50話 愛の盾 挿絵あり
死んだ・・・?分からねぇ、声は聞こえねぇ、動かねぇ・・・。一歩踏み・・・。
「赤峰さん、何してるんですか?」
上がる足が声で押し止められる。恐ろしい程に平坦な声は、しかし知った人物の声。頭に冷水をぶっ掛けられた様な台詞は、否が応にも俺を現実に引き戻す。仲間の声が遠い、悲鳴が聞こえる。そんな中、コイツは無傷で突っ立ってる。安全装置・・・、だよな?俺はミスをした、一番したくないミスをこの場でした!
「み、みや、宮藤!い、井口が!ビームが!」
煙が出てる、身体じゃない所から、頭のあたりだよな・・・。直撃・・・、なのか?声は上げた、井口は返事しねぇ。やっぱり死んだ・・・、のか?考えがまとまらねぇ、守れなかった?好いた女を、負かされた女を守れなかった?宮藤の周りには火の兵士はいねぇ。ビームは早ぇし、俺が取れると思ったなら何もしなかった?見た時には終わってた。宮藤の影になって、井口の全身は見えねぇ。でも、コイツは回復薬を掛ける仕草さえしない。無駄だから・・・、なのか?
「そうですね、それで亡骸にすがるんですか?」
コイツは亡骸と言った・・・、なら、そういう事なのか?俺はまだ答えも言ってねぇ。警戒の夜。コイツは不器用に言った。静かなゲートでは、話し声も響く。だから、井口は変な頭文字で話して、言いやがった。『好きだよ、貴方は?』と。分かりずれぇ・・・。分かりずれぇけど、俺はそこで井口に負かされて、守ってやるって言ったんだ・・・。ハニトラだとか、所属とか、背景なんて関係ない!俺は守るといったんだ!なのに宮藤は!
「っ!テメェ!」
井口を亡骸と呼んだ宮藤が憎い。コイツを殴り倒して、井口の所に行きたい。死に顔は奇麗なのだろうか?あいつの笑顔は綺麗だった。いや、顔が無くなってもアイツはきっと綺麗だ。止まった足を踏み出そう。俺は井口の事を!まだ何も伝えてねぇんだよ!言わなきゃいけねぇ事があるんだよ!恥も外聞も捨てて叫びてぇんだよ!
「間違えんなよ、お前の成すべき事は何だ?」
「俺の成すべき事・・・?」
踏み出す足は、また止められた。成すべき事・・・?守れなかった事を叫ぶ事?違う、叫んでも死んだら戻ってこねぇ。開いた手じゃ、アイツは守れなかった、握った拳では、アイツの想いを受け止められなかった。俺は、自分の弱さを知っている。頭はよかねぇ、女にコクる勇気もねぇ、好いた女を逝かせて、守る力もねぇ。
なーんもねぇ弱い俺に出来る事は、多分、拳を握って歩くことしかできねぇ。井口がどんなに姿になってるかは分からねぇが、俺は不器用で背中を見せるしかできねぇわ。自分の額に拳を打ち込む。喝が入る。拳を伝った涙は、恥じ入るモノじゃねぇ。
どおしようもなく叫びてぇんだよ!だから、叫ぶ!
「裕子ぉ!!俺はお前が好きだ!!それ以上の言葉はねぇ!!・・・、うっし、逝ってくるわ。手出しすんじゃねーぞ!」
「ええ、露払いはもう済ましてますから。」
宮藤が血まみれの手で指差す。そうか、コイツも悔しいのか・・・。井口を撃ったヤツ以外は、全てクリスタルになってやがる。宮藤のヤツ、味な真似を。緑色の気持ち悪ぃモンスターは、観察するみてぇに俺を見ている。一瞬、左肩が光った。お得意のビームは曲がる、それは見た。
届かねぇなら、届くように動けばいい。逸らす目なんか今の俺にはねぇ。ビームは曲がった、なら踏み込めばいい。伸ばした手から曲がるビームを、通過するより早く踏み込み、無理やり掴む。出来なかった事、今出来た事。こぼれ落ちた者、取りこぼした思い。・・・、忘れねぇ。不器用な哀を叫ぶ愛の歌。忘れねぇよ・・・。
井口、死んでも見てろよ。俺の背中はお前に預けたし、お前を預かってんだ。冷たくなっても背負ってやるよ・・・。たどり着けないなら、たどり着かせてやるよ、一緒に想いだけでも歩いてくれや。
「テメェは俺の女に手ぇあげた。ちょっと死ねや。」
雑魚の三つ目の出す光が一瞬走ったが、関係ねぇ。左からのフック、ブロックされる、右手での右からのボディーブロー、受け止められる。素早く左に回ってからの下段足払い。身軽に跳ねやがるが、浮いた腹に左アッパーでまず一撃・・・、これを止めるか。握りつぶそうと、受け止めたモンスターの右手に力が入る、だが、お前は浮いている。
「格闘家ってぇのはなぁ!地面と友達なんだよ!」
アッパーで身体が開いて死んでいる?なら、無理やり活かしてやればいい。右膝を突くようにして身体を落としながら、掴まれた左の拳を地面に振り下ろす!
「まずは一撃!」
地面に亀裂が入りクレーターができるが、コイツはそんなに柔じゃねえ。当たる/当てる、砕く/振り抜く、有効打/必殺、全て殺す為の一撃は、しかし綺麗に捌きやがる、三つ目の赤い光は確かスキャンだったか?身体を解析したのか?あぁ、うん、関係ねぇ。
俺は俺の戦いをするまでだ。ゾワリとしてモンスターから飛び退く、曲がるビームとケツの触手が俺に殺到するが、それもどこかで見て、捌き方も考えた。要はあれだ、量が有るなら束ねて投げればいい。悪ぃが、後ろへは行かせれねぇ。
俺には守りたいものが出来ちまったからよ。両の手でまとめて、背負投げ。地面に更に叩き付けて、そのまま遠心力で踵おと・・・、ちっ!当たるイメージが浮かばねぇ!案の定、そいつはヒラリと着地した。だが、背中がガラ空きだ。あるか分からん背骨に!
「っあ!くそが!なんでモンスターは、どいつもコイツも触手にビームのオンパレードかねぇ!」
ケツの触手が一気に広がり、左肩のビームは砲門もねぇのに真後ろに撃ってきやがる!とっさに右に飛んで避けたが、左の太ももと左肩は触手で貫かれた。数は多いが細い穴だ。まだ動ける!滴る血は無視だ。着地した右足に力を込め、上半身を回転させての左の踵で首を狙うが、ははっ、マジかよ!
コイツ明らかに左の腕に右手を添えて防御しやがった!今までモンスターは数多く倒したが、防御姿勢は疎かダメージなんてものを気にしたやつはいなかった。だが、コイツは違う。明らかに身体を使って防御しやがった!受けられた足を素早く下ろし、後ろに飛ぶ。ビームは掴める、仕切り直そう。
「進化ってやつか?」
構えて問うが返答はない。コイツ等が喋った記憶なんてねぇ。だから殴れる、無慈悲に。だから否定出来る、対話など不要だ。だから、共感など無い、慈悲なく、ただただ否定する敵なんだ。仕切り直して、上がった息は意識して息吹を行って鎮める。無意識の呼吸を意識する。身体の一つ一つを理解する。俺の身体は俺の物だ、だから殴れば砕き、蹴れば刈り、投げれば叩き付けられる。
そこにモンスターを倒すイメージを結んでいく。多分、アイツは俺から動きを習った。型もなく、ただただ知った動きだろうが、それを使った。なら、ここからコイツは逃さねぇ。俺の女を傷つけて、人の技を真似る様な奴はここで叩き潰す!
走り出す/ 先行はモンスターのビーム / 掴む / 無数の触手 / ビームを投げ付け一部を無効化 / 致命傷以外は無視して払う / 相対 / 左の拳 / ブロックされる / そのまま左右でワンツーからの膝蹴り / 膝は有効打 / モンスターからの大振りな右フック / 掴んで背負投げ、そのまま回転して踵落とし / モンスターが足を掴もうと手を伸ばす / そのまま落として、モンスターの指が刺さるが顔面へ一撃 。
まだまだ!ただの人なら出来ないだろうが、俺には出来る!クレーターを作るほどの一撃、反動でバク宙 / モンスターの触手とビーム / 見飽きた!不規則軌道はおめぇより、あの人の方が上だ。ビームは殴り飛ばす!曲がろうが関係ねぇ。仲間のいない所なら問題ねぇ。触手は広がるが、根っこは一緒。掴んで力強く引き寄せて、レバー、も一つ!
「かはっ!かりいなぁ!」
2発目のボディーの前に、振り返りざまのフック。歯が何本か砕けた。顎もヤバいかもしれん。毒霧感覚でモンスターに吹き付ける。OK、止まったな?理解出来ずに、興味を持って、止まったな?聞いた話じゃコイツ等は俺達に興味津々らしい。なら、訳の分からん事されれば、興味わくよな?それは目潰し、ダメージなんてありゃしねえ。でも、逆に不思議だろ?なんでこんな無意味な事をするのかって?
「俺は弱えからよぉ!守る為なら何だってやってやんだよ!スポーツマンシップとかクソ喰らえ!勝てば官軍、事も無し!裕子ぉ!見てろよぉぉぉ!!外野は引っ込んでろ!薬だすな!」
叫びながら殴る!蹴る!一撃に必殺を!一撃に哀しみを!一撃に愛を!溢れる想いをどれだけ乗せても、コイツが憎くてたまらない!殴り始めれば、モンスターも殴り返す。肋骨何本か逝った、まだ動ける、まだ殴れる!顔面に貰った、空いた口を閉じて、自分では歯を噛み砕くほど力を入れてさらに殴る!引かねぇ、絶対に引かねぇ!足りねぇなら振り絞る!打撃に力が足りねぇなら、腕も指もくれてやる!だから死ね!
「やっとちったぁあ!伊達男になったじゃねぇかよ!」
モンスターもひしゃげ出したが、千日手の様に俺が殴ればモンスターが似た軌道で殴り、受けて捌けば、それも学習してものにして行く。足りねぇ、足りねぇ、足りねぇんだよ!俺は守りたいものがあんだよ!寄越せよ!歩む道は決まったんだ!
「俺は愛する者を守りたい!寄越せよ!!!」
叫んで打ち出した拳に衝撃が走り、モンスターが後ずさる。身体が軽い。血を流し過ぎてフラフラしているせいか、妙に身体が軽い。モンスターはスローモーションみてーに見えるが、俺は動ける。アスリートの言うゾーンとか言うやつか?だが、あれは、遅く見えても動けなかっ・・・、いや、それはいい。動けるなら殴れる!蹴れる!投げ飛ばせる!さっきの感覚を思い出せ!
後ずさったモンスターに突っ込み、やつの拳を左手で掴み右足裏で膝を踏み抜く。驚くほど簡単に膝がくの字に曲がり、引き寄せられたモンスターはバランスを崩す。頭が下がったなら、右手で頭を掴んで、そのまま踏み抜いた勢いを乗せて右手で膝に叩き付ける!膝に当たる瞬間、両手を離せば、インパクトでモンスターがのけぞり、ヒビだらけの頭からギチギチと音がするが、そんなもんは後だ。モンスターを打ち付けた膝は痛かねぇ、恐ろしい程に身体が動く。
がら空きの腹へ正拳下突き、衝撃がつきぬけて身体が折れて下がった頭を、鉄鎚打ちを振り下ろす。地面にクレーターを作って、沈むモンスターの胸を大きく足を振り上げて、踵落としで踏み抜く!消えるモンスターの後にはクリスタルが残る・・・。終わったのか・・・。モンスターは倒した、証拠にデカいクリスタルがある。最後に見た時、仲間はボロボロだったが死んではいなかった、ただ一人、俺の想い人以外は・・・。
勝った嬉しさより、悲しみが勝り涙が出やがる。恥も何も無い。ただ・・・、つれぇんだ。声が聞けないのが・・・。ただ、悲しいんだ・・・、もう、あの声で呼んで貰えねぇんが。ただ・・・、寂しいんだ一緒に歩けたかもしれない日々を1人で歩くんが。
「裕子ぉ、愛してるって答える前に勝手に逝くなよぉぉぉぉ!!!!!」
お前の分も俺が戦って誰かを守るからな。こんなに悲しい思いはもう、誰にもさせねぇ。身体が動くなら、拳が振るえるなら。俺は決めた道を歩いて、いつかお前の所まで胸を張って歩いていくからな!だから、今は泣かせてくれ。今だけは、悲しみの涙を吐き出させてくれ。俺が負けを心から思うのはお前だけだ。だから、お前を想って今だけは・・・。
「大ちゃん!勝手に殺すな!」
「ははっ・・・、幻聴でも怒ってらぁ。分かってるよ裕子・・・。誰も勝手に殺させねぇ・・・。モンスターなんて俺がまとめてクリスタルに返してやらぁ・・・。」
「いや、1人で盛り上がって殺すなって言ってんの!」
「おう、俺は弱えぇ。仲間もいる。心配してくれてありがとよ、やっぱり優しいなぁ・・・。」
(宮藤さん。あれは、手厳し過ぎたのでは?)
(いえいえ、生きてるんでヌルいですよ?)
(あー、そうですか。火兵さん親指立てない。)
宮藤と兵藤がヒソヒソ話してやがる。そうか、幻聴なら俺しか聞こえねぇもんな。なら、これは独り言か。だいぶモンスターにやられて、身体のあちこちが軋んでやがる。血も流しすぎた。死ぬ気はねぇが、ヤバいかもしれん。
「コンのぉクソゴリラ!」
「うおっ!」
背後から肩を引っ張られてバランスを崩す、振り返れば両手で頭を捕まれ、そのまま唇に柔らかいモノが押し付けられる。何が起こってんだ?目の前いっぱいに見覚えのある顔が見える。何だ?なんだ?何が起こってやがる?押し付けられた柔らかいモノから水気を含んだ・・・、舌が伸ばされる。現実・・・、だよな?恐る恐る口を開けば、舌が絡まる。生きてる?生きてた?井口が?
「お熱い所すいませんが、そろそろ赤峰さんヤバいですよ?はぁ、適当に回復薬投げときます。」
宮藤の声で唇が離れる。名残惜しい気もするが、なんでコイツは顔を背けて手で隠してやがる?何かあった?怪我?やべぇ?大丈夫なのか?痛いのか?
「裕子、こっち向け!大丈夫か痛いのか!」
「まって!今は駄目!みるな!」
振り向かせて手をどけた井口の顔は、左目の周りに大きなパンダの様なドス黒いアザがある。これはビームの直撃痕?焦げてはないよな?崩れ落ちたりしないよな?
「ゆ、裕子!く、薬!回復薬飲め、大丈夫か?死なないか!?」
「大ちゃん見るな!大丈夫だから見るな!」
「で、でもよぉ、そのアザはビームの直撃痕だろ?」
「そう。額に無理言って刻印してもらって、更に宮藤さんの兵士さんが盾になってくれて助かりました!」
「そうか・・・、良かった!本っ当に良かった!」
井口を抱きしめる。確かな暖かさがある。こぼれ落ちたと思った者はギリギリで落ちずに済んだ。なら、俺は彼女を守る。その信念は変わらねぇ、変えさせねぇ、それ以外には必要ねぇ!
「そんな顔隠すなよ、よく見せてくれよ。嬉しいんだから。」
「う〜・・・、好きな人の前では・・・、綺麗でいたいじゃない!次、どっか行ったら奢ってよね?」
「おう!祝いだ!出来る範囲で贅沢させてやる。」
「おおっ!太っ腹!・・・、それで至ったの?」
至ったの?至った・・・?身体は軽い。今なら何日でも走れて、フルマラソンを日に4回は走っても余裕な気がするが。そう言えば、今まで至ったのは魔法職ばかりで、近接職は知らねぇなぁ?自身の職を調べてみる・・・。いつの間にか、第2職が決まってる?えっ?なんで?
「どうなの?」
「・・・、ビックリするけどよぉ、至ってる。格闘家から体術師、第2職は盾師だ。これは最初に無かったから新しいやつだな。」
「・・・、何で盾師?大ちゃんに一番遠いような・・・。」
なんで盾師か・・・、そりゃあまぁ、あれだよな。
「愛だよ、愛。俺はお前を守る為に至った。裕子、俺は不器用で、デリカシーなくて、荒っぽい。だから言う。結婚してくれ。」
辺りの面子はポカンとしてるが、かんけぇねぇ。これは俺と井口の問題だ。クロエさんも言っていた、出来るとイメージしたから出来ると。俺は今、ここで告白するイメージしかねぇ。女は待たせるもんじゃない、男が待つもんだ。井口も目を丸くしてるが、あの時は急かされた。なら、1回くれぇいいだろう。
「裕子ぉ!返事は!」
「えっ、あっ、はい!?」
兵藤の奴が目を丸くして、口を開けてやがる。とりあえず、笑って返すか。ニィっと口角を上げると、兵藤が膝から崩れた。まぁ、お前も頑張れよ。
「うっし、なら帰るか。裕子、足元は大丈夫か?アザが嫌なら薬飲むか?何なら取ってきてやるよ。一応、手持ちも試すか?」
「はい?ありがとうございます?」
「おう!」
井口に薬を渡して、手を繋いでみんなで歩きだす。俺が至ったのか・・・。がむしゃらで、知らん間になったが、多分、殴って衝撃が出た時に、殴りながら選んじまったんだろう。選ぶ楽しみ云々はいいとして、盾師か。堅牢、カバーリング、衝撃。なるほど、俺には中々ご機嫌な職だ。
「裕子、休暇で行く所一緒に決めよーな。」
クロエさんは結婚してて幸せそうだ。なら、俺もそうなれるかねぇ?まぁ、先ずはデートだ。夢は膨らむ。
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兵藤、赤峰チーム20階層到達
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ヒュ〜〜〜〜・・・パンっ!
「ん?花火が上がった?」
ゲートの上空。飛行型モンスターを、手慰みに1人で引き受けてる訳だが、緊急用の花火が上がった。方向は卓チーム。しかし、煙を撒いて索敵も軽くしているが特に引っかかるようなモンスターはいない。まぁ、引っかかるレベルは中層クラスのものだが・・・。
しかし、卓チームか。中位の卓を主軸に夏目や加納、他それなりにバランス良くまとまったチームだと思ったが、なにか不測の事態があったのだろうか?緊急信号なのだ急ごう。
「卓!落ち着けやりすぎだ!」
「分かってるんです!分かってるんですけど、動かずにはいられないんです!」
空から見ると卓と夏目が何やら言い合っている。花火を上げたのは加納か。辺りにはクリスタルしかないし、モンスターも煙に掛からない。安全だとは思うが、もしかしたら致命傷を誰かもらった?う〜む、浅いとはいえ15階層を越えて小骨が多い。訓練である為積極的にモンスターと戦っているのが裏目に出た?そうなると、一度今回の20階層アタックを中止して選抜を増やす?
「何がありましたか?致命傷患者なら即刻ゲート脱出アイテムを使って貰います。」
「いや、そうではないんですけど・・・。」
言い合っている夏目と卓を横に、加納が話しかけてくる。花火を使ったのは彼女だ。手に花火を持っている。他のメンバーは休憩なのか、遠巻きに俺達を見ている。しかし、負傷者じゃない。モンスターでもない。なら、何が起こった?
「先ずは説明を、何がありましたか?」
「えっとですね・・・、誠に遺憾ながら・・・、訓練になりませんです、はい・・・。」
「は・・・?いやいや、20階層を目指してるんですよ?浅いですがはっきり言えば、秋葉原よりヤバい所に向かってるんですよ?それが、訓練にならない?」
訳がわからないよ・・・。小骨といえば宮藤が腕を取られ、赤峰が指を潰されたような奴ら。今なら楽勝とまでは言わなくとも、対応自体はそれほど難しくはない。それが20階層の退出ゲート付近のモンスターと言うならまた毛色は違うが、ここはまだ17階層。ボチボチ強くなるかなーっと言う所だ。それが訓練にならないとは中位が増えたか、なにか別の要因か。
「誰か至りました?それとも・・・?」
「えっとですね・・・、卓さんが強すぎるのが原因です。はい。」
「・・・、うちの若いのがすいません。ちゃんと言って聞かせます。」
あやつ、娯楽じゃなくて快楽に走りおったな?一応、中位に至った人には娯楽はいいが、快楽はダメと言ってある。娯楽は慰めで、快楽は欲望。詰まる所、快楽は終わりがないのだ。慰めはあくまでまぎらわせる行為なので、すぐに戻ってこれる。だけど、卓の奴気が大きくなって、ヒーロー志望なもんだから頼りにされて、更に調子に乗ったのかな?
会社の新人でもある、慣れた頃が一番危ないと。卓はまさにその状態。最初に至った自負に、若くしてリーダーを任せられる事による自信。確かに頭もいいし、判断力もあるが。任せすぎたようだ。彼には社会経験が無いのだから、あるあるのミスだな。
「卓君、少しいいかい?」
「あぁ、クロエさん。どうしました?今の所負傷者もモンスターへの対応も問題ありませんが?」
「それはいいことだね。それで、誰がどの程度モンスターを倒したんだい?スクリプターの伊藤さん答えて?」
俺が来た事で集まったメンバーの伊藤に声を掛ける。スクリプターなら、記憶はお手の物。見えない所で倒したモノは仕方ない。それでも、ある程度は把握出来ているだろう。
「卓君が200体オーバー、後は100行くか行かないかですね。」
そのことに卓が渋い顔をする。まるで、悪いテストが見つかった子供のようだ。
今回の本編はここまでです。
気が付いたら本編50話、これも読んでくださる皆様のおかげです。僭越ながら、記念イラストを挙げさせて頂きます。




