569話 裁けない
さてどうしよう?この姿を見てスパイでないとは言えないし、文字通り動かぬ証拠と言うやつだろう。顔つきだけを見ればアジア系で流石に身分を明かす様な物は持っていないだろうし、フェリエットを呼び寄せて指輪の中身を今探らせても取り出す術がない。
「いつから気付いていた?」
「クロエさんがソフィアさんの件でバタバタしていた頃に、この娘の家に行きそこからです!」
「割と前だな。さて、どれくらい・・・、この娘って何の情報を抜いていたと思う?」
「十中八九クロエさんですね。色々と調べましたけどかなり回りくどく動いてた見たいですよ。父親も猫の保護をうたって一時期・・・、フェリエットさんがお披露目されるかされないかの頃に猫を集めてたみたいですし。その件は伊月さんも知ってますね。」
「ふむ・・・。」
ここから離れる訳にも行かず適当な椅子に座りタバコをプカリ。缶コーヒーをちびちび飲むがさて本当にどうしようか。現状と言うか日本はスパイ防止法がない。つまり、誰かになりすましてなにか情報を得て海外に流したとしても何1つ罪ではない。
それはこの国の情報流出対策が誤情報垂れ流しで生データを渡さないと言うか、情報の精査に時間をかけさせてその間に更に誤情報を流したり隠蔽する方式だから。前に増田に聞いたが国防に関わる情報も数千数万の誤情報やらニュアンスの違いを盛り込んで流すし、本丸と言うか正式なモノは文章に起こさない限り本物にはならずサインや印鑑がないなら、その本物さえも誤情報に切り替えるとか。
言ってしまえば大筋の正解はあっても正解はなく、テストなら常に△から☓を与えて全体的な点数は50点を割るような方式で情報漏洩対策をしている。その点を踏まえこのスパイ娘を見たとしてなにかまずい情報を持っていかれたかと考えると、さて何を持っていかれたらまずいのか?
外見からして中国辺りのスパイだとは思う。思うのだが俺が知っている限りのこの娘は去年転校生として現れて、息子達のクラスメイトになった。その後一緒にゲートに潜ったりバーベキューしたりカラオケしたり・・・、そもそも大分でスパイ活動したとしてなんか漏れたらまずい情報ってある?
精々ギルドに動きがあるとかくらい?青山が言った猫集めは個体成長薬関連で集めたのだろうが、それは父親が主導でやった様だし普段の行動を考えると学校を休む様な事もなく通っている。
ソフィアの件でスパイは動くのか?動かないとは言えないが動きようがないとも言えるし、外に出てからの暗殺を危惧するかと言えば時期的に遅すぎる。仮に暗殺を指示するとするならゲートを出た直後・・・、例えばお披露目はしたとしても出てすぐに暗殺してしまえば生き証人はいなくなり、治外法権から正式な法治の元で裁かれる罪をチャラにしてしまえる。
「そもそも何故すぐに報告しなかった?」
「クロエさんがスィーパーとしてタグ発行しましたし、至る前の無能な俺じゃどうしようもなかったんです。でも証拠も出せずただスパイと叫ぶのは更に無能ですし、何よりスパイと叫んでも何も出来ません。だって法律的にはこの娘何も悪くないですからね。」
「つまり、手段と証拠とタイミングが揃ったと?」
「ええ!この時期なら手続含め卒業後追い返しても怪しまれませんし、ダメージとしても結城君の専属スィーパーのパートナーがいなくなるだけ。それなら俺が面倒見れますし、娘が負傷したと言う那由多君達の証言があれば父親も釣れます!」
「それで武術家を使ったと・・・、かなり賭けに出てないか?その武術家がこの娘を狙うとは限らないだろ?」
「限らないなら泳がせるだけですけど?直接クロエさんになにかするわけでもないですし、法律的には何も悪い事してませんし。ついでに言うと、私的な事ですが武術家がゲートの外に出れば出た国では大混乱でしょうね。クロエさんに楯突くとか・・・、あーせいせいした。」
しれっと言うがあの武術家って強いんだろうか?軍と行動を共にするからにはそれなりに強いんだろうが、あの時はブチ切れモードで速攻扇動して奥に行けって話で片が付いたし・・・、てかアイツ外に出たら俺が扇動したのバレない?そうなると他のスパイの存在も露見しかねないんだけど・・・。
いや、そもそも俺と戦いたいと言うくらいしか言わないし、状況考えると見境なく人を襲ってるとか?それはまぁ、本人の責任で襲うなら襲ってもらおう。武術家なら正々堂々と真正面から機が熟したから手合わせをとか言いに来ればいいし。と、武術家がどうなろうと構わないが眼の前の娘の扱いにはかまう。
そんな事を考えている時青山のスマホに伊月からの着信があった。漏れる声から察するに父親が確保出来てそのままギルドに来るそうだ。しかし、よくもまぁスパイが大人しく付いてくると思ったら、どうやらギルマスの使いで娘さん達パーティーで怪我人が出たから迎えに来たと真正面から話したらしい。
隠し立てせずとも達と言うなら眼の前の娘は父親役なら除外する。なにせ中位、仮にこの娘の素性を知らない本当の一般人ならそれはそれで娘が怪我したかも知れない状況で来ないならおかしい。
「父親はスパイか?」
「伊月さんに警察側の資料を見せてもらいましたけど、長く日本にいる人ですね。確実にスパイだと断定とまでは行きませんけど高確率でそうだと思います。芋づる式に一網打尽に出来ればと。」
「ふむ・・・、仲間の影は?」
「少ないですが一応あります。ただ、接触は少ないから仲間の様子までは・・・。一度家の中に入りましたけど地下がある様なない様な。俺は有能を示せましたか?」
「そうか・・・、そうか・・・。お前は有能だよ。」
有能だけどスパイ見つけて連れてこられてもどうしよう?ゲート関連の権限はギルドマスターに采配の権限がある。そして、スパイの罪については何一つ罪を問えない。そうなると、この娘も父親も俺の権限で好きにしていい事になるのだが・・・。
息子や他の子達はこのスパイの事を知らない。現状この娘がスパイだと知っているのは俺と青山と本人達だけ。・・・、この娘を送り出した国の戦力を明確に削ぐか?シナリオを組むとするならこの娘を日本の中位としてガッツリと公表する。それこそもうアイドルの様に毎日メディアで顔出して、必要なら俺からこの娘は日本の中位で結城君が良ければチームとして海外で技術指導する若い指導者として運用する。
そうすればこの娘が何を探っていたかは別として、日本からは引き離せる。ついでに言えば俺と接触と言うか、信頼されていると送り出した国が感じれば不用意に引き上げも出来なくなるし、何よりバレた時のリクスの桁が跳ね上がるので接触は更に減る。まぁ、起きた本人がそれを受け入れるかが問題と言えば問題か。
別に2重スパイをさせる気はない。その代わり技術指導要員として使わせてもらうだけ。なにげに今他国の要請で動ける本部長はいないし、そうでない中位も仕事を抱えている。ある意味渡りに船の拾い物と言えば拾い物だな。取りあえず青山は有能、それはいい。ただ、暴走リスクも明るみと言うか仕込み終わりに報告するのはやめて欲しい。
まぁ『クロエさん!あの家族はスパイです!』といきなり言われても困るし、その言葉を鵜呑みにも出来ない。そうなるとこう言う方式を取るしかないと言うのも分かるのだが・・・。
扉の近くに立っていた青山が素早く動きゆっくりと開いた扉から文字通り手を伸ばして引っ張り込む。その手には草臥れた男の腕が握られている。到頭父親役が来るまでに目は覚まさなかったか。問題はこの男がこの娘の上司に当たるのか否か。或いはただのスパイ集合所として家を提供していただけなのか。
「えっと、私に何か用事ですか?娘の所に行きたいんですけど。」
「猿芝居はやめにしましょう時枝さん。私と青山とそこで寝ている娘、それで状況は理解できるでしょう?」




