眉に強調された鼻筋、場合によっては赤いルージュの腫れぼったい唇と、ケバさを感じてしまうメイクの人もいる。その中でほぼノーメイクに見えるこの人は多分、元がいいのだろう。
「この人で。えぇと、エマ=ニコルソンさん?決定してください。」
「分かりました、この方で打診しましょう。来るのは1月後の予定です。」
「おぉ、髪金美女!身長も高いし、軍人さんなんでガッチリしてますね。」
返した写真のプロフィールを、望田が繁繁と見ながら言っているが身長180cmくらいあったかな?海外モデル並の高身長で俺との身長差は40cm。高身長の外人は日本で、頭をぶつけまくると聞いたが大丈夫だろうか?後、目線を合わせようとすると、お互い腰とか首が痛くなる。その際はエマさんにしゃがんでもらおう。疲れはしないが毎回見上げるのも面倒だし。
「それでは、話はこれで終了です。帰省されるのでしたらスマホは肌身放さず持っておいてくださいね。」
「了解です。一応聞きますけど、向こうで護衛とか付くんですか?」
「現地の公安メンバーが付く予定ですが、緊急時以外ほぼ姿は見せません。心労もあるでしょうから、ゆっくり羽を伸ばして下さい。それと、これは講習メンバーの最新の資料です。」
おぉー!珍しく千代田が優しい。てっきり護衛を山程付けられるのかと思ったがそうではないらしい。それなら墓参りやら何やら動きやすい。盆には早いが、次いつ帰れるか分からないし出来る事はぼちぼちしておこう。両親はどうするかなぁ・・・、一応話してはいるが、卒倒しないかが心配だ・・・。
「心配なら私も一緒に行きましょうか?」
「いや、カオリそれは仕事だから。貴女もゆっくりして、たまには思いっきり飲んだり遊んだりして?」
「・・・、温泉旅行とかいいですよね?」
「下呂温泉とかで十分、休暇終わったらまたゲート入るんだから、変な気は使わないで休養する。」
「はーい・・・。」
千代田達と別れて部屋に戻る。帰りの準備をしようかと思ったが、荷物が服しかないし、それもほぼ指輪に入っているので準備するものがなかった。飛行機のチケットもエコノミーで取っていたが、千代田から空港のインフォメーションで千代田の名を出せば、2名分のビジネスクラスの席を用意していると言われたので、有り難く使わせてもらおう。
しかし、どの時間でも乗れるように、わざわざ席を確保してくれていたのだろうか?まぁ、乗らなければキャンセルで他の人に回すのだろうが・・・。ホテルも帰ってきたらここを使ってくれと言うし、至れり尽くせりである。まぁ、いない間も望田がここに泊まってはいるのだが。
「お父さん、準備終わった?」
「何もないから大丈夫。さて、羽田から乗るけどバイクとタクシーどっちがいい?」
「走りたいからバイクかな。」
遥の願いでバイクで羽田空港まで乗り付け、サングラスと帽子で変装して、インフォメーションで千代田の名を出し、飛行機に乗り込んで一息。バイクも何もかも指輪に収納出来るので楽でいい。風の噂では銀座の超高い有料駐車場が、商売上がったりと嘆いているそうな・・・。
代わりに、車を防犯カメラの有る所に停めるのが主流となり、それでも盗難が怖い人はさっさとスィーパーになって、指輪収納を実践しているらしい。確かに、盗まれたら探しようがないよな。どこかで鑑定ゲートとか出土しないかな?或いは鍛冶師とかが作ってくれるとか?材料が何か、作成方法はあるのか悩みは尽きない。そんな事をつらつら考えながら、千代田から渡された資料に目を通す。
連絡の通り赤峰と兵藤は中位に至り、それぞれで盾師と追跡者を習得。それ以外だと小田が治癒師から復元師になり、ガンナーを習得。これは、俺に治癒をかけまくっていたらなったらしい。4人娘では1号か。清水か夏目が1号と思っていただけに、きっかけは色々有るのだろう。逆に雄二は至らず本人コメントではもうちょいですと書いてある。雄二は卓に並びたいのだろうが、早ければいいというものでもないので、腰を据えて悩んでもらおう。他のメンバーもチラホラ感覚的に至れそうやらまだムリっぽい等、それぞれ感覚的に関しているようだ。
・・・、シンクロニシティ、日本語では共時性だったか。ユング先生の心理学での提唱論だが、確かに身近に至った人物がいればイメージはしやすい。特に講習会メンバーはそれまでの過程は別として、講習会が始まってからは寝食を共にする機会が増えている。それならば、そう言った感覚も分かりやすいのだろうか?
ユング先生といえばアーキタイプ心理学だが、生憎そこまで詳しく知らない。アニマやら、何やら言われてもな・・・。昔ゲームで『生命のアーキタイプは女性である』という言葉に興味を持って調べてみたが、解釈の多い心理学なので深入りはしなかった。
「司、そろそろ着くよ。」
「おっ、もうか。空港から家まではツーリングだな。」
「うんん、お母さん迎えに来てる。」
「連絡したのか。市内から遠いから、わざわざ来なくてもいいのに。」
「でも、せずに帰ると怒るよ?」
「それもそうか、ありがとう遥。」
飛行機が空港に降り立ち飛行機から降りる。地方空港で時間も夕方なのでそこまで人は多くない。ロビーからスマホで妻に連絡を入れると、すぐにこちらを見つけて駆け寄ってきて抱き締められた。人は少ないが、注目されているので気恥ずかしい。
「お帰り貴方、遥も。急に司の所にいるなんて連絡貰った時は、びっくりしたわよ。お手伝いはどうだったの?」
「上手くできたよ。職場の人にも褒められたし。」
「遥の刻印や服でみんなかなり助かったからな。そのまま専属にでもなってもらいたいよ。向こうじゃ装飾師は余ってないからな・・・。」
「そうなの?とりあえず、家へ帰りましょう。今日はご馳走なの!」
妻に連れられて話しながら駐車場へ向かい、久々にハンドルを握る。うーむ、尻の下にクッションがいるな。ブレーキアクセルはどうにかなるとして、座高が低くて前が見づらい。運転席も1番前まで出さないと足が届かない。
「大丈夫?私運転しようか?」
「大丈夫、大丈夫。」
最初こそ感覚の違いで手間取ったが慣れる。快調に車を飛ばして自宅へ向かう。眩しかった夕日は沈み、サングラスを付けての運転は危ないので、外して運転しているとすれ違ったパトカーがUターンしてパトランプを回しながら着いてきた。速度は・・・、法定速度、ライトも早めにつけている。よし、俺じゃ・・・。
「前の黒い車の方ー、車を左に寄せて止まって下さーい。」
「俺かよ!」
「え?なにかしたかしら?」
「お父さん速度は大丈夫よね?」
車を停めて後ろに着いたパトカーから警察官が降りてくる。心当たりはないのだが何だろう?一応、免許証は準備しとこう。切符を切られる事はないと思うが。
「すいません。運転手の方、子供ではないと思いますが・・・、えっ?」
「大人です。ちんちくりんですが大人です!」
妻と娘は警察官の言葉に笑いを堪えている。えぇえぇ、小さいですよ!幼い顔ですよ!しかし、43歳から年齢はいじってないですよ!免許証にもそう書いてあるし。
「フ、ファーストさんですか?」
「・・・、そうです。帰省中なので行っても大丈夫ですか?」
「・・・、凄く言い難い事言ってもいいですか?」
「なんですか?」
「運転されても問題ありません。ただ、こういう事態は多々あると思って下さい・・・。」
そうかぁ、多々あるのか・・・。バイクには乗ったけど、車の運転はほぼしてなかったからなぁ。想定はしていたけど、こうも面と向かって言われるとな・・・。
「運転変わって・・・。」
妻に運転を変わって出発、多分これから俺がハンドルを握る機会は少なくなるんだろうな・・・。