30話 おのれ!またやられた
妻に見送りに行けなかった謝罪と、無事を伝えて焼肉を食べた翌朝。妻がいなくなって、ガランと広くなったホテルの部屋はどこか物悲しい。寝起きで気分が落ち込んでも仕方がないので、シャワーを浴びて朝の支度を済ませる。
バイトは部屋でゴロゴロしているが、不思議なもので散歩も食事も要求しない。なんなら、話しかけないと鳴き声もあげない。元々がモンスターなので、多分大丈夫なのだろう。試しに今度風呂にでも入れてみるか。そんな事を考えながら犬を撫でてタバコを吸っていると望田がやってきた。
「おはようございます。今日は珍しく色物着てるんですね。」
「おはようございます、たまには気分を変えようかと。」
下着は黒だが、今日は思い切って水色の半袖ワンピースにした。丈が短いので、下に膝丈の短パンを履くのも忘れない。髪は面倒なので適当にうなじが見えるポニーテール。
「そうですか、似合ってますよ。後で髪型は弄るとして、千代田さんから来てほしいとの事です。」
「そろそろだとは思ってましたが、この格好じゃまずいですよね?スーツに着替えます。」
「いえいえ、多分また密室会議なので、そのままで大丈夫だと思いますよ?後、これをどうぞ。一応、偽造防止も入っています。」
貰ったのは名刺100枚。白地に黒で名前と身分が書いてある。偽造防止箔線も入っているが、わざわざ名刺にいるのだろうか?名刺とは渡すもので、その後の扱いなど、余程おかしくないとどうでもいいのだが・・・。
まぁ、今まで俺は名刺など使う職業についていなかったから、使う人間からすれば必要なのかもしれない。名刺を指輪に収納し、望田の車で連れてこられたのは警視庁。何時ぞやぶりだが、今にして思うと望田に担がれたのではないかと・・・。髪型をシニョンにしてもらい若干幼さがマシになるが、今日の格好も相まってやたらと人目が集まる。コラ警官、こっち見るな仕事しろ。
「ここで千代田さんが待ってます。可愛いツカサは注目の的でしたね。」
「私はひっそりと生きたい・・・。次からはスーツで来ます。」
望田と別れて入った部屋には、何時ものように千代田が座っていた。髪型は今回もオールバック。七三は家族限定にでもしたのだろうか?まぁ、あの騒動の後仲良くやってくれているなら良いのだが。
「おはようございます。まずは先日の謝罪とこちらをどうぞ。」
「なんですか・・・、返品するので燃やしておいてください。」
渡されたのは誰かが石抱きしている写真。流石に下の石は本物ではないだろうが、太ももに乗っている石は本物のようだ。多分、この人が早とちりして指示を出し、先日のニュースで言っていた交差点土下座の人だろう。済んだ事なのでどうでもいいし、こんな写真はいらない。どちらかというと、千代田の方が腹に据えかねたという感じだ。
「分かりました、今日来ていただいたのは助言役についてです。人選は30名、形式は座学及び実戦形式を想定しています。こちらが予定メンバーです。どうぞ。」
渡された名簿には、30名の名前と簡単な身分と職が書いてある。語感的に女性が多いような・・・。やはりというか全員公務員。自衛隊や警察官の文字は出るが、民間人の名前は出ない。スカウトもできないし、経歴を毎回1から調べるのも大変なので仕方のない所だとは思うが、民間の入る余地は残すべきである。
「メンバーは了解しました、ではこちらからも。宮藤さん他民間より2名、これに参加させてください。人選は済ませてあります。2名との連絡は宮藤さんより可能です。」
そう言うと千代田は、苦虫を噛み潰したような顔になる。多分上の意向は前に考えたように、国営運用を前提としていたのだろう。確かに管理はしやすいし、公務員なら定額で運用できる。なんなら新しい法律を作る手間も省ける。
しかし、それでは駄目なのだ。独占してしまえばスタンピードの度に戦力は削がれ、スィーパーも育たない。昨日漸く橘が中位に到ったが、それを失えばまた、下位の人々で対処しなくてはならなくなる。
職に就き位を上げると言うのは、ゲームの様に簡単に行くものではない。経験を積み、時に挫折し、それでもまた、歩き出した末に到れるモノ。現に橘はゲートを鑑定し昏睡状態となり、それでもゲートに入り中位になれた。
「・・・、動きが早いですね。その2人は信用に足ると?」
「官民一体でなければ、秋葉原からの流れでこの国はまた戦力を無くす。すぐにスタンピードが起こる訳では無いが、起こる度に優秀な人材を消費するのは、避けなくてはいけない。・・・、間引き、民間のスィーパーも育てなければジリ貧です。ある程度情報整理は出来たのでしょう?」
「ユニークでしたか、アレからは他の物より大きなクリスタルが発見されました。研究機関で解析した所、概ねですが1番小さい物でも、通常の物と比べると約50倍のエネルギー量です。これ1つで東京都の電力だけなら1月は余裕で保ちます。」
エネルギー関連企業が嫌がりそうな数字である。単純に考えると、クリスタル50個で1月。倒したモンスターはクリスタルを確実に落とす。詰まる所、エネルギー関係で飯を食っていた人々は職を無くし、その利権で贅沢していた人間も飯の種を無くす。
ソーツは資源争奪戦がなくなると言ったが、確かにこのエネルギー量をゲートから産出出来るなら争奪戦は無くなるだろう。他の資源も取れるし、確かに資源を目標とした国同士の争いはなくなる。問題は国同士ではなく国内で勃発するわけだが・・・、そう言えば。
「秋葉原ではモンスター以外も流出したでしょう?技術や武器なども。それはどうしました?」
「目聡い・・・、いえ貴女は巫女でしたね。その話も彼らから聞いたのでしょう。」
「巫女?なんですかそれ?」
千代田から与り知らぬ単語が出た。巫女服なんて着た覚えはないし、そもそも何時も着ている服は大体黒。なんなら、和服からかけ離れたゴスロリで走り回っていた。
「貴女は唯一交渉でき交渉した人、なので巫女と呼ぶ人がいるのですよ。見目麗しく超然的、能力1つ取っても神秘的。私も崇めましょうか?」
「どうせ宮内庁とかでしょ、それ。天宇受賣命よろしく裸踊りとかしませんよ。しても岩戸は開きませんが。呼ぶのは勝手ですが広めるなと釘を刺しておいて下さい。で、品の行方は?」
千代田が軽口を叩くが怪しい。ものすごく怪しい。わざわざここで呼び名の話などしなくてもいい。なんなら、出た品の名前を数点上げれば済む話だ。なのに、なんでこいつは嫌がった?
「総数不明なので、あるだけとしか。橘警視は馬車馬の様に働いていますよ、鑑定師はほぼいないので。」
「ああ、その件でしたら彼は今鑑定術師ですよ。昨日中位になりましたので、ついでに一緒に潜った望田さんはS防人です。」
そう言えば昨日の今日で言っていなかった。橘はともかく、望田は新人スィーパーでS。今はSPをしているが、もしかすれば、追加で今回の件に足を突っ込むかもしれない。まぁ、SPをいつまで付けてくれるは知らないし、そろそろアパートとかも借りないといけないのかな?単身赴任として・・・。
「両名共に要人ですね・・・、早く教えてほしかった。」
「政府はS職を確保すると?」
流れとしては分からないでもない。Sは殆ど出ないし、出れば有用性は計り知れない。現に橘は馬車馬だし、望田の能力も普通に考えると中々凶悪なもの。下手をすると戦争という事柄がたった1人でひっくり返せる。寧ろ、顔も知らぬ誰かのために心を痛める彼女なら、1人で相手国を即刻陥落させるかもしれない。なにせ距離は関係ないのだから。
「はっきり言いますが、ゲートが出現し秋葉原の件があって以降、どの国の政治家も人材確保に躍起になっています。特にクロエ。貴女はそろそろ国連辺りから、招待状が来てもおかしくないんですからね?」
国連に呼ばれてなんと言えと?確かに前、少女が環境演説をしていたが、俺が演説することなどない。よしんば呼ばれても断るか、ニコニコ手を振るくらいである。
「私は一般ピープルです。謹んで辞退・・・、したいな・・・。で、出た物はなんです?ここまで話を逸らすからには、かなりヤバい物なのでは?」
「・・・、資源等目録。貴女が用意した物で、今も貴女が原本を持っている。その中にあったでしょう?事象の地平線動力と・・・。これが多分今回出たもので一番危ない。それの丁寧な作成方法です。」
事象の地平線動力?ブラックホール?動力・・・、エンジン?ゲートは壊すとブラックホールになる。つまり、ソーツはブラックホールを扱える。そう考えると、ゲートはブラックホールエンジンで動いている?いや、その前に。
「・・・、ざっくり言って縮退炉?あのSFで定義の違う?えっ?エネルギー・・・、クリスタル?いや、量が・・・、えっ、溜め込めば実用化できる・・・?」
「まだ、我が国内で、しかも極一部分しかその情報は知りません。私は貴女付きのネゴシエーターとして、いつの間にか外堀を埋められてこの話を聞かされました・・・。ポジティブに考えましょう。これが出たのが貴女のいる国で良かったと。文書は最高機密として保管してあります・・・。」
「私個人としては理解できない人間が訳も分からず、知らず知らずのうちに破棄してくれた方が良かった。と、言うか破棄してくださいそんな危ない物。」
「・・・、鍛冶師は、東京理科大の人間です。発見はその方が・・・、文書も日本語でしたので。」
お互い顔を見合わせてため息をつく、鍛冶師の話が出ると言う事は、国は秘密裏に作ろうとしているのかもしれない。いや、まだかもだ。確定ではない。そもそも、今それを作ってもメリットがない。鍛冶師に、お礼からお礼参りにならないように、会いに行かないと行けないのかな・・・。どの道会ってみたかったし。
「ちょっとタバコ吸います。胃が痛くなってきた・・・。この件は私は無関係ですよね?」
「今の所は、と言いましょう。特別特定害獣対策本部 本部長殿、ゆくゆくの話になりますが貴女は公言した。ゲート関連の犯罪を許さないと役職を出して、国としてはそのまま貴女にゲート絡みの出土品管理、犯罪取締及び、民間含めスィーパーの管理運営を任せようとしています。特に、後進が育つまでは。」
タヌキとキツネかよ・・・。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。いや、後進はとりあえず今回の授業・・・、でいいのか知らないが来る人間。
やれば国に帰る切符は貰え・・・る?いや、ここは確実にしよう。でなければ流石にやってられない。なんなら全部蹴って親しい人と高跳びも考えるか。
「千代田さん、これは確実にしてもらいたい。助言役終了後、私は国へ帰る。絶対帰る。確約してください。」
今回仕事が終わって、では次の生徒ですとズルズル送り込まれて居残りさせられても困る。そもそも役職は貰ったが、中身は未だ不確定。どこに属するのかも、独立なのかも知らないし、そのあたりの話も今聞かされた。確かに構想としてはあったが、役職をつけられた時同様紙一枚で指図されても困る。
「・・・、ゲートは移設可能でしたよね?移設と本部庁舎の設置、人員の募集及び育成・・・。最低半年から一年は見てもらいたい。一時帰宅等は認めますので、それでどうにか・・・。」
千代田がガッツリと頭を下げる・・・。はぁ、知らぬ人間の頭なら蹴っ飛ばせるが流石に・・・、なんだかんだで毎度話すこいつの頭は蹴りたくない・・・。甘いのかも知れない、だが、俺とてゲートを仕方無くとは言え了承した責任もある。
そして、役職を蹴らずに受け入れた責任も。俺個人の能力は決して高くない。そもそも大学にも行っていないし、英語も駄目。ただただ、誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ないと自分勝手にやってきただけなのだ。なら、勝手にやったのなら、その責任は自分で取らないと筋が通らない。
「分かりました、頭を上げてください。元々助言役は受ける予定でしたし、私も冷静さを欠いていた。貴方が頭を下げるべきではない。そもそも特別特定害獣対策とは、どこに属する予定なんですか?規模次第でやり方が全く違う。」
「今は政府、警察機構、自衛隊が取り合っています。」
「押し付け合うでなく?」
「はい、これは近いうちに会談が開かれると思って下さい。どの組織としても、組織図を広げたいとは思っています。貴女1人を取り込んでも躍進する訳では無いですが、現在役職に就いているのもまた、貴女だけです。」
人は何処までも行っても人か。まぁ、人だから仕方ない。さて、どの組織がどういう目的でスィーパーを欲しがるのか?そもそも2足の草鞋でもいいような気がするし・・・、まぁ、利権だろうな。その辺りは話を聞いて考えよう。と、あれの話があった。
「状況は分かりました。さて、そこで質問です。今回の報酬はいくらですか?」
「それは政府より出ています。今年度の政府予算を114兆3812億円としましたが、そのうち秋葉原復興に当たる予算を800億、そのうち12億を報酬としましたが、貴女の意向により8億を遺族見舞金としました。
また貴女の配信の収益金と政府からの見舞金もあるので、1人約2千万円程度となります。貴女自身の報酬は4億です。また貴女は国家公務員として事務次官相当の地位と給与と、政府による特定特別害獣対策依頼を受けて行動した場合、報酬の交渉権を持ちます。その他についてはゲート関連に対する強力な発言権がありますね。」
「省庁内のトップですか・・・。外堀を埋められたようですが、給与と報酬については了解しました。」
トップと言っても俺1人。いつの間にやら国家公務員。ただまぁ、これである意味足元が固まったといえる。元々が発言権はあったがそれを補強された感じだろう。交渉権もあるしスタンピードが次起こった際も、今回の様に遺族への見舞金を考えて貰わないといけない。いくら自己責任でも、それはゲートの中のみ、外で起こった事なら、それ相応の報酬も弔いも必要である。
「さて、話はある程度まとまりました。宮藤さん達の件はお願いしますね。開始はいつからですか?」
「予定では明々後日からの予定です。明後日講師の方と顔合わせを行い、進め方を詰めてください。場所は目黒駐屯地を予定しています。今回望田君がスィーパーになり、S職を習得したと言う事で、このまま貴女のSPとして専属させます。」
「分かりました。明後日までは、時間があるのですね。行く所ができました。」
「・・・、どちらへ?」
実戦形式で行う場面があるのなら、先の調査はしておきたい。それに昨日ゲートに入って魔女も掃除がしたいらしい。ちょうどいい事に、俺も流石にフラストレーションが溜まっている。なら、先へ行こう。脱出アイテムもチャージ式と分かったことだし。
「大丈夫ですよ。国を出る気も、地元に帰る気もありません。ゲートです。先に言いますが、今回は1人で先に行きます。実戦現場の確認もありますので。それと、何時ものアレはありますか?」
「アレ・・・、衣装なら備品としてあります。持ってきましょう。護衛をつけたいのですが、今回は仕方ありませんね。脱出方法はあると考えてよろしいのですよね?」
あると答えると、千代田は一つ頷き部屋を出た。魔女はどうやらゴスロリ服がお気に召した様で、行くならあれが良いと言う。賢者もやる気は大事と言うので、千代田から受け取った戦闘服に着替え久々に自己暗示をかける。
目指すは35階層。退出ゲートは設置間隔的にそこにあるだろう。賢者が犬も連れて行けというので、ホテルに寄ろうかと考えていたら、いつの間にか足元にお座りしていた。まぁ、害がないなら良いのだが、気持ちは複雑である。指輪に入るらしいのでそのまま収納する、戦利品扱いなのだろうか?相棒らしいが。そろそろ、魔女と代わるか。
「クロ・・・、エ?」
「あら千代田、何かしら?話は終わったのでしょう?これから楽しいピクニックなの。」
「いえ、これを持って行ってください。首から下げるタイプのアクションカメラです。クリスタルを流用したもので約3日稼働します。」
「フフッ、首輪ねぇ〜。ワンと泣いた方がいいかしら?従順に従順に・・・。着けなさい?」
着替える時に下ろした髪を待ち上げてうなじを晒す。 千代田から、生唾を飲むような音が聞こえるが、関係ない。
「出来ました、では送り・・・。」
「いらないわ、飛んでいくから。」
警視庁の屋上から、刺又に乗ってひとっ飛び。そのままゲートに飛び込んで15階層から潜り出す。ああ、楽しいわぁ。
『魔女。外であまり変な事はするな、そして言うな。』
『仕方ないじゃない、そういうものなのだから。私は魔女よ?』
『そうそう、魔女だから仕方ない。キミもたまには休むといい。』
魔女だから、仕方ない・・・。相変わらず説明のないこの2人?でいいのか分からないが、コイツ等ともそのうち本気で向き合う時が来るのかもしれない。しかし、今は娯楽に耽ろう。魔女と賢者、ゲート内なら外に被害は無いのだろ?好きにしていいぞ。
「あぁ、素敵・・・。バイトアナタも好きにしていいわよ?」
さて、彼も見る側に回った。指示があるまでは、全面的に魔女に任せるとして、たまには僕も仕事をしよう。ただまぁ、コレもこのままでは、窮屈か。
「煙を一つ吐き出せば、霧の向こうに見ゆるだろぅ、それがソナタの思う姿。あぁ・・・、君はそれを選ぶのか。化け物が犬の様に見ゆる。」
興味のない退屈な日々。その中で得たバイトは、煙をまとい紫煙の大きな犬となった。はは、よほど彼の具現化は強かったらしい。ゴミとて付き従わせるほどに。
「どこまで許してくれるのかしら?」
『彼は言った。好きにしていいと。浅すぎて、目的地もすぐだけど、ある程度は出してもいいんじゃない?』
「そうねぇ・・・。決めたわ。殲滅しましょう。貴方は出来て当然とだけ考えなさい?」
彼は多少動揺したけど、止める気はないらしい。うん、ここには彼が頭を悩ませるものは何も無い、煩わしいと絡まるモノもない。自分勝手に思えばいいんだよ。君の仕事をやると。
「フフフ、貴方が出来ると思うなら、掃除はスルリと片が付く。満たしなさい?階層を貴方がわざわざ作ったのだから。程度の差こそあれど、私達は本来はもっと奥にいる。」
彼が出来る出来ると考える。魔女が全てを補強する。ああ、僕?当然魔法を使うとも。魔女が楽しそうに、言葉を紡ぐ。本来いらないそれを魔女は気に入った。
なにせ、勝手に制限がついてくれる。だから、逆に彼は思い描ける。今もほら、あまりに脆いゴミが有情非情関係なく。クリスタルさえ残らぬほどに搔き消えた。