29話 それは大丈夫なのか?
「おぉ~、Sが出たか。他の物も含めて詳細を教えてもらえるかな?」
橘は未だ脱出アイテムを鑑定している。望田は低確率のSが出た。これはいい。S職は強力だし、橘に聞いた限りだと説明に雑さはあるものの、ある程度方向が限定されているように感じる。S職とは特化型なのかもしれない。
「いいですよ~。」
追跡者 発見 追尾 対応
肉壁 変化 自身制御 抵抗
S防人 距離に関係なく防衛出来る。
選択した場合、防衛方法は問わない。
説明を聞く限りだとS職は説明が文書的で、方向性が明確になっている。しかし、防人が防人してないような・・・。だって、手段は問わないと言う事は、攻撃は最大の防御なのだろ?手段を問わず下手をすると無差別攻撃。しかも、対象を問わないと言う事は、上位まで進化すれば、都市防衛機構なんて物になるのかもしれない・・・。
「いや~、私は持ってますね!橘さんの時みたいに言っていいんですよ?」
望田ははしゃいでいるが、望田の防衛イメージとはなんだろう?俺の様なイメージだと攻撃型。専守防衛だとカウンター型。或いは、鉄壁イメージでガチガチの防御型。さて、彼女は何を考えるのか、それは一旦横に置いて。
「コングラッチュレーション!カオリ、おめでたいけどその力は・・・、S職というのは特化型だと思う。自身を律して目的を誤らないようにしないと、大変な事になる。」
「そこまでですか?橘さんはどう思います?」
「うん?すいません、ちょっと休みます・・・。」
何やら橘が青い顔して座り込んだ。これは・・・、中位に至っているのだろうか?初めてなので分からないが、気を失っていないので大丈夫だと思う。
「薬が必要な時は言ってください。取り敢えずカオリは職を選択して、少しここで橘さんの回復を待とう。」
「分かりました、職はやっぱりS防人ですね。守りますよ〜、防衛しますよ〜。実にSPらしくていいです。後は橘さんの回復後に武器を入手すればいいんですよね?」
キセルを取り出してプカリと煙り吐く。何も無いとは思うが、俺は最初この道を歩いていて三目に襲われた。用心するに越した事はない。
「ああ。まぁ何も来ないとは思うけど。白くて暗い霧の中、姿を隠してみんなどこ?」
吐いた煙が壁の様に通路を覆い、コチラの姿を見えないようにする。目くらまし程度だが煙に巻かれれば前後不覚、くるりと回って帰っていくだろう。
「へ〜、これが魔法の煙なんですね。火の玉とか空飛んだのは見ましたけど、こんなに近くで煙を見るのは初めてのです。」
望田が煙をおっかなびっくり触ろうとするが、煙は手の間をすり抜けてフワリと漂う。煙というのは凄くいい、これは不可視のモノを可視化してくれる。それは空気であり存在であり、空間だ。そしてまた、可視化したものを覆い隠して曖昧なものにもしてくれる。イメージをする上でこれ程扱いやすいモノはない。
プカリと漂う煙を増やしていると、橘がよろよろと立ち上がった。よかった、どうやら大丈夫な様だ。外見的な変化も無いようだし、俺の様に捧げモノを要求されてもいないと思う。寧ろ、されていたら適正とは?とソーツを問い詰めないといけない。
「橘さん、大丈夫ですか?」
「・・・、なんとか、ですね。いやはや、中位とは中々大変ですよ、そのうち慣れるでしょうが頭が痛い。鑑定師は鑑定術師になりました。そして、第2職は格闘家、追跡者、新たに追加されたのはスクリプターです。どれがいいと思います?」
「いや、その前に鑑定術師とは?」
顔色は悪いが橘は嬉しそうに話している。鑑定師に術の文字が入ったがさてはて、何がどうなったのやら?イメージだけならある程度できるが、斜め上に行っている可能性もある。橘は俺に脱出アイテムを返しながら口を開いた。
「そうですね、簡単に言うと見るだけで良くなりました。なので、慣れるまでは情報量で頭痛がします。鑑定の対象を問わずですね。それこそ魔法も物も人・・・も?クロエ、魔法・・・は使って無いですね。装備品も・・・?」
相変わらずウザいドヤ顔で語っていたが、俺を見た橘が固まって、俺と望田を交互に見る。説明だけ聞くなら、鑑定を自分の物にしたという事だろう。術とは積み重ねて自身のモノにしたという証。だからこそ、見るだけでいいのだ。補助輪が外れ自身の力で歩みだす一歩、そのはなむけに寄り添う様にある、立つ為の第2職。組み合わせればその可能性は、どこまでも歩んでいける。
「橘さん、煙は目を隠し惑わせ曖昧にする。周りを見たら分かるでしょう?ここには私の煙がある。」
職に優劣はないが、上位下位があるなら見えないものも、あるのかもしれない。橘は漸く中位、それで俺がよく見えないと言う事は、俺の職はそれ以上確定だと思っていいと思う。まぁ、元からおかしな性能ではあるが・・・。
「・・・、そう言う事にしておきましょう。秘密の多い女性は嫌いじゃない。」
「橘さんアプローチですよ、それ・・・。それで、私はなにが見えるんですか?」
聞かれた橘は望田を凝視して、目を逸した。多分見えているのだろう、色々と・・・、体重とかスリーサイズとか。下着の色とか。ある意味エロ職である。覗き見し放題、下手すれば心なんかも鑑定できるのかもしれない。
「アプローチ・・・。望田さんはS防人で防衛ですか・・・。クロエに何か忠告は受けました?」
「ええ、自身を律し目的を間違うと大変な事になると。」
「そうですか、なら私からは言う事はありませんね。しかし、望田さんが人間で良かった、悪意のあるなにかなら、手が付けられなくなったかもしれません。」
俺の考えと一緒かは知らないが、橘も望田の職を危惧している。防衛と名打ってあるが、攻撃的防御で考えると下手をすると、都市陥落なんてデタラメも可能である。先に敵を叩いて潰せば、防衛はいくらでも可能である。
「橘さんそれまで。せめて武器を回収して、本人のイメージが出来るまでは、あまり余計な事は言わない方がいいかも知れません。」
「えっ!ツカサが解説してくれるんじゃないんですか?手取り足取り。」
望田が自身の身体を抱いてクネクネしているが、見なかった事にしよう。助言役としてのテストケースとしてだが、やり方は2パターン。徹底的にイメージを植え付けるか、本人の方向性を伸ばすかになる。今回は望田自身に頑張ってもらおう。
「はちみつ授業でもスパイシー授業でもするけど、まずは本人のイメージから。」
「・・・、分かりました、なら進みましょう。」
「その前に、私の第2職が決まってませんよ・・・。」
歩き出した望田に橘が待ったをかけた。彼の2職は格闘家、追跡者、スクリプター。組み合わせを考えるか、独立性を取るかだが鑑定術師の汎用性は高い。格闘家ならワンマンアーミーも夢じゃない。追跡者なら、支援方面でかなり優秀。スクリプター・・・、掲示板で見ると歩くスクロールだという。橘の脳みそが心配だが、負荷軽減ならこの職になるだろう。
「橘さんは、どういう方向に進みたいですか?」
「そうですね・・・、格闘家以外の2つで迷っています。身体能力は武芸者の玉でどうにかなるのでいいのですが、他2つはそれぞれ欲しい能力ですね。」
橘はワンマンアーミーより、組み合わせによる汎用性を取りたいらしい。なら、多分こちらだとは思うが、口出ししていいものか?警察官として働くなら、追跡者はかなりいい仕事をすると思う。
犯人確保にしろ追跡にしろ、内容的に狩人の様な職だが、モンスターと戦う事を前提とした場合、対応の部分で頑張って貰う事になるが、武芸者の玉と対応を組み合わせれば大抵のモンスターには負けないだろう。スクリプターは記憶再現なら、鑑定術師と親和性が高く、鑑定品の効果を再現できるのかもしれない。
「方向・・・、私は・・・、スクリプターですね、選ぶのは。ゲート内には、まだ未知のアイテムも多い。それに、忘れたくない事もありますので。」
「そうですか・・・、なら、職を選んで進みましょう。」
それぞれ職を選んで、やってきたのは最初ボックス。さて、防人の武器とはなにか?普通に考えると盾だと思うが、盾師という職もある。あいつ等が、わざわざ上位互換なんてモノを一覧に入れるだろうか?盾師の詳細は知らないので、なんとも言えないが、多分何かを守ってくれるのだろう。
「初めてこれも開けますね、何が出るかな、何が出るかな?・・・、?」
望田が今は無き懐かしの番組のリズムで話しながら、ボックスを開けた。さて中身はなんだろう?望田が取り出したのは30cm位の黒い棒と、それにつられて浮かぶ野球ボール位の黒い玉。他は銀貨数枚とハサミと望田用の指輪。ハサミは橘の物だろう、中位用の武器はないようだ。望田は嬉しそうに、指輪を右手の薬指に嵌めている。
「なんですかね、これ?橘さん分かります?」
「それは防衛の音と言うようですよ。多分笛ですね。私はハサミですか、情報通りですね。・・・、お?武芸者の玉が・・・。」
橘はハサミを手に、チョキチョキと開いたり閉じたりしながら、指輪から取り出した武芸者の玉は、確か前は黒だったが灰色に変色している。壊れていないので、武器も進化か或いは、新しい物が指輪に転送されたのだろう。
武器を鑑定して貰った望田は、笛だろう物を持って固まっている。まぁ、武器というイメージと笛ではかなりの差があるので、仕方ないのかもしれない。
俺だって武器だよ~と楽器を渡されて、モンスターと戦えと言われれば投げ捨てたくなる。しかし、ソーツにとっての武器とは一体何を指しているのだろう?元は掃除用だがどちらにしても、使用感を置き去りにしている。まぁ、多分あいつ等は身体がないから、形などどうでもいいと思って作っているのだろう。
「どうしましょう・・・、私音楽2ですよ・・・。横笛とか・・・、リコーダーも変な音が鳴るし。」
「それは・・・、ご愁傷さまです・・・。取り敢えず吹いてみます?」
望田は難しい顔をしながら笛を横に持ち、息を吹き入れた。すると、ピーと丸い玉から音が聞こえてくる。本体から音が鳴らない分なんだか腹話術を見ているようだ。多分距離の問題は、この玉が動く事で対応してくれるのだろう。
「ん~~、ツカサ。何か投げてもらえませんか?」
「いいですよ、ではこれで。」
取り出したのは、外で買って妻にお揃いと渡されたファーストちゃん人形。これなら当たっても痛くないし、特に問題ないだろう。出来はいいが、自分で自分のデフォルメ人形を持つなど、流石にナルシストみたいで嫌だ。まぁ、妻からの贈り物なので、指輪にはしまっておくが。
「それは駄目です。飛んできたら、抱きしめてしまうじゃないてすか。適当にスプレー缶とかにしてください。」
「・・・、分かりました。」
人形を収納し、今度はデオドラントスプレーを取り出して下投げで軽く投げる。それに合わせるように望田が笛をピョワンと吹くと、スプレー缶は望田に当たる事なく、何もない空間でポヨンと跳ね返った。
「ツカサ、これは・・・。」
「待ってカオリ。その先は自分でイメージして。それに答えると、多分イメージがその方向で固まる。」
笛を吹いて缶を弾く。イメージは音波か振動波か、もっと単純に風圧かメルヘンなら音の妖精さんとか?考えればきりが無い。きりが無いからこそ、自身で考えなくてはいけない。
この力は何なのか、この力で何をしたいのか、歩んだ先で何者になり、至りたいのか。望田に防人が出たと言う事は何かを守りたいし、大切な何かあるのだろう。現に彼女の職業はSPだし。
「難しい・・・、職に就くって難し過ぎません・・・?下手にイメージするとそれに引っ張られていくし、荒唐無稽だと訳分からなくなるし。」
「取り敢えず待つからゆっくり考えて、ね。橘さんはどうです?」
橘は相変わらずハサミを、開いたり閉じたりしながら玉を弄っている。ただ、顔色は大分いいようだ。頭痛で顰めていた顔も今は、皺1つない。
「凄くいいですね、頭痛もなくなりましたし。何より記憶を編集して、過去の記憶を鑑定できるのがいい。クロエ、最初にゲートでお手本って言った時ビビッてましたよね?貴女自身は鑑定出来なくても、雰囲気は分かる。」
こいついらん能力持ちおった。確かにあの時は策もなかったし、砲撃型とは初対面。ビビるなという方が無理である。しかし、背を見せて引っ張らないといけなかった訳で・・・。
「橘さん、貴方に覗き魔の称号をあげましょう。乙女の秘密を覗き見たんです。謹んで受け取ってください。」
「謹んで辞退します。そもそも貴女は・・・、女性でいいと言っていましたね・・・。すいません、軽率でした。」
会議の時橘は俺を彼か彼女かで迷ったが、俺の方から彼女でいいと言った。書面上では男だと知っていても、外見は少女。そもそも男の姿で会っていないので、橘に対して乙女と言ってもいいはず!それに戸籍も女性になったし。
「しかし、両手が塞がるのは面倒ですね。武芸者の玉と掛け合わせられないものか・・・。鍛冶師に依頼してみるか・・・。」
未だ会った事のない鍛冶師。彼、或いは彼女はドックタグ作成と言う偉業がある。会えればお礼を伝えたい。あなたのおかげで帰れた人達がいると。
「橘さん、私も鍛冶師に会わせてもらえませんか?お礼が言いたい。」
「よし、決まりました。私のイメージはズバリ!音です。これがマイクなら良かったんですが、笛ですからね・・・、カッコよく戦う為に練習しないと・・・。戦場で気の抜けた音とか・・・。」
橘が了承した後もブツブツ言っている横で、望田が元気に声を上げた。彼女のイメージは音・・・、音?楽器を吹くでもなく、振動でもなく、音波でもなく、音そのモノ。なるほど、彼女のイメージが掴めた。
「届けたいんですね?」
「はい、音なら遠くても届きます。それにこの玉、アンプ?があれば多分広がって届けてくれるはずです。面白いんですよ、これ。イメージするとヒュンヒュン飛ぶんです。」
そう言って望田は野球ボール程の玉を嬉しそうに、上下左右にと動かしてみせた。接近戦ではボールアタック、遠距離では音撃。しかも職の特性は防衛と、中々隙のない職である。後は自身でイメージを固めて行けば、単独で5階層以降も掃除出来るようになるだろう。
「さて、橘さんもいいですか?」
「いいですよ。クロエは後方で私と望田さんが、モンスターの対応をしましょう。いいですか?」
「私は構いませんよ?」
「私も試してみたいので、それで行きましょう。分岐は望田さんが選んでください。私やクロエだと、探索になりませんから。」
3人で進んで4階層。秋葉原のおかげか、ここまでモンスターは出ていない。出て試すならゴブリン感覚で三目あたりが嬉しいが、砲撃型もいるので何が出るのかは分からない。途中、いくつかの箱を開けて、箱そのものを回収しながら進む。中身は相変わらず金銀貨と、何かしらの資源に薄い薬。たまに、分解ロッドも出るので指輪にしまっていく。
「結構距離があるんですね、同じ景色で迷いそうです。」
「5ゲートを超えれば、がらりと変わるよ。奥はセーフスペースと山岳地帯みたいになってる。そこからが本当のダンジョンかな?かなり広いし、テントとかいるかも。出るのは退出ゲートからしか・・・、橘さん鑑定結果は?」
望田が笛を握りしめながら、辺をキョロキョロと見ましている。確かに、迷いやすい作りではある。しかし、職についていればやり方は色々あり、俺なら煙を撒いて正解の道を探す。橘なら多分、壁とか床を鑑定すれば正解が導き出せる。望田も慣れてくれば多分反響とかで、道が見えてくると思う。
そもそも、職に就けば構造が分かるとソーツは言っていたが、分かった構造と言えば階層が示されただけで他は何もない。もっとこう・・・、アイテムの位置とかあるだろ・・・。駄目か、あいつ等はゴミ箱の中には関心がないし・・・。
「脱出アイテムですね。チャージ式で放置してれば、勝手に再使用可能です。ただ、使用人数と言っていいのか、規模の設定があります。」
「規模?」
「多分職の事ですね、上位とか下位の。クロエは使った時何がありました?」
「いや、今の姿では使った記憶が無いのでなんとも・・・。」
使ったのは最初の最初。まだ俺が男の姿だった時のみで、後はなんだかんだと、スキップもせずに頭から毎回潜っている。秋葉原の件で魔女は煩くはないが、こうしてゲートに入るとソワソワしだして、奥に行こうと話しかけてくる。
そろそろ掃除も始めたいので、何処かで時間を見つけ、ガス抜きがてらに奥に行くのもいいかもしれない。何より俺も娯楽に耽りたいという気持ちもある。ただ、潜るなら単騎だろうな・・・。良くも悪くも、魔女はモンスターを、獲物を取られるのをあまり好きではない。
「多分、私と望田さんなら問題なく使えると思いますが、3人だと駄目かもしれませんね。現に私には、クロエの情報が何も見えない。」
「そうなんですか?私は何が見えます?」
望田は橘が見えるものが気になるのか質問しているが、それは多分藪蛇だろう。質問された橘は目を逸しながら、気まずそうな顔で口を開いた。
「・・・、先に言いますがオンオフは出来ます。寧ろ出来ないと私の頭がパンクする。42kg・・・、それが何か分かりますよね?」
「・・・、音なら振動で痩せますよね?」
そうか・・・、望田は42kgか・・・。太っているとは思わないが、女性としては気になるのだろう。俺は変化しないので、その辺りは分からない。生暖かい目で見ていると、望田が涙目で俺を見て項垂れた。
「焼肉・・・、大食い・・・、22kg・・・。軽くて白くて華奢で可愛くて、あんなにタバコ吸ってるのにヤニ臭くない・・・。ペテン師?」
「言いがかりだ。」
「クロエはもっと食べた方がいい、軽過ぎですよ。プールの時も思いましたが・・・。出たら3人で何か食べに行きますか?望田さんもゲート内を歩き回ったので大丈夫でしょう。奢りますよ。」
「まぁ、それは出てから考えましょう。カオリ、お仕事です。」
暗がりの奥には三目が1体、槍を持ってフラフラ歩いている。普段なら瞬殺だが、今回は望田に任せて補助に徹するとしよう。橘も俺の横でハサミを構えるだけで、動く様子はなさそうだ。
「初めてのモンスターハント、イメージでしたよね?」
望田が笛を口にあて、モンスターを見ながらチーンと甲高い音を鳴らすと、モンスターが泡立って溶けた。どうやったらその音が笛から出るかは分からないが、アレは音による攻撃・・・、なのか?
音をイメージして使っているはずだが、確かに敵を即刻処分するのは防御の基本である。先手を打てれば防衛しなくて済む。望田の中では音=波のイメージなのだろう。小難しく考えず波、マイクロ波や振動波や音波ではなく、ただの波。
「おぉ~、凄いですね。レンチン出来ましたよ。」
「レンチン?電子レンジで温めるあれ?」
「ええ、温めて終わったら鳴るあれです。」
橘は俺の横で笑いを噛み殺している。どうやら、俺も知らずのうちに頭が凝り固まっていたらしい。そうだよな、音はそもそも知らせるものだよな・・・。防衛するなら、敵が来た事を知らせないといけない。だからこその響く警笛。
そして、望田は音から結果をイメージした。電子レンジがチンとなれば、物は温まる。なら、発砲音がすれば弾は飛ぶし、斬撃音がすれば何かは切れる。防衛とは一体・・・。あぁ、手段は問わないのなら、弾く音でいいのか・・・。何なら擬音をイメージして鳴らせれば回避もできるし、空も飛べるはず。どうやって出しているかは知らないが。
「カオリ、貴女は通信教育で音楽を習うよりも、漫画や映画、アニメで音を聞いた方がいい。」
「えっ?戦場の楽士みたいなイメージで吹きたいんですけど・・・。」
ゆくゆくは出来るだろう。今は擬音によるイメージが強いのかも知れないが、そもそも音とは視覚以上に早く人に備わる感覚だ。なにせ、胎児は母親の鼓動を聞いて育つ。しかし、多分そこに行くのはまだ早い。
「それはまだ慣れてから。今は音によるイメージを増やした方が戦いやすい。例えば、小骨を倒すのに必要なイメージはできる?」
「ん~、小骨ってツカサが倒して回ったユニークですよね?あれか~。」
望田はまたウンウン唸りだしたが、倒す為のイメージを模索しているのだろう。橘の方はハサミを開いたり閉じたりしながら目を閉じている。話かけていいものかと迷うが、聞かない事には始まらない。
「橘さんはどうです?」
「ええ、今の記録を鑑定し、編集して管理していた記憶に貼り付けてました。倒せるかは不明ですが、像が結べば多分どうにかなりますね。クロエの魔法もそのうち記録してみたい。試しに火の玉とか出して見ません?」
「いいですよ。こんなもんでどうです?」
掌に出した火の玉は拳ほど。威力はそんなに無いし、実験なのでフワフワ浮いているだけ。その火の玉の姿を橘はハサミで切る仕草をして、考え込んだ後にハサミの先から火の玉が出た。
「おぉ、これって私の物と一緒ですか?」
「全くではないですね。私は魔法職の適正が無いので、今の段階だと虚像みたいなものです。一応、熱さもありますが吹けば消えるし、すぐ燃え尽きる。
鑑定をかければ強度は増しますが、魔法の鑑定はなんというか・・・、頭の中に絵の具をぶち撒けた様な感じがして、気持ち悪い。これもまた、鍛えて上位になれば軽減されるのかも知れません。」
橘の言った通り火の玉は、すぐに薄れて無くなってしまった。しかし、鑑定術師とスクリプター。これの親和性はかなり高そうだ。
その後は砲撃型は出たものの、望田の笛と橘が貼り付けた記録再現で危なげなく5階層から退出。橘曰く再現した記録は消費されるので、常に戦場ではハサミを持ってウロウロしないといけないそうだ。切り札を増やすにも、ストックを増やすにも大変だそうだし、現に望田のレンチン攻撃は1回で消えたらしい。
しかし、鑑定をかけたものは強度があるのか、3回程度は使えるという。また、管理記録に貼り付ければ、使用していない記録は残るそうなので、どちらにしろ誰かと行動して攻撃なり防衛なりを記録しなければならない。
「それで、ここの焼肉屋でいいんですか?自慢じゃありませんが、貴女達の飲食分くらいなら懐は痛みません、高級店でもいいんですよ?」
「えっ?・・・、和牛とか食べていいんですか?容赦しませんよ?尻の駄賃として。」
「橘さん駄目です!破産します!」
結局出た後は、この前行った焼肉屋で打ち上げを行った。橘は食う量に引いた後、顔が赤かったが暑かったのだろうか?まぁ、食べ放題だし気にしない気にしない。何ならこの前網交換してくれた従業員がよく網交換してくれたので、奇麗な網で肉が焼けてよかったし、お酒も進んだ。
今回、望田を助言役についた場合のテストケースとしたが、やはり助言を行うなら対面しかない。これだけ話していても、彼女とイメージの差があるのだ。なら、会って話してからでないといけない。




