424話 塩を1つまみ 挿絵あり
「そのサバを一口欲しいなぁ〜・・・。」
「焼けば一口食べていい。生なら浮かせて運べばいい。魔術を使う法は思考し、妄想し、空想し、操作し、具現化し、法を破る。これに尽きる。思うにフェリエットを含め獣人は目が良くなった分それに頼っている。」
猫や犬の目は人の目と違いぼやけて見えたり、特定の色が見えなかったりする。元からそう言うものなので困らないが、獣人になるにあたり単純な視力は人と変わらず、寧ろモンスターに対する何かも見えるようになった。
その反面目に頼る事は増えた。高性能な機械が作られれば人もそれを使う様に獣人も高性能な身体を使っていると言えるが、それで自然から切り離されても困る。金庫の中は外と変わらず空気もあれば気流もあるし、スプリンクラーは切ってあるので火を使っても反応しない。
獣人を鍛えるとして、ペットだった頃を含めて割と犬猫の不自由と言うものを体験していない。虐待されていれば別だが定期的に食料は貰えるし散歩も出来る。番犬として来た人に吠えるがそれは縄張りを守ると言う役割で吠えてもそんなに怒られないし、場合によっては褒められる。ある意味フェリエットは初めて不自由と言うものと直面しているのかもしれないな。
「腹が減ったなぁ〜・・・。」
簀巻きの状態でズリズリと身体を動かしてサバを食べようと動いてくるが引き離す。髪も動いている様だが今はそれも必要ない。出来る事は知っているがそれは魔法ではなく身体機能だ。得意な獣人は髪で巻き付けてモノを持ったりもするが、それは接近戦で使える技能だ。マニキュア風武器を塗れば刺せるし切れるし柔軟性を考えると解体もいける。
「そこまでして私は魔法を使わないといけないのかなぁ〜・・・。普通に戦うだけじゃダメなのかなぁ・・・。」
「私のエゴと言えばそうだが、使えない状態が続けばそのイメージが固まって何れ使えなくなる可能性がある。それだけは阻止しないといけない。この先でどんな未来や関係が構築されていくかはわからないけど、人が人の優位性を魔術に見出したら教わる機会も奪われる。」
「それを私がしないといけないのかなぁ〜?私の他に職に就けた獣人がすればいいなぁ〜。」
「フェリセット。お前のフェリエットと言う名はフェリセットにあやかって付けている。その猫は宇宙に旅立ち無重力を体験して帰ってきた。その後はとうなったと思う?」
「そんなヤツのその後は知らんなぁ〜。」
「安楽死後に解剖だ。別にフェリエットを解剖させる気はないが魔術を使える様にするとして脳をいじられる可能性もある。出来るけど出来ない、扱えるけど扱わない普通と言う言葉はとても難しいんだよ。」
ソフィアの件がいい例だろう。特定年齢以下は職に就けない。しかし、それを打ち破ろうと試して実験を行い行き過ぎて悲劇が生まれた。しかし、その成果はたしかにあった。特定年齢以下で職に就けた子は確認されたし、それに対する取り扱いも決められようとしている。
「それは嫌だなぁ〜。」
「私も嫌だ。だから使えるものを使える様にしているんだ。前に空を飛びたいとも言っていただろう?短期間で魔術を使える様になるなら必要に駆られるかも大事だしな。」
なにせ最初に火を出したのはライターがなかったから。その事を考えるとこの方法が獣人にとっては魔術を使いやすいだろう。なにせ腹が減れば飯を食うと言うのは日常でありつつ生存欲求に直結するしね。
魔法で火をつけてタバコをプカリ。恨めしそうにフェリエットが見ているがこれもイメージ作り。火の気がなくとも火はだせる。空間把握能力は高いし後は自分でどうやってそこにたどり着くかのイメージを作り上げるかだ。かなりの荒療治にはなっているが、妻にも今日は泊まりであると連絡したし腰を据えてやろう。成果が出なければ他の方法の模索もしないとな。
「そもそも火って何かなぁ〜?私は危ないものとしか思ってないなぁ〜。」
「火が何か・・・?難しい質問だな。見る角度によるけど・・・。」
現象として捉えるなら火とは燃焼現象である。山火事に建屋火災、焚き火に料理に鉄器製造等々。何かを奪うと同時に何かをもたらす。焼畑農法だってあまりよろしくない農法だが、灰には栄養があって長期的に見るなら森の再生にも役立つ。
概念的に見るなら隔たりだろうか?生命の象徴云々はどうでもいい。人と獣との隔たり。本能と理性の違い。知性と原始の差。狩猟から農耕に移行していくにしても火は重要で、硬い米を食うよりも炊いて柔らかくして食いたいし、平地で寒さをしのいで危険な夜を削るなら火は必要だし、少なくとも焼いて食えば腹は壊さない。
だからこそ神話でも火の役割は大きい。地球の70%は海だが、世界を滅ぼすのは炎の剣レーバテインである。まぁ、この剣も色々な形があると言われているし誰かの剣と同一視される事もある。ただ、世界を滅ぼすのは火である。聖書で洪水はあったがそれでも生き残るすべはあったが火にはなかった。だからこそ生と死を含めての隔たり。
フェリエットの質問は取り留めもなく、話が風の様に飛ぶ事もあれば水の様に流れる事も。それでも吸収して大地の様に踏み硬め雷の様な閃きも起こる事も。そして流転して話は戻るが前とは少しづつ違った切り口で聞いてくる。進化とは同じ事の繰り返しであると同時に多少の誤差である。その誤差が生じた時に新たな視点が生まれて見方が変わる。
ぎゅるぎゅると腹が鳴っているが、飯を寄越せとはフェリエットは言わない。それを置いてでも何かを知ろうと口を開く。獣人となるにあたり頭はよくなったが、獣人に文化はなく歴史もない。仮にある文化とすれば人と共に過ごすと言う事だろう。
それに獣人達は何かを作らないのではなく作った先の想像が出来ないとも取れる。本やタブレットで学習して理論は分かるかもしれないが、それを使って何をすればいいのかは見当がつかない的な?そもそも猫は目玉焼きを食べるが目玉焼きを作らない。
それは何が何に作用していると言う、相互作用に対しての理解力がまだ乏しいからかもしれないな。そうなると学校に通わせるのはいい刺激になるかも。テストを見れば分かるかもしれないが、数学や漢字の書き取りはよくても化学は苦手かもしれないな。
「サバを焼く・・・、火加減はどれくらいなのかなぁ〜?」
「それは焼いてみないと分からない。強過ぎれば焦げるし弱過ぎれば半生。トロ火でゆっくりでもいいし、全体を一気に焼いてもいい。何にせよいい香りがすればそこそこ食える。」
「なら1つまみの塩を振って欲しいなぁ〜。」
「なら横に塩を置こう。好きに振ればいいし、レモン汁も置いておこう。そう言えばチュールはいるか?いるならチュールとパンも出そう。なんでも塗って食べると美味しいらしい。」
食べた事はないがチュールは人が食べても美味しいらしい。成分を見れば分かるがペットフードとは薄味なだけで人が食えないものは含まれていない。まぁ、その味が人が受け付けない原因と言えば原因だが、ディストピア系の映画ならドッグフードをご馳走として食べているものもあるし、なにか色のついたペーストを皿に入れて出される事も。更に進めば錠剤になったりサイボーグ用の食事も作られたりしているが、そこまでして食事にこだわるのは人間性を担保する為だろうな。
どんなにクソ不味かろうと、どんなに不気味な食材だろうと人は腹が減れば食べる。昆虫食をする気はないが栄養を見れば十分に必要な栄養は補えるし、粉末にして何かに混ぜてあれば多分気づかない。そもそもいちごオレのピンク色は虫かカビから色を作っているし、人は知らない間に年間で900gくらい虫を食ってるらしい。寝てる時に口にダニが入っても気づかないだろうし、顔ダニもいるのでそれも・・・。
ゲートの中でも人にくっついているので多分いなくなりはしないだろうな。よほど過激な美容法と言うか、塩酸を使った皮膚の再生療法でも試していれば何とも言えないだろうが、外に出れば多分すぐに寄生されるたろうし・・・。ちらりとスマホを見ると既に明け方近いな。増田が何時に来るかは分からないが睡眠時間を確保するならそろそろお開きだ。
ついぞ魔術は使えなかったが、下地とするなら有意義な会話だっただろう。流石に何か食わせないと餓死しないにしても頭に糖分が行かずに朦朧としてくるだろうし・・・。
「サバは私が旨ければいいのかなぁ〜?」
「そりゃあそうだ。私がサバを食べるわけじゃなくてフェリエットがサバを食べる。なら、自分の好みの味付けにすればいい。味が薄いなら足せばいいし、濃いならどうにかして薄くすればいい。例えばご飯をかきこむとかね。身体も大きくなって猫と同じ味付けじゃ薄いだろ?私達人間と同じ物を食べてるなら濃いと感じてるかもしれないが・・・。」
味覚なんて人それぞれ。人間だって関東と関西で味付けが違うし京料理なんて上品な味と言われるが俺からすれば薄い。だからこそ1つまみの何かは好きな味付けにする魔法の言葉。あんまり塩っぱいと体に悪いが、俺より上の世代なんて塩分過多な食事をしまくっていてもピンピンしている。そもそも日本食は元々塩分多めなんだよな。
味噌汁に漬物、焼き魚も基本的な味付けは塩と醤油だし足りなければ更に塩をかける。まぁ、今ほど調味料がなかったと言われたらそれまでだし脂っこくもなかっただろうが・・・。
「私はサバより焼いた肉が好きだなぁ〜。」
「肉?なら鶏ももでいいか。唐揚げ用に買ってそのままのやつがある。」
サバを収納して鶏ももをだす。それで何が変わるかは分からないが、やる気が出るならお安いもの。特売品で298円、ぶつ切りにして漬けて唐揚げにすればさぞ美味しいだろう。そもそも大分で唐揚げ食うなら全て味付きでチェーン店でもない限りマヨネーズはつかない。好みはそれぞれだが、唐揚げにマヨネーズはどうもしっくりこないんだよなぁ〜。醤油とマヨネーズを混ぜていいなら一考するが、出来ればレモンでさっぱりと食べたい。
「これも焼けたら食べていいのかなぁ〜?」
「いいぞ。まだあるし足りないならもう少し出そう。一晩中魔術の話をしたが、何をどうイメージするかはフェリエット次第。煙があれば火の気はある。火の気があるなら風が吹いて雲は出来る。そして雲があれば雨が降り、そこには雷が生まれて地に落ちる。」
五本の指に火、風、水、雷に土くれを出してみせる。基本的には相互作用で成り立っている。その中でスィーパーとして得意なものが・・・、本人としてイメージしやすいものが魔術師何々として出るだけなので、別に魔術師がどれかを絶対に使えないと言う事はない。多分妖怪の説明で魔術を使えるとしか書かれていないのは何が得意か分からなかったからかもしれないな。
人の在り方は渡したが猫や犬の在り方は知らないだろうし、それが人っぽくなったとしても下地はない。良く言えば可能性の塊で悪く言えば地に足がついていない。ただ、地に足がついていないなら好きなだけ飛び跳ねられるだろう。
「こんがり焼けて肉汁たっぷり鶏皮はパリパリ、身がほろりと崩れる。焼肉屋の肉は旨かったなぁ〜。人の食べ物は魅力的だなぁ〜。それを作るなら1つまみの塩がいるなぁ〜。砂糖も甘さにびっくりしたなぁ〜。それを知った獣人は一部が踊ってたなぁ〜。」
自分で話しながらヨダレが垂れている。俺も夕飯を食いそびれているのでそう言われると腹が空いた様な気がする。別に簀巻きのフェリエットの前で好きなだけ食ってもいいのだろうが、流石にそれをすると祟られそう。食い物の恨みは怖いからなぁ〜。
「焼き鳥もいいなぁ〜。少なくてすぐ無くなるけどどんどん食べられるなぁ〜・・・。手が動かせないなぁ〜。なら、焼鳥だなぁ〜!!いい匂いの肉にかぶりつくなぁ〜!!」
簀巻きの状態は依然としてそのままだが、スルリと一本髪の毛が鶏肉へぶっ刺さる。そのまま食べるつもりなら奪い取ろうかと指輪を向けるが、どうやら空腹で研ぎ澄まされた感覚はその匂いを頼りに火を産んだらしい。肉からは煙が上がり落ちる油は『じゅ〜っ』と言う音と共に鶏油の香りを広げる。火が円形に出ているのはコンロか七輪のイメージかな?そこに火があるだけだが、それは紛れもない魔術の炎。どうやらプロメテウスに俺はなれたらしい。
獣人が魔術を手に入れる。それは今ならまだ誰からも否定されずに許される行為。この機を逃せば多分教えるな魔術は人間のモノと言い出す輩も出てくるだろう。どの時点で獣人が職に就けたと正式に公表するかはさらに不明になった。
ソフィアの護衛の件で職の公表はどの時点でするか少し考えさせて欲しいと言うメールもPCに来ているようだし、増田との模擬戦もクローズドで行う。今はまだよちよち歩きたがその一歩は確かに踏み出した。
「他の魔術は追々使えればいい。その肉だけで足りるか?」
「1つまみの塩じゃ足りないなぁ〜。もっとぶっかけるなぁ〜。魔術が出せたお祝いにごちそうが欲しいなぁ〜。」
「ならモーニングを食べようか。お前が食べなくなったチュールもたっぷり指輪に入ってる。」
「それは・・・、挑戦してみるなぁ〜。」
金庫の中で出した物を指輪に収納して外に出る。簀巻きは火が出せた時点で解除しているし、黒い毛は一部を武器に漬けて使ったもののようだ。さて、増田が来るまではゆっくりとフェリエットには寝てもらうかな?




