閑話 94 英国魔法省 挿絵あり
「サイラス、サイラス爺さん!早く起きろ!大遅刻になるぞ!」
「うるさいエヴァ、起き抜けは紅茶からと言っとるだろう?ティータイムが取れないならワシは行かん。それと、もう爺さんじゃない。外見だけなら親子だろさ。」
小うるさい弟子がカーテンを開け放ちワシにせっつく。痛く曲がった腰は背筋が伸び痛みも消えた。深く刻まれた顔の皺は巻き戻るかの様になくなり瑞々しい肌と髪が生え、そう遠くないと勝手に思っていた死期は先送りにされ、久々の太陽が降り注ぐならティータイムは欠かせない。
「旦那様、紅茶がご用意できました。」
「おぉ、ありがとうマイロ。やはりお前は気が利くな。それに引き換えエヴァと来たら何時になったらワシの起こし方を覚える?」
犬人のマイロが作る綺麗に茶葉の開いた紅茶はそのかぐわしい香りと、お湯で揺れる葉がまるでフェアリーダンスの様にワシの目を楽しませてくれ、そんな夢のようなティーポットから注がれる紅茶は宝石の琥珀の様に鮮やかで沸き立つ湯気が部屋に広がり、確かにそこに1つの楽園を完成させる。あぁ、こんな日は公園で日向ぼっこでもしたい・・・。
ティーカップを傾け一口含めば舌の上でその甘味が優しい春の様に通り過ぎ、冬の様な渋みがその厳しい姿を見せる。そこでジャムの乗せられたスコーンを一口。紅茶を楽しむ為に水分は少なめだが元々水々しい口をリセットしてくれる。起き抜けの紅茶は何物にも代えがたい。
「いや!呑気にお茶飲んでスコーン食ってる場合じゃないって!今日は朝イチでアカデミーの視察だろ?政府のお偉いさんも来るって言ってたじゃないか!寝坊で遅れたとか言ったら何言われるか・・・。」
「適当に待たせとけ。ワシはそこの学長なんてなりとうない。評価ポイントとして獣人が多いのはいいが他のクソガキ共に何を教えるんじゃ?弟子はお前がおるだろうて。」
「いやいやいやいや!確かに俺は弟子だけど魔術師じゃない。文句があるなら魔法省なんてぶち建てた役人に直接言ってくれよ!」
「何度もゆうた。ワシはワシの魔術を極め今世のマーリンを目指しとる。だから剣士であるお前はアーサー王を目指せ。ワシはもう中位におる。」
「いや・・・、女アーサーってどうよ?」
「日本じゃアーサーは女じゃ。何ならノブナガ オダもモードレッドも女になっとる。性別なんぞ些事じゃよ、些事。」
そう姿も形も性別も年齢もなんもかんも些事じゃ。今年19になるエヴァは女で剣士で孫で弟子じゃがどうでもええ。そもそも息子が仕事にかまけてこの娘の住まいを借り忘れたからウチにおる。通う大学はウチから近いし由緒正しき幽霊屋敷。売れば買い手は多く死ぬならエヴァに譲ろうかと思っておったがそれは先延ばしじゃな。
「マイロ、アーサーって男だよな?」
「さぁ?少年王や騎士王等々呼び名は多く性別も不確定な面が多い。伝説を取るか真実を取るかで変わるでしょうね。エヴァはどちらがよろしいですか?」
「どっちってそりゃぁ・・・、どっちでもいいか。妖精の国とか魔法の国って古臭いと思ってた中で本当に魔法もあったしクー・シーもケット・シーも生まれた。ただ、爺さんがマーリンで私がアーサーならモルガンはファースト?」
「そこまで奢り高ぶれるならアヴァロンにもたどり着けるだろう。よかったのぅ。ファーストは女性が好きならお前でも見向きしてもらえるかもしれんぞ?」
「私はストレートだって!そんなこと悠長に話してる場合じゃない!時間がないんだって爺さん!!」
「お前も人生を楽しめ。老いは早いがその早さを楽しむだけの時間はある。さて、行くかの。」
「やっとかよ・・・。」
指輪や職は便利じゃ。服は歩き出せばすぐに変えられ魔術を使えば身だしなみも整えてくれる。ローブにとんがり帽子でもええが、流石に役人が来るならスーツで行くかの。いや、燕尾服にシルクハット、ステッキも捨て難い。若者がおしゃれを楽しむと言うが、ワシもそれを楽しめるとはのぉ。
「どうした?さっさと行くぞ?」
「視察開始までまだ8分ある。その前の役人との話はする気がないから後7分は服選びに悩めるじゃないか。」
「バカ言え!1分でどうやって着くつもりだよ!?」
「ワシは魔術師じゃよ?造作もないの。お前は送れんから走るなら走れ。マイロ〜、コレはどっちが似おうとる?」
「ならば燕尾にマントでどうでしょう?」
「少し固くないかのぉ?もっとラフでもいいとも思うんじゃが・・・。」
「あ〜もう!先行くからな!」
人の成長は早いと言うし若さも限りある。エヴァが扉を乱暴に開けて風の様に走っていく背中を見送りつつマイロと話すがどっちかのぅ?パクンと開いた懐中時計を見れば後3分。そろそろ限界か。選んだのはシルクハットに燕尾服。肩にマントを羽織、手には武器である灰色の杖を持つ。これならそこそこ威厳も出るじゃろう。若返りの薬を出るたびに飲んでおったらここまで若くなれると言う証明にもなったし、女王陛下もその事実にはお喜びな事は鼻が高い。まぁ、こっそりと優先的に回す様にと言う勅命が下されたのは何とも言えんが、米国大統領の姿を見れば憧れても仕方なかろう。
「さて、ワシも行くかの。灰は地に・・・、風とともに旅立ち新たなる地に命芽吹かせ返り咲く・・・。」
身体は崩れ新たなる芽吹く地に向かう。コレはワシのイメージの旅。常若の国があるならワシは今そこを風の精霊と土の精霊と共に旅をしておる・・・。魔術師:土と風、中位に至りて手にしたのはどちらも魔術師じゃった。これ程喜ばしい事はない。
妻は癌だった・・・。発見された時は末期で手の施しようがないと言われ、死を悟った妻は最後の場所としてあの家を選んだ。延命はしていない。医者からもしても数ヶ月伸びるだけと言われ、その数ヶ月もモルヒネを使い意識は混濁すると言われた。ゲートの出現がもう半年早ければという嘆きは合ったが、それはもう疾うの昔に妻の棺に置いてきた。
蘇りの薬を探すと言う、聖杯を探す様な旅も出来るかもしれないが多分妻はそれを望まん。何せ最後に妻は晴れた日の羽ばたく鳥を見つつ静かに逝ったからの・・・。物言わぬ妖精達は拐かす様にワシの側を漂うがそんな誘いには乗らず目的地だけをイメージする。
「視察開始丁度。エヴァ息を整えないか、その程度で息をと切らすとは嘆かわしい。淑女として見苦しいから息を整えて着替えなさい。」
「は〜・・・、は〜・・・。あのな師匠、ここまで40kmくらいあるんだぞ?ギリギリの速度で一直線に走って飛んで来たら誰でも息が切れる。」
「よくぞおいで下さいましたサイラス魔法長官。やはり魔術と言うのは便利な様ですね。」
「あぁ、全てはイメージの中に。願いを持ちそれを成し遂げる精神があれば魔術師と言うのは万能に近い。今日は案内をよろしく頼みますよジャスパー。」
「ええ、王室から派遣されたからには名誉に変えても。それで、どこから見て回りますか?」
「基本構造は伺ってます。ここへは数度足を運びましたからね。ただ、完成したからには宿舎や教室から見ていきましょう。」
空いた土地にでんと作られたアカデミーと言う名の日本式ギルド。英国としてもスィーパーの管理は課題が多く、島国が合わさって作られたこの国は領土が広い分人の質も違う。そもそも金融街が金貨に押し負け共通通貨を認めてんやわんやしたのを皮切りに古さを脱却し新たシステムを開拓しようと様々な試みが試された。モデルとするのは日本、古い建物がありつつ最先端の技術のある国。
魔法省とは体よく言えばギルドと言う名は余りにも率直すぎて英国らしくないと出された便宜上の名前でしかない。そこの長官になんでワシが任命されたかと言えば中位で、それも2つの職ともに魔術師を選択したから。魔法省長官が魔術師じゃないというのはジョークだとしたら笑うに笑えんとワシは思うし、周りもそうじゃったんじゃろう。実務的な物は王室でほぼ管理されワシは基本的にスィーパーへの抑止に過ぎん。
そんな暇なワシが就任するにあたり1つ注文を付けたのが獣人やホームレス用の宿舎を作る事。ストリートチルドレンも多いし職に就いても死ぬ子供は多い。獣人達は野良でも余り気にせんが、ウチのマイロを見て野良の獣人と比べると、どうしても差を感じてしまう。
なら人と獣人が隣人と言う括りになるなら共に過ごす家があってもいいじゃろう。代わりにしろと言うなら管理する場を作りそこで教育して管理者を増やす。と、言うのは建前で獣人を初めて見た時!マイロを犬人にした時!触れる妖精に出会えた喜びは何物にも代えられん!
「ここが宿舎ですね。3階建てで1階はロビーや食堂、勉強用の教室になりますね。住居スペースは2階以降のフロアでシャワールームもありますけど、基本は1階の大浴場を使う方針です。どうしても個別シャワールームを増やすとスペース問題が出てきますから。」
「水着がいるな。支給するのかジャスパーさん。」
「そうなりますねエヴァさん。サウナとかも用意してあるので気軽に入ってください。この建物自体は横の魔法省に併設する様に建てられているので、必要に応じて増築出来ます。あ、あれが増築用の階段です。」
3階まで歩いて上がっていくと上に続く階段と屋上にでられる扉。洗濯物はここで干せばいいじゃろうし、水箱も数個置かれとるから手洗いで洗濯してもいいし、魔術師に頼んでもいい。そもそも生水が飲めなかった地域の者もこの水箱で飲める様になったし、水道代を払わなくていいのは料金的にかなりいいの。
最初に宿舎を申し出た時は水と食料問題が話された。しかし、水箱やゲートの食材で賄うと共に一部の料金をスィーパーから回収して運営費に回す事で合意した。何せこの宿舎にはスィーパーでないものが多く住む。
「おぉ〜、風が気持ちいいなぁー。日も照ってるしここで日向ぼっこすれば気持ちいいじゃんって、あそこにいる獣人達は?」
「先に入居して宿舎内の風紀管理や新しく入居する人の案内人を兼ねた人達です。収容人数500人ですけど既にパンパンなんですよね・・・。」
「それはいずれ卒業と言う形にするしかないでしょう。16歳で職についたとして猶予2年程度、獣人が職に就けないので最終的に獣人の集合住宅となるでしょうが仕方ありません。」
何が違うのか分からんが獣人は職に就けん。荷物持ちと言うかサポートとして5階層まで降りる時に同伴させる者もおるが、そんな者達の中でも職に就いたとはきかん。誠に惜しいのぉ〜、ワーウルフの様な獣人と旅をすると言うのは御伽噺の様で憧れるのにのぉ〜。マイロの長い髪を切ってしまったから毛むくじゃらには出来ないがまた伸ばせばそれも出来るじゃろう。
「その点は魔法省長官室で話しますが、新たな事実が判明してます。」
「勿体ぶらなくていいですよ。この宿舎と何か関係が?」
「え〜、エヴァさんはその〜。」
「コレは弟子じゃよ。遅かれ早かれワシと共におれば話は漏れる。」
「爺さん口調が戻ってんぞ。」
「おっと、失礼。まぁ、今話した通りです。そもそもこの娘は剣士としてそれなりの腕前があります。近接系の職に就いた者に指導もすれば指導される事もあるでしょう。」
「・・・、分かりました。まだ内密にして欲しいのですが職に就いた犬人が誕生したという話が出ました。」
「なんと!?それは本当ですか!?条件は!?職は人と同じですか!?何をすれば職に就かせられるのですか!?」
「お、落ち着いて下さい!やはり長官室に行きましょう。」
「ならばレディ達、少々動かないで欲しい。風の精達より、我々を箱ぶ土の舟を押しておくれ。」
こうしちゃおれん!さっさと土船を作りそれを浮かせる。船と言うてもティーカップを逆さまにしてその中に風を溜めた様な物だから動かれれば落ちる。だが、キャスパーは固まりエヴァは慣れたのかどちらも動かん。好都合な事だ。3階から飛び降りそのまま地上には降りずに魔法省長官室へ行く。ガラス?コレは鉱物、それは土に含まれとる。
「さぁどうぞ。レディファーストです。」
「あ、ありがとうございます?」
「なぁ師匠、もう少しコレ改造しねぇ?流石に手すり付けるとかさ。」
「後で考えましょう。それで、条件は?」
「えー、条件はまだ確認中ですけど獣人のパートナーはオックスフォード大学の教授です。日々の生活の中で勉強を教えたり大学の授業に出席させたりしているうちに獣人の方からゲートに入りたいと申し出があり入れたとか・・・。」
「なんと!なら、獣人は自身が職に就けるか悟れると?」
「まだ不明です。ただ、良質な教育や対人関係はあったと推測されるのでその辺りがヒントではないかと。日々の生活は特段変わった所はないと聞いてますし。」
「ならおつむの中身かな?師匠はマイロに紅茶の入れ方とか掃除は教えたけど勉強はあんまり教えてないし。」
「エヴァ、それは総合的にモノを見てからだ。仮に勉強の質と言うなら日本では既に獣人が職に就いてないとおかしい。あの国は獣人全体に端末で勉強させていると聞く。」
「その点はこれから問い合わせするかどうかという話です。就いた職が特殊でして・・・。」
「職が特殊?」
「はい、職名は妖怪。これの最大の問題点は指輪の中身が少し見えることです。」




