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街中ダンジョン  作者: フィノ
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4話 そんな夜

 話すべきことは無数にある。これからの事、しなければならない事。そう考えていると俺より先に口を開いた。


「無事で良かったよ。怪我はない?お昼食べて無いんでしょ、コンビニのおにぎりとかならあるよ?食べられる?」


 そう言いながらベッドに駆け寄ってくる妻を、苦笑しながら見る白衣の中年男性、主治医の何だったかな?自己紹介されたが頭痛の為イマイチ覚えていない。その事に気付いたのか、改めて自己紹介してくれた。


「主治医の高槻です、頭痛の方は良さそうですね。明日もう一度精密検査して、異常が無ければ退院となりますが、看護師の話では0時頃になにか起こると?」


 今まで緊張していたのか空腹感は無かったが、普段通りの妻の行動を見た途端食欲が湧いた。コンビニおにぎりを受け取り、一口食べて口を開く。糖分が頭に回ったせいか、思考は良好だ。


「ありがとう莉菜、美味しいよ。さて先生、莉菜聞いて欲しい事がある。こんな事を言えば狂っていると思われても仕方ないし、寧ろ、俺としても夢だと有り難い。」


 そう二人に切り出すと怪訝な顔をするものの、こちらに視線で先を促してくる。おにぎりはの具は鮭か、いい塩加減である。妻が入れてくれたお茶で、口を湿らせ話し出す。なに、話す事はまとまっているのだ、問題はない。


「0時を過ぎると俺は女・・・、少女になる。外見的特徴を言えば、そう、アルビノだ。その変化を記録と直に見て証人になって欲しい。それが1つ。


もう1つは精密検査についてだ。少女になった後、検査しても多分正常な数値は出ない。これには理由があるが、先ずは0時になって変化してから理由は話そう。変化しなければ、寝ぼけて変な言動をしたとでも思って貰えると有り難い。」


 話を聞いた2人の顔が、みるみるうちに曇っていく。まぁ、行方不明、でいいのか分からないが、そんな状態の人間が運び込まれて、荒唐無稽な事を言い出したら正気を疑うのは当然だ。しかし、俺の手には指輪があり、ゲート内で拾った物も出し入れできた。


 現実から目を背けるには、俺はゲート内か、或いは別の場所で未だぶっ倒れていて幸せな夢を見ているか、さもなくば、三目に殺されているかのどちらかの結論となるだろう。まぁ、最上級の幸せは、未だ布団の中で寝ている事であるが。


 そんな事を考えていると、高槻が難しい顔をしながら話しかけてきた。妻は俺の頭を頻りに撫で回している。多分、何処か打ったと思っているのだろう。


「失礼ですが、黒江さんは性転換症と診断された経験はありますか?或いは、自身の身体と心が一致していないと、これ迄に感じた事は?」


 性同一性障害を疑われたか。残念ながら妻も子もいる現状で、進んで性転換したいとは思わない。まぁ、なったらなったで俺の考える男としての人生の山場、結婚、子育て、家を買うは終わっているので問題ないが。


「無いですし、普通に妻と夜の生活もしたいですね。しかし、そうならざるを得ない状況でして。無論、0時を過ぎて今のままなら、これ程喜ばしい事はないですよ。先生が勤務を終えるのなら、ビデオカメラの設置だけでも構わないのでお願いします。」


 そう言って頭を下げる。チラリと時計を見れば、時刻は23時半を過ぎている為、変化までの猶予は少ない。高槻は難しい顔をしたままこちらを窺う様に話しだした。


「黒江さん・・・、貴方の言葉が荒唐無稽な事は、理解されているんですよね?今の貴方はあの、なんだか分からない輪っかが出現してから最初の被害者と言う事で、重要観察対象に分類されています。0時頃でいいんですね、準備してきます。」


 そう言い残し、高槻はビデオカメラを取りに退出。残されたのは俺と莉菜の2人だけ、必要に頭を撫で回していた妻は外傷が無いことに満足したのか、ベッドの横の椅子に座りこちらを見ている。


「先に謝っておく、済まない。仕事は辞める事になると思う。変化したら、それどころでは無い状況になるし。」


「・・・、気付かなかったけど、何か仕事で嫌な事でもあったの?悩みがあるなら話してよ、夫婦なんだし。」


 思い詰めた様な声で話す妻は、こちらを労る様な表情を浮かべる。5歳程年下の彼女が愛おしくて堪らない。出来れば彼女にはそんな表情は浮かべずに、何時も笑顔でいて欲しい。別に俺は死ぬ訳では無い。たとえ俺の見てくれが変わろうとも、彼女が愛する妻なのは変わらないのだから。


「ないよ・・・、何もない。でも、変わるんだ。キミは・・・、莉菜はそれでも妻でいてくれる?」


「バカ・・・、貴方と私。それに、2人の子供に猫一匹の5人家族。喧嘩もしたし、嫌な事も有ったけど・・・、うん。私の夫は貴方だけよ。今更他の人となんてイヤだわ。」


 妻は泣いていた・・・。俺も頬を伝うモノがある。お互い見詰め合い、どちらからともなく唇を寄せキスを交わす。迷惑を掛けてばかりの妻には、頭が上がらない。たとえ姿容が変わろうとも、俺は彼女や子供達を守り続ける。


 長いようで短かったキスは、どちらからともなく唇を離し。お互いの顔を見て声もなく笑い合う。そうしていると、病室の扉がノックされ高槻がビデオカメラと三脚を持って入ってくる。


「話は終わりましたか?そろそろ時間なので、準備をしますね。」


 妻には見えない角度で、俺の方を見てニヤニヤしている。コイツ・・・、外で話を聞きながらタイミングを伺ってたな?まぁ、空気が読めると評価してやろう。イチャ付く夫婦の間に、途中で入って来ていたなら極刑である。


「話は終わ・・・、そう言えば先生、俺は変化する時活動停止するらしいです。多分寝る事だと思いますが、勝手に起きるまでは起こさないで下さい。何が起こるか分かりません。」


「分かりました、その他の注意事項はありますか?」


「多分無いです。」


 そう言って時刻を確認すると23時55分。後5分で変化する訳だが、やり残した事は・・・、できる時間もないか。


「話が本当なら、容姿が変わるんでしょ?なら、写真撮ろ。先生お願い。」


 そう言って莉菜が、自身のスマホのカメラを起動して高槻に渡し、俺の顔に頬を寄せピースサインをとる。渡された高槻は既にビデオカメラの設置を済ませており、スマホを覗き込みながらノリノリで『そのまま寄って、キスしてもいいんですよ?』などと言いながらシャッターを切る。


最初の印象では医師らしく、何処か固い印象があったが、案外話してみるとノリの良い先生なのかもしれない。さて、タイムリミットまで残り1分を切った。ベッドに横になり、来るべき時に備える。ベッドの左には莉菜と高槻、足元と右にはビデオカメラが備え付けられ・・・。



ーside 莉菜ー



 休日の朝如何お過ごしでしょうか?私は朝から弁当作ったよ!長女の遥が進学で巣立ったのに、長男の那由多が高校生、しかも部活で朝練なんてあるもんだから、休みを返上して早起きしたんだよ!眠い・・・、果てしなく眠い・・・。


 愛する夫の司は未だに夢の中、ふつふつと湧く殺意でおかずのソーセージと卵焼きを作って弁当箱に幽閉してやる!ついでに、美味しいのか分からないふりかけも盛大にまぶしてやろう。なに、礼は要らん。旨いの一言さえ貰えれば。


「母さんおはよう、朝飯は?」


「ご注文は野ウサギですか?」


「朝からワイルドなジョークだね。パンでい・・・、いや、うん、ご飯ちょうだい。」


 昨日セットした炊飯器には5合の米。仕事に出たら1日は帰らない夫の2食分の弁当と、息子の弁当を作って朝昼晩と米を食べれば、ちょうど無くなる。私が有無を言わさず茶碗によそったご飯に、歯磨きを終え洗面を済ませた息子は、文句を言わず箸を付ける。おかずはお弁当の残りだ。


「母さん今日は、夕方までは帰らないから。」


「はい、行ってらっしゃい。車には気をつけるのよ〜。」


 息子を送り出して一息、時計を見れば夫がそろそろ起きる時間だ。炊事は終わった、洗濯は洗濯機が勝手に終わらせる。高かったが、乾燥機付きを買って良かった。後は皿を食洗機に入れるのと掃除だけだけど、昼からすればいいかな?


 居間でお茶を飲んで、優雅なひと時。なに、朝食?そんなものはつまみ食いで済ませたわ。出来る主婦とは、時間の確保に余念が無いものなのだよ。あ、足りないからトーストトースト。


「おはよう、休みなのに早いな。」


「おはよう、那由多が部活でお弁当つくったのよ。司の分もついでに2食作ったから持ってって。」


 中年太りを気にして、欠食癖のある夫に茶色多めの朝食を出し、お弁当を渡す。朝のミッションコンプリート、駄賃?ならその唇を頂こうか!


「弁当ありがとう、行ってきます。」


「はい、いってらっしゃい気をつけて。」


「莉菜もね~。」


 そんな何時もの挨拶を交わして、駄賃の唇を徴収。今日の私のご予定は?皿洗い、掃除、買い物の3本でお送りします。朝のワイドショーを見ていると、ペットのにゃん太がすり寄ってきたので、捕まえて膝の上で喉を撫でる。


 そんな何時もの日常が急転したのは、パジャマから着替、昼を食べた後。臨時ニュースで、正体不明の輪っかが各地に出現したと言う、訳が分からないが、何だか大変そうとしか言えず、しかし、我が家には関係無いと他人事の様に思っていた時。


 ピンポーン


「は~い、今行きま〜す。」


 来客を知らせるチャイムの音は、宅配便の知らせ。通販で頼んだ覚えはないし、夫が何か買ったと言う知らせも聞いてないから、お義母さんが何か送ってくれたのかしら?そう思いながら、玄関に行くと扉のガラスから覗くのは、宅配員では無い格好の二人組。


(宗教かなにかの勧誘?)


「すみません、中央署警察所の者です。」


 そう、扉越しにどちらかが声を上げる。警察?近くで事件があったとは聞いてないし、何か悪い事したかしら?まさか、夫か息子に何かあった? 


「今開けます。」


 扉を開けると、そこには黒いスーツを着た2人組が、警察手帳を見せながら話しかけてくる。


「中央署から来た、伊月と宮藤です。旦那さん、黒江 司さんの事で伺いました。司さんはご在宅ですか?」


「いえ。仕事に出て、帰るのは明日になります。夫がどうかしましたか?」


 夫の不在を伝えると、2人組はお互に目配せした後に、夫の事について話しだした。でも、話す2人組も状況が掴めないのか、断定的には話さない。


「ニュースは見ましたか?司さんなんですがね、今各地に出現している巨大な輪っかが有るんですが、その中にどうも閉じ込められたみたいなんですよ。差し支え無ければ、一緒に来てもらえますか?」


 夫が閉じ込められた?さっきまでの他人事が、当事者になって現れた!いや、あの人は奔放な所は有るけど、私や家族を悲しませる様な人じゃない。


「生きてるんですよね!?夫は無事なんですよね!?」


「落ち着いてください奥さん。こちらとしても、あの輪っかが何か分からず、通報の段階ではご主人が仕事中に偶然、輪っかの中に入ったとしか聞いてないんですよ。電話にも出ないようですし、今どうなっているかは、正直な所分かりません。」


「分かりました、準備しますね。行き先は夫の会社ですか?」


「ええ、そうなります。」


 必要なのは財布にスマホに家の鍵。那由多にはパトカーから電話しよう。他に何か・・・、あぁ、いつ帰るかわからないから、にゃん太のご飯と水! 


 一通りの準備を終えて、家の前に停まっている覆面パトカーに乗り込もうとすると、斜向いの工藤さんがこちらを見ていた。ちょうどいい。


「工藤さーん、これから出ていつ帰るから分からないから、何かあったらよろしくお願いしまーす。」


「分かったわ、黒江さん。何があったか知らないけど任せといて!」


 そんなやり取りをして、パトカー発進。早速車内でスマホを取り出し那由多の学校へ連絡。あの人は無事かしら、怪我とかしてないかしら?響くコール音を聞いていると、嫌でも悪い想像が頭を過る。


「はい、日岡高校当直の前田です。」


「もしもし、黒江 那由多の母の黒江 莉菜です。至急の連絡が有るので那由多をお願いします。今は部活の練習でグラウンドに居るはずです。」


「分かりました、少々お待ち下さい。」


 電話に出た男性の声は、保留音に変わり時間が過ぎる。息子になんて話そう、何を言えばいいんだろう?頭の中はグルグルと迷路に入ったように考えがまとまらない。


 こんな時夫なら、事もなげに話し対応してくれる。そう、友達の紹介で知り合って、付き合い出して、結婚して子供が出来た。そんなどの場面でも、司は優しくて頼りになる。変に頑固で凝り性な所は有るけど、私にとっては大切で大好きな人だ。


「もしもし母さん?何かあったの?」


「那由多、お父さんが消えた!」


 幾度目かの保留音の後に繋がった電話から、息子の声が聞こえた。走ってきたのか、息切れした様な呼吸音が交じる。部活で鍛えてるんだ、走ったくらいで息切れとは情けない・・・、いや、そうじゃない。


「は?消えた?母さん落ち着いて。」


「餅ついて?こんな大変な時になに言ってるの!正月でもないし、餅つきなんてしてる場合じゃないわよ!」


「違う、落ち着いてくれ。何が何だか分からない、父さんになにかあったのか?」


「は?オチ付けてくれ?何言ってるの!父さんが変な輪っかに閉じ込められて大変な時に!」


「・・・、分かった。何かに閉じ込められたんだな。母さんはそこに向かってるとして、オレはどうする?」


 馬鹿な事ばかり言っていた息子だが、話は通じたみたい。全く、こんな大変な時にふざけるのはやめてほしい。夫は真面目なのに誰に似たんだか。


「まだ何も分からないから、部活が終わったら家に帰って待ってなさい。大丈夫だと思うけど、遥にも連絡しておいて。」


「分かった。姉ちゃんすぐに連絡付くといいんだけど。」


「要件終わったから切るわよ。気を付けて帰るのよ。」


 そう言って電話を切る。パトカーの窓からはもう、夫の勤め先が見え、ニュースで言っていた輪っかも確認できる。あの輪っかの中に夫が?近くで見ないと分からないけど、何処かに通じている様には見えない。


  パトカーに乗ったまま、会社の敷地内を進み輪っかの近くに到着。敷地の外には多数の報道関係が居て、しきりにカメラに向かって何かを話していた姿を思い出すと、多少の優越感があるけど、既に夫が事件に巻き込まれた事は、周知の事実なのかもしれない。


 パトカーから私と伊月さんが降り、伊月さんは他の人との話があると私に断りを入れ、警官が集まっている方へ歩き出した。宮藤さんは私の事もあって居残りなのだろう、パトカーの中でスマホとイヤホンを取り出し何かを聞いているようだ。辺りを見回すと、輪っかの周りには警察、消防車、救急隊が揃ってる。


 でも、揃った所で夫が居ないのでは始まらない。周囲の人達も手持ち無沙汰なのか、一部の人は輪っかを見ているが、それ以外の人は休憩を取っている。あの人の事だ、意外とひょっこり帰って来るのかもしれない。


「奥さん、ちょっといいですか?」


「なんですか?夫が見つかりました?」


 伊月さんが、歩いて近寄りながら声をかけてくる。後ろには夫と同じ制服を着た人が1人付いてきているけど、誰だろう?夫は家で、徹底して仕事の話はしない。知っているのは前に聞いた仕事内容と、数人の同僚や上司の名前、仕事はシフト制なのでシフト表さえ貰えば夫の出勤日がわかる。


「奥さんすみません!」


 そう一息に言って頭を下げる。同僚の方だろうけど、何を謝って居るのだろう。ポカンとしているのが分かったのか、連れてきた伊月さんが説明してくれた。


 聞いた話によると、彼、佐々木さんと夫は出現した輪っかの調査をしていて、調査を終えて帰ろうかという時に、写真が足りない事に気付いた夫が撮影に戻り、そのまま消えてしまったらしい。


「自分が・・・、自分がもっと気を付けて撮影していれば、黒江さんが消える事は!」


 そう言って泣きそうな顔で、再度佐々木さんは頭を下げる。確かに、彼がちゃんと仕事をしていれば、夫は消えなかったのかも知れない。でも、誰も輪っかに近付いただけで、神隠しにあうなんて考えつかない。


「頭を上げてください、貴方も夫もただ・・・、ただ仕事をしていただけなんですから。それに、夫は消えただけで、死んだ事が確定した訳でもないですし・・・。」


 そう話した後、佐々木さんは伊月さんに連れられ、警官の集まっている方に戻って行く後ろ姿を見ながら、私自身が口にした言葉が頭の中に木霊する。消えたけど、死んだわけではない。それは多分、死体を見ていないからの、強がりなのかもしれない。


 何時ものように、キスをして送り出した夫が、死体もなく死亡報告だけで帰って来る。棺も空、骨壷も空。あの人の生きていた証は、写真と子供と私やお義母さん達の記憶だけ。頭を垂れるように足元を見ていたけど、ふと、顔を上げると暮れる夕日が目に入る。伸びた影は暗く、まるで足元が崩れ落ちたかのような錯覚に襲われる。


 覚悟・・・、あの人が、司が居なくなっても受け入れて、子供達と前に進む覚悟は・・・、今の私が持つには時間が必要。居なくならないで、どんな姿でもいいから帰ってきて、出来れば元気な姿でまた私に触れて欲しい。


 それから程なくして、夫はひょっこりと、輪っかの前に急に現れた。多数の人が輪っかを見ていたらしいけど、本当は何時からそこに居たのかは分からないらしい。夫の乗った救急車に同乗して話したかったけど、それは救急隊の人に止められ、代わりに運ばれる病院名を聞いたので、事情聴取したいと言う伊月さん達と病院へ。


 病院での検査結果は、主治医の高槻さんから教えてもらったけど、特段異常は見つからなかったらしい。安心感から少し泣いた。ただ、夫本人の申告では酷い頭痛が有るようだけど。ご飯も食べてないだろうし、低血糖かな?売店でおにぎりでも買っておこう。


 面会時間が終わっても待合室で、一目でも会いたいと言う一心で待っていた私の所に、看護師と高槻先生が現れて面会できる手はずとなり、今に至る。


 会う前に過度のストレスにより、おかしな言動が有るかもしれないと説明されていたけど、まさか夫に少女への変身願望があったなんて私の目でも見抜けなかった。


 淡々と、しかし真剣に考えながら話す夫の言葉は、夫の中では真実なのだろう。私も共感して泣いてしまった。そして、夫指定の0時になろうかと言う時に、事態はまたもや急転。横になっていたけど、喋っていた夫がブレーカーが落ちた家電の様に、急にうんともすんとも言わなくなったので、顔を覗き込むと。


「先生!なんか光ってる!夫が、司が輝いてる!」


「奥さん落ち着いて!」


 仄かに光り出した夫からは髭が消え、やせ細り、色が無くなり見える範囲の部分は白くなった。更に光が増すと、今度は身体が縮み出した。


「いかん!」


 そう叫んだ先生は、夫に掛かっていた布団をガバッと足元まで下ろし、瞬きはするのも惜しいかのように目を見開き、身体の変化を観察している。司、ごめんよ・・・、貴方の言った言葉は真実だったんだね。


 ある程度身長が縮んだ夫は、しかし、腕だけ長い不格好な姿になり、今度は幅が無くなり、ペラペラの紙の様になったかと思うと、人相が変わりエアバッグが作動したかの様に膨らんで人の体型に戻り、髪が伸びた後、暫く光って輝きが消えた。


 ベッドの上に残されたのは、目は閉じ呼吸しているのか分からない、背筋が凍る程美しく作り物の様だけど、決っして人では作ることのできない、そんな美しくも神秘的な白い少女の姿の夫。


 時間にして、10分は経っていないと思うと。微動だにしない夫は、勝手に起きるまでは起こさないでくれと言っていたけど、これはどうしたらいいんだろう?生きてるの?死んでるの?夫は姿だけ変わったの?消える事の無い疑問が頭の中をグルグルと回る。


「凄い!これは凄い!奥さん見ましたか!人体がこんなに目まぐるしく、しかも短時間で変わった症例なんて無いですよ!あぁ、こうしては居られない!研究に論文、それに後・・・。」


 一緒に見守っていた先生は、興奮して居るのか夫の周りを忙しなく動き回り観察している。あっ、聴診器!


「先生!起きるかもしれません、触らないでください!」


「おっと、失礼。しかし、何時目覚めるんでしょう?」


 そう言って、寝ている夫の口元に手の甲を寄せ、怪訝な顔をした後、頬を寄せて胸の方を見た後、血相を変えて胸の上に両手を一気に押し込んだ。


「ちょ、何してるんですか!?」


「緊急事態です!呼吸がない!ナースコールを!」


「え?・・・、はい!」


 心臓マッサージされている夫は、まるで人形の様に心臓マッサージのリズムでビクンビクンと震えている。あぁ、神様!何で夫は死んだんですか?さっきまでは普通に生きて居たじゃないですか!


「いやぁぁ!司!起きてよ!」


ーside 司ー



 何かが胸の上に乗ったと思ったら、全力で押し込まれた。胸の上に乗ったのは、愛猫のにゃん太では無かったらしい。周囲の音を拾えば妻の叫びと、荒々しい高槻の息の音を。起こすなと言ったはずだが、どうやら心臓マッサージされているらしい。


 普通、心臓マッサージを健康な人間にすると、胸骨がへし折れるが、今の感じだと遊びではなく、全力で折りにきている強さだ。何が原因・・・、あぁ、中身が無いんだったな。押し込まれてもぺちゃんこにならないのは、素直に嬉しい。多分、今の姿が固定された姿なので、押されてもその姿に戻ろうと反発しているのだろう。


「生きてるから、止めてくれないか。」


 そう言って目を開くと妻と高槻、他数名の看護師の姿が飛び込んできた。


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[良い点] おもろいんじゃ〜 [一言] 面白い奥さんなのは伝わったけど、急にガツンときたからちょいと飲み込めなかったっすよ! せめて主人公視点で匂わせなりなんなりが欲しかったくらいには。 主人公がある…
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