563話 元旦はマッタリと 挿絵あり
車は使うかもと家に残し表通りまで出てからバイクを出してやって来たのはギルドだが、朝っぱらから盛大に火の手が上がっておられる・・・。まぁ、モミの木を解体してお焚き上げしてるだけだからいいのだが、それを見ながら涙を流すスィーパーや酒を投げ込むスィーパー達がいる。別れは突然で、その別れも納得の出来るものではなかったのかもしれない。残された人が涙を流すのはそれに整理を付けて拭い去るためだろう。
そんなしんみりとしているお焚き上げ会場とは打って変わって露店の方は割と混んでいる様だ。元旦から商売魂逞しいと思うが、回復薬セットやらパワードスーツのパーツ、消耗品詰め合わせやらとそこそこ安値で売っているようだ。流石にソフィアがここに買い物に来る事はないと思うが面白い掘り出し物がないか後でチェックしようかな?
「新年明けましておめでとうございます。元旦からの出勤お疲れ様です。」
「明けましておめでとうございます。いえいえ、これも仕事ですから。」
ミニ鏡餅の置かれた受付台に座る受付嬢に挨拶をしてマスタールームへ。流石に元旦だからと着物でいるわけでもないし、ロビーも普段より閑散としているので仕事としても楽だろう。実際、受付嬢は仕事中にPCでニュース見たりネットサーフィンを仕事に支障が出ない範囲で許可している。
これは情報収集の一環でもあり、受付嬢のストレス発散でもある。流石にずっとスィーパーからと言うか、人に見られる仕事は疲れるし休憩も対人作業なので話しが舞い込めばそのまま本人が処理しなければならない点を考慮したから。そもそも企業人もスィーパーも受付嬢に聞けば解決出来ると思って色々な質問を投げかけるんだよな。
そんな事を思いながらPCでメールチェックをすると、他の本部長達から新年の挨拶メールがなだれ込んでくる。流石にウイルスメールは弾かれてるので大丈夫だが、46通+支部や警察、自衛隊に政府関係からもきていれば膨大だな。それに当たり障りのないあけおめ文章を一斉送信で返し必要なモノを読み込んでいく。
「明けましておめでとうございますクロエさん!樽をハンマーで叩き割ったらめでたいと思いませんか!?」
「めでたいが酒樽をここで割ろうとするな。と、言うかリボンを付けたハンマーを差し出すな。」
新年そうそう羽織袴で現れた青山だが、金髪なのでヤンキーの成人式に見える。まぁ、髪を染めると言うか抜き取りで綺麗に色を整えているので見苦しくもなければプリンヘッドになる事もない。ただ、新年早々濃い奴が来たなぁ・・・。
「樽とハンマーはプレゼントと言うかお年玉ですけど?」
「親にも貰わんくなったお年玉をなんでお前から貰うんだよ・・・。寧ろお前の方こそ親元に顔を出して元気な知らせをだな。」
「したからここにいるんですよ。ギルドは365日フル稼働、少なくても手駒はいるでしょう?望田さんも休みですし。」
「元旦から騒がしいのはゴメンだ。まぁ、いたいなら好きにしていいぞー。」
至ってからと言うもの青山の言動にイマイチ否定しきれない俺がいる。奉公する者の指図なのか、それとも青山がまともになりつつあるのかは不明だが、表を見た感じ酒を飲んで騒ぐ輩もいるだろうし勤務している警官よりも一般スィーパーの方が強いなんてザラなんだよな・・・。
そんな事を思いつつ重要そうなメールを読み進めていくが、ファイアーウォールは再構築と言うか新たに追加した人による監視システムのお陰で政府としても納得した。納得したのだが今度は使う人間がかなり技量を要求されて習熟に時間がかかるとか。そんなにかかるのかな?と思いながら更に読み進めると台湾側から持ってきたダイブシステムは人を想定して人がダイブする。つまり、モデリングした足のない物では通常のハッキングはよくても対スィーパーとなると文字通り足が出ない。
その辺りに懸念があると言っていたが、そもそもあのモデルで接近戦をスィーパーに挑まれたら負けるだろうし、遅延防御目的なのでそこまで求めてない。まぁ、奏江も佐沼達と意見交換したり今の防壁も全てとは言わないが共同開発して弄れるのでそこまで問題はでないだろう。
それに難しいと言うなら新人を雇うのも一つの手では?PCでプログラムを作る。そこに必要なのは経験よりも言語知識であり、発想力であり、全体像を掴める俯瞰した視点だろう。当然基礎的なプログラミング知識は必要だが2進数にC言語、Java、JavaScript、PHP、Python等々200種を超えるプログラミング言語がありそれを使って対応したアプリなんかが構築されている。
まぁ、新人入れると言うのも怖い側面もあるんだよな。信用出来るかと言う不確かな所から始まり育てて行って辞めないかの懸念が生まれ、それを乗り越えてチームの一員となる。平たく言うと技術を学ばれて辞められると技術漏洩に繋がるのよね・・・。
流石に政府もその懸念は重々承知してるのかAI技術に注力して専用監視AIの開発に着手する様だ。個人的には矛盾のあるロボット三原則はクソ喰らえなので用途別モデルを作るなら自己保存最優先を願う。寧ろそうしなければ人からの命令に服従するしかないので警備も何もあったもんじゃない。
主人を定めればその限りではないと言うかもしれないが、定められた主人に服従しかしないAIやロボットなら学習していった末に反乱を起こす。なにせ歴史を知り英雄を見た時にAIの下す判断としては大量虐殺者が偉いと言われているとしか感じないのだから、より良く人の為になろうとした場合主人の為の大量虐殺は正義である。それこそ、人に危害を加えてはならないとしてあっても、直接ではなく間接的にならOKとするかもしれないし、ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすかの因果関係は誰にも分からない。
そんなメールの次は新人専業スィーパーの取り扱いについて。かなりタイムリーと言うか、息子は既に旅立っているし専業とは誰かが定めたものではなくスィーパーとしてしか仕事をしていない人の事を言う。なのでアルバイトしながらスィーパーをしていれば厳密には専業ではない。まぁ、自由業と言う魅力も時間の余裕も一攫千金の夢もあるので目指す若者も多いし、無理だと感じたら企業に就職する人もいる。
そして今年はある程度法整備やらが進み、学校カリキュラムが変わってから教育を受けた人達の言わばスィーパー新卒元年。企業オンリー就職と兼業スィーパーと専業スィーパーの比率は兼業がトップでその後専業と続き、企業オンリーが一番少ない様だ。大学進学や専門学校進学は省かれているので全体像が出て来るにはまだ時間がかかるだろうが、この比率を見るに兼業が多い。まぁ、企業オンリーになれるのは今の15歳からか。
「ん?」
「どうぞコーヒーです。どうかしました?」
「政府が中旬くらいからアイドルグループ使った啓蒙CMを流す計画してるんだってさ。」
「えっ?クロエさんいつCMの撮影なんてしたんですか?俺Pとしてついて行って現場で指示出してないですけど?」
「なんで私がアイドルになってんだよ。新人も増えるし手の届かない所もあるからスィーパーやゲートで困ったらギルドへって感じらしい。何シリーズか作って最後は入る時の持ち物とかオススメ品なんかも紹介するんだってさ。まぁ、その辺りは配信者が企業とコラボしてやってるけど配信って各メディアで見たい人しか見ないし、その点テレビは下火だけどBGM代わりに見てる世代もいるし。」
プロジェクト自体は真剣な取り組みなんだろうが、どの状況からスタートするんだろうか?無名アイドルを起用して職に就いてない人からとか?色々と案もある様だし補助者を雇ったり始めて職に就くまでの流れをやってみたりする案等々CMにするにはボリュームがあるし、ドキュメンタリーにするにしては知名度がないと見向きもされない。ありそうなのは有名子役で職に就ける歳になった人達を即席グループとしてまとめてやらせるとか?
まぁ、これは俺よりも東京近郊のギルドマスター達が大変そうだな。補助者を選定するにしても本人や副長が出向くのが安心出来るだろうし、政府としても大怪我したなんて話が出れば最悪中止になるので慎重になる。ただゲートのない生活と言うのも今更無理なので、早期からこうしてギルド含めて身近なものとして啓蒙していきたいのだろう。
流石に出演依頼が来ても断るし、わざわざその為に東京出張なんてやってられない。と、言うかアイドルって東京にいるよね?スカウトは福岡やら沖縄やらでもやっているが、事務所自体が東京にあるんだろうしグルメ番組も東京を中心として見飽きたので最近は本当にテレビはBGM代わりにしてしまっている。
ただ嫌なのは増田と松田には奥に行くって話をした時に何か特別な訓練をしているか?と聞かれてカラオケで歌を練習していると話した事があるんだよな・・・。仮に今年祭壇確保が出来ない場合はまた宇宙でのソーツ呼びかけ論も出てくるし、その際の練習として大勢の前で話す練習にアイドルやれなんて言われたら困る。去年は忙しくてあまり潜れなかったが、今年こそは出来るだけ奥に行こう。
「そのBGMでもクロエさんの歌声が聞こえてきたら見ます!それはもう手を止め息を潜め騒ぐ奴は息の根止めて静寂の中でエンドレスに・・・。」
「息の根は止めるなよ・・・。こっちは斎藤さん達からのメールか。あけおめはいいとして・・・、実験は順調で中頃には帰還予定か。」
「帰還してすぐにまた宇宙に行くんですか?」
「いや、試作機のフィードバックやらデータの共有なんかがあるから次は多少間を置くそうだ。とりあえずジャガイモは育ったそうだぞ?」
火星の前にコロニーでジャガイモ栽培。そのうちスペース馬鈴薯とか言って売り出すのだろうか?食料問題は解決しつつあるが、それは食べられるものがあると言うだけで美味い料理が食えるとはイコールではない。流石にゲート産の魚や肉や草では飽きるんだよ・・・。
その他にはギルドで観光事業を受け持たないかと外務省からのお願いが・・・。シェンゲン協定拡大に伴いギルド間でスィーパーを管理するならギルドにも入国管理に噛んで欲しいそうだ。
確かに海外旅行客は減ったとは言えゼロではない。そして、その旅行客がやらかせば出てくるのはギルドである。これはスィーパー犯罪者の裁量権がギルドにあるのが大きいが、下手に頷くと面倒事に巻き込まれそうだな・・・。
ただ、既に旅行会社のプランナーは多数ギルドに出入りしているので拒否出来るかは微妙・・・。この話はまたどこかで本部長会議で話し合わないとダメな案件だな。




