284話 打ち出す方針 挿絵あり
「えー、第2567回ギルド緊急対策会議〜。尚、回数は適当です。議題は言わずもがな、わんさか出ている個体成長薬の取り扱いですが・・・、現状わかっている事を整理しましょう。まず・・・。」
用意のいい望田が指輪からホワイトボードを取り出しマジックで書いていく。しかし、分かっている事はあまり多くない。まぁ、確認されてから発見量が増えるまでのスパンが短すぎて何一つ検証できていないしなぁ・・・。
先ずは人が飲むと死ぬ。神志那から言われた事だが、成長限界まで成長してしまい死ぬらしい。飲む分量を少なくするとか、薄めると言う手もあるかもしれないが、それを試すのはもはや人体実験を超えて死刑宣告に近いのでやる気はない。ただ、間違って飲んだ人がいるなら目撃者から証言を集めよう。
次に、適当に廃棄するとヤバい。毒なら間違って飲むと危ないから捨てようとする人は必ず出てくる。その時排水溝なんかに流されると回り回って人が飲んで結果として寿命を縮める可能性もあるし、何より魚がマーマンやら人魚にクラスチェンジする可能性がある。なので、廃棄しないように呼びかける必要がある。
そして最後に猫や犬が人型になる。これも未知数な部分が多く、犬と猫がいいなら鳥は?イグアナは?と、人型に何がなれるのか分からない。これは結構大きな問題で、ペットと話したい人は少なくないだろう。長年連れ添い共にいたペットが人型になり話し出す。海外セレブは遺産をペットに渡す人もいるし、そのペットがちゃんと考えて話せるなら死んだ後の憂いは少なくなる。
大きくはその3つとなるが、その他にも青山が言った様に浅い階層からどんどん出るなら、早急に手を打たないと3つのうち誰がどれをやらかしてもおかしくない。削除された画像が真実なら既に獣人はいるのだろうし、事は既に国を飛び出して世界に波及してしまっている・・・。何せ、ガーディアン騒ぎで多少モンスター・ハントが下火になろうとも、出現して帰ったと言う事実があればまたスィーパーはゲートを旅しだす。
中にいる間はそこまで大きな影響はない。猟犬を連れて入るスィーパーが絶対いないとは言えないが、普通の犬がモンスター相手に戦えるとは思えないので結果として連れて入ろうとも怪我すれば見捨てる事になるだろうし、それをするくらいなら余程歪んだ人でもない限り最初から連れて入らないだろう。
「これくらいですかね、挙げれる事実って。文字に起こすと中々ヤバいって状況って言うのは分かりますね・・・。」
「人に害がない事を大前提とするなら、一番安全な策は猫に飲ませるのですか?」
「夏目さん、それは獣人を増やす事になりますよ・・・。生活基盤のない知的生命体をどう受け入れるのか?誰かのペットならまだ責任は飼い主にあります。でも、拾った野良に飲ませて、やっぱり管理出来ないからって捨てられると野生化してしまう。」
「所で話が見えないんですけど、何でこの薬集めてるんですか?」
「青やんはいなかったから知らないのかぁ・・・。集めた薬1つで一匹猫が人型になるよ〜。」
「補足するなら残る特徴は耳と尻尾だけ。頭も悪くないから下手に増えたり、初手を間違うとゲートのモンスターと獣人を相手にする事になる。」
先ずは獣人が増えるのか?少なくともフェリエットは女性の姿をしているし、ネットの画像はガチムチの犬っぽい姿をしていた。2人が出会う確率はかなり低いし、出会ったとしても種族が違うからと繁殖不可能である可能性もある。
段階を踏んだ対処を考えるなら、1つ目は薬はただの毒と公表しこれ以上増やさない事。これが成功すれば、後は今いる獣人の寿命を待って何もなかった事にすればいい。ただ、この路線はかなり望み薄。情報が出て削除したと言う事は、獣人の情報を隠したい人物がいて、その人物は個人に対して削除しろと言う強制力を持つ立場の人間となる。
削除をどういった意図でやらせたのか、どの国で獣人が確認されたのか分からない以上、個体成長薬を大々的に毒だと断じたとしても、どこからコレは毒ではなく獣人を作れる薬であると話が出るか分からない。そうなってしまえば毒と発表したギルドの立場は弱くなり、獣人が欲しいと暴走した人達は勝手に薬を飲ませ出す。
そうなってしまえば、もう手がつけられなくなってしまい後は人権も何も無い獣人は奴隷の様に扱われる可能性がある。その事態だけはどうしても避けたい。さっき青山に言った様にどの時点で蜂起して敵対してくるか分からない。つまりは、第1段階での封じ込めはネットに獣人の記事が出た時点で既に無理である。
なら、次で先手を取るしかない。松田達とも話したが飲むな保管しろ指示からのゲート内廃棄を推奨すると共に、獣人出現に伴う法整備を進めるしかないかな。・・・、いや。すでに事は日本だけの出来事ではない。廃棄を推奨しようとも海外からの情報が入れば獣人にしてしまう。先に法整備か。
「何れの話として戦いがあるなら、フェリエットの戦闘能力とはどれほどでしょう?増えるにしても薬が必要で、蜂起して攻めてくるにしてもこちらは職に就いてる。その点を踏まえるとあまり脅威とは思えない。」
「夏目さん、問題はそこじゃない。発起した時点で関係は修復不可能な状態にまで拗れてるんです。いつ襲ってくるか分からない相手を警戒しながら備えるのは精神的にきつい。それに、元が犬猫とは言え人と同じ様に話す相手を殺すのは、保健所で処分するのとは訳が違うし、更に言えばフェリエットの学習能力を考えると言語にしろ、物の取り扱いにしろすぐ覚えてしまう。そして成長すれば恐らく・・・。」
「職にも就けると。なら融和路線ですね。ただ、フェリエットは人の法に従うと思いますか?」
痛い所を突いて来るが多分無理。人は牙を捨て爪を捨て代わりに多数が従う法の鉄槌と、従わない者への罰で城壁を築いた。少なくとも昨日まで獣で今日から人と言っては虫が良すぎる。総意と言うのは早計だが、意見が取れる相手がフェリエットしかいない中では名前を聞いた時と同じ『好きにするといいなぁー。なんと言われようと何も変わらないなぁー。嫌なら従わないしどっか行くなぁー。』との回答が来る。
少数ならどうにか出来るけど、薬の量=人数と考えると潜在的にはかなり多いはずだしな・・・。せめて画像の出所が分かれば何らかの意見が貰える?先に獣人を確認したのはその人だろうし接していて何らかの発見があるかもしれないが・・・。
「無理ポ。超感覚派のターザン相手に説法しても自然の掟の前には無意味だにゃ。」
「ここで話すだけでは限界がありますね・・・。まぁ、現状分析が出来ただけで一旦よしとしましょう。」
ハッキングでもかけて辿れば出所は分かるかもしれないが、隠している相手に突然『お前の所に獣人いるだろ?』と、問いかけてもしらばっくれられて終わるだろうし、獣人になった経緯が分かっていれば殺処分して新しく獣人を生み出す事も考えられる。
「そうですね、ならこのまま回収路線で話を進めましょう。政府関係者の方も今は話し合いでかかりっきりですよね?」
「多分ね。スタンピード以降、国民の目が厳しくなったのか話し合いするってなると直ぐに集まって、即刻話し合うって体制が構築されたからリスポンスは早いと思うよ?」
特に秘密裏にやるやつは早い。少数精鋭である程度骨組み作ってから議会にかけるので、ある程度決め打ちも出来るし納得出来る材料も用意されている。国会中継とか見ると寝てる議員はおらず、下手な事をすると権力があろうと辞職に追い込まれるので、爺様達含めて目がギラギラしている。
物言わなかった国民がガリガリ意見出して、遅いとそれだけ手綱を離れるので政治家も怖いだろうな。今朝のニュースでは会議で答弁出来なかっただけで、閣僚としての資質を疑われたりしてたし・・・。
そんな話をしていると電話が鳴った。相手を見ると松田からだが早くも骨組みが出来たのだろうか?案外こちらと同じと言うか、本人がいない以上、憶測での議論に限界を感じたとか?一応、正式な検査等は高槻や雪城と一緒にという話なので明日以降でしか正確なデータは渡せないが・・・。
「もしもし?松田さん今朝ぶりですがどうしました?」
「もしもし、クロエさんに確認を取りたいのですが獣人の種類と言うか、どの動物が獣人に成れるか分かりませんか?議論を続けているのですが仮に松阪牛が獣人になったとして、なっていない松阪牛が食べられるかと言う問題になりまして・・・。」
農家がくっそ悩むやつ・・・。いや、育てた牛に名前つけても出荷するくらいだしその辺りはドライ?う〜む、育ててない人間が外でピーピー騒ぐより、その辺りの命の重さは生産者に聞くといいよ?妻の親戚の家に行ったら軒先に首チョンパの鶏が血抜きの為に吊るされて、夜にはそれの唐揚げが出てきたけど、こいつはトリイチって名前で〜と説明されたが普通に食えたし。
自衛隊の時に蛇食べてから割と肉系での忌避感はなくなったな。ただ、昆虫食だけはかんべんな?アレは流石に見た目で拒否感が出て無理。蜂の子食べろと出されても手を付けなかったし・・・。
「該当種は分かりませんが、エラ呼吸や水中生物は無理じゃないですかね?少なくとも呼吸法式が変わるのは進化でしょう?同じ原理で虫や鳥類も厳しそうですね、羽が背中にある天使スタイルは腕が6本に増えたっていう進化でしょうし、昆虫については人と同じ大きさになったと仮定したら耐久面が保たない。」
あの軽さだからあの羽で飛べるのであって、人と同じ大きさになったとすると、それだけ重量が増える分羽も大きくなる。鳥人間コンテストで人一人を飛ばす為に左右合わせた羽の長さは25m位になるし、それでも飛ばせる重量は40kgくらい。仮にそれをプロペラではなく本人の身体ですべて賄うとすると、背筋やら胸筋が発達する。しかし、発達した筋肉は重いので更に飛び立つ瞬間を考えるなら羽は大きくなるしの繰り返して答えは出ない。
まぁ、無理しても飛ばそうと思うならプテラノドンの様な姿になるが、それはもうモンスターと戦う話ではなくなる。だって、そこまで軽量化したと言う事は、中身も骨もスカスカで骨折しやすいのでワン・ヒットワン・キルのシューティングゲームになってしまう。
「取り敢えず四足歩行で陸上生物なら成れそうと仮定するのがいいと?」
「憶測ですけどね。朝は言いませんでしたが、学習すれば職にも就けるようなのでくれぐれも取る路線は慎重にしてください。コチラでも分かってる事から現状分析をしましたが、日本だけでの問題ではないので・・・。」
「イギリスです。外務省を通じて獣人の情報提供を呼びかけた所、イギリスのウェールズに出現したのを観測したと言う情報が出ました。獣人化したのは黒いラブラドール・レトリバーで、飼い主は成長してゲートのお供に出来ればと考えたようです。」
「何でまたそんな考えに?人が職に就いて戦っても厳しいのにペットじゃ戦いにはならないでしょう?」
「鏡近くにあります?それが答えですよ。」
自分の顔見ろって?俺なんかしたって?少なくとも獣人なんて面倒な新種を作ろうと動いた覚えはない。そもそも猫派なのでそんなに犬に思い入れないし・・・。
「・・・、分からないですか?有能な猟犬の飼い主さん?」
「猟犬?・・・、まさかバイトを作ろうとした?」
「ええ、私の所にもネットでの書き込みでも黒い犬にゲート内で助けられたと言う証言は少なからず上がってきている。ゲート内で黒い犬、それってクロエさんの飼い犬でしょう?何がどうなって戦えるのかは知りません。ですが、仮にその犬と同等の能力が得られるとすれば?」
「補助として連れて行く?」
「そう言う事らしいです。こちらとしても情報提供を呼びかけた手前、猫が獣人になったとして情報共有を行いましたが、はっきり言って猫人の話をしたら歓喜していましたよ・・・。証拠写真として朝頂いた写真は使わせていただきましたが、問題はなかったですよね?貴女と写っていれば信憑性も増す。」
ぐぬぬ・・・!丸投げして従う方向性が楽だからフェリエットを観察しつつ、情報を流して文句言われない程度に後ろでゆるゆる過ごすつもりだったのに!しっかし、バイト見てあれ欲しい!この薬使えば成長して戦えるかも!って流れなら確かに責任は俺にもある・・・。
「はぁ〜、面倒ですね・・・。独り言を話しますが、獣人は異種族コミュニケーションにちょうどいいらしいです。つまり、人の枠に嵌め込むよりは、新たなる行動方針を持った隣人として接する方がいいと考えます。」
「異種族コミュニケーション・・・?それはやしや、宇宙人との接し方の勉強であると?」
「さぁ?ただ、獣人が増えて職に就ける。これを前提に置いた場合下手に奴隷扱いすると逆襲の火種を生むことになる。」
「頭の痛い話です・・・、分かりました。議論を再開して融和路線で進めましょう。今、ギルドとしてはこの件でなにか動きはありますか?」
「質屋状態ですね。金貨100枚で預かり、方針が決まったら同額で返す。それくらいしか出来ませんよ。」




