552話 種子島へ その3 挿絵あり
原っぱに浮かぶテラリウム。中は幻想的ではなくSF仕様と言うか機材やら建物なんかが詰め込んである。そして外観に注目すれば高純度石英ガラスなので透明度は高いが、剥き出しの飛行ユニットが埋め込まれている関係上、確かにミラボールの様に見えなくもない。
様々な物語やゲームで空中都市と言うものは描かれそれ1つが国として機能している事も多々あるのだが、現実的な問題としてこのテラリウムの様に外殻のない都市は気圧やら酸素の問題ってどうしてるんだろう?今の所人が住む最も高い場所はペルーのアンデス山脈にあり標高5100m地点に位置する。そこで生まれたなら最初から順応した身体で生活出来るが、それでも酸素は薄く激しい運動はかなり厳しい。
マラソン選手が高地トレーニングなんかをするのは、その薄い酸素下で心肺機能を鍛えたり血中ヘモグロビン量を増やして平地よりも、より酸素を効率的に循環する事を目的としてやっているが、当然平地に降りればヘモグロビン量は緩やかに減っていくし、登山家なんかも順応しながら山を登ったりするが高山病を患う時は患うし、それを見越して酸素マスクを付けてたりもする。
何にせよ一般人が何の対策もせずに又は、対策のされてない空中都市を訪れるのはかなりリスキーなんじゃないだろうか?こう・・・、遊びに行ったとしても2、3日は吐き気と頭痛とお友達で平地の様に動こうとして速攻息切れするとか。
「クロにゃんどうする?先に近くで見る?それともセンター内に行く?」
「先にセンター内でしょうね。神志那さんがいれば近くで見ても問題ないんだしょうが、諸元やらも知らないうちに見ても凄い技術だとしか感想は出ませんよ。それに、人様の仕事場に入るんですから挨拶は大事です。」
「了解〜。ならこのままセンター正面に襲撃だー!!」
はしゃぐ声とは裏腹に神志那はスマホを取り出して電話する。多分これからセンター正面に行くと言う連絡だろう。流石に俺も私服ではまずいのでスーツに早着替え。自分は動いてなくても車は動いているので出来るが、下手すると服が車外に置き去りになるので慣れない人は辞めたほうがいい。と、言うか神志那は白衣に私服だけといいのかな?研究者っぽくはあるのだが・・・。
「お久しぶりですクロエさん。」
「お久しぶりです。」
「お久しぶりです斎藤さんに山口さん。米国回復薬製造プラントはどうです?なにやらそれ以外でも色々してるみたいですけど。」
「自由な研究っていいですよね!増産に次ぐ増産に合わせて飛行ユニットの製造にも乗り出し始めましたし、その前は外にある箱型簡易居住施設のプランを打ち出して製造とコストをどこまで両立出来るか挑戦したり、入るゲートによる地勢調査したりとやりたい事をどんどん出来る環境!最近では飛行ユニット本体の大型化小型化や圧縮装置を用いた回復薬の高純度化なんかも研究してますし、そんな中で今回の宇宙エレベーターですよ!高槻製薬の社員として現場参加したいと思ってきたけど、斎藤さんの方から声をかけてもらってこうして現場対応にも入れましたし、何より試作品とは言え離陸現場に立ち会えるとはとても喜ばしい事です。あちらのメンサ会員の方とも話しましたが、そもそも飛行ユニットと言うモノの力場形成としては橘中位の挙動や本人からの証言からすれば・・・。」
「山口ちゃんどうどう。」
出迎えてくれたのは嬉しいがマシンガントークの精度は健在らしい。寧ろジョージの計らいなのか米国ラボはメンサ会員多数とか?IQ上位者が集まってマシンガントークで議論しながら研究するとかある意味映画の世界だよなぁ。前に米国軍採用パワードスーツの画像をエマが送ってきて大丈夫かな?と思ったが、確実にアレから様変わりしてるだろう。
下手したらパワードスーツにもバイオメタルファイバーとか人工筋肉とか、下手したら有機サイボーグ化とか・・・。よそう、年齢やら寿命が曖昧になったのに多少人体改造と言うか人体拡張した所で文句言っても始まらん。それに向こうの人って筋肉と言うか身体鍛えるの好きだしステータスみたいなモノだからなぁ。
テレビでやってたボディービルの大会はナチュラルとドーピングなんて項目で別れてやってたし、ナチュラルでも前よりもムキムキな人はムキムキになって、ドーピングの方はもう何がどうなってんの?状態だった。まぁ、ドーピングの半数以上が肉壁で筋肉容量を増やす為に肉の大食いチャレンジしたとか、ステロイドガブ飲みしたとか鋼の肉体目指して本当にパワードスーツ取り込んでみたりと色々。一皮剥けば鋼の骨格とかターミネーターかよ!
そんな中で優勝したのは身長3m近い巨人・・・。筋肉と言えども肉は肉なのでつけば身体は肥大して行く。つまり、肥大化し続ければ当然手足は短く身体は太くどんどん球体化していくのだが、それを見越して最初から高身長となり骨を補強しその上で筋肉を纏うと言うプロセスを経てガチの巨人が爆誕。その体格でスィーパーとしても動けるので、昔ながらのデカいからノロマは通じずラスボス枠にでもなるんじゃない?本人は戸愚呂弟と進撃を賛美していたが・・・。
因みに大会が終われば元の姿?にも戻れるらしい。日常生活でその体格は不便だし、かと言って日々のトレーニングが無駄になる訳でもないらしいので極めたい人にはありがたいのかなぁ・・・。そのうちバレーボールやらバスケットボールで3m超えの選手しか見なくなっても不思議に思わないかも。
「相変わらずそうで安心しました。斎藤さんは・・・、笑顔張り付いてます?」
「最近笑顔でしかないんで表面筋が固まってしまって。ただ、ようやくと言うか棚ぼたと言うかぁ!宇宙への架け橋が到頭離陸寸前にまで来たんですよ!この前なんて企業としても個人としてもタイムス100に選ばれましたし。そう言えばクロエさんには話がなかったんですか?」
「来ましたけど丁重に断りました。別に私個人としては戦う以外でコレと言った功績はないですからね。それでもと言うなら今の世界は戦時下になってしまいますよ。」
タイムス100自体は1999年に初めて発表されて歴史は浅い。浅いのだが各分野の有識者が議論して選んでいるので、信憑性というか残した功績であったり事業であったりは知っている人が多い。なので、選ばれた事自体はとても名誉な事なのだろう、多分。ただ、俺としてはそんなもの目指して仕事してないのでどうでもいい話だし、人類の発展なんて荷が重くて敵わん。
「米国では残念に思う人が世論調査だと98%でしたよ?また新しいクロエちゃんの写真とかが欲しいとかで。」
「雑誌の売り上げに貢献するつもりはありませんよ。さて、中に入れてもらっても?何分初めての施設なんで案内してもらわないと迷子になってしまう。」
「分かりました、会議室へ行きましょうか。それとも管制センターを先に見ます?」
「近い方からで。」
そう言って案内されると中には巨大スクリーンに映し出されたスペースシャトルの映像やら人工衛星打ち上げロケットの模型なんかが展示してあり、そこを抜けて更に進むと普通なら一般公開されていない立ち入り禁止区域に入っていく事になる。今回は斎藤達の同行者と言う事で入れてもらい着いたのは管制室。イメージ通りというか、巨大モニターの前に何台ものPCが並びそこに座る人達が管制官となるのだろう。
今は人がまばらだが、正面の巨大モニターには浮遊する試作機が映し出されているし、分割された画面には試作機側から送られてくる映像が映し出されている。
「ここで地上側の管制を行います。と、言っても既に浮遊状態なので特に制御等をコチラで行う事はありません。メインとして今行っているのは不動性の確認や映像出力テストですね。」
「映像出力テスト?」
「カメラが壊れても直せるけど壊れてない方がいいからにゃあ。それに、試験失敗時に外的要因を洗い出すなら何らかの損傷がなかったかを発見しやすいし。」
「離着陸時の周囲への影響も見えやすいですからね。離発着実験はとても静かでしたけど、近くを飛んでいた鳥は一定距離に入ると堕ちたりとか、逆に遥上空に飛んでいったりとか。どうしても力場は目に見えないし、急に発生したものを感知して回避するなんて野鳥には無理です。」
「その為地上での不動実験を繰り上げて行ってますからね。ゲート内を影響力ゼロ地点として地上を1xと定義してますし。そのxは風雨雷等々の自然な影響力に地球の磁場なんかです。さっき話に合った鳥も含まれます。例えば試作機の真上で羽を休めた鳥は試作機が停止するまで逃げられないのか?とか。どう思います?」
ニコニコしている斎藤が若干マッドな質問をしてくるが、答えとしては明確で少し上に行って飛んでいくだろう。これが上昇中なら牽引ワイヤーに巻き込まれてそのまま宇宙へと言う話になるが、不動状態と言う事は今の試作機はあの位置で引力と斥力が拮抗している事になる。なので斎藤の質問に立ち帰れば・・・。
「無重量ではないので羽ばたいて力場外に出られれば大丈夫です。その代わり力場から逃げられない限り上昇し続ける。あの試作機・・・、大きさ的に1km程度の球体だとしても別に上昇中は引力だけで上がっている訳でもないのでしょう?」
「ええ。浮遊開始時は引力で上昇し、一定の高度で下方に斥力を出して速度を速める。試作機自体の外殻の厚さは50cmあります。これはスペースシャトルの外殻は13mmなので約40倍の厚さだと思ってください。」
「結構分厚く作りましたね。まぁ、25cm地点に飛行ユニット仕込んでるならそれくらい必要なのかもしれませんが。」
「人工物を中に搭載すると言う話をすると本番運用機は宇宙で建設した方が楽まであるんですよね。内部の耐荷重性を考慮しつつスペースを考えて肉抜きしていくと、仕切り何かの厚さもこれくらいは必要になってきますよ。」
「にゃははは・・・、半分はアレもコレもって詰め込んだせいだけどね〜。広々とした宇宙実験施設なんて今までなかったからにゃあ。田辺って人が色々注文したんでしょ?」
「田辺理事か・・・、えっ?変な実験施設作ってませんよね?無重力なのをいい事に加速度実験施設とか。」
あの人が噛むと聞くとあまりいい気はしない。でも、あの人はJAXAの理事の1人だから関わらないわけがない。明らかにこの3人とは混ぜるな危険なんだよなぁ〜。こう・・・、飲み屋ハシゴして明け方の変なテンションでそれ作ろう!的な?
流石にブラックホールエンジンと聞けば尻込みしてくれると思うし、今の所有効活用する場面がない。仮に出てくるとすれば・・・、隕石にブラックホールクラスターでもぶっ放す?いや、そもそも発射した後にブラックホール残ったら隕石以上に大惨事か。
「流石に試作機なので居住関係がメインですよ。水箱から電気分解で酸素と水素を取り出して大気成分分析装置で調整を行って空気を生み出したり、飛行ユニット制御下でラットの繁殖や植物の生育循環をテストしたりとですね。」
「なるほど、とりあえず900mくらいの敷地でどれくらい住めるか調査しようぜって話で良いですね?」
「ええ。それで間違いありません。後は外部からの受け入れとかその辺りの実験をするくらいですよ。宇宙空間での高速移動実験は許可でませんでしたからね。」
「高槻社長から『壊れたらユニットが藻屑になるのでやるならパワードスーツでやるといいですな。』って言われましたからね。」
「だから藤っちは再度宇宙へ行き、人形を限界加速させるのであった。」
頭いてぇ・・・。藤も良く請け負ったと思うが、何か裏取引でもしたのだろうか?何にせよわけわからん事をしそうではある。しそうではあるが、人命的には大丈夫なので口は出せない。寧ろ、コレの打ち上げに際して俺から文句言える事は殆どない。
そんな話を聞きつつ管制室を後にして試作機を見たり内部を案内してもらったり、会う人会う人から握手やらサインをねだられたり、米国助けてくれてありがとうとお礼を言われたりとして過ごし到頭打ち上げの日を迎えた。だだっ広いとは言わないが狭くもない試作機に乗り込むのは藤とその嫁達に斎藤と山口の代わりに米国研究者チーム数名。代わりと言うか斎藤的にはデータ管理を任せたかったらしいのだが、見てたら本人も行きたいとマシンガントークで掃射したからなぁ・・・。
本来なら斎藤は責任者なので地上で経過観察を行うべきなのだろうが、当初から斎藤は行くと言う話だったし、地上は山口と神志那に任せる予定だった。いや、事実を言うとじゃんけんで決めた。なにせ3人とも行くと言って譲らず神志那に至ってはバワードスーツとフライボードで帰ってくるとまで言ってのけた。しかし、流石に埒が明かないのでじゃんけんで決めさせ勝者斎藤が宇宙送りとなった。
そんな打ち上げ日の当日は12月だが無風で晴天。俺は視察して帰るつもりだったが、なにやら外堀を埋められて来賓者となっている・・・。おかしい、確かに見せたい所や説明したい箇所が多いからと連れ回されて夜は夜で美味しい黒豚料理やら地酒をたらふく食べさせてもらったが、とうしてこうなった?
いや・・・、到着した時に既に浮遊してたからもうすぐ飛ぶのかな?とは思っていたけどそんな数日で飛ばすとは・・・。まぁ、そのうち乗れと言われるから見る分には良いのだが、離陸の瞬間と言うか浮上して行く姿を記事にしようと許可された報道関係者が多数来ている。まぁ、平たく言えば日米の有名どころは全部かな?
たちが悪いと言えば情報封鎖具合も固く、打ち上げ発表は前日の23時の首相の緊急記者会見。驚く事にそこの時点まで信憑性のない噂は有れど本筋と思える話はなかったか。多分、紙媒体でやり取りして情報流出をなくしたのだろう。




