527話 抱っこ 挿絵あり
「出産場所は福岡の自衛隊病院か。出身考えると妥当だな。」
旧姓井口は元々自衛隊組で講習会で赤峰と出会い結婚した。その事で大井と黒岩が仲良く喧嘩していたが、パイの取り合いとしてはまぁ・・・、あの時点では中位=組織戦力と言う見方も強かったし、何事も手探りだったので海外とやり合う想定や国内スィーパーの暴徒化なんて話も会った。
なので海外への防波堤である自衛隊と国内治安維持組織である警察とではどうしても考える先が違うので仕方なかったが、ギルドが設立されて中間組織と言う事で何の問題もなく円満解決となった。まぁ、それでも同郷のよしみならぬ同組織のよしみと言う物もあるようだ。
俺の場合元々が一般人、元自衛官だとしても既に組織とは縁を切って久しいし、何より姿が変わって過去も改ざんされているので自衛隊に属していたと言うのも抹消されているかも。まぁ、同性同名の誰かさんとして残っている可能性もあるが・・・。
自分の事だが過去が脚本家やら政府やらから改ざんされまくっているので、自分が話すことが真実としつつ書類上は全く違う事もある。まぁ、普通に生活する分には困る事はないし必要な資格はあるから大丈夫かな？
「産まれたら集まろうって話してましたけど到頭ですね〜、名前とかもう決めてたんでしたよね？」
「男の子なら義治で女の子なら貴子だったよ。一時期はキラキラネームなんかも飛び出してたけどね。グローバル化を目指してアレキサンドリアとか。」
「あ〜、グローバル化と言えばクロエはマストになりましたね。」
「やめて・・・、人気名前ランキングでクロエはぶっちぎりで1位になってんだから・・・。」
本来クロエとは俺の場合苗字である。しかし、海外では名前として使われるし日本でも名前として使われてもそこまで違和感はないし、男女どちらにも付けやすい。そうなって来るとクロエと付ける人が増えるんだよ・・・。
「悪い名前じゃないですよ？エマが名前の意味を話した時にいい名前だなって思いましたし。」
「いい名前だし、古くからある名前だから不自然さはないんだけどなんと言うか・・・、苗字含めて名前被りって服が被ったみたいでなんか居心地悪くない？特に同じ名前で自分よりも相手が出来る人だった時とかさ・・・。」
司と言う名前は珍しくもないし、これまた男女共に付けられる。学生の時に黒江と言う苗字は被らなかったが司と言う名前は数人被った。そしてその中で1人が生徒会長に選ばれたもんだから何となく居心地が悪かった。
まぁ、そこまで親しい間柄ではなかったのですぐに楽になったと言えばそれまでなのだが、これから先出会う人の名がクロエとなる人が多くなると思うと、自分を律して模範となるべきを示すべきと身も引き締まる。なにせどう考えてもその名は誰を目指して付けたか丸分かりなのだから・・・。いや、多少自意識過剰か？
そんな話をして数日後、俺と望田はお祝いの為に福岡に来ている。大分から高速で約2時間〜2時間半、個人技能による移動だと最短で秒。まぁ、最短移動をやりすぎると経済的損失が大きくなりすぎる上に、飛行機を轢き逃げする人も出てくるので余程の緊急事態でもない限り認めている国は少ない。そこ、トイレが間に合わないのは余程に該当しないので諦めろ。
「お久しぶりです赤峰さん。」
「裕子さんはどんな感じですか？もう面会出来ます？」
「お久しぶりですだねぇお二人さん。産んだその日からピンピンして御乳あげながら筋トレしてっよ。母子共に健康、まぁ色々と検査はされてっけど今の所、特別おかしな所はない常人だねぇ。顔見るかい？」
赤峰に連れられて病院内を歩いて向かった先は病室出はなく新生児室。ガラスの向こうにはスヤスヤと眠る赤子がおりネームプレートには『赤峰 義治』と書かれている。注目が集まりニュースにもなったので医師が多くいるかとも思ったが特段そんな様子はない。
「ちっちゃいですね〜。おっ！目を開けた。って、クロエはなんでまたそんなにガラスにベッタリ顔をくっつけてるんですか？」
「抱っこししたい。頬ずりしながらずっと抱っこしてたい。」
「それは・・・、クロエさんなりの追想かい？主に身体的な。」
「どうでしょうね？自身の子を抱く喜びは永遠に失われましたが、それとは別に喜ばしいと思う気持ちはあります。自分の娘や息子を抱っこしたのも遠い昔で、近くに赤ん坊もいませんからね。」
会えなくなった友人達は未婚だったし、ギルドの託児所に流石に新生児は連れてこないし、預けられる子供は満3歳くらいから。別に抱っこして悪い訳では無いが男の子はよく胸を揉むし女の子は髪に顔を埋めるので大人しく抱っこされる事はない。まぁ、その程度で子供に怒るほど短気でもないので託児所に顔を出すと、浮かせてくれとおねだりされたりおままごとに誘われたり、背中に張り付かれたりと色々される。
「クロエが子供産むとなると相当荒れますからね・・・。しかし大人しい子ですねなんかずっとこっち見てますし。」
「あのコ的にはまだ何も見えてないけどね。目が慣れるまでにはもう少しかかるかな？先に発達するのは聴覚だよ。多分、赤峰パパの声に反応したんじゃない？」
口をモゴモゴ動かしながら薄目を開けたりしているが、特に泣く事もなく大人しい。しかし、元気で良かった。流石に回復薬もある中で危機的な出産と言うのは考えづらいが、それでも何が起こるかはその時その場にならないと分からない事もある。
「は～い、よっちゃん御乳の時間ですよ〜。」
そんな事を考えていると裕子が横の部屋から現れて赤子を抱っこする。俺達の方を見てて手を振りながら授乳室へ消えていく。まぁ、ここはガラス張りだし昔なら出産後は1週間程度新生児室で赤ん坊は過ごし、母親の方は病室でぼちぼち身体を回復させながら新生児室と病室を行き来するのがセオリーだったが、今だと赤ん坊は新生児室にいるが母体は回復薬ですぐに元気になるので、病室でゆっくり過ごす人もいれば本格的な子育て開始前の最後の自由時間と位置付けて気ままに過ごす人もいる様だ。
「裕子にも会っていくかい？この後は病室に戻る予定だっけだよぉ。」
「そうですね、お邪魔じゃなければ会っていきましょうか？出産祝とかもありますし。」
「そうだね。流石にここで渡したら少ないとは言え人目につくしお邪魔させてもらおうか。部屋は個室ですか？」
「おう、自衛隊完全バックアップで超豪華で悠々自適な部屋だ。」
そう長くもない廊下を歩くが超豪華とは？まぁ、スィーパー同士の子供自体はそこまで珍しいものではないが、中位同士で更に言えば潤沢な回復薬を使用し、最適化後に産まれた子供と言うのは前例がない。しかし、個人的な予想としては子供自体に特別な事はなく、あるとすれば職に就く時に適性部分で現れるとか？
適性とはあくまで本人の生き方や目指す所になるので、それの手本を親とするならあの子は格闘家や槍師が出て来やすいのかもしれないし、反骨心を持つなら魔術師なんかに就くかもしれない。要すれば本人と親次第。なんにせよなんでも体験させてみる、勉強させてみる、やらせてみると言う過保護とは真反対の方がいいのかもしれないな。
そんな事を考えながら通された部屋は広々とした個室で、テレビやシャワー等々も充実している。大元はただの部屋だが、他国からも人が来ると言う事で気合を入れたのか壁紙なんかは新しくされた様だ。チラリと見えた洗面所にはアメニティと言うか、使ってくれと言わんばかりに櫛やらシャンプーも置いてあった。
「さてと、出産祝いですが色々考えてこれにしました。」
「私は出産経験ないですけど莉菜さんのアシストは助かりましたね。」
「確かにね。やはり経験者の意見は偉大だった。」
色々と考えたがやはり消耗品系で育っても使える物がいいと妻に言われ、メインはノンアルコールのお尻ふきを筆頭に哺乳瓶の洗浄剤何かの詰め合わせ。最後は望田と合作で作ったCDとプレイヤーとなる。いや、これは中々恥ずかしいのだがカラオケに行った時に歌唱力を知られたので、その流れで望田が演奏して俺が童謡なんかを歌った物を録音したもの。
魔女的にはオペラとかがいいらしいが、子供にオペラって早すぎない？チョイスは魔女がしたが中身は童謡なので間違いはないと思う。まぁ『ここで半音上げる！』等の指示はかなりされたが・・・。
「ほう！歌はうれしいねぇ！俺はがさつだからよぉ、子守唄歌ってもアイツは顔をしかめる。」
「そう見えるだけですよ。親の声と言うものは赤子からすれば1番の安らぎです。話しかける事が大切ですからね。」
「そんなもんかい。流石に親父初心者にゃ分からん事だらけだ。お袋にも久々にどやされた。『赤ちゃん抱っこするならもっと優しく！』ってな。このCDかけてみても？」
「どうぞどうぞ。」
プレイヤーにセットされて流れるのはよくある童謡。楽しげな物や季節感のあるモノ等、特にトラックを気にする事もなく歌ったがそこそこ季節感はあるかな？
「お久しぶりですねぇ〜。」
「お久しぶりです。おっ！主役のお出ましですね。いや〜、ちっちゃくて安心した寝息がカワイイ！」
「おねむなら・・・、あら、起きちゃった？」
「さっきまで御乳一杯飲んでゲップしたからおねむかもですけど・・・、抱っこします？」
裕子がそう言うので望田が先におっかなびっくり抱っこさせてもらい次に俺の番。うちのコは全く髪が生えていなかったがこの子はフサフサに生え揃い俺の腕の中で口を開けながら静かにしている。
「頑張るから・・・、少しでも良くなる様に。何がどう良くなるかは分からないけど、出来る限りやれる事はやるよ。私のバトンは渡せないけど、それでもお父さんとお母さんは君を愛して君をみていてくれる。」
