496話 激戦 挿絵あり
「でもまぁ、いるなら斬れば済む話だな。」
「斬る前に気絶するといいなぁ〜。」
さっきとは打って変わって睨み合い。エヴァはジリジリと間合いを詰めるが、フェリエットがそれに気付かないわけが無い。さて、1振りの剣と四肢による攻撃。手数だけならフェリエットが上だが、スィーパーに取って手数の多い相手と戦うのは慣れっこだ。そもそもモンスターには触手がある。
無数にある者もいれば、太いのが数本と言う者もいる。切られた所を卓の様にフェリエットが回復出来るかと聞かれれば多分厳しいかな?致命傷はどうにかなるかもしれないが、外観と言うか目に見える傷は多分残る。なにせフェリエットがシュレディンガーなら、中身の生死は不明でも箱その物は存在しないといけないからな。
先に動いたのはフェリエットだった。本人が考える勝てる最適解。それはつまり、全周囲に魔法を産みそれを自分に収束させる事。箱を作るように上下四方から壁の様に電流の壁がエヴァを巻き込む様に狭まってくる。そして、それをただ見ているだけではない。自身も低く素早く駆け出す。ただでさえ身体の小さいフェリエットがその姿で駆け出せば黒い影が地面を這う様に見える。
ただフェリエットはミスしたな。確かに戦闘で攻めるのは自然な事だが、箱や餌は動かない。そのイメージで戦うなら先手は・・・、指先の1つでも先に動くのは相手でなければ、途端にそこはコロシアムに変わってしまう。残念な事に人とモンスターは違うんだよ。モンスターなら何一つ考えず戦いだせば死ぬまで止まらない。しかし人は思考して道筋を立てる。そして、エヴァが動かないと言う事はまだ何か策があるのだろう。
「ボルテージが上がってきた!フェリエット!ギブアップはナシだからな?」
「うな!?」
それはほぼ見ない構えだった。いや、構えと言っていいのかも分からない。剣を肩越しに構えて上段から打ち下ろす。早い話がそれだけなのだが、肩越しの剣は背中の盾にピタリと押し当てられ、担いだ腕もまた肩にピタリと付いている。明らかにエヴァが持つ剣の間合いの外。フェリエットからすればステップを踏み身体を揺らし、緩急を付けた上でトップスピードで一撃を入れて離脱する。そんなリーチ的な不利を無くすヒットアンドアウェイを夢想していたのだろうが、その想いは素早くバックステップをしながらも前髪と鼻先を斬られた事でかなり厳しくなったな。
「蛇腹剣・・・、或いは連接剣ですか。それも2振り。」
「あの馬鹿調子に乗りおって。」
「いいじゃないですか。好敵手と出会えるのは成長に一役買うといいますよ?」
「その好敵手が好敵手であり続けられればですよ。モンスターに使うならあの剣は非常に有効です。長さも切れ味も、取り扱いもある程度使用者の意にそう。しかしR・U・Rで使えば嫌らしさが増す。」
「まぁ、私は私の弟子に。長官は長官の弟子に賭けたんです。ギャラリーは静かに見守りましょう。」
猫なら届くのだろうが猫人となり鼻先に伸ばす舌は届かず、むず痒そうに鼻先を手の甲で拭う。舞う赤いエフェクトは目にかからないが、猫や犬で鼻先を怪我したら最悪だろうな。
「鼻が割れたな?」
「鼻だから斬られたら痛いなぁ〜。剣が当たって切れるのは当然だなぁ〜。」
「いやいや・・・、掠めても傷一つつかないなら別を考えたけど、ちゃんと切れるなら問題ねぇな!」
2振りの蛇腹剣が振られ蛇の様に動く。徒手であるフェリエットは間合いを詰めようと走り、時に自身に当たる前に礫を出して剣の腹に当て軌道を逸らし一歩踏み込もうとすれば、もう片方の切っ先がその足を狙い済ましたかの様に貫きにかかる。連結と解放の速度は速く、うねる剣の軌道は読みづらい。
単調から緩急、静と動、高速と鈍足。更に剣同士が打ち合えばそこから更に軌道が変わる。それに初手で魔法への対処が可能な事をフェリエットに見せつけた分、剣に当たる魔法が掻き消されている。これはフェリエットのイメージの問題だな。切られても火が2つに割れて存在するとイメージすればいいが、まとめて剣圧で消えてしまったと取っているのだろう。
急襲する様に背後からも魔法は出しているが、その背中には盾がある。剣の合間を通り過ぎ水弾が当たろうともびくともしない。エヴァが追いフェリエットがかわしつつ下がるが、少なかった木々は切り倒され岩も微塵にされた。ただ、フェリエットの目はまだ死んでないな。忙しなく動き軌道を読んでいる。
それは獣ならではの習性。動く獲物を追い仕留めるタイミングを推し量る動き。マニキュアで黒くなった腕は数度打ち合い生身が見えている。しかし、逆を言えば数度分の防御は出来る。剥がされた部分は多いが髪はまだ残っている。そんなフェリエットが後ろに下がりながら両手を組み、人差し指と伸ばしてエヴァに向ける。
「そらそら!魔法はダメ、間合いも詰められない!このままジリジリと削がれるか!」
「なにか勘違いしてるなぁ〜。猫は本能でヘビが嫌いだなぁ〜。それこそキュウリをヘビと間違えて飛び上がるくらい嫌いだなぁ〜。でも、猫人はヘビなんて怖くないなぁ!」
「ほっ!?お前・・・、読んだのか?私も視線を読んだけど。」
「違うなぁ〜。長さと速度と何枚に分かれるかが分かれば計算できるなぁ〜お・・・。」
放たれたのは鉄の礫。数は3だが空気銃の要領で放ったのか普通に飛ばすよりも速く、初弾が左の剣を次弾が右の剣をそして、最後の弾丸がエヴァの頭に到達する寸前で小手に阻まれた。不意打ちと言ってもいい一撃だが剣士なら受けるがあるので、受け止められたのだろう。
「それが読みって言うんだろ!」
「知らんなぁ〜!でも那由多の土人形よりは可動域が狭いなぁ〜!」
「はっ!言ってろ猫娘!」
逃げから一転、計算したと言う言葉は真実なのだろう。動く髪の一部を身体に巻き付け打って出る。分割された剣の腹に手を当てて軌道を逸らし、巻き付こうとする剣を地面からの土塊で遅らせて離脱し、目を眩ます様に雷光を放ち、風を爆発させて更に加速。後5歩。それがフェリエットの手が届く間合い。しかし、その5歩を埋める手立てをフェリエットは持っている。魔法だ。互いに顔を逸らさずいる中、一瞬フェリエットの視線が左に動いた。
そして、エヴァは何かあると思いそちらに視線を送ってしまった。右から来た水弾がエヴァの頭に当たり纏わりつく。このまま窒息と行けば詰みだろうし、運動量からしても息は上がってあるだろう。ただ、護衛を任されると言う人間がこの程度の異常事態で動揺するわけがない。コンマの世界で戻された蛇腹剣は柄が連結され・・・。
「メーネ・・・!」
「双剣、双蛇腹剣、そして双頭剣。アレがあの子の武器です。」
持ち手を両肩に担ぎ案山子の様な姿で一回転。それでも止まらず踊り狂う様に時に連結を解除しながらのたうち回る。さながら大蛇だな。攻防一体と言う言葉があるが、靭やかに回り続け伸び縮みする刃のなんと面倒な事か。流石にフェリエットも避けきれず毛量を増やし凌いだが左腕は諦めたのが肘から下が切り落とされ、武器化した髪も一部が切り落とされた。その痛みからか最後の足掻きかエヴァの顔のに纏わりついた水が弾け頭をシェイクして動きが止まる。
しかしそれも一瞬。両頬の肉は無く歯が見え、鼻も一部欠けている。多分片目はだめだな。赤いエフェクトが血の涙の様に流れているが、残った目だけは見開かれフェリエットを睨見つけながらまた踊りだす。あぁ、フェリエットのジリ貧だな。首を起点に片手でメーネを回した一瞬で回復薬を使い顔の傷を回復してしまった。
対するフェリエットも攻撃を避けながら、残された右手の指輪から回復薬を取り出して使うが腕は生えない。一応、痛みと出血はこれで消せるから出血死はなくなる。ここで更にやる気を出すか怯えるか。フェリエットの取った行動はマニキュアを再度頭から浴びる、だった。
剥がれた武器は修復し、失くした腕は髪で補い金色に輝く瞳はエヴァを獲物として睨みつける。浮いて遠距離攻撃で仕留められるのか?フェリエットでは厳しいな。今はさながら閉じ込めたはずの獲物が中で暴れ狂って餌に食らいつこうとしている所だ。距離を取れば取るほど安全性は増すかもしれないが、逃げたら最後弱さを認めて勝てないとイメージしてしまう。なら、その刃の結界に足を踏み入れるのか?活路とするならそこだろう。まぁ、見出すならだが・・・。
長さは計算できた。分裂する刃の数も分かった。なら、残りはエヴァがどう舞うかだ。しかし、裏を返せばそれが1番の問題でもある。舞踏会で踊る様に規則性はなく、本能の思う様に踊り相方の剣がそれに合わせる。
「・・・、このままで見てたら体力切れとかしないかなぁ〜?」
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「ブッ!」
「クックックッ・・・。サイラス長官唾が飛んで汚いですよ?」
キセルをプカリ。静観を選んだか。攻めるでもなく守るでもなく静観してもう一度初めに帰る。片腕を失くして補ってはいるが、本人としても違和感は拭えないだろうし、自然界なら致命傷でそのまま餓死コース。ある意味片腕取られた時点でフェリエットが負けを認めなかった方が驚きと言えば驚きだな。
「いや、しかしですね・・・。ここまでやって見守ると言うのはいささか・・・。」
「ええ、ギャラリーとしては腐ったトマト投げたり卵を投げたくなる。しかし、実際に戦う者としてはリスク管理が大事でしょう?近付けば切られるけど、相手は激しく動いている。自分は安全圏にいて危険範囲が分かっている。飛んで頭上から釣瓶打ちの様に魔法を落とし続けるだけでもエヴァは嫌がるでしょうし、片腕を失くしたフェリエットとしては接近戦を挑み勝てると思う程思い上がってもいない。それに、獣人は飽きっぽいんですよ?」
「釈然としませんね・・・。この戦い決着はつかないと?」
「う〜ん・・・、フェリエット次第としか。パイがかかっているから勝つ気はあるでしょうけど、負けてもパイが貰えるから諦めてもいい。損得勘定をするならここでギブアップしても損はない。でもエヴァが言ったギブアップなしをフェリエットがどう受け止めたかによりますね。」
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片腕がなくなったなぁ〜。あるけど失くなったって言う不思議な感覚。エヴァは相変わらず踊ってるけどどうしようかなぁ〜?普通の人間なら疲れるけどスィーパーだからどれだけ動くか分からないなぁ〜。でも、負けたら悔しいしパイが減るのも納得出来ない。片腕の分はきっちり請求しないと割に合わないなぁ〜。
でも魔法は斬られたし踏み込んだら私も斬られるし・・・。一か八かって失敗したら死んじゃうなぁ〜・・・。取り敢えずその場から空に飛んで視点を変えて見るのがいいのかなぁ〜?
空から見てもエヴァは相変わらず踊ってるけど、少し動きが遅くなった?私がいない事に気付いたのかなぁ〜?けど、エヴァはどうしても私がいないのに止まらないのかなぁ〜?視認していない?空からの攻撃を恐れている?他の探知方法で私の居場所を確認している?音?気配?熱?う〜ん・・・、分からんなぁ〜。試しに地面をヘコませて足が取れないか思ったけど避けられたなぁ・・・。
「降りてこないのかー?」
止まったから雷を落としたけど切り払われたなぁ〜・・・。剣は分割されたけど、なにか出来る事は無いかなぁ〜。う〜ん・・・、出来るか分からないけど多分クロエならやるなぁ・・・。でも、気付かれたら殺られるなぁ・・・。私は多分、こんなまどろっこしい方法しか出来ないなぁ・・・。
「無数の鉄の礫が降り注ぐなぁー!!」
「?、興醒めさせるなよフェリエット!」
「どんどん砕くといいなぁ〜、私はここから見守っておくなぁ〜。」
エヴァが礫をどんどん双剣で跳ね飛ばす。多くてもダメ、少なくてもダメ。注意を引くだけの量で気付かれない量。跳ね飛ばされて叩き落とされて地面からも礫からも埃が舞う。少しづつ、でも確実に風は足元に滞留させて、埃を浮かび上がらせない。それをしたらバレてしまうなぁ〜。でも悠長にしてる時間もないしなぁ〜・・・。
「あぁ・・・、そうかい。なら、そこで蜂の巣にでもなっとけ。」
「なぁ〜!!!」
マシンガン!?剣士汚い!汚い剣士!ガッツとか言う奴は大砲とか弓を仕込んでたけどエヴァもマシンガンを仕込んでたなぁ!武器は1人1個じゃないけどここでマシンガンは酷いなぁ〜!!
「ほら!上手く飛ばないと・・・、下手だな。」
「私の大切な尻尾が!!!このバカガキ!!もう許さないなぁ〜!!絶対に泣かせるなぁ〜!!」
「いや、ガキって・・・。」
「風の檻・・・、集めて集めてどんどん集めて・・・。」
弾が耳をかすめる、撃たれてちぎれた尻尾が痛む。でも、許さないなぁ〜。元に戻るけど今は許さないなぁ〜!どうにか弾は避けれる。当たれば武器が剥がれ落ちるけどそれでもどうにか致命傷は避けれる。礫はアルミ!砕いてサイズは0.1ミクロン!粉塵爆発限界酸素濃度以上!
「なんだ!」
「粉じん爆発・・・、ヨシ!!!」
エヴァの回りを舞う埃は十分な濃度で十分な量!0.07MPaでは生存が困難なはずだなぁ〜!流石にあのバカも消し飛んだはずだなぁ〜。これで溜飲も下がるなぁ・・・。
「・・・?・・・ゴフッ・・・。バカは風邪を知らないから風引かないけど、あのバカは死んだ事を知らないから死なないの・・・、かなぁ〜・・・。」
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フェリエットの粉塵爆発は成功してエヴァを消し飛ばしたかと思ったが、ギリギリで蛇腹剣を振り回し対流を生んで威力を多少受け流した。でも、空間爆発を全て防ぎ切れるわけもなく残った回復薬を使いギリギリ耐えたがそれまで。両足は変な方向に曲がっているし背中はいいとして腹も顔もエフェクトで真っ赤。それでも動けるのは気合か回復薬の飲み方が上手かったからか。ともかく再度剣は連結されメーネとなり、片方の切っ先を待つ事で最大距離を伸ばしてフェリエットの胸を貫いた。
R・U・Rの画面には滅多に出ないドローの文字が浮かんでいる。フェリエットとしては毎回格上との戦いばかりだが、今回のドローは自信に繋がるといいと思うがどうだろう?辺りで見ていたギャラリーから自然と拍手が起こる。確かに拍手を送るだけの価値ある試合だな。
「賭けはドロー。でもフェリエットは有意義な時間を過ごせたと思います、ありがとうございました。」
「いえいえ。こちらこそありがとうございました。」




