閑話 110 ビギナー 挿絵あり
「装備品はバッチリか?思い残しは?那由多はちゃんと思いの丈をぶちまけて千尋に恨まれない・・・。」
「恨みもやり残しもない。思い残しと言うなら・・・、子供の顔が見られないときとか?」
「それってもう・・・、そこまでの関係に進んだって話ですよね?お母さんは涙を流して喜びましょう。」
「加奈子もからかわないでくれ。寧ろトロンプ・ルイユで漫画風の涙まで再現しなくていい。それに、子供の顔を見る為に生きて帰ってくると言う目標にもなる。」
「おっ!卒業式後結婚式がアップし始めたか!なら僕はスピーチの練習となにか絵を元にした像でも作って・・・。おろ?ツッコミなしか親友。」
「祝やらスピーチは素直に受ける。ただ、像はいらないよ。何処に飾るんだよそんなもん。」
「手乗りサイズなら玄関に置けますよ?」
「コイツの事だから絶対2、3m級のもの作るから断る。」
「甘いな、奈良の大仏サイズを予定してる!」
「いらんはバカ!ゲートに入ってからの事を考えろよ。」
ギルドのロビーで私達は話し込んでいる。顔に悲壮感はなく、いつもと変わらないと思うが、これからの事を考えたのか微かに千尋の手は震え対象と那由多は真面目な顔になる。クリスマスが終わり冬休みが始まったタイミングで私達は準備を進めていた15階層到達の旅へ出る。
装備品はそれぞれ魔法糸で出来た服やゲートの武器。装飾師に刻印を施してもらい頭部や心臓を守り、1階層から5階層を何度も往復して薬を溜め、出た武器を売ったりバイトしながら資金を溜めて準備を整えた。
私がリー・フェイシャンとしての一人旅なら特に気負う事もない。そもそも中位と言う時点でこの程度の階層なら、余程の不測の事態でも起こらない限り負ける気はないし拡張と言う職の性質上、骨折や欠損も怪我にはカウントしない。
多分、肉壁や拡張が死ぬ時は本当に全身が消し飛んだ時ではないだろうか?それ以外を想定するなら頭だけでも多少は永らえられるし血流は制御出来る。ただ、武器となる身体がなければモンスターに追い詰められて退出出来なければ死ぬだろう。
「ゲート入ってからね、薬は等分で分けたし食べ物も余裕を持って買った。靴なんかも那由多が改造してくれたし装飾師に頼んだから簡単には壊れないし変えもある。僕がパワードスーツ手に入れられなかったのは痛いけど、遅れる事なく付いてくよ。」
「加奈子は途中から身体を鍛えてた様だが底上げ狙いか?武術を習うまではしてなかったようだが。」
「そんな所です千尋ちゃん。サバイバーとして退路の確保や暗殺出来ないと厳しいところがありますからね。トロンプ・ルイユで何かを出してもビームって貫通しますし・・・。結城君、ボッシュート要請は最優先ですよ、生存に関わってきますから。」
「分かってるよ、穴に落ちても生きてればまた進めるからね。那由多的にはなにか遠距離系は出来る様になった?」
「作成した玉をハンマーでフルスイングが多分一番マシだな。加奈子みたいに武器の使い分けは難しいし、一応色々指輪には入れてきたけどメインはコイツだ。」
那由多がハンマーを取り出し杖の様にする。変な武器が多い中でオーソドックスな武器と言うのはそこそこ人気があり、鍛冶師に依頼して自分に合うモノに仕上げていってもいいし、初心者としては癖もなく扱いやすい。私が最初に出た武器はスーツではなく帯だった。身体に巻き付ければズレず、腕に巻けばモンスターを殴るバンテージがわりにもなる。一応布槍術と言うものもあるが、私はそんな達人芸を修めていない。
ただ、これは腹巻代わりにもなるのではバレずに活動するなら使いやすい。でも、私は今拡張ではなく中位でもなく下位のサバイバーとして行動しなければならない。スパイとしてここにいる以上、下手な事は出来ないので余程の事がない限り無茶をする気はない。まぁ、その余程の事とは誰かが死ぬギリギリの事を言う。
流石にスパイとして今の円滑な関係にヒビは入れたくない。那由多が死ねば対象は意味をなさなくなる可能性もあるし、千尋が死ねば辛い事を思い出したくないと対象が疎遠になる可能性もある。そして、対象が死ねば私の立ち位置は危うくなる。言ってしまえば影からの護衛任務に等しいな。
「やぁ、君達これからゲート?必要なら補助者として同行しようか?」
「青山さん!ありがたい申し出ですけど、僕達専業スィーパーとしてやっていくつもりなんで補助してもらったら本末転倒ですよ。」
「俺はギルド職員で千尋もそっちだけどな。まぁ、スタンピード時には戦闘要請も入るし地力上げは必要だな。」
「そうだな。国際会議で決戦用地を作る話もあったが、それが何時になるかは分からないしスタンピードは待ってくれない。職員となる以上、モンスターとの個人戦闘も視野に入れで経験を積んでおかないといけません。」
中位に至った青山・・・、警戒すべき人物が同じ土俵に上がりウロウロしていると言うのは心臓に悪い。ただ、心音も脳波も表情さえも制御出来るので簡単には見破れないと信じたい。たが一度コイツは家に来ている。その際は下位だったが何かを勘付かれたと言う線も捨てられない。疑心暗鬼の様だが未だにファーストからスパイと断罪されていないので、その耳には入っていないか脅威ではないと思われているのだろう。
「そうか・・・、専業スィーパーは危ない仕事で常に命の危険がある。それは通り過ぎた階層でも同じで、絶対の保証はない。・・・、全員生きて返せ。俺から言えるのはそれだけだよ、じゃあ。」
青山がそう言葉を残して立ち去るが、生きて返せの所で射貫く様な視線で私を見た。取引ではないだろうが、使えるモノは使うスタンスなのだろうか?いや、その前に私はどこまで勘付かれている?青山との接触は極力控え話す機会は少ない。至ってから何かに勘付いたと言う話もないわけではないが、それならファーストに私の事を告げない理由はなんだ?
「全員生きて返せか、協力してフォローしあって無事に帰ろうなって、加奈子どうかした?」
「えっ!いや、協力するにしても私ってば戦力的には低いですからね。あははは・・・。」
「そんな事を言うな、私達の安全管理は加奈子にかかってるんだからな。」
「そうだぞ?俺達には治癒師がいないから退路確保やら隠密での薬使用で場を繋がないといけない。生存率を高めるのは立派な仕事で、俺達の中でそれが出来るのは加奈子だけだ。」
「加奈子〜、那由多は彼女さんが癒すから僕をガンガン助けてね〜。独り身の僕に愛の手を〜!」
「結城君は若干後方にいるじゃないですか、でも全力で助けますよ!」
全員で笑いあった後にドッグ・タグを受付に見せてゲートへ。話し合った末に5階層からスタートし統合基地を見てから進むと言う手はずになっており、今回はギルティタウン見学はなしとなっている。資金的には多少余裕もあるので、統合基地を見るなら更に回復薬やエナドリを買うのもいいだろう。
「ハッ!そこ!」
「那由多!その銀の玉をぶち抜け!僕は下からせり上げて逃げれなくする!」
「OK!全力で打ち砕く!」
「千尋ちゃん右後ろに下って!援護射撃します!」
「分かった!そこの砲撃型!射撃はさせん!」
次へ行くゲート付近はそこそこモンスターが多い。私からすれば雑魚で下にいるものよりも動きが悪い。しかし、動きが悪いから殺傷能力が低いと言うわけではなく、ビームを受ければ場合によっては死ぬし、空飛ぶ銀の玉はもう少し下の階層にいた様にも思う。
ただモンスターの正確な分布図はなく初見のモンスターも多数発見されたり、マイナーチェンジの様な個体もいるので何がどうとは言えない。ただ、1つはっきりしている事と言えば下に行けば行くほどモンスターは強くなる。それこそ手が付けられないと思うほどに。
千尋が下がりながら回し蹴りを放ち砲撃型の砲門を逸らしているうちに私がもう1体をサブマシンガンで掃射して蜂の巣にして仕留める。あまり武器を出せないのは痛い。下手に持ち続ければ武器が灰色になってゆく。そんな事を考えているうちに千尋は砲門を逸らした砲撃型にサマーソルトからのダッシュパンチを食らわせて胸に穴を開け離脱するが、頭の触手により細かい傷を付けられる。
銀の玉の方は終わったのだろう、轟音が響き玉は潰れたと思う。ただ、アレは飛行ユニットのパーツがある可能性もあるので、綺麗に倒せないのは惜しいと言えば惜しい。まぁ、それでも買い取りはしてくれるのだが。
「そこ!貫け!」
「千尋!無事か!」
「かすり傷だ、足はやられてない!」
「結城君全員ボッシュート!」
「ほいさ!」
突然の浮遊感の後直ぐに訪れる地面との再会は、頭上を通り過ぎる光の筋が生きてそれを視認している事で現実へと引き戻してくれる。特にモンスター排除に手間取ったと言う感覚はないが、声を上げたせいで集まってきたか?
配信者なんかは声を上げて説明しつつモンスターを倒すが、一般的なスィーパーはほぼ無言で安全確保まではハンドサインや余程危ない時以外は声を出さない。まぁ、それも突き抜ければ喋りながらでも余裕で倒す。ファーストがいい例だ。戦闘指示は必要だとしても解説しながら魔法を使おうとは思わない。
「結城君どうします?ここで更に戦いますか?それとも次のゲートへ向けて進みますか?退路はあるので案内出来ます。」
「了解加奈子、千尋の様子は?」
「私は特に問題ない。エナドリで傷も癒えた、その程度の負傷だ。」
「結城、数は分かるか?包囲されてないなら正面から戦いたい。加奈子のマシンガンと俺の玉打ちなら数が減らせる。」
「分かった那由多、作成通路作って全員拾って集めながら集合しよう。そこから僕達の逆襲だ!」
「なら、私を最初に拾ってください!近くに千尋ちゃんもいるから最短で案内出来ます!」
対象と那由多は共に戦っていて近くにいた。私と千尋も近かったが掃射と次のモンスターへの攻撃で多少離れているので、距離的には私を拾う方が早い。那由多としては恋人の無事を早く確かめたいだろうが、そこで冷静さを欠くならこの先のフォローは大変になるだろう。
中位へ至るなら感情は大事だが、その感情のままに戦われては困る。少なくとも私達はチームで誰かが先走れば見捨てるか追従するかしか選択肢はない。そして、仲良しでチームを組んだなら見捨てると言う選択肢は限りなくゼロに近いだろう。
「到着だ、千尋は?」
「ここから5m先。無事だから安心してよ相棒。」
「分かってるけど目を離すと何があるか分からない。父さんしかり、フェリエットしかりだ相棒。」
「司さんってそんなに変わったんですか?昔からあの姿ですよね?」
「父親が魔法少女になったら嫌でもビビる。結城、道作るから補強を頼むぞ。」
那由多がハンマーを振るい対象が側面を補強。私はトロンプ・ルイユとマシンガンでモンスターを牽制し程なくして千尋と合流する。切られた頬や服の間に傷はなく、残る戦闘痕と言えば多少短くなった髪だろうか?何にせよ千尋はピンピンしている。
「さて、反撃と言うが案は?」
「無事でよかった、2人はモンスターの数が分かるか?」
「地面にいるのは6体。多分砲撃型とサイみたいな奴かな。空は分からないけど加奈子は?」
「牽制しながら見た感じ空は銀の玉が2体ですね。玉はビーム撃てないみたいだから先に砲撃型を蹴散らせば余裕は出来ますよ。」
配信で見だが銀の玉も集まれば高出力ビームを撃ってくる。ただ、先ほど対象達が倒したモノをみる限り変形しての近接戦闘系だと思われる。確証はないがモンスターは遠距離武器があるなら射撃しながら近寄ってくるし、ないならさっさと距離を詰めてくる。
戦闘本能とでも言えばいいのか、恐れのないモンスターは的確に自身の戦闘距離を把握し人の命を刈り取ろうとする。だからこそ、人は恐れによってそのモンスターとの戦闘を組み立てる。退かないのならば打ち倒すと言う力技で。
かつて友軍は嘆いた。終わりなき戦闘といなくならないモンスターに囲まれ刈り取られる命を・・・、転がり消え逝く死体を邪魔だと投げて足場を作り更に戦闘をこなして出来た死体も投げ捨てる。そして、一周回り冷静になってモンスターを倒した。胸に怒りと悲壮感を抱いて。
「方向的にもここからなら真正面、玉を無視して先に砲撃型とサイをやろう。僕がサイを受け持つから那由多と千尋で砲撃型を倒して加奈子はそれのバックアップ。どう?」
「それより先に砲撃型を減らさないか?俺と結城ならトスバッティング感覚で玉も打てるし、討ち漏らしても魔法で追撃出来る。千尋と加奈子に玉を押さえて貰って最後にサイはどうだ?」
「ふむ・・・、サイはボッシュートするのがいいだろう。機動力を奪えば警戒すべき突進はなくなりビームだけになる。固定砲台からのビームなら私も殴り落とせる。加奈子、発射の兆候は読めるよな?」
「ええ、読めます。玉はサブマシンガンで追い払えるので先に厄介な砲撃型から行きましょう。」
「了解〜、なら早速サイはボッシュートして魔法で玉を作るよ!」
短い作戦会議中も砲撃型は近寄ってきている。トロンプ・ルイユで目眩ましをしているが、それもほぼ壊され遮蔽物はない。もう直この穴も見つかり攻め込んで来るな。退路としては更に掘り進めて逃げる事も出来るが、迎撃を選択したのでそれは保留。全員ビーム一撃で即死しない対策はしているにしても、統合基地で再度刻印してもらうには金もかかる。やはり出来れば資金は回復薬に使いたい。
「カウント2、それでもせり上げる。打ち下ろす感じで頼むぞ?じゃないといい的になる。」
「分かってる、2mくらいだろ?」
「うん。それが不意を付けて視認しやすい高さだよ。じゃあ、2、1、ゴー!」
対象がカウントし一気に落とし穴から出て更に上へ。千尋が玉を投げて那由多が打つ。銃弾よりも大きい玉はさながら迫撃砲の様にモンスターにヒットして吹っ飛ばすが、それでもビームは撃ってくる。そのビームを対象は魔法で防ぎ、私はマント型の武器で防ぐ。飛んでくる銀の玉はマシンガンで牽制しつつトロンプ・ルイユで下に叩き落とす・・・、までは行かないか。トロンプ・ルイユは脆くぶつかれば多少のダメージは出るにしても倒すまでは出来ない。その代わり・・・。
「箱に閉じ込められて!」
「加奈子ナイス!」
乱戦中でも突然にモンスターの全ての感覚を遮断出来るのだ。時間にして数秒足らず、抜け出す事も容易。しかし、その数秒は致命的で人にしてもモンスターにしても動きを止めるというのは死に繋がる。箱に収納した銀の玉それぞれにマシンガンを浴びせ撃墜。飛び上がらないところを見るにクリスタルに当たって抜けたのだろう。
残りの砲撃型も損傷して数体は砲門がなくなっている。なら、後は消化試合だな。油断は出来ないが触手とバリアだけならどうとでもなるし、ボッシュートされたサイはビームを撃てるタイプだが発射角外から倒せばいい。そして、私にはその発射角が分かる。
「ふん!」
「正拳突きお見事です。」
「加奈子のおかげだ。中々このサイを相手に綺麗な正拳突きなんて打てない。」
最後に残ったサイに千尋が正拳突きを何発も打ち込みクリスタルを引っ張り出す。サバイバーならクリスタルの逃げ道も分かってくるが、対象と那由多がクリスタル等を回収している間限定で打ち込みが許可された。
「む?これは・・・。」
「どうかしました千尋ちゃん。サイ回収しちゃいますね。」
「サイはいいけど・・・、ドッグ・タグだ。後でギルドに報告しよう。」
サイの装甲の隙間に挟まり、折れ曲がったドッグ・タグ。持ち主が死んだのか、それとも生き長らえたのかは分からない。ゲート内で死んだならその棺は空で悼む家族がいても、何処か現実味がなく家族も受け入れられないと言う。しかし、このタグが開発され発見されたもの限定とは言え、帰すことが事が出来た時その事実を初めて受け入れられる。
まぁ、激しい戦闘でちぎれ飛ぶ者もいるし指輪にしまい込んで一緒にあの世に持って行く者もいるのだが・・・。何にせよこのタグをギルドに持ち込めは幾らかの報奨金もでる。大規模回収作業と言うのもギルドは行っているらしいが、その成果はあまり良くないようだ。
「こっちは終わったけど千尋どうかしたのか?」
「いや、タグを見つけてな・・・。結城は?」
「アイツは見回りするって。今はモンスターいないけど警戒は怠れないからな。タグはギルドに提出しよう。それが1番知り合い達の所に返せるだろうからさ。サイも回収終わったならモンスターに見つかる前に行こうか。」
「あぁ、そうしよう。」
千尋はタグを指輪には収納して歩き出し、私と那由多も追う。次へ向かうゲートは近く、抜ければセーフスペースとなるが・・・、そう言えばこの3人は馬に乗った事はあるのだろうか?難しい乗り物ではないが初見ではかなり不気味で、普通に肉として売られていても現物を見たら食欲が失せる人もいる。
そんな事を思いながら駆け足でゲートを抜けて6階層セーフスペースへ。辺りは薄暗く不気味な木や草が生い茂り空には星の様なモノも見える。祖国が天井を調査する為に探査気球を上げたが遂に天井は分からなかった。中層の事を考えるとこの中がどれほど広いかは想像出来ない。
「統合基地は見当たらないから馬で行く事になるけど、馬に乗った事ある人いる?」
「俺はないな、ここに来るのも初めてだし千尋も初めてだろ?加奈子は?」
「私も初めてですね。結城君はあるんですか?」
「フッフッフ・・・、実はある。専業スィーパーを目指した時に補助の人にお願いしてここまでは来た。でも、その時は統合基地もなかったし行くのは初めて。だから目印を全員で確認してから少し練習しょうか。そんなに難しいものでもないし。」




