573話 取り扱い 挿絵あり
増田にも連絡は終わりかなり渋られたがテイとリーは手元に置く事となった。スパイである点もそうだが、現時点で本気で逃げる中位を拿捕する術が今の警察にも公安にもないと言う部分が大きい。そりゃあ24時間体制で鑑定師やらオカルトやら追跡者を配備して事に当たるならどうにかなるかもしれないが、それだけの人員を割く余裕があるかも疑問なら逃走から攻撃に転じられれば被害は拡大するし、何よりその混乱に紛れて逃げられる確率は上がる。
対スィーパー犯罪者拘束設備なる物を警察は有しているが、その原理は脳波を乱してイメージ構築を邪魔したり強めの電撃でイメージを邪魔したりと言うもので、下位にはそこそこ効果があるものの中位には微妙と言うかイメージ構築速度が勝れば簡単に壊されてしまう。
何よりリーが拡張と言うのもまずい。抵抗を持つが故に何度かは抑えられるかもしれないが、慣れてしまえば自身制御で制御ごと奪われてダメージを受けているフリをするだけで騙されてしまうかも。
このシステム自体講習会中の後半、殆どが至り外遊している時に考案されて作られたのだが、メンバーが体験して総合的評価を出すとするなら信頼度50%辺りらしい。エマもちゃっかり体験したらしいが、下位ならいざ知らず中位になったら脱出出来ると言っていた。流石にマイナーチェンジを繰り返して今はいい物に仕上がっていると思うが、それでも死に物狂いで逃げようとする中位となるとねぇ・・・。
この場合テイは置いていかれるだろうが、本人がクリーンな背景しか持っていなければ逃げおおせたリー経由で中国側から賠償金やらを出すから返せと言われるだろう。或いは本当に知らぬ存ぜぬで捨てられるかも。さっさと問える罪って本当に公文書偽造とかしかないのよね・・・。
「あの2人は見てなくていいですか?」
「いいよ。バイトを付けたしサイラスさんから貰った杖を勝手に改造して監視に使うから。しっかし話から察するにリーの最終目標は私の観察と言うか、人間関係に入り込んでからの交渉権での交渉時に何かしらの誘導を行う辺りかな?いや、潜入時期的に考えれば他の狙いも有りそうと言えば有りそうだけど・・・。」
「必要なら今から吐かせましょうか?」
「いや、いいよ。家探ししても重要な物は指輪に入れて持ち歩いてるだろうし、通信関係はネットにしろ電話にしろ傍受を恐れて国際線は使わないと思う。まぁ、衛星電話なんてモノもあるけど自分からスパイ活動バレましたなんてバカな報告はしないさ。それに、テイ達の情報受け取り相手はこちら側の人間になる予定だから、今のところ何もしなくていい。やるなら精々監視の目があるって思わせるくらい?」
キレてスパイにしたが、何がどう転ぶかは分からない。そもそも一部隊全員スパイなのでかなり手広く連携も取れるだろうし、普通なら一人でやる隠蔽工作も組織立って出来る。増田がどう運用しているかは知らないが、こんな美味しい手駒を簡単に手放す訳はないな。
もしかしたら政府と軍を乖離させて機能不全を起こさせるつもりなんじゃない?政府監視下で軍が動くなら、それは頭と手が連動している事になる。しかし、頭で考えても手が拒否すればそれは大問題で、エイリアンハンド症候群にでもなれば勝手に動き出して制御不能。そうなれば内乱状態に突入し力のない政府は軍によって解体される。
まぁ、そこまで上手く事が運ぶとは思えないが、あちらの国内は結構不満が溜まってるらしいしなぁ・・・。共産主義と言う思想そのモノは決して悪いものではない。しかし、それが実現出来るかと問われれば人類には早すぎる。仮に共産主義を成立させるなら奴隷ロボットでも作ってそれに全ての産業を任せ、人がする事と言えば遊ぶ事くらいだろうか?
当然仕事なんてしてはいけないし、させてはいけない。遊ぶと言う大きな括りの中で勝負するならまだ失う物もなく納得出来るだろうが、仕事をすると言う事は評価を受けると言う事になるからな。・・・、やっぱり管理者はコンピューター様だな。アルファコンプレックス的に。
そんな事をつらつら考えているが青山どうしよう?働きとしては認めない訳にはいかないが、そうするとまた何かしでかしそうなんだよなぁ・・・。地位も名誉も金銭も要らず、奉公を求められたら何をさせる?取りあえずソワソワしている本人に聞いてみるとしよう。
「今回のスパイの件で何か褒美とかいる?」
「当然の働きをしたまでなので特には・・・、出来るなら毎朝顔を合わせたいとか?今のところお茶や昼食を一緒に取るのは週一ですし。」
変な所で律儀な青山は当初の約束を守っている。必要な報告やら一緒に行動する時はその限りではないが、平時はそれ以上を求めてこない。なのでウザさはないが、逆を言えば目に見えない所で何をしてるやら・・・。今回の件がそれに該当するが、証拠もなく加奈子がスパイと言われても証拠を持って来いと言うだろうし、露骨に俺が警戒すれば更に尻尾を掴むチャンスは減る。
そう考えるとファインプレーなんだが、毎朝顔合わせたいと言われるとどうするかなぁ・・・。ギルドにいる時は朝から来いと言えば済むが、休日となると話は変わってくる。まぁ、いない理由を伝えれば納得はしてくれるが・・・。
「バイトの散歩でどうだ?朝から散歩させに来れば顔も合わせるし、休みの日も連れて行くと声をかけてくれれば顔も出す。」
「はい!役に立てて顔を見れるならそれで!」
息子も仕事をしだせば機会も減ると言うか、勝手に歩き回るバイトに散歩が必要かと言う疑問もあるが、朝食を毎日食おうと誘えばそれはそれで毎日散財して食材を買ってきそうだし・・・。そもそも奉公したい者に褒美を渡すとなると労働させるしかないんだよな・・・。
そんな事を話しつつ部屋の外へ。息子達が出て来たのが昼過ぎだったとしても既に日は落ちている。青山を連れてギルド内を歩きマスタールームへ向かう途中、息子達と喜び合うリーとテイの姿がチラリと見えた。いきなり連れて行ったから話を合わせる必要があるが、それは息子達から話を聞いて考えよう。
「お帰りなさい、どうでした?」
「中々込み入ってた。音の遮断お願い出来る?」
「それはもう。」
残って仕事をしていた望田と情報共有を図る。スパイの部分とそれが時枝家と言う部分で驚いているが、やましい気持ちなく平然と動く人間を疑えと言うのは酷で常に誰かを疑いながら生活すればノイローゼにもなる。
「そう言えば青山はいつから気付いてたんですか?」
「前に家に行った時辺りから不信感はありましたよ?家としての生活感は普通にありましたけど、家族としての距離感がおかしいとか、そこから探れば過去に時枝 九郎と言う人物が猫を集めてたとか。そして、その集めた猫がどこにも見当たらないとか。」
「猫ってまさか個体成長薬の話を聞いてすぐに動いたんですかね?」
「その可能性は大いにある。どの時点でどんな情報が持ち去られたのか?或いはウチを監視していてフェリエットを見つけた・・・、いや、それはないか。流石に猫が人になるのは荒唐無稽過ぎてすぐに動くに値しない。多分、病院関係者か獣医師会辺りにコネがあったんだろう。」
そうは話すが頭の中では怪しい人物に目星が付いている。最速で情報を掴むならギルド内にスパイを置けばいい。そして、そのギルド内で1番人の管理が甘い所は救護課。なにせ元々ボランティアから始まりその人員をまるっと本人の承諾を得て採用している。
当然背後は警察が洗っているが、それでも人の関わりを一から十まで詳らかにするなんて無理で、何を感じて何を欲して人が動くかなんて分かったものではない。まぁ、それを言い出すとどこもかしこも怪しくなるが、雪城が前に話した言葉はなんとなく中国側の思惑があった様な言葉だと感じられた。
「その辺りも増田さんに再調査してもらいます?」
「いや、別に。考え方によっては勝手に情報共有してるだけだから、どうしても隠さなければならないモノ以外勝手に持って行かせていいよ。その方がコチラとしても無視しているアピールが出来るし、スパイ狩りをしたらしたで更に勘ぐって暴走しないとも限らないし。」
スパイが見つかった、情報が得られない。なら、更にスパイを増やすか実力行使に出るか!余りにも短絡的だが取れる行動に制限があるならその2つくらいしか選べない。なにせ、真正面からのお願いは無視されてるし・・・。世論操作やらプロパガンダで日本を操作しようにもラボ襲撃の件で今の所日本はと言うか、民間レベルで中国側を毛嫌いする雰囲気が出来つつある。
過去なら貿易の関係で無視出来なかったが、今はもう輸入に頼るだけの段階は終わりスィーパーから買い取る段階へシフトチェンジしだしているし、エネルギー問題もクリスタルで電力は賄える。それに、帰って来る試作機の成果次第では宇宙での資源調達も視野に入って来るだろう。後足りないものとすれば技術とか?
たちの悪い話をすれば、当初地球上の犬猫が全て獣人になるのでは?と言われるほど出土していた個体成長薬はどんどん発見件数が下がり、それに比例してどんどん価格が高騰している。そして、その薬を人は作れないしラボも匙を投げている。そのうち設計図として出てくれば解明出来るかもしれないが、現物が喪失して作り方が分からなければロストテクノロジーだろう。
これから先どれだけ互いに仲良く出来るかが発展のカギだろうな。なくなるかもしれない出土品をどれだけのマンパワーで研究して情報共有するかとか。なんにせよスパイ根絶は尾を引きそうだし誤情報バリアで守って貰うとしよう。
「受け身ですけど仕方ないのかなぁ・・・。取りあえず大切な物は指輪に入れるとしましょう。」
そんな話し合いが終わり数日。息子達はリーを含め新学期を迎え、試作機は報道陣に見守られながら帰って来た。学生最後の時を迎えた息子達は晴れやかな気分であると同時に暗いクラスもあると言う。・・・、理由は分かっている。ゲートから戻らない者が出たのだろう。
しかし、長期休暇明けに誰かが減ると言うのはゲートから帰らない以外でもある事だ。交通事故に病気に夏なら水難事故に山の事故、悪い話なら自殺もある。明確に何が悪かったとは言えないし気休めなら運がなかったとしか言えない。全てを救うなんて言う理想の時間は終わってるのだから・・・。
「おはようございます!バイトの散歩に来ました!」
「顔を見せるか・・・。」
「私としては楽だけどいいの?」
「いいよ、多分善意でやってるから。」
朝飯を中断して顔を見せるか・・・。




