閑話 91 セーフスペースにて 挿絵あり
「大丈夫でありますかドゥ。ゲロまみれで戦っていたでありますが。」
「最悪な気分だが出すもんは全部出した。前よりはマシだな、初めてやった時は口から胃を裏返して出して丁寧に洗ってもまだ吐いてたよ。まぁ、本当に胃は出なかったがな。」
「仮面の下の素顔がそれか。中々いい顔じゃねぇか。」
「よしてくれハミング。この顔も作った顔かもしれんぞ?それこそ肌の色も顔の形も全く別に出来る。デンゼルもビヨンセもマライアもそれこそトム・クルーズにでもしてやろうか?」
軽口やハッタリは口から出る薬だ。元々FBIの捜査員でゲートが現れて鑑定師となった。なんでこんな職が出たかと言えば俺がビビりだからかねぇ。知らない事は怖い。小さい頃に漠然と明日は本当に来るのかって疑問にビビって泣いた事もあったし、成長すれば分からないテストにビビり、更に大人になるにつれて国の何処かでテロが起こるんじゃないかとビビった。
だからFBIに入って知らないまま死なない様に知る事を優先した。犯罪組織に潜り込めばバレない限り味方が後から潰してくれるし、事件の捜査にはほとんど関わりがなかったが何処かで接点があれば解決への糸口にもなる。
別に犯罪組織やボスを知ってたからと言って死なない保証はないし、俺の知らない所でいつテロが起こるか分からん。分からんが分からんなりに死にづらくするなら、今の世の中情報を集めるのが手っ取り早い。流石に潜入捜査中に誤射された時は肝が冷えたが、どうにか生き残ってこんな肥溜めを歩く羽目になった。
S鑑定師。強い弱いと聞かれれば俺はこの職にそこまでの強さを感じない。身体能力は一般人よりも高いとは言えスィーパーとしては底辺で、鑑定した物がなきゃまともに戦えるとも思えない。Sが出たと喜び勇んで選んだが、内情を知れば絶望にも近い感覚がある。
それに最初に出た武器も悪かった。橘みたいな大当たりの武芸者の玉は出ずにA4サイズの薄く黒いプレート数枚とおまけの様な分解ロッド。プレートの名は偽り隠す。身体に貼り付ければ勝手に急所を守ってくれるが、ほとんどの時は輪郭に沿って頭に張り付いてやがる。まぁ、それでも前は見えるし息苦しさもない。
頭突きすればモンスターにダメージも与えられるが、低い身体能力でそれを挑むのは自殺行為だろ?最初に職取りに入った時は惨めだったな。数人の集団で入ってSは俺だけ先に職に就いた奴が助けてくれるが、Sは強いと言う認識でわけも分からないまま前線メンバー入り。あん時ほど自分を呪って職を呪って保護対象じゃなく前線メンバーに入れた指揮官を呪った事はない。
俺が職に就いた当時は・・・、大佐が日本でしごかれてる頃か。そのせいで橘も呪ったな。日本にいる大佐からの報告で鑑定師はデタラメに強いなんて話が囁かれたせいもあったし。取説とでも言えばいいのか、職の説明をよく聞けと今でも声を大にして言うね。
格闘家が殴りガンナーが撃つ。剣士が切り裂き槍師が穿つ。魔術師は嫌厭されてほとんど就く奴がいない分、身体能力が低くて武器も乏しい俺は戦闘速度の違いで逃げ回るくらいしか出来ないし、ビームを防いでもチビリまくってパンツはぐしょぐしょ。まぁ、守られてた奴も怖がって結局ぐしょぐしょにの奴は多かったな。そんなに惨めな職取を終えてからは鑑定三昧。寧ろ率先して他人の分まで鑑定して、判定機なんて物が日本からもたらされても鑑定してビビりな俺はモンスターに対する対抗手段を増やした。
武器はいい。鑑定して使いこなせればどうにかこうにかモンスターを倒せる。まっ、最初に買ったのはどこの誰が売ったか知らない肉壁用のスーツだったけどな。
「守りが追いつかなくてすいません。」
「いヤ、カオリがいなければ更に状況は悪かっタ。それにバイトもありがとウ。みんな聞いてほしイ、我々は50階層に足を踏み入れタ。次に進む進まないの判断をここでするかラ、何か問題のある者は申し出でロ。状況次第では撤退するシ、なにもないなら大規模休止とすル。酒も飯も存分にやレ。」
「グリッドさんは何飲むよ?」
「そりゃあ冷えたビール1択。サラミも豆もジャーキーも買い込んできたし、ピザも熱々のを指輪に入れてきた。ダレス、お前は?」
「ワインで。シスター達に空き瓶を見せる約束があるんですよ。昔は神の血今は趣向品、教会でもゲートから帰ったらこれで一杯やって祝うそうです。と、身体は大丈夫ですか?」
「お前もな。望田さんの守りとバイトの援護で助けられたが、中位でも喋るモンスターって奴は手強い。足は守ったが肩や肘はえぐられたし、お前も武器は壊されて脇腹もえぐられただろ?」
「そこはディルとドゥ様々ですね。肉や骨は復元してくれるし、足りない血も補える。」
「魔術師か。増やす先はそこだろう。薬を飲む暇をモンスターがくれればいいが、砂漠でも49階層でもそんな暇はなかった。取り出して使う前ににビームで焼かれ、手に待って砕いても確実に浴びれるとは限らん。ハミングにドゥ、こっちにこいさっきの戦いでディスカッションする。大佐と望田さんもいいですか?」
「いいだろウ。次もまた過酷ダ、飲んで食える内にやるといイ。カオリは日本酒カ?」
「色々持ってきましたよ?日本酒、ウイスキーにビールにブランデー。銘柄も多数で炭酸なんかの割材も山程。エマはとうします?」
「ハイボールかストゼロを飲厶。ビールは水と一緒ダ。」
グリッドに呼ばれてディルとハミングを連れて集合する。ここの草や木も研究対象でグロッキーな俺と傷の深かったハミングをディルが介護しつつゲート付近に残ったが、採取に行った組が元気に帰ってきたか。そうは言ってもグリッドもダレスも割と酷い怪我の部類だったんだかな。
「ハミングはいいとしテ、ドゥは飲めるカ?」
「エナドリ飲んでだいぶいい。軽くなにか飲むさ。」
「酷いぜ大佐殿。脳が茹だつ所だったのによ。」
「ドゥの気持ち悪さとは、どのようなものでありますか?」
「あん?そうだな・・・、例えるなら異物感だ。口に髪の毛が入ってずっと舌の上にある様な感じ。慣れるなんて感覚はなくてあるのは絶え間ない拒絶とかだな。多分この感覚はやる本人にしか分からんよ。最適化のおかげが前よりはマシだが、出来れば禁じ手にしてそのまま記憶から消してしまいたい。と、言っても進めばそうも言ってられないんだろうけどな。」
ビビりな俺がビビりだから知ろうとしてやった事。それはモンスターそのモノの鑑定だ。モンスターってのは不思議なモノで核となるクリスタルを抜けば倒せる。ただ、そのクリスタルはモンスターの中を縦横無尽に動き回って頭っぽい所にあったと思ったら次の瞬間には爪先にあったりもする。ガンナーなんかはそのクリスタルのありかを感知出来る様で上手く当てれば狙撃でモンスターを綺麗に倒せるが、表面に弾が当たれば・・・、飛来物の接近を感知した段階で移動するクリスタルの動きを予測出来なければ倒せない。
それに硬さや不明な形状なんてのも拍車をかけて結局モンスターを倒すならバラすに限る。銃が近代兵器の代表とするなら剣やガントレットはさながら神話の化け物を倒す代表だろう?何もおかしくない。そんなモンスターを知る為にモンスターを物品として見てクリスタルごと鑑定した。結果は散々で初めてやった日は一晩中吐いて胃液も出なくなっても続く吐き気と、頭の中をゴキブリが這いずり回るような異物感か終わりなく付きまとう。
魔術やファーストの魔法も鑑定するのは不気味で、タールで出来た底なし沼を上下分からないまま泳がされて不気味な色を目に叩きつけられている様だがそれとは方向性が違う。魔術や魔法はまだ不気味で気持ち悪いが俺に害をなそうとする様子はない。
だがモンスターは害意しかない。それでも気持ち悪いのを堪え物品として扱えないかとイメージを作り、駄目なら別のイメージを積み重ね吐いてはぶっ倒れを繰り返す中で至り肉壁を選んだ。それからかな、気持ち悪さは全く抜けないが一瞬だけモンスターの制御を奪えるようになったのは。鍵は出た武器と肉壁の自身制御。
顔に張り付く武器は俺を偽り隠し、鑑定したモンスターを自身として制御する。制御出来たとしてもほんの数秒。それ以上は俺が保たないしやればゲロまみれは確実。だが、これは切り札だ。俺は砂漠にはいなかったが、映像で見た喋るモンスターを考えると、あの空間を削り取る攻撃を一発でも最大出力で使えるならお釣りが来る。
「先ずは被害状況から行こウ。負傷箇所の治療は済んだとして違和感のある者ハ?ディルの見解も聞きたイ。」
「自分が言えるのは万全としたであります。ただ、ハミングは大丈夫でありますか?」
「大丈夫大丈夫。脳は望田さんが守ってくれたみてぇいだし、躱したがふっ飛ばされた左の頬肉と顎と首も今は治ってやがる。俺たちゃ英雄御一行、1人だけ脱落もしてらんねーの。ただ、装飾師にはもっと腕上げろってはっぱかけるかな?」
「それなら私からは何も言うまイ。その代わり耳の痛い話をしよウ。今回のピクニックで痛感したと思うガ、如何に中位といえど死ぬ時は死ヌ。それだけは肝に銘じておケ。でハ、相手にしたモンスターの話しといこウ。私とカオリが1体づつ。残りの1をグリッド達と言う話で他の雑魚はバイトが潰して回っタ。問題は相手にした奴が話したという点ダ。このタイプのモンスターは主に中層にいるらしいとしてあル。」
「せり上がって来たって事ですかい?」
「違いますよ。日本側としての見解ではモンスターは奥に進む事はあっても上昇して来る事はありません。セーフスペースにモンスターがいないのはゲートを通過する際にその階層をスキップしていると考えられています。今回の喋るモンスターについては捕食を繰り返し進化した結果だと見解が出てますね。それに、49階層は中層に一番近い階層なので進化したモンスターがうろついていてもおかしくありませんよ。現に米国スタンピードの際、日本に残ったメンバーからも喋るモンスター出現の報告は上がってましたし。」
ゲートの鑑定は本能的に忌避感があるし、やりたいとも思わない。その上国からもするなと通達が来ている。見ても鑑定不能だし、接触鑑定なら視るよりも深く分かるのかもしれないが、宇宙人が作った物を鑑定したいとも思わない。実際モンスターの鑑定でもこれだけ気持ち悪いしな。仮に同じ鑑定師でする奴がいるとすれば、それは禁忌の先を覗きたい奴だろう。日本側がどうやってその情報を手に入れたかは知らないが、ゲート付近のモンスターを観察でもしたのか?
(吾輩としては下に行く以外興味がないと言える。下に行けば新たなる者も古き者もいた。)
・・・、これは公然の秘密ってやつか?日本人は空気を読むと言うがあからさまに俺に馴染みのない声が聞こえる。声の先を見れば黒犬、バイトだ。出会って一番に鑑定して感じたのは繋がれたモンスターの残骸。断ち切れない鎖をその首にかけられ人に害をなさない様に躾けられた番犬。ただ、その鎖の先は見えない。望田の話が本当なら飼い主はファーストだろう。
最適化後まだだった自己鑑定を行うが・・・、身体は正常。変わったのは脳みそか。記憶領域は物理的に拡張され菌糸の様な広がりを見せていたニューロンやシナプスは機械の回路の様に整理されている。どおりで吐き気も軽くなる訳だ。物理的に脳が効率化されたなら職を使う速度もイメージの強度も変わってくる。
「えーと、今バイトは喋ったでありますか?」
全員と言うか事情を知らない人間の間ではそのまま流そうと言う雰囲気の中、蛮勇とも言える質問をディルが投げかける。いや、そもそも最初に見た時も統合基地で改めて見た時も全員感じていたはずだ。この犬何か少しおかしいと。メトロノームの様に一定で振られる尻尾に吠えもしない口。人の言葉を理解した様な仕草に、極めつけはモンスターと戦えるだけの戦闘力。下手な事には巻き込まれたくないが望田がなんと返す?
俺は鑑定術師だ。なら、この犬を鑑定したとして秘密裏に処理しにきたら?ゲート内で中層に入ればそこで死者が出たと言われても文句は言えない。故意か事故かはその場にいる人間しか分からないし、仮に日本が外国の鑑定術師を嫌い殺害計画を立てたとするなら今回は絶好の機会だろう。そう考えるとディルは俺が死ぬかもしれない地雷を踏んだのか!?
「ば、馬鹿言うなディル。犬が喋るわけ・・・。」
「おっ、聞こえました?なら最適化は正常ですね。よかったよかった。後から情報開示があると思いますし米国側も調査すると思いますが最適化をされると宇宙線への耐性強化や海馬、脳の記憶や空間把握能力を司る部分の肥大化。他は脳細胞の効率化が行われると言う話があります。現段階で人体に悪影響はありませんが喋るモンスターの殺意も感じやすくなるので、それが弊害と言えば弊害ですね。」
「望田さん、モンスターの殺意って?」
「喋る内容が単語調ですがなんとなく理解出来ます。まぁ、基本的に殺す〜とかそんなんばっかりですけどね。」
「するってぇとその犬は・・・。」
「これはクロエの犬です。魔法使いが使い魔を作ってもおかしくはありませんよね?ドゥさんもそんなに警戒しなくていいですよ。変な事したらクロエがバイトちゃんをただじゃおきませんし。」
「お、おう。」
緊張の糸は切れないが俺よりもバイトの方があからさまに身体を小さく丸める。これは鑑定しなくても分かるな、この犬にとってファーストとは絶対に逆らえない恐怖の対象なのだろう。俺もビビりだが、なんだかこの犬には親近感が湧いてくるな。こう・・・、好き好んでもないのに恐怖の対象が逃がしてくれない的な。
「バイト、ハンバーガー食うか?なんか苦労してるなら愚痴は聞くぞ?」
(よい。好意は受け取るが何をどう口走れば逆鱗に触れるか分からん。)
「頭のいい犬で片付けようかと思ってたが、ここまで流暢に話すとわな。お前も犬人みたいになれるのか?」
(なれん。吾輩はこの姿でしかない。)
「カオリ、使い魔なら私もバイトの様な犬を貰えないだろうカ?イギリスなら鳥の様な使い魔を出す魔術師もいるし、日本の奏江だったか?彼女も雷を鳥にしていただろウ?」
「う〜ん・・・、バイトちゃんは家族認定されてるから渡せないでしょうし、次は作る気がないみたいですよ?作り方も本人しか知らないですからね。」
この犬を量産する。やる気はない様だが、仮にやりだしたら何をする気だと本人に問い詰める者は多いだろうな。ゲート内を駆ける事の出来る使い魔。望田の口ぶりからしてこの犬はゲートの外もうろついている。つまり、人工的なスタンピードを発生させて敵対国を滅ぼす事も可能だろう。そして、それをされた時に鍛え方の足りない中位では束になって勝つのがやっと。
「最適化の話は外で話ス。5人で挑んだモンスターはどうだっタ?」
「アレは・・・。」
49階層の戦いで俺達は喋るモンスター1体に対して5人で挑んだ。大きさはそこまで大きくないが、とにかく固く手数が多いモンスターで、周囲を飛び回る球体は放たれるビームを収束屈折放射状にばら撒くとなんでもござれ。
それでも俺達は善戦した。飛び交う球はハミングが抑えビームに対するダメージコントロールはディルが行い、俺とグリッドとダレスで的を絞らせないようにカバーしながらの立ち回り。確かに硬いが人数的な有利に付け加え、時折カバーとして差し込まれる望田の音や大佐の罠。俺達が束で相手する相手に対してタイマンしてる女傑2人の頼もしい事この上ない。
殴り裂き、銃弾の雨に水での阻害や結合。ダレスの衝撃拳は良かった。第2職として肉壁を選んだ肉壁仲間だが唸りを上げてひねり回された腕からのコークスクリューは内部をずたずたにかするんじゃないかってほどの威力はあった。だが、そこまで戦いを運んだ時にモンスターが装甲は邪魔だと言わんばかりに全てを吹き散らかした。
第2ラウンドのゴングはとても静かで、バイトがいなければディルは死んでいた。多分見えたのは俺と望田と大佐にバイトだけか。ひときわ大きく鳴った笛の音の内に瞬間的な歪み。動画で見た削るやつだ!ディルとハミングは後方で俺では間に合わない。制御を奪おうにもさらに増えた珠が邪魔をする。
「ディル後ろに跳べ!」
そんな声をあげる中、周囲のモンスターを相手に走り回っていた灰色の犬が猛然と飛び込み大きく開いた口を閉じた。歪みをさらなる歪みで押し潰す力技。低く吠えて周囲の掃討に戻ったがその後が大変だった。視える俺が回避を指示するが、それでもモンスターの攻撃はそれ一辺倒じゃない。歪みが出てそれが言えるタイミングでビームが飛んで来る事もあれば、その手で直接殴る事も飛ぶ球で背後から攻撃する事もある。
ダメージは蓄積し、いつ倒れるか分からないしモンスター相手に俺達はよくやった。肉が抉れようとも拳を振るい、顔の半分が吹き飛ぼうともその手から武器は離さない。そして、連携して隙を作り制御を奪いモンスターの出す歪みでモンスター自体を削ってやった。生きてるがボロボロで俺はゲロまみれ。だが、ビビりでも出来る事はある。




