507話 踊る会議
扉が開きフェリエットとフィンが入室してくる。2人はSPに囲まれているが堂々と歩き指定の場所まで進み書類の前に立つ。古いやり方だが調印式スタイルだな。電子データはイジれた。碑石を作る事も出来るがそれは崩れたらおしまい。何気に木炭や炭で描いた絵や文と言うのは長く残る。それこそ保存状態が良ければ数千年でも数万年でも歴史的に価値あるものとして。
それにここでタブレットに電子署名だと味気ないしねぇ。近未来的でいいのだろうが改ざんが怖い以上、手書きで書いてもらい人々に事実を知らしめるのが1番の証明となる。
「憲章提唱者であるクロエ=ファースト氏は前へ。憲章内容の読み上げと否決を獣人に問うて下さい。」
「はい・・・。」
カランコロンと下駄の音が鳴る。思えば遠くに来たものだ。獣人憲章の話しなんて分かりやすい躾の意味で松田に提案したのがいつの間にか世界規模になり獣人達も受け入れる姿勢を取っている。しかし、これは多分間違いではない。戦争が起こるのもタイミングなら平和を作るのもタイミング。誰が何処で行動を起こすか辞めるかなんて分からない。だが、それでも起こした行動に正当性を求めるのが人間だろう。
「ロシアから・・・、今回の憲章提案は仕組まれたものと考えられる。フェリエット氏はファースト氏の家族とされる猫人であり、英国ではフィン氏と出会ったと聞いている。そんな中で憲章が受諾されたとして、どれほどの国が従う・・・。」
「獣人憲章1つ!『働かざる者食うべからず。』2つ!『ズルすればご飯抜き。』3つ!『仕事は適度にサボって真面目にする事。』最後に『他人に迷惑をかけない。』・・・、ロシアの方、この憲章は人と獣人が織り成すものであり国は関係ない。それとも貴方の国は獣人の扱いとして隷属を求めるのか?」
到着前だが声を張り上げる。従う国・・・、履き違えている。それこそソビエトの時から履き違えている。人があって国があるのであって、国があるから人がいるのではない。この期に及んでバリケードでも張り巡らせて脱走阻止でもするつもりだろうか?
「違う。獣人側が受諾したとして人間側が困るものではないかと聞いている。『適度にサボって真面目にする。』これでは生産性の向上も持続性も低く・・・。」
「貴方達はティーブレイクもタバコ休憩もトイレすらも許さず馬車馬の様に働かせるのか?それは人権無視も甚だしい。彼等は耳の位置が違い尾があるだけの『人』であり隣人です。それにこの憲章を受け入れるか否かは獣人側に権利があり尊厳がある。フェリエット、フィン。両者に問う。獣人で職に就いた者としてこの憲章に異議はあるか?」
「ないなぁ〜。これ以上は窮屈だからさっさと逃げるなぁ〜。」
「異議なし。人と同じ様に働く分には問題ないけど、人以上を求められたら面倒だしなんで俺達だけそんなに働かないといけないんだ?」
「フィンの言う通りだなぁ〜。私達は薬でこんな姿になったけど、それは別にお願いしてなったわけじゃないなぁ〜。出来る事も増えたし頭も良くなったけど、それでも人と同じ様に疲れるなぁ〜。だからと私はこの書類にサインをして憲章を受け入れるなぁ〜。ハロー人類、私達はサボりながら真面目に働くなぁ〜。ご飯よろしくだなぁ〜。」
「フェリエットに同意するよ。ご飯抜きは怖い、味覚も人っぽくなったから今更ドッグフード暮らしは堪える・・・。」
ちゃちゃ入れてきたロシアの言葉を遮って話していたが、フェリエットとフィンはさっさと署名してしまった。2人の意思も憲章に相違なく仕事の代価に飯を寄越せと言うもの。やはりお食い初めでいいものをたらふく食わせろは間違いなかった。早期にガイドラインが出て他の国でもバンバンやってまだ見ぬ味覚に思いを馳せる獣人は少なくない。
だからこそ憲章に飯に関する事項が2つも盛り込まれているし、他人に迷惑をかけるなとも記載されている。互いがこれを守り適性な仕事が出来ているなら問題は発生せず、仮に問題が出るなら獣人は逃げ出すだろう。それこそ、仕事終わりぷらっと飲みに行く感じで他人に迷惑をかけない様にして。明日の仕事?それは明日の仕事であって適性な報酬でないなら契約破棄だろ?
「事務総長!これはまだ議論の余地がある!獣人側の代表は承諾したが人類としてはまだ相互理解が足りない。」
「・・・、ロシアの方。これはファースト氏が言う様に国ではなく人と獣人の関係性に起因する。獣人側が認めた以上、ここで認められた憲章を覆すだけの根拠が必要だ。そして、その根拠はここで示せるものではない。」
中国側の事務総長が援護?いや、ソフィアの件で仲違いでもしてるのか?あの事件の時、ロシアは名こそ出て来たがついぞ姿を見る事はなかった。動かなかったのか動けなかったのかは分からない。しかし、中国側からすれば人員も浪費して汚名も着せられてと踏んだり蹴ったりだし、チーム増田と言うかスパイ達の情報ではガス抜き先も国内になく反日も出来ずに鬱憤は溜まりに溜まっているらしい。
仮にその矛先をロシア側に向けて一時を凌ごうと思ったら?あり得ない話しではない。普通なら絶対に手放さない台湾を断固とした態度を取ったからとチーム日本側に行かせる訳はないし、むしろ台湾を足がかりに日本に擦り寄る方法を模索してるとか?リップサービスにしては過剰だが、過剰過ぎればまた真実から目を逸らす手立てとなる。どちらにせよ憲章の承諾に後押しをしてくれるなら無知なフリしてありがとうですまそう。
政府の方針としても丁寧な無視だと言っているし。たとえこの憲章が歴史の闇に埋もれようとも俺は提唱者として覚えている。それこそ永遠を生きるその長い時間の中で忘れる事なくギルドの長として何度でも提唱者として立つ。獣人達を見守ると言ったのだから。
それにカメラにドローンとそこかしこで撮影されて世界に向けて放送されているこの会議場、今すぐに覆すだけの根拠も材料もなく下手にごね続ければ国から獣人も人も波の様に引いていくだろう。国境無視して逃げられるスィーパーを少し甘く見過ぎだ。どんなに優れた指導者が思想と武力で逃さない様にしたとしても、人は砂粒の様に零れ落ち逃げていく。なにせ思想では腹は膨れない、食うモノがなければ人は生きられない。そして、ゲートに籠もられれば探し出すのは容易ではない。
ゲートは逃げ場ではないが、逃げてはいけない場所でもない。まだ飯がある。まだ自由がある。そして何より他の国の人と話す場がある。『我々はどこでもテロリストを追跡する。空港なら空港で。こう言っちゃ悪いが、便所にいても捕まえて、やつらをぶち殺してやる。それで問題は終わりだ。』しかし、今は捕まえも出来なければ問題も終わらない。小さな声は必ずどうにかして届く。言語として日本語がメジャーとなりほとんどの国で教育されているなら、それは尚更だろう。
「ファースト氏からはなにか?」
「いえ。承諾された獣人憲章は未来永劫記憶に留めるとします。時の流れに時代の移り変わり、人の進化に可能性の獣。なにがどうなり明日には宇宙人が隣に立っているかもしれない世の中ですが、それでもこうして声を聞き話すことは出来る。日本として、獣人の受け入れ態勢はあります。ただ、それだけです。では、サインをお披露目しましょう。」
大多数の要人やカメラとドローンのレンズが見守る中、壇上に上がりフェリエット達と共に獣人憲章が記載され2人のサインを入れた用紙を掲げる。フィンだけノッポのせいでバランスは悪いが、まぁ仕方ない。勝負と言うわけではないが初戦は順調な滑り出し。後はギルド世界化案やら1番荒れるだろう交渉権の話か・・・。
「事務総長として、獣人憲章は受理された。署名された用紙は数カ月展示後に公文書として保管します。フェリエット氏とフィン氏は退出されるのであれば申し出て下さい。そうでなければこのまま会議場に残るようお願いします。」
2人とも面倒だと思ったのかそそくさと帰っていくが、仕事はこなしたので文句はないしこれから先が俺と言うか人類としての本番。他の宇宙人と会うなと言うのは俺のエゴかもしれない。ソーツや魔女達よりも優れた宇宙人がいてより良い結果に繋がるかもしれない。何がどう転ぶかは全く分からないが、ただ1つ言える事がある。それは人類はまだ宇宙言語を理解していないし、対話するだけの器もない。
獣人を受け入れる憲章でさえ人間優位の方法を模索していた。なら、相手の宇宙人が人よりも強大で且つ支配欲が強かったら?人類はソーツにその闘争心で選ばれたが、及第点ではない技術力と闘争心を持った相手と邂逅した場合、どこまでも被害は広がり多分負ける。それこそ対話出来ないのなら白旗は無意味で、最良の結果は奴隷か家畜だろう。それこそ、人が牛馬を食う様に宇宙人が人をバリバリ食ってもおかしくない。だって自分と違うなら食っても心は痛まないし、燃料にされても文句は言えない。いや、その文句を鳴き声と思われるかも・・・。
「ファースト氏、壇上におられるなら先に職の開示と交渉権が譲渡出来ない理由を。開示されなければ交渉権の話しはどの国も出来ない。」
直訳するなら時間をよこせか。俺はスマホを持ち込まなかったが、壇上から見れば外と連絡を取る人は多い。多分ホテルに詰めた有識者やらネゴシエーションに長けた人物に話しを振っているのだろう。確かに後に回して長引かせるよりはここで開示して時間的な余裕を持たせた方がスムーズに話は進むし、混乱の中でギルドの在り方を作る上で優位に進めるかも。まぁ、ギルド世界化案はそこまでの波紋を呼ぶものではなく、割とすんなりいきそうなものではあるのだが・・・。
松田のほうを見るとコクリと頷く姿が見えた。魔法を禁止されている関係上、この身体は普通の少女と変わらない。やはり何らかの通信手段は確保しておくべきだったか・・・。どこかで休憩を挟むならBluetoothイヤホンかなにかを準備しよう。最悪スマホの追加申請してハンズフリーで話してもいいし。
「その要請を了承します。このまま話しても?」
「いや、先に私から。次の議題は日本国政府より発案された特別特定害獣対策本部、通称ギルドを世界各国に置き連携を取ると言う議題だったが、それに先んじてファースト氏より職の開示と交渉権譲渡不可の理由が述べられる。ではどうぞ。」
さて、言葉選びか。どこをぼかしてどこをミスリードさせるのか?当初の案ではダブルExtraが交渉の席に着くと言う話しで日本ではまとめたが今後の先の未来を考えると現れないとも言い切れない。なのでぼかせるならぼかして欲しいと言われている。
う〜ん・・・、不老不死と言うか巻き戻りも開示しても構わない。それは既に大切な妻に教え整理はついている。ただ、それをどう証明するのか?流石にここで巻き戻る様を見せるのはショッキング過ぎるだろう。
ただ、肉壁と言う再生要員もいれば治癒師なんて言う回復要員もいる。古い感覚で言うとどうにも化け物と言うイメージが離れないのだが、身近に横に真っ二つになってもピンピン小田がいたり、不老を飲んで肉さえあれば永遠!なんて言う夏目もいるんだよなぁ・・・。極めつけは不死を飲んだ人とか?とりあえずそいつ死なんのだろ?
「では僭越ながら・・・、交渉内容についての話し合いは後から行うとして、先ずは交渉権をどうして譲渡出来ず、また、私が手放さないのか?そこから話しましょう。日本で行われた本部長選出戦のおり、私はExtra賢者であると職を開示しました。そしてもう1つ私は職を有している。私の第2職、それはExtra魔女。ダブルExtra、それが私が有する職です。」
水を打ったかの様に会場は静まり返り、連絡様に着けているイヤホンから漏れ出る声さえ聞こえるかの様に静かだ。反応はある程度予測していたが、誰か口火を切るかな?
「中国から。ダブルExtraは理解しました。しかし、それでは交渉権譲渡不可の理由として明確性にかける。それに、鑑定師達もファースト氏の職は不明だったとしています。」
「どこで鑑定したのか?或いは鑑定術師が配置されていたのか?そこを問うつもりはありません。ええ、各国の首脳陣が介するこの場に国連側が鑑定術師を配備して情報を盗もうとしたなどとは思っていません。」
来たのは中国か。現状煽るくらいしか出来ないが、遺恨がある以上生な煽りはしてやらん。国連事務総長が中国側の人間で多数の機関に金をばら撒いていたのは周知の事実。ゲートが現れなければそのまま覇権も取れたかもしれない。しかし、ゲートは現れ俺は迷い込みこの場に黒江 司としてではなくクロエ=ファーストとして立った。ならクロエ=ファーストとして、ゲートに最初に迷い込みし者として口を開こう。
「鑑定については当初の持ち物検査時に鑑定したと聞いています。」
「そうですか。はい、そうですかとその弁で納得できますか?まぁいいでしょう。しかし、鑑定師が鑑定出来ない以上、私の職を明確にする手段もない。先に言いますが日本の鑑定術師 橘でも鑑定は不可能でした。」
「事はそれだけではない。貴女が何らかの要因で死亡した際、権利の譲渡先を明確にしておかなければ混乱を生む。その権利は間違っても損失していい権利でもなければ不公平に使用していいものでもない。」
「残念な事に持つ者と持たざる者は常に別れています。それが私の持つ交渉権なのか?それとも一般的な富や名声なのか?或いは家族がいるのか独身なのか?一切偏りのない公平さなどあるわけないでしょう?私は交渉権を手放すつもりはない。そして、私欲で使うつもりもない。だからこそこう言った会議を行っているのでしょう?」
「論点がズレている。私は貴女が死亡した際の話しをしているんです。モンスターとの戦いで最前線にいる貴女のリスク管理をするのは当然だ。」
若干イラッとしたかな?まぁ、公平やら平等を謳う国に対して不公平を突き付けているのだから当然か。論点ずらしには上手く食い付いてくれたがさてどうしようかな?確かに死亡リスクの話しをされるとこちらとしては逃げ場がない。老衰に対して若返りをしこたまのむ、或いは不老を使う。ダメだな。
若返りは実証されたが不老は外見的な現状維持で死は残っている。なら、不死を飲む。やはりダメだ。それも実証されていない。飲んだ人はいるが最終的な不死がどういった形かは分からない。それなら戦わせるなと言いたいが、どうあがいても奥には進まないといけない。
祭壇が奥にある関係上、自身の足で赴く事は絶対条件。誰かが先に行ったと言う事実では足りず、俺がその場にいなければならない。ん?もしかして・・・。
「リスク管理は結構ですが、どこまで進みました?中国にも中位がいると聞いている。それなら祭壇まで確保しましたか?米国スタンピード以後、私もゴタゴタが続いて進めていない。どんなゴタゴタかは察していただけるでしょう?」
「・・・、獣人関連と察しましょう。それよりも死亡リスクの話しです。メディカルチェックも公開されず常にラボで受けられていて我々は・・・、国際社会全体としては本当に異常がないかも分かっていない。」
「私の身体データが欲しいと?残念ですが不可とします。いえ、言い方が悪かったですね。無理だと断言します。それこそ髪の一本、爪の一欠片、唾液さえも他人には渡しません。」
クローン計画はまだ潰れていない?計画そのものは潰す必要性もないと言うか、ブタのクローンなんかを作っていたしそのノウハウを転用すれば多分人も作れる。そこに魂が宿るかは神のみぞ知ると言う話だが、俺は俺の魂の在り処を知っている。この身体から離れられず巻き戻り永遠を歩む者としてここにある。
駄作か傑作か、その作ろうとするクローンがどう言ったモノになるかは分からないが、少なくとも俺ではない。まぁ、作れたら一体くらい貰おうか。魔女にでも渡して解き放てば俺は隠居できるだろうし。
(あら、わざわざ解放のルートを示してくれるの?それならあちらに肩入れしてあげようかしら?)
(やめておけ。鎖で繋がれて今より間違いなく悪い方向に向く。知っているだろう?人の体は脆い。お前が少し力を強く使おうとしただけでヒビが入る程に。)
(いいじゃない。壊しても新しく出来る。服を変える様に靴を履き替える様に化粧を落とす様に。観客でもたまにはポップコーンを投げてもいいじゃない。)
(その投げたポップコーンは誰が拾う?悪いが投げるだけ投げて勝手に帰るのは許さん。観客として、職として見出したなら結末までは見届けろ。それが席についた者の義務だ。)
(駄作なら席を立つのは当然よ?まだ見ぬ新たなモノに没入体験が出来る機能があるなら、多かれ少なかれ惹かれるわねぇ。)
(・・・、それ。面白くないだろ?これが面白くないから不自由を考えて今の形にしたんだろ?今更それを変更するのか?)
(ふふっ。しないわよ。貴女が考えている程システムは簡単にいじれない。でも・・・。いえ、いいわ。)
変な所で言い淀むのも気になるが、青山も気になる。保険として捜索に向かわせたが、保険とは使わないに越したことのないものだ。




