28話 おや?
プールで橘と別れ妻と望田と共に部屋に帰る。妻は帰りの飛行機の予約をした様だ。電話の声から明日の夕方には発つ様だ。名残惜しいが子供達の事を考えると仕方ない。プールでは何人かに握手と写真を求められたが、流石に懲りたので写真だけを許可しようとしたが、妻と望田に止められたので最初の1人だけ撮ってもらいやめた。そもそも、写真をお願いしたのが子連れの女性だったので、あまり気にしなかったのだが・・・。
まぁ、それはいいとして更衣室は中々ハードルが高かった。行きはよいよいとはよく言ったもので、行きは荷物を放り込むだけで、脇目も振らなかったのでよかったが、帰りは着替えがある。凝視するつもりはないが、なんとなく罪悪感を覚えながら着替えていると、逆に注目を集めたので妻と望田が盾になってくれた。普通なら逆でそもそも同性の身体なので、問題はないと思うが・・・。何だか、何が悪くて何が良いのか分からなくなってきた。戸籍も女性、姿も女性。さて、俺は・・・、うん。莉菜の夫だ。
「久々に泳いで疲れたわね、司は橘さんと何話し込んでたの?」
「ん?美しい貴女の下で働きたいだって。断ったら今度は一緒にゲートに行こうと誘われた。早ければ行くのは明日2人でかな?そろそろ俺も忙しくなると思うし。」
「ツカサ、それはデートでは・・・?」
「・・・、は?」
「いや、無理を言って断られたら、すぐさまハードルの低いお願いをするのは、頼み事をする時の常套手段では・・・?」
望田と顔を見合わせる。デート?誰と誰が・・・?対外的に見ると、俺は女性で橘は男性。仲良く手を繋いで2人でゲートイン。中で誰かと出会う確率は低く、密会を行うなら最高の場所。何からセーフスペースもある。時間だって奥に行っていたと言えば何時間だろうと滞在の言い訳は立つ。更に言えば、付き合っていなくとも、命の危機と言う最高の吊り橋効果で親密な仲になりやすい。
確かに橘のお願いの仕方は常套手段だ。心理学的にそれは証明されているが、そもそも橘は俺が元男性だと知っている・・・。まて、橘は常々俺の容姿を褒める。見舞いに行けばお兄ちゃん呼びしろとも言ったし、今日も尻を触られた。
だが、彼は俺に妻がいる事を知っているし、何なら今日紹介した。そして、配信でも妻がいる事を公言している。それは間違いないし、同性婚の法律はひっそり可決されて施行された。なら、あり得るのはこの事実を知らない誰かがいらぬ噂を流す可能性があること。そして、なによりも・・・。
「司、不倫?不倫なの?私を置いて男に走るの?」
「まて早まるな!」
「そんな5・15事件の首相みたいな言い訳いらないわよ!望田さ〜ん。夫が男に取られた〜。」
若干涙目で座っている望田に、抱きつく様に莉菜が手を伸ばす。指摘されるまで気付かなかった俺の落ち度だ。また、妻を不安に・・・、橘にいい印象はないと言っていた彼女を悲しませてしまった・・・。
「ツカサ、これは流石に自覚が足りないとしか・・・。」
クソッ、罠か?ブービートラップか?こんなにあっさり引っかかったのか?いやいや、これはお互い仕事だと思ってるはずだ。ゲートに入れば彼は中位になれるかもしれない、俺は中位になった状況の情報が欲しい。結果がなくとも、お互い5階層まで行くだけならそこまで時間かからないはず。
何なら、脱出アイテムを使ってもいい。使い捨てか分からないアイテムだが、試さない事には始まらないし、そもそもこのアイテムは使っても何も変わらないと言うのが更に謎を深め・・・、クソッ、ここでも橘か!あいつが鑑定師なら、これも多分鑑定出来る。ゲートを出てから見舞いくらいしか顔を見る機会がなかったし、その時は療養中。力を使わせるには躊躇いがあった。
・・・、アイツには、橘には多分下心はないし、それなりに信頼もしている。伊月からはイケメンでモテるとも聞いているから、言い方は悪いが女性には不自由していない・・・。あぁ、モノを知ると言う事が嫌になる・・・。
男性心理としては・・・、女性を追いたいのだ・・・。映画なんかのヒロインが最後までツンデレなのも、その方が男性受けがいいからであって、何なら最初から問題ない夫婦の物語だとよほどの感動が無いとうけない・・・。
そこから考えると、俺は橘に靡く訳がない・・・。あぁ、何だか頭が空転してきた・・・。タバコ・・・、いやキセルを吸おう。取り出したキセルをプカリ。久々に考えすぎた。解決策は有る。元々考えていたが、断られれば他の策を模索しよう。
「カオリ、君も来るかい?そもそもデートではなく、これは彼が中位に至るかも知れないという検証なんだ。SPとしてはこれから至るであろう人達の性能を見るのもいいと思う。」
前提を違わなければ、結果は見える。妻が取り乱すので思考がかなり飛んだが元々は検証だ。久々に思考が空転したが、これは危ない。タバコは成人してから吸い出したが、それまでは考え込むと、知識を総動員して考え込んでしまって嫌になっていた。思考は瞬時だが面倒だ。
吸い出してからだが、タバコと言うのは凄くいい。適度に身体に悪くて即死しない。ある程度脳を休めて思考から開放してくれる。俺は平凡であり、平凡でありたいのだ、能力を求められても面倒くさい。なら、面倒のない範囲でするに限る。現に千代田は俺を平凡と言った。なら、俺は対外的に見て平凡だ。いらぬのだよ、特別など。本を読む事で知識は備わったが、それを使うのは頭の中だけでいい。メンサなど面倒だ、多分知能指数は足りないと思うが。
「いいですよ。私も職、スィーパーにはなりたいと思ってましたし。莉菜さん、私がツカサを守りますからね。」
「お願い望田さん。同盟相手の貴女なら許せるわ・・・。」
「何の同盟かは知らないが、橘に靡く気はない。莉菜、俺は君を愛している・・・。心配もかけるが、俺には君しかいないんだ。変な勘ぐりはよしてくれ・・・。」
望田もいるが関係ない。妻の頬に手を添えて唇を重ねる。軽くそして深く。閉じられた唇は次第に開き舌を絡め、軽い水音が漏れる。どれくらいしただろう?唇を離すとお互いの絡まった、どちらの物とも分からない唾液の糸が伸びる。妻の頬は軽く上気し、瞳は淫靡な期待に染まって見える。
「さて、カオリ。後は妻を安心させておくから、明日の朝また来てほしい。」
「えっと、はい・・・。分かりました。」
望田の顔に赤みがさしているが、それは別にいい。この状況だ、大人な彼女にも、この後の事はわかるだろう。別にそれだけが証という訳では無いが、好意は示さなければ相手には伝わらない。他はどうでもいいか、妻には理解していてほしい。
望田が部屋を出た後、一緒にシャワーを浴び、寝る時間には早いがベッドに入る。疵は付けて貰ったが今度は俺の番。巻き戻るので痛みはあるが、多分今夜は眠らない・・・。
明くる日、お互い素肌のままベッドから起きてシャワーを浴びる。甘い気だるさは尾を引くが、それは男性だった時も一緒。日は登るし朝は来る。妻は安心してくれたのか、しおらしくその姿は愛おしい。シャワーを浴びながらも幾度か口付けを交わしたが、このまま気分が盛り上がるのもアレなので軽くイチャイチャしてシャワーを出た。
テレビで放送されるニュースは、昨日の追悼式の話や俺の立場のもの、或いはゲートについてのものが大半で、目新しいものは殆どない。交差点で土下座した関係者は、そのまま辞職したらしい。
「司〜♪」
下着姿のまま椅子に座り、キセルで煙を吸っている俺に妻が後ろから抱きついてくる。機嫌は治ったし、安心もしてくれたようだ。そもそも、俺が橘に靡く事は無いというのに。
「風邪を引くといけない、早く服を着るように。」
「それは貴方もでしょ?2人なら温かいから、もう少しこのままで・・・。」
「・・・、好きにするといいさ。」
朝の時間をお互いの温もりと共に過ごし、名残惜しそうに離れると服を着だした。妻も不安なのだろう・・・、姿も変わり、訳の分からない能力を持ち、最近ではろくに家にも帰っていない・・・。よし、ちゃっちゃと仕事を片付けよう。そう思いながら、下着を履き薄手の黒のハイネックとジーパンに着替える。ハイネックはノンスリーブなので、暑くなりだした今の時期でも涼しくいられる。
「おはようございま〜す・・・。」
若干顔が赤い望田が俺と、機嫌の良さそうな妻を交互に見る。意外と耳年増なのかも知れない。まぁ、早い遅いは関係なく、その人を受け入れる入れない、愛してるしてないが問題なので別に良いのだが。
「おはよう。何を想像しているか知らないが、用事を頼みたい。私の配信収益金全てを秋葉原で亡くなられた方に分配。それと、千代田さんに今回の報酬は誠意程度でいいと。その報酬もまた、2/3を亡くなられた方に分配してほしい。国としては、今回の件は自己責任で払えない状況だろう。それと、名刺をお願いしたい。クロエ=ファースト。肩書は例のアレで。」
「分かりました、名刺はとりあえず100枚用意しましょう。あって困るモノでもないですし。お金の話は・・・、報酬は私から話すのは難しいですが、配信のお金はすぐにどうにか出来ると思います。」
「分かりました、報酬については千代田さんと直接話しましょう。他は調整お願いします。」
「了解です、ちょっと外で電話してきます。」
望田が退出しキセルを吸っていると、俺のスマホが鳴り確認すると橘だった。昨日の事もあり若干複雑な気持ちもあるが、まぁ、うん。彼に当たるのはお門違い、今回のは文字通り夫婦の問題だ。
「もしもし、橘さん?今からですか?」
「ああ、クロエ。いえ、昼からお願いします。午前中は用事がありまして、場所は世田谷ゲートでお願いします。」
「いいですよ。こちらも1人同行者が、望田さんがついてきます。」
「分かりました、彼女はスィーパーですか?」
「いえ、今回初入場です。SPでもあるのでスィーパーに対応出来ればと。後、鑑定依頼が1つあります。」
「・・・、いいですけど、危ない物じゃないですよね?前に薬を出された時はかなり驚きましたよ・・・。」
「・・・、多分大丈夫です。詳しくはゲート内で。」
電話を切る。ゲートを鑑定して懲りたのか鑑定するのを若干嫌がってそうだが、流石にあれよりヤバい品では無いだろう。機能も脱出に限定されてるし。仮にコレがそれ程ヤバい品なら、出土するのはかなり奥か、劣化品が上層でチラホラ見つかりだすかも知れない。ソーツの作成理念が、最高から最低へ流れる事を祈るばかりとなるが・・・。
「電話終わりました、名刺は明日にでも用意出来るそうなので、来る時があれば持ってきます。収益金は口座番号を教えて下さい。そこからの対応となります。報酬の件は一応話しましたが、やはり対面での話し合いという運びとなりました。」
「分かりました、カードを預けます。至急と言う訳ではないですが、早めにお願いします。」
外から帰って来た望田の話では、こちらの意向はある程度通りそうだ。誠意ばかりの報酬、いい響きである。さて、彼等は俺に如何程の値段を付けてくれるのか。
この額である程度こちらの重要度が分かる。まぁ、その金は殆ど遺族に渡すのだが・・・。金はあって困る物ではないが、あり過ぎても人をダメにする。程々、或いは適当な額でいい。それこそ、家族が幸せに暮らせるだけのお金があれば。
「カオリ、昼からゲートに入る。必要なモノは殆ど無いけど、おもちゃでいいから銃を一応持ってきて。職次第では必要になる。」
「分かりました、他はいるものあります?コレがあると便利とか?」
「ん~?」
「アレはあるといいわよ?携帯トイレとか、5階まで行くのにそれなりに時間かかるから。」
話を聞いていた妻が口を開いた。そうか、男はその辺ですればいいが、女性はそうも行かない。自身が生理現象のない身体なので、その当たりはすっぽ抜けていた。
それを考えると、ウエットシートとかデオドラントスプレーとかも必要になるのかな?俺と橘がエスコートすれば、ほぼ確実に5階層までは安全に潜れると思う。問題はルートであり、移動距離。
ゲートに入り、行く階層の設定は出来るが、最初の入場は必ず1階層が指定され、同行者が奥に潜っていたとしても、パーティーの場合は一番若い階層が指定限界となる。多分、これは掃除作業をする上で、掃除人をいたずらに減らしたくないソーツの意志でもあるのだろう。仮に制限がなく初入場で、5階層以降を指定して入ったなら確実にその新人は死ぬか多大なトラウマを抱えるだろうし、エスコートする人間の労力は半端ない。
「莉菜さん初めての時は、何持っていきました?」
「私は子供達と入ったから・・・、あっ、布団たたき持っていったわよ?他に武器になりそうなものも無かったし、一応ね。他は殆ど遥に貰ったわね。ご飯とか、飲み物とか。」
「そうですか・・・、ツカサ携帯トイレとか持ってます?」
「・・・、ないし、しない。何時も走ってるから我慢出来ない距離でもないし。」
「・・・、その辺りでしてませんよね?」
「してないよ。まぁ、いつもよおすか分からないし買っておくか。」
「そうね、司も一応持っときなさいよ?」
望田から疑惑の眼差しが向けられるが、妻は知っている。俺の身体の秘密を。なので、そこまでこの話には乗ってこない。しかし、潜る為の必需品か。どこで買えばいいのやら・・・、普段ならネット通販なんかで揃うのだろうが、今の時間からでは無理だろう。それに、なんだかんだでここ最近外でショッピングした記憶もない。
「それなら、少し早いですがゲートに向かいましょう。ゲート付近ではスィーパーの方達向けのショップオープンしてるみたいですよ。」
「そうなんですか?」
「はい、なんだかんだでスィーパーは男女いますから。必需品の取り扱いはそれなりの利益があるそうです。」
商売魂逞しいな。預かり知らぬところでも、経済は回っている。多分、キャンプ用品の延長なのだろうが、セーフスペースがあれば寝泊まりもある程度出来るし、先を目指したい人からすれば、毎回外に出るよりは中でそのまま過ごした方が効率がいいのかもしれない。薄暗いはずの中から外に出ても、特に目がくらむ事もないし。あるのは、精神的な疲労だろうが、それもパーティーならある程度緩和出来る。
「なら、そこで買い物をしましょう。莉菜も来るかい?お土産になるかは分からないけど、なにか面白いものがあるかもしれない。」
「行くわよ、ちょっと待ってね。帰りの荷物だけまとめておくから。」
それから程なくして荷物もまとめ終わり、白い上着を羽織ってドッグタグをつけて望田の運転で世田谷へ向け出発。ホテルの周りはそうでもないが、ゲートに近づくに連れハロウィンの仮装をした様な人々が増えてくる。しかし、たまに見るハサミとカメラをもった人は何なんだろう?多分スクリプターだと思うが、カメラはいるのか?
相変わらずゴスロリ集団もいるが、その中に混ざってレディーススーツを着た新社会人っぽい人もいる。多分、ニュースを見てくれたのだろう。いつぞや見た様なイカツイ兄ちゃんは、今はビシっとスーツを着てキリッとしている。良かった、色々模索している様だが流石にゴスロリは卒業出来たらしい。
他で言えば、上半身タンクトップのヒョロっとした男性はなんだろう?多分、スィーパーだろうけど職が分からない。そもそも武器は指輪に入れればいいので、外見だけで職を判断するのは難しくなってきた。だが依然制服効果はあるようで、その職っぽい格好をした人は多い。
「着きました、クロエは取り敢えずサングラスかけてください。あと、声でバレるかもしれないので会話は・・・。」
「いや、サングラスはかけるけど普通に話すよ。多少人に囲まれるかもしれないけど、このままだと本当に何もできなくなってしまう。莉菜、騒ぎになったらすぐ車に・・・。」
「戻らないわよ?貴方も私も何も悪い事してないし、芸能人じゃないの。まぁ、貴方は有名人にはなっちゃったけどね。でも、地元に帰ってからもこんな調子じゃいけないわ。私達は夫婦。それが一緒に歩くのは普通の事よ?」
言いたい事は分かるが、怖いのは妻や家族が狙われる事。良くも悪くも妻の話はしている。先日の拉致騒ぎの事もあるし、余り表舞台に出てほしくない。彼女が狙われた場合、近くにいるなら全力で対処するが、これから地元に帰るなら物理的に距離が離れる。
・・・、考えられるのは2択。公にしてしまって、人の目を増やす。良くも悪くも妻だと分かれば、狙われるかもしれないが簡単には手を出しづらくなる。もう1つは徹底的に隠す。しかし、これは大分時期が過ぎてしまっている。既に身内がいる事は周知されているので、後は誰だと探せばいい。
俺個人の容姿から元の姿を辿るのはかなり難しいと思うが、残念な事に俺の出身や、地元での目撃情報は出ている。SNSに発信された情報は消したくても、そう簡単に消えない。そして、それが眉唾か否かの精査は出向いて確かめれば事足りる。
今は多分、結城君も遥達と旅館にいると思うので、保護はされているが、何時までもその窮屈な生活を強いるのも悪い。なら、やはり公にするのがいいのか?
「ツカサ、莉菜にも警護は付いてますし、帰りは別のSPが送ってくれますよ。」
「えっ、私にも付いてるの?仕方ないと思うけど、なんだか悪いわね。」
「莉菜・・・、迷惑をかける。」
「いいわよ。しかし、これで私も有名人の妻ね!家に帰ったら警備会社探さなきゃ。」
話は纏まったので、車から降りる。背も低く人混みに紛れればそう簡単に見つかる事もない。駐車場から妻と手を貝殻握りで繋いで進み、やってきたのは世田谷ゲート周辺。
辺りはお祭りの縁日の様に露天商が軒を連ね、ゲートから出たであろう薬や、箱から出た武器の写真が並べられている。必要なら、店主に指輪から出してもらい現物確認するのだろう。流石に、無造作に武器を置かれては危ない。
プラプラ眺めながら歩くが、そこまで奥に行っていないだろう状況での出土品。目新しいものは殆どないが、妻と望田は安そうな薬を何個か買っている。
「ねぇ、これ買っていい?」
「ん、何だ・・・、これいる?」
妻が差し出したのは頭が大きくデフォルメされた、俺を模したであろうぬいぐるみ。ゴスロリ服を着て、スーパーマンが飛ぶ時の様なポーズをしている。ふむ、下着は黒か。出来は悪くないと思う。
「せっかくだしね、そんなに高くないから・・・。」
「まぁ・・・、好きにするといい。」
妻が店主と話し代金を支払うが、店主はチラチラ俺を見ている。スルーしてくれるなら、こちらから声をかける事もない。何故か望田もぬいぐるみを買い、ゲート必需品と銘打たれた看板の店があったので、そこに入り携帯トイレ等を買う。やはり白い髪は目立つのか、かなりの人に見られたが、幸いな事に俺のコスプレ集団も白いウィッグを付けて、白いメイクをしているので、ここまでバレずに済んでいる。
「えーと、ファーストさんですか?焼肉屋の写真見ました。」
「・・・、そうですが、あまり声は出さないでください。プライベートで来てますので。」
「分かりました、サインお願いします。できれば、他の方も。」
妻と望田と私。確かに焼肉に行って写真を取られたメンバーだ。若い女性が差し出した色紙にサインを書いていると、他の2人は微妙そうな顔をしている。分かるよ、だって2人は有名人でもないし。考えた末、望田はそのまま名前を書き、妻は妻と・・・。
「・・・、なぜそう書いた?」
「えっ?事実だし名前書いたら色々バレそうだし。」
「えっと、奥さんですか?」
「はい、間違いなくクロエの妻です。」
妻は微笑みながら返したが、相手の女性はポカンとしている。それもそうか、いきなり妻と言われても色々とストップしてしまう。法では認められているが、多分認知度はまだ低い。
「クロエさん、一旦離れましょう。そろそろ時間です。」
望田の声で動き出し、そのまま人混みを縫うようにして進む。途中で振り返って女性を見ると、笑顔で親指を立てていたので多分大丈夫だと思う。人を抜け間を抜け、やってきたのはゲート前。辺りはゲートに入ろうとする人の列ができ、それなりに混んでいる。スマホからSNSで橘に連絡を取ると、彼も近くにいてすぐ合流できた。
「迎えに行こうかと思ってましたが、大丈夫でしたか?」
「ええ、割りと何とかなりましたよ。」
橘と軽く挨拶を交わしている間に、望田は他のSPを呼び妻の事を引き継いでいる。来たのは多分、望田の同僚でホテルの扉を何時も警護してくれていた人。あまり話した仲ではないが、職務には忠実だと思う。
「ここでお別れね。」
「ああ、見送りに間に合うなら行くよ。」
「大丈夫、信じてるから。橘さん、可愛いからって夫に手を出したら駄目ですからね?」
妻が俺を抱き締めて威嚇するように橘を見ているが、された橘は逆にキョトンとしている。やはり、妻の考え過ぎだったようだ。背中を預けた仲ではあるが、彼もまた、宮藤同様かつての俺を知る1人である。
「その点は大丈夫です。特定の相手はいませんが、無いと断言しますよ。」
「こんなに可愛いのに?」
「可愛くても、私もかつてを知っていますから。」
それを聞いた妻は複雑な顔をした後、見せつけるように頬にキスをして離れた。
「分かりました、望田さんもいるし信じますね。貴方、無理しちゃだめよ?お見送りとか気にしなくていいから、無事戻ってきてね?」
「ああ、その点は約束するよ。」
お互い別れのキスを交わし、SPに連れられて人混みの中に姿を消していく。周囲から好奇の視線が飛んできているが、特に気にはしない。だって夫婦なのだから。
「え〜と、橘さん今日はよろしくお願いします。」
「前に病院で会いましたね?改めて橘 亮二です。今日はよろしくお願いしますね、私の身の潔白の為にも。」
「望田 香織です。しっかり監視しておきますね。」
2人が挨拶を交わし列に並ぼうとしたが、橘に呼び止められ公務優先権で足止めされることなくひとっ飛びでゲートにはいれた。久々に来たという訳では無いが、やはり中は薄暗く娯楽を楽しもうという気分になる。キセルを取り出しプカリ。さて、二人はどうかな?
「初めて入りましたけど、意外と辺りは見えるんですね。」
望田が辺をキョロキョロと見回している。入った当初、俺はあまり余裕はなかったが、こうして初めての入場者を見るのは微笑ましい気持ちになる。
「橘さんどうです?」
「ん~、あと一歩という感じですね。そう言えば何か鑑定してほしいと、言ってませんでしたか?」
「ああ、これです。」
指輪から脱出アイテムを1つ取り出し橘に渡す。鑑定で、回数かチャージ式か使い捨てか分かると嬉しい。それに、最後のひと押しにもなってくれたら更にいい。
「さてカオリ、職はなんと?」
「えっとですね・・・、追跡者、肉壁、おお、S防人ですね。うそ、私やった?出ちゃいました?これで勝つる!」