閑話 75とある苦労人 挿絵あり
「ま、増田さん・・・。もう無理っす・・・。」
「おやおや、この程度で音を上げるなんて教育が足りませんでしたか?木崎本部長。昔ならいざ知らず今は私もスィーパーです。何が無理でどこがキツく、そしてどこが弱いかも知っている。仕事量の多さなど回復薬かエナドリ一発キメれば大丈夫でしょう?」
東京ギルド。正確には関東甲信第1特別特定害獣対策本部ですが、それの稼働がさし迫っています。ええ、迫ってしまっているのかもしれません。私とておかしな事を言いたくはありませんが、愚痴りたくもあるのです。クロエが東京を離れる際に『雄二と卓よろしく〜。』と軽くいい、私も年若い2人にはサポートが必要だと思ったので引き受けました。
実際ギルドを仕切る若い権力者には様々な話が舞い込みます。見合い然り、献金や出土品の融通然り、代表スィーパーとしての名声欲しさの売り込み然り。東京ギルド稼働前にクロエと話し、何が面倒かと聞いた所対人関係の構築が一番面倒だと言っていましたが、確かにそれは頷けます。
ギルドは政府の機関でそれは周知の事実。各県毎に特色は出るでしょうが根本は変わりません。そう、変わらないはずなのですが警察、自衛隊、民間が入り乱れた組織なのでややこしいのです。実力主義であるのは間違いないのですが、それでも権謀術数と物理的な強さは別物で、平時に置いては戦闘力よりも狡賢さや老獪さが求められる場面は多々あり、特に東京なんて言う日本の政治や金の中枢に位置する場所なら絡め取ろうとする輩はごまんといる。
そして仕事量の多さが拍車をかける。ガーディアン出現に伴い仮運用した時点で東京23区のスィーパー登録から始まり、出土品の問い合わせから法律の問い合わせ、更には獣人の件に保健組合と予想を超える仕事量で日々残業と言う名の徹夜は続いています。スタッフ数?警察と自衛隊から出向してもらっていますがそれでも厳しい。
救いなのは秋葉原の生き残りが法律屋としてかなり有能で、その部門だけはオーバーワークとなりつつもどうにか正常に稼働している事でしょうか?私もこうして木崎君の尻を叩いていますが、若いなりに彼は確かによくやっている。卓君も近くにギルドを構えると言う事で2人して連絡を密にしながら仕事にあたっています。
「増田さん・・・、なんで仕事ってあるんでしょうね・・・?俺は剣士としてゲートに入ってる方が楽だと感じます。」
「木崎君。残念な事をいいますが、仕事とは本来なにもないのです。それが何故あるかと言えば、人がルールを作りそれを人が理解できず、分からない事を人に投げかけて、その時初めて知ってる誰かやルールを作った人に皺寄せが生まれます。その皺が仕事です。」
「・・・、アンチエイジングでつるつる肌になりませんか?と、言うか製造業はどうなんですか!製造業は!」
「原始的な生活をするなら家なんていらないでしょう?食べる物も狩猟で済む。結果として本人は困りますが他の人は困らない。それは仕事ではなく生活です。」
「つまり、俺が見てるのは書類の山ではなくて皺の山なんですね・・・。俺も早くも老け込みそうですが・・・。」
「年齢を言うのはあまり好きではないですが、君より年食ってる私が同じ様に仕事をしているので頑張りましょう。寧ろいらない書類はさっさと捨てるに限る!Aクラス出土品の研究嘆願書など回してくるな!」
何故懲りもせずに嘆願書を出す!法の下に駄目なものは駄目と明確に判定されているでしょう!企業が利益を追求するのは分かりますが、あまりしつこいといらぬ腹を探り倒産へ導きましょうかね・・・。えぇ、どんな小さな瑕疵であれ法を破ったのならばそれは罪です。なら、罪を重ねて大罪を炙り出せば、おのずとその企業への信頼はなくなる。
信頼とは不確定なものですが、しかしそれを信じて人は行動を起こす。株式然り、FX然り。誠実さとは武器であると同時に積み重ねた実績で高く積めれば積めるほど価値がある。それを崩されればね・・・。
「増田さんも落ち着いて!Aクラスも降格があるんでそれのせいでしょう・・・。しっかし、俺も宇宙人に会ってみたかったなぁ〜。あの配信見ましたよね?増田さんは見えない宇宙人見えましたか?」
「私は全く。雄二君はどうでした?見える見えない以前に光の言語は理解できましたか?」
「メインコアですか?あれはやばかったっすね・・・。クロエさんが狼狽えるのも分かりますよ。いきなり銀河3個隣に行くって言われたら俺だってビビります。まぁ、行った先でまた一悶着起こすのがクロエさんらしいと言えばクロエさんらしいですけどね。」
「ふむ・・・、1つ聞きますがソーツとクロエが交渉した際、明らかにソーツがうろたえる場面があった。一体クロエはなんと言ったんですか?私では理解出来なかったのですが。」
「う〜ん・・・。明確に言葉にするのは難しいですけど、タイキを満たす言葉とか?ですかね。はっきりそう言うわけでもないし・・・、そもそも言葉と言うか・・・、そう!喋るモンスターの奴に近いっすね。」
「それを聞くとクロエはモンスターと言う事になるのでは?」
「?、なりませんよ?大元は一緒なンすから似る所もあるでしょうし、そもそもモンスターならクリスタル食べるじゃないっすか。」
また謎が・・・。人から人を捧げた最初の人ですが、既に人かも怪しくなってきた・・・。永遠を自負し死を捨てた彼女は人の範疇にある者なのでしょうか?話した限りでは人間臭い人ではあるのですが・・・。ダブルEXTRAと言う時点で別物と位置付けて考えるのがいいかもしれません。
私自身がスィーパーとなった感想から言わせていただければ、スィーパーとは既に人ではなくイメージの産物なのではないかと思います。先に肉体があり、それがあると認識しているから人である。なら、人でないと最初からイメージ出来たなら?仕事をお願いした夏目さんがいい例なのでしょうか?
戦いに身を置く時、彼女は人の姿を捨てる。何故かと問えばモンスターがモンスターを倒すのは自然であり、脆弱な私は怪物にでもならなければ戦えないとか。そして、平時は怪物は不要であり人として生きるなら人でなければならないと。
話す事は分かりますがそれをそのまま実践するあたり、やはり中位とは私の様な下位とは別物なのでしょう。ただの人ではスィーパーに対抗出来ないとクロエ発案の対スィーパー訓練を生身の時はよくやっていましたが、いざ自身がスィーパーとなると同じ下位ならまだいいですが、中位から否定され捻じ曲げられる事に恐怖を覚えます。そして、それがクロエから徹底的にやられたなら・・・。背中に冷たいものが流れますね・・・。
「話し込んでしまったので、このまま一旦ティーブレイクとしましょう。コーヒーでよろしいですか?」
「あっ!入れますよ?」
「いえ。私はあくまで協力者であって、その他はなんの地位もない。ケジメと思って下さい、貴方はあくまで本部長と言う東京のスィーパーを束ねて導く人なのですから。」
「うっ・・・、それを言われると胃が!おかしいなぁ・・・、去年は秋葉原で卓と喧嘩してた学生だったんだけどなぁ・・・。母さんは大出世したってめちゃくちゃ喜んでくれたけど・・・。」
「貴方もクロエ同様、巻き込まれた側の人間ですからね。ただ、その道を選んだからにはやるしかないでしょう。いつどこでどんな道があるかは誰も分かりません。私とてこうして政府の役人達と雁首並べて仕事するとは思ってませんでしたよ。」
「えっ?増田さんって確か警察関係の偉い人だったんじゃなかったでしたっけ?確かクロエさんが前に『あの顔が怖い人は本当に怖い人なので、悪い事をすると問答無用で牢屋にぶち込みに来る。と、言うか私は無実なのにぶち込まれました。』って言ってましたけど?もしかして、警察よりかは裁判所とかの方でした?宮藤さんも警官としてはあまり会いたくない人って言ってましたけど。」
「・・・、クゥ〜ロォ〜エェ〜。確かに私は警察の偉い人と言うか、公安の室長でした。しかし、そもそも公安も警察の一部であり、暴力主義的な破壊活動や国益侵害になるような行為を取り締まる部門です。」
「それってつまり・・・、クロエさんや宮藤さんがやった最初の配信を取り締まる人っすよね?」
思い返してみれば確かに、あの時点では任意同行と言いつつ強制連行でしたね。ただ、あの時点では何を言われようとも連れて行って話を聞くしかないではないですか。スマホを取り上げたのは確かに悪かったとは思いますが、下手に外部へ情報を漏らされても困る。
「あの時点ではあれが最善です。仮に1年前の私と今の私が逢う事が出来たなら・・・。」
「出来たなら?」
「秋葉原以降で即刻退職する事を勧めます。少なくとも政治家を正当な権利として殴り飛ばせるのは中々ない機会ですから、それを味わった後に退職して細々とスィーパーをやるのが精神的には楽でしょうね。こんな書類の山にも埋もれませんし。」
「思い出させないでください、コーヒーが不味くなる。それと、さっきからスマホよく鳴ってますけど急用じゃないんですか?」
「いえ、この着信音は望田くんからのLINEです。何かあれば連絡するとしていましたが、最近は獣人騒ぎのせいでそれ関連が多い。ちょうどいい、雄二くんも見ますか?ポチくんを知っていると思いますが、獣人のスキンシップは人以上に積極的です。」
「ポチくんかぁ・・・、走り回ったりタックルしてきたのは覚えてるっすね。確か元は豆柴でしたっけ?俺が本部長に成る以上に不思議な存在だから覚えてますよ。それに、その獣人の申請の山がこれですからね。」
望田くんからのLINEでも仕事が多いと言う愚痴や、クロエと2人でもキャパオーバーと言うものはよく送られてきます。確かに稼働当初から落ち着いたとはいえ統計的に見ても来る人の数は増えていますし、獣人の預かりも行っているので忙しいのでしょう。人員を確保して欲しいと言う催促でしょうか?
望田:私のクロエフォルダーが火を吹くぜ!
これでどうだ柊さん!
上から、獣人達と遊んで楽しそうな時!
ドッグ・タグを説明してたら猫人にいじられてる時!
最後は!急に現れた犬人が抱っこしてクロエを
離さなかったときのだ!
あっ、フェリエットちゃんとのプライベート
は勘弁ですね。下手すると追い出されるので
「・・・。」
「・・・、雄二くん。なにか言う事は?」
「誤爆テロ乙。とかですかね・・・。しかし、なんだか楽しそうですね。」
「若い男性と言う事で発破をかけるなら、獣人の女性達は有り体に言えば昔の男性像の男性が好きです。即ちどれだけご飯を食べさせてくれるか?これが一番に来ます。」
「えっと・・・、孔雀とか綺麗じゃないとモテナイって聞いたっすけど?」
「ええ。何故あんな派手で狙われやすい羽が、モテる要素なのかは知りませんが孔雀で言えばそうです。それを獣人に当てはめると権力や腕っぷしも考慮に入りますが、それよりも先ずは食事となります。つまり、容姿に関して言えばあまり考慮しません。」
「遠回しに俺、不細工って言われてます?」
「違います。生活力と言う面からすれば本部長は十二分に好意を抱く対象であり、且つ強さも備えているので男性獣人からも一目置かれる。例外はS料理人ですが、彼等もまたS職なので弱くない。ラボの半田氏はご存知ですね?」
「何度か飯食わせてもらったっすね。」
「非公式ですが、あの方もソロで20階層辺りならうろうろ出来ます。」
「板前さんつえぇ・・・。」
「話を戻しますが、本部長としてスィーパーだけでなく獣人の管理も入るので、その部分でも自覚を持って下さい。獣に近い分、彼等に一度舐められると尾を引きます。」
「忠告感謝します。獣人との付き合いか・・・。クロエさんから貰ったバイクも免許取れたし、リーダーっぽいの捕まえて後ろに乗せて走るとかくらいなら・・・。」
「免許習得後2年を経過せずに二人乗りをすると捕まります。緊急事態は別として、平時では普通に切符切られるので注意してください。」
「1人で風になっときます・・・。首都高走るのは思った以上に気持ちいいんすよね。クロエさんがバイク好きなのも分かった気がします。」
望田:おや?ネタ切れですか?私はまだまだいけますよ!
見て下さいこの微妙な表情!歩いて買い物に
行った帰りに偶々歩いていた獣人に流れる様に
ハグされてどうしようか考えてるんですよ!
因みに、この後10分くらい2人共動かなかったですね!
「・・・、そろそろ望田さんに誤爆してること伝えませんか?」
「そうしましょうか・・・。」
増田:楽しそうですね、望田くん。
仕事が大変だと報告を受けていましたが、盗撮して
画像を交換する時間はあると言う認識でよろしいですね?
望田:柊さん手が込んでますね!増田さん知ってましたっけ?
式典で会ったとかですか?
顔が怖いから忘れづらいですもんね。
増田:(ꐦ°᷄д°᷅)<本人です。後で電話で話しましょう。
望田:(ё) エ!?
誰も彼も忙しく、皺は伸びずに折り重なって年輪の様に積み重なればそれが人の歴史となるのでしょうが、このやり取りもいずれ歴史となるのでしょうか?ただ、1つ分かる事があるとするなら、私の苦労はまだ続きそうです。
「雄二くん。笑いを噛み殺さない。」




