39話 バーベキュー 挿絵有り
「昨日はありがとうございました。あと、途中で寝ちゃってすみません・・・。」
「長丁場だったし仕方ないさ。よく眠れた?」
「おかげさまで。あ。シャワー浴びてきます。昨日は良かったですが、やっぱり臭うので。」
望田がシャワーを浴びに行く間に一服。涼しいので今日はチューブトップに短パン姿で他の朝の準備も済んでる。今日から休み、だからまったりできる。テレビのニュースでは、海外から日本に入国する際、身体検査で両手両足を確認し、スィーパーの指輪が無い事を確認する法が可決した事を知らせている。
あれがあれば、密輸も脱税もし放題。早急な対策が必要だが、残念な事に対策は思い当たらないし、人の倫理に頼るしかないのが現状だ。まぁ、その辺りは俺の領分でもないし、その話を回してきたらもれなく、ゲート出土品で探してくれと言うしかない。しかし、薬物は薬で治るのだろうか?脳細胞が破壊されたと取るなら、回復しそうな気もするが依存はどうなのだろう?
ニュースを聞きながら、スマホで動画を見ると中々バラエティー豊か。セス氏の投稿では到頭セーフスペースに家が建った。簡易の住居試作品と題しているが、快適だと言って数日住んでいる。自衛隊にでも見せれば、デポの構築案として使えるだろう。
他には鑑定師募集のCMが動画の合間に多く流れ、新しい発見としては、俺はこれで空を飛ぶと言う動画でスーパーマンの格好をしたり、鳥のコスプレをしたりと数人で話しながら模索している。そして1人は浮遊する事が出来るようになって動画は終了。
他にはどこで撮ったのか、俺の私服姿ファッションなる動画でシャチパーカーを着ていたり、黒のワンピースを着たりして最後は・・・、チアコスで応援している。そうだよな、あのアカウントに載せたのだから、広まるのは早いよな・・・。
「お待たせしました、今日はどうします?夏目さんからのLINEでは14時頃に海の公園に来れる人は集合らしいですけど。」
「そうか。行きたいけどそこどこ?」
身支度を済ませた望田がシャワー室から出てくる。良かった、着替えがないと言われたらどうしようかと考えていた。流石に1週間近くゲートに居たのだ、無くなってもおかしくないし、個人の指輪の中は分からないので本人の自己申告で判断するしかない。幸いな事に服はあったようで、黒いTシャツに揃い7分丈のパンツを履いている。
「神奈川ですね。確か車で1時間くらい?」
「車か・・・、帰り大丈夫?」
ホテルまでの道は流石に覚えているが、神奈川からここまで帰ってこれる気がしない。望田の車にはカーナビが付いているのでその通りに運転すればいいのだろうが、首都高は流石に及び腰になる。
「体力的には大丈夫ですね~。ゲート内であれだけ寝ずに動けて外では無理と言うのは通用しませんよ。」
「まぁ、そうか。」
笑いながら話す望田だが、その殆どは回復薬と極限の緊張状態から来たものだぞ。彼奴等は有機構成体を回復、復元する薬を作ったのであって、精神は多分違うんだぞ。寝なくていいのは、多分脳に溜まった熱が強制的に除去されているからだろう。
「ツカサに予定がないなら、買い物行きませんか?服も欲しいですし、ゲートに入るとなると食べ物とか他にも必用な物も有りますし。」
「いいよ、何時ものお礼だ。私も欲しい物あるし付いていこう。」
そう言ったものの時間的にまだ店は開いてないし特にやる事もない。望田はスマホで買いたい服を検索しているようだし、俺もタバコを吸ったばかりで妻と電話して過ごし何通か溜まっていたメールに目を通す。内容は企業からのクーポンのメールが多かったが中には高槻からの催促メールもあった。
内容に目を通すと来てくれれば優先的に検査するが、高槻自身も忙しいので連絡なく来た場合、いないかも知れないとの事。まぁ行く気はあるのだが、助言したりゲートに入ったりと中々時間が取れないのが現状だ。しかし健康診断か・・・。ゲートに潜る者には健康診断や、精神的な健康診断もした方が良いのだろうか?
身体的には回復薬を飲んでいるので、さほど問題はないように思うが、精神はPTSDなんてものもある。ゲート内はモンスターがいて常に死の危険が伴う場所なので、発症リスクは高い。俺個人は多分発症しないと思うが、他の人間の精神は分からないので個人に任せるか一回全員で受けるか迷う所ではある。
「カオリ、ゲート探索で精神病って発症すると思う?」
「難しい質問ですね・・・、職の効力が身体面だけならリスクはありますが、精神面に効力がなくても職に就いていると言う事実だけで、精神的安定をもたらしてると思います。」
ベッドで寝っ転がってスマホを見ていた望田は、俺が質問すると起き上がって姿勢を正して答えてくれた。確かに、死の危険はあるが対処方もある。そして、この対処方はゲートに入る=配信を見たと考えると、発症リスクはかなり軽減される。
問題は配信を見ずに入る人間だが、そもそも危険な場所に事前知識無しに入る方がどうかしている。そう考えると、発症する可能性があるのは命からがら退出した人間か、退出までの間に仲間を失った人間だろう。そして、発症した人間はゲートに入ろうとしないので、フラッシュバックは起こりづらい。なら精神的疾患は、起こりづらいと考えていいのだろう。
「カオリはゲートに入るの怖い?」
「そうですね・・・、怖さは有りますが職を使うのはゲート内だけなので、どちらかといえば、試してみたいっていう好奇心が勝りますね。出来なかった事が、出来るようになった喜びと言いますか。開放された自由があるといいますか。」
「成る程、そういう考えか。」
究極的に言うと、ゲート内で何をしようと自由だ。治外法権が認められている以上、中で人体実験しようが、クスリに溺れようが、はたまたハーレムを作ろうが誰も文句は言わない。
まぁ、中で人に会う事は稀なので、クスリ以外は入るまでに外の法で縛られるし、合意の上なら発見は不可能に近い。クスリはセーフスペースで、栽培出来るか知らないが、出来なければ禁断症状と戦いながら15階層を目指す事になるし、栽培出来たならそもそも外に出ようとしない。
・・・、そのうちゲート病とか出てきそうだな。外より中の方が過ごしやすいからゲートに入って気晴らしとか、そのまま移住して好き勝手するとか。少なくとも、病気の心配はそこまでしなくていいし。
ソーツが戦う事には有能と言っていたが、人含めた生物には闘争本能がある。ソレは他者より強い立場で競争に勝ち支配したいという欲求なのだが、確かにコレを持っていれば戦う事には有能だろうな。放置していても勝手に増えて戦ってくれる手駒、しかもソレは本能なのだから止めようがない。まぁ、進化や進歩はここからの欲求なので、無くなると困るのだが・・・。
「そろそろ行きましょうか、いい時間にもなりましたし。」
「おっ、もうそんな時間か。なら行くとしよう。」
サングラスを掛けて部屋を出る。熱くなりそうなので髪はどうしようかと思っていたが、望田がツインテールにしてくれた。ツインでもポニーでも涼しければそれでいい。本当は帽子も被ろうかと思ったが、どうも髪が長いと蒸れる気がして、被りたくなかったのでちょうどいい。望田は紫外線対策か、Tシャツの上に白いYシャツを引っ掛けて行くようだ。
「今日はですね、実用品メインで買い込もうかと思います。大分服がお亡くなりになったので・・・、夏目さんのスーツが羨ましいですね、身体に自信が無いと着れませんが。」
「あのピッチリスーツか・・・。カオリは太ってないよ。大丈夫、大丈夫。あれは男の方が問題ありそうだから。」
肉壁が身体を変化出来るとしても、男は前がな・・・。無くなって分かったが、疲れた時とかの不意の反応が無いので割と快適。ズボン履いてても割と気になるしね。
「あー、赤峰さんとか着たら凄そうですね・・・。逆に、宮藤さんは線が細そうなので有りですね。相手は・・・、卓くん?井口さんが言ってましたけど。」
赤峰と組んでたから、井口はゴリマッチョが好みかと思ってたが、どうやらそうではないらしい。まぁ、人の嗜好はそれぞれなので迷惑がない範囲ならお好きにどうぞ。
「さて、この辺りですね。」
コインパーキングに車を停めて、やって来たのは足立ゲート。望田は暑いからと、上着を脱いでTシャツのみ。世田谷ゲートの方が近かったが、秋葉原の復興状況も見ようとこちらに来た。秋葉原は割と急速に復興していて、大型ビルを消したのが良かったのか、ゲートがあるのが良かったのか、壊した建物やゴミは秋葉原ゲートに投げ込まれていた。
営業している店はまだ少ないが、足立から秋葉原方面に向かう途中に露店街が有るそうなので、そのうち時間があったら見に行ってみよう。そんな事を考えながら連れて来られたのは、作業着専門店。カジュアルな物からゴツい安全靴まで揃うし、最近ではアウトドアグッズやライダーグッズも揃うし、安くて良心的。
「ほう、私もインナーとか欲しいな。後、安全靴。」
「私はとりあえず、速乾Tシャツとかですかね。上下で動きやすい服とか。ゲートの中は暑くないんですけど、動き回るから結局汗はかくんですよね・・・。指輪様々で買い込んでも、荷物の問題が無いのは嬉しいんですが・・・。」
「おっ、ここ金貨払い大丈夫なんだ。少し多めに買うかな。」
「なぬ!それなら買いましょう、懐は暖かいので!」
色々服を見てみるが、やはり糸は早急に作りたいな。買えば良いとは思うが、そもそも服であって防具ではない。箱の中身は武器こそ多いものの、防具系の物はほぼ無い。職への理解が進めば多分要らなくなるのだろうが、それでも身を守る物は欲しい。
「この服とか、ツカサにどうです?」
望田が持っていたのは黒いTシャツ、普段着にも使いやすそうだし奇抜でもない。なんだろう・・・、ここ最近というか、この姿になってやっと、普通の服を勧められたような気がする。今着てる服が普通でないかと言われたら、同じ様な格好の人とすれ違ったので、普通の格好ではあるのだが・・・。
「買う、絶対買う!」
「えっ?そんなに気に入りました?」
「ああ、こう言うのでいいんだよ、こう言うので・・・。」
地元でもこう言うの着ていたし買おう。何なら、ロンTも数着買って普段着にしよう。多分、俺は今の身体に合う普段着が無さすぎて、選択肢がないのだから買えば増える。
「宮藤さん、クロエさんの声しませんか?」
「いい声だからね、間違いないと思うよ?ほら。」
メンズコーナーから聞いた事あるような声がしたと思ったら、宮藤と卓がひょっこり顔を出した。多分、2人もゲートで服を駄目にしたのだろう。手には数着インナーとシャツが握られている。
「宮藤さん達も、ここで買い物ですか?」
「ええ、クロエさんと望田さんもですか。しかし、クロエさんは女の子を楽しんでますね。」
「楽しむというか、単純に涼しいので着てるだけですよ。卓君は顔赤いけどどうかした?」
「あー、クロエ。卓君も男の子と言う事です。気になるあの娘の私服を初めて見た的な。」
「なっ!望田さん!」
卓が慌てているが、確かに今の服は露出が多い。まぁ、夏場で暑いのだから仕方ない。上着もないし諦めてもらおう。着ている服も一般的な物だし大丈夫。店で立ち話も何だと言う事で、近くのオープンカフェで一休みしながら話す。暑いので店内、何なら個室が良かったが、生憎満席で仕方なくテラス席に座った。慣れたからいいのだが、遠間からチラチラと見られている。
「それで、2人は買い出し?」
「ええ、ゲートで消耗品はかなり無くなりましたからね。次は5層潜るだけですけど、難易度的には上がってますから今のうちに揃えておこうかと。」
「僕はそれのお付きですね。実際僕も欲しい物は多いのでいいんですが、防具とか、せめて攻撃に多少は耐えられる物が欲しいですよ。」
「ここは故事に習って鎖帷子とかですかね?」
「それなら、防弾繊維の方が軽くて丈夫だろ?」
ワイワイ話すが、やはり皆んな防具は欲しいようだ。確かに今回潜った時も、普通の迷彩服を着た人が多かったし、何なら動き易さを求めてТシャツにジャージなんてのもいた。そのせいか、服が破けて男女共に色々とヤバい事になっていた。特に胸の大きな井口なんかは、途中で下着も服も尽きたのかサラシの様に服を胸に巻いていた。
一応、魔法職とか調合師とか装飾師とか鍛冶師とかで作れるらしいが、その職が一堂に会する事が無いので進捗なし。そもそも装飾師には会った事がない。千代田経由で警察から情報を引き出せば居るとは思うが、今度聞いてみよう。
「そう言えば、2人は海来ます?そろそろ時間ですけど。」
「行きますよ?泳ぐのはアレですけど、交流は大事ですから。」
「僕も行きますね。雄二は先に行って夏目さん達と、場所取りとかバーベキュー準備してます。そろそろ電車の時間か。」
時計を見ると昼過ぎ、余裕を見るならそろそろ移動した方がいいだろう。宮藤達は電車で行くようだが、4人なら望田の車で移動できる。夕日をバックに電車で帰るのも乙だが、それは帰りの話。差し支えなければ誘ってみるか。
「それなら一緒に行きませんか?私達は車で移動するので、2人なら乗れますよ。カオリ、いい?」
「いいですよ。目的地は一緒ですしね。」
それならと宮藤と卓も車に乗り込み出発。初めての首都高は迷路の様で、ゲート内を歩くよりもよっぽどドキドキした。それは宮藤も一緒の様で、柄にもなく2人ではしゃいでいると、望田と卓から生暖かい視線を貰った。
仕方ないだろ、映画の舞台にもなったし、あれだけゴミゴミしてるのに望田は間違わずに進むし。凄いな〜と思い視線を送ると、望田はどこか得意げな顔をして、若干速度を上げてくれた。
神奈川に入って高速を降り、程なくして海についた。平日だが、ビーチにはそれなりに人がいてテントが立っている。卓がスマホで雄二に連絡を取ると、彼が迎えに来てくれた。広いビーチなので迷わずに済むのはいい。
「着替えはどうしようかな、車で済ませようかな。」
「それは盗撮の危険があるので、止めてください。荷物持っていくので、着替えたら近くで待っててください。」
地元の海や川で泳ぐ時は、車で着替える事が多かったが盗撮か。されても嫌だし大人しく更衣室で着替えよう。大分今回の自衛隊風呂で鍛えられた気がするな・・・。躊躇なく入っていけるし。卓が荷物持ちを申し出たが、望田が断り他のメンバーと先に行く事にした。
(ねぇ、あれって・・・。)
(そうだよね・・・。)
(えっ?同じ人間?)
更衣室で裸になるたび、注目を集めるのも慣れたか。服を脱ぐのにサングラスを外したのが決定打になったのか、居合わせた人がヒソヒソしているが、こういう場合は平然としてさっさと着替えるに限る。
着替え終わってサングラスをしたまま、近くの喫煙所で海を眺めながらタバコを吸う。宮藤達は先に着替え終わって待っていたが、後は望田を待つだけなので先に行ってもらった。買い物からここまで吸うタイミングが無かったので、ニコチンが心地良い。ビーチで吸えるかわからないし、何本か吸っておくか。
「ねぇ、君可愛いね。ファーストちゃんメイクも似合ってるよ。てか肌白!ちょっと向こうで飲み物とかどう?暑いし水分補給は重要でしょ?」
「そうそう、一人みたいだしさ。タバコ吸ってるから大人なんだし、向こうで皆で楽しもうよ!俺達スィーパーで鍛えてるんだぜ!」
「・・・、んあ?私か。連れがいるから他を当たってくれ。」
日に焼けた長い茶髪の青年と、黒髪短髪の青年が声をかけてきた。どちらも長身・・・、というか大体の男女は見上げる事になる。しかし、これはナンパか。外見少女の大人だが、した事もされた事もないので興味深い。
「連れ?君の連れなら絶対かわいいじゃん!その子も一緒行こうよ!」
「ゲート行って俺達お金もあるし、ご飯奢るからさ、ね?」
「いや、連れ達なんでな。生憎予定は詰まってるよ。飯は次会ったら奢ってくれ。」
「そんなこと言わないでさぁ〜、絶対こっちの方が楽しいって!」
ぞんざいに扱っているが割と粘る。まぁ、引いたらそれで終わりだし、コイツ等も真夏のアヴァンチュールを目指してるんだろうな。ただまぁ、鍛えるとはアレの事を言うのだろう。
「クロエさん、タバコですか?そこの2人は?」
高身長、短髪、鍛えられた身体は巌の様で、胸板だけで俺のウエストを軽く越える。腕や太腿も太く筋肉が隆起し、腹は見事なシックスパック。うむ、マッスル。しかし、動き自体は軽くその筋肉が見せかけではなく、純粋に戦う為のものである事を嫌でも悟らせる。
ビーチの方からサングラスをした赤峰が歩いてきた。黒いアロハを着て、短パン水着にビーチサンダルと海水浴らしい格好だ。そして、着替えが終わった望田も出てきた。ナンパしていた2人は赤峰の方を見て固まっている。まぁ、威圧感は半端ないよな。
「クロエはホテルで買った水着なんですね。はい浮き輪です・・・。って、誰ですこの2人?」
「カオリ待ってたら、起こった初めてのナンパ体験とか?2人共スィーパーらしい。」
「ほう、それはいい。クロエさんの目に叶うといいな。」
「わざわざ浮き輪いる?まぁ、尻に引いて浮くのに使うか。」
溺れないようにとわざわざ望田が浮き輪をくれたが、確かここ調べた時に遠浅とあったような。まぁ、邪魔ならビーチに置いて泳げばいい。
「えっと、本物のクロエ=ファーストさん?」
固まっていた2人のうちの1人が、意を決したように声をかけてきた。変に騒がれても困るし、釘は刺しておくか。
「ああ、本物の。プライベートなんでな騒がないでほしい。」
そう話した後、2人が握手と記念撮影をお願いしてきたので、皆で写って別れ赤峰に連れられバーベキュー会場へ。時間は早いが割と参加者が集まっている。
「ファーストさんはどうしますか?準備は終わってるんで泳ぐ前にサンオイル塗りましょうか?肌が弱そうなので、スキンケアは大切です、その肌が日に焼けて赤くなったりしたら損失です。なので、寝てください。丁寧に塗りますから!」
夏目がオイルを持って詰め寄ってくる。別に付けなくてもいいのだが、一切日に焼けないのも変に思われるかもしれない。ここは1つ塗ってもらうか。
「なら、お願いします。」
「ええ、ええ、塗りましょう!」
「まて夏目ズルいぞ!」
うつ伏せに寝た頭の上で何やら言い合っているが、さっさと塗ってほしい。何なら早く泳ぎたい。ビーチパラソルの下なので日陰ではあるのだが、夏なので暑い。何なら、潮風がベタつくので早く海に入ってさっぱりしたい。
「まだですか?塗らないならもう海に入りますが?」
「直ちに塗ります!」
そう声がかかり、何本かの手で両サイドから塗られた。揉み込むように塗られた。オイルを塗られている筈なのに、気分はキュウリの塩もみにされているような。手付きは優しいので痛くはないのだが・・・。
「なんか飲むっすか?」
「ストロー刺して、ブラックコーヒーがあるなら下さい。」
「はいどうぞ。お酒じゃなくて良かったですか?」
「それはバーベキューの時にでも・・・。」
オイルを揉み込まれて動けない俺を見かねたのか、雄二がストローを刺した缶コーヒーを、目の前の砂浜にズボッと刺した。ストローで缶コーヒーを啜ると思いの外冷たい。クーラーボックスの方を見ると、警察組の女性が氷を出している。さて、そろそろ塗り込むのも気が済んだだろう。
「せっかく海に来たので泳ぎましょう。」
「お供します!」
そうして望田や夏目達と海に入ったが、遠浅の為潜れない。子供にはいいがちょっと物足りない。仕方ないので海に入っているメンバーと水をパチャパチャ掛け合って遊ぶ。次海行くならどこか潜れる所がいいな。
小田の胸の地震を見て望田が嫉妬したり、夏目が俺に体型を似せると言って頑張ってみたが、変なバランスになり、ついでに水着も脱げそうになり慌てたり、井口が兵藤にお願いして浮き輪を引っ張ってもらったり、危なくない範囲で雄二と清水が海を割ると言い出して剣を振ったりと、設備はないはずなのに勝手にアクティビティを満喫した。
「スイカ割りしませんか?」
海から上がって休んでいると、氷を出していた加納が話しかけて来た。彼女はゲート内でもモンスターの足止めから、氷のかまくらを作って簡易救護所を作ったりと中々活躍してくれた。
「やりたい人集めてやろうか。」
そして始まったスイカ割りも、何故かカオスな事になった。事の発端はスイカが甘いか確める為にポンポン叩いた事。その音を聞いた望田が。誰かがスイカを叩くたびに面白がって音を重ねるものだが、一向に割れる気がしない。何なら赤峰が拳を振り下ろしてもなる音はポンポン、清水が切ってもポンポンと音がなるだけで傷一つない。
「マジかぁ。割とウォーターカッターで、切るつもり満々だったんだけど。」
兵藤の水はスイカに当たると、望田の音に重なってポヨンと跳ね返って、ただの水に還ってしまった。なかなか厄介な事をしている。
「どうですこの防衛力!クロエもやります?」
「ふむ、やろうか。所でスイカは実が要るんだよね?」
生憎タバコも吸えない。キセルも喫煙具だから駄目だろう。なら、バーベキューの煙を借りようかな。フワリとスイカに煙を被せ手に取る。望田がポンポン音を鳴らすが、それは問題じゃない。
『堅牢な防衛力を誇ろうとも、陥落しない城など存在し得ぬと歴史が証明している。』
スイカがパカリと皮だけ剥ける。危なく取り落としそうだったが、中の赤い実は無傷。ある意味これはズルだな。
「えっ、えぇ~、それありですか?」
「ありだろ。必要な物の防衛は成功してるよ。あくまで私は殻を剥いただけだからね。」
「うぅ・・・、誘導された。」
望田は悔しそうにしているが、多分誘導しなかったら割るのに苦労していた。あの音は打撃だけでなく、単純に弾くという方向のイメージがふんだんに使われていた。成る程、確かにS職は強いな・・・。説明が文章的な分特化力が違う。
「皆さーん、そろそろバーベキュー始めますよー。」
そして始まったバーベキュー。自衛隊側が費用は受け持ったと夏目から聞いたが、肉40kg他を初め、野菜や海鮮。マシュマロなど数多数。まぁ、残ったら各自持ち帰りか食べて処理しよう。
「スゲ~、あれどこ入ってるの?」
「小田、お前には胸胃袋があるが。行けるな?」
「行けるわけない・・・、夏目なら変化で胃袋大きくできるでしょ?」
「私は最初からパス。胃が穿たれて穴が開く。」
食の細い女性陣が食べるのもそこそこに、語り合っている。極限状態に7日間置かればそれなりに交流も出来るし、絆も生まれる。酒を酌み交わせば話も弾む。
「さて、約束のお酒です。飲みましょう。」
「それはいいですが・・・、腹は大丈夫ですか?」
「摘んでみます?」
では失礼と一言置いて、兵藤が腹回りを触るが摘める肉はほぼ無い。まぁ、変わらないので仕方ない。今回は、誰も見ていなかったようで、兵藤も睨まれずに済みボチボチと酒を酌み交わす。うむ、旨い酒だ。