252話 ハメられた! 挿絵あり
「ツカサは執着心が低いんですよね。息子なんだから顔出して友達に挨拶してもいいと思うんですけど。」
「低いかなぁ?妻とか家族、友人に対しては割と執着してると思うけど?」
一般的なくらいには執着心はあると思う。割り切る事もあるが感情抜きで割り切れない事も確かにある。それこそ家族が害されれば相手には痛い目どころかそれ相応の対処を要求するし、しらばっくれて逃げようとするなら追いかけて取っ捕まえる。
「人の三大欲求、食欲睡眠性欲があるとしてそれは本能でしょう?もっとこう・・・、人が人として持っているような・・・、そう!所有欲が低い気がするんですよ!」
「所有欲って物欲って事?ん〜、確かにあんまり欲しい物ってないかなぁ・・・。」
権力にしろ金銭にしろある分で満足してしまう質なので追い求めはしないな。そりゃあ新しいカップ麺は食べてみたいし新商品は見たら試さずにはいられないけど、どちらかと言えばそれは好奇心。望田の言う物欲とは少し違う気がする。ただ、それは現状で満たされていると取れるのではなかろうか?腹いっぱい飯を食えば追加の飯を見たくない的な?
むかし椀子蕎麦に挑戦したが、やった後は半年くらい蕎麦は食べなかった気がする。まぁ、そんなに頻繁に食べる物でもないが好みの問題だろうか?毎日肉ならウエルカムだが・・・。
「欲を持てとは言いませんけど自分を律し過ぎでも毒なんじゃないですか?最近しっかり鏡見たのっていつです?」
「朝の支度の時にチラチラ見るけど、しっかりと言われるとなぁ・・・。莉菜はしきりにメイクしようとか口紅は身だしなみとか言ってくるけど、そもそも鏡とか写真って苦手なんだよ。自分の顔見ても面白くないし。」
全身整形した様なものだが気質は変わらない。望んでそう整形したのなら四六時中鏡を見ててもいいんだろうが、生憎と成るように成ってこの姿なのでナルシストになれと言われても困る。そもそも化粧しても毛穴に入った時点で異物扱い、肌に付いた時点で異物扱いと多少の時間は残るがメイク落としを使わなくてもティッシュでサラサラ落ちる。
はっきり言うと服が汚れるので邪魔以外の何者でもない。嫌だぞ?紙ナプキンで口を拭いたらキスマークの形に口紅は全部落ちるとか。パンツの件でコリゴリなので不要なものはあんまり身体に付けたくない。そうでなくとも元々洒落っ気ないんだし・・・。
「はい手鏡。しっかり見て下さい。」
「・・・、アッチョンブリケ!」
「茶化さない!そもそも誰もが羨む美貌を持ってるんですよ?それこそ視界の端に映ったらそのまま無意識で目で追ってしまうくらいの!私だって慣れるまではずっとドキドキしてましたし、慣れた今でもふとした瞬間に目で追うんです。」
両頬を手で押していたが怒られてしまった。しかし、望田は何が言いたいのだろう?メイクさせろって訳でもないだろうし、最近は姿を隠していないが、取り囲まれる事は少ない。離れに住んでいる望田の前でだらしない格好もした覚えもないな。たまに那由多がブラ落ちてるとクレーム入れてきたり、まとめて洗濯して干すように頼んだら苦悩していたりはするが・・・。
下着と言えどただの布。もう少しドンと構えて肝っ玉を太くして欲しい。夏には海にも行きたいが彼奴は大丈夫だろうか?ただこの前妻がスク水をポチっていたのが気がかりだ・・・。いや、でもビキニタイプよりも脱げる心配がないから黒いワンピースタイプと考えたら合理的?波打ち際でパチャパチャよりもガッツリ泳いだりシュノーケリングする方が好きだし。
「ごくごく一般的な美少女とか?」
「ごくごくも一般的なも外して美少女です。・・・、あれですよ。父親が会いに行くんじゃなくて芸能人が会いに行くと思えばいいじゃないですか。」
有名俳優が父親なら会ったら嬉しいだろうが、美少女が父親として会ったら嬉しいのだろうか?ラーメンくれと言ったらニューメン来たような歯痒さがあるが・・・。そもそも混乱しない?前に遥も属性が渋滞していると言っていたが、そもそも俺の属性とは?親父少女辺り?
「いや、毎日家で顔合わせ・・・。」
「ツカサ、私は両親を知りません。でも、仮に会えるなら会いたいです。それと一緒でゲートに入るならいつ会えなくなってもおかしくないんですよ?」
そう言う気遣いか。会う事に無頓着にならずに会えるうちに会っておけと言う。確かに親孝行と一緒でゲートの藻屑になってから会いたかったと言っても遅い。ギルドで長をやっているなら来た時に声をかけても罰は当たらないだろう。ただ、正体が判明した那由多が見知らぬ美女に追いかけ回される可能性はあるが・・・、それも今更か。
そんな事を考える俺を望田が真剣な顔で俺を見てくる。残る書類は多分望田の代理印でも大丈夫だろう。それで駄目なら明日に回してもらえばいい。なら、ちょっと会いに行こうかなぁ・・・。
「ありがとう、ちょっと会ってくるよ。」
「はい、でもスーツで行くとバレるんでメイクしましょうね?」
「は?」
「大丈夫です、任せて下さい!強力な助っ人を今回呼びました。メイクと言っても私もナチュラルメイクで化粧っ気少ないんでそこは慣れた人に依頼するのが筋でしょう!」
言うが早い内線で何処かに電話を掛けて待つ事数分。来るのは妻だろうか?いや、妻も妻でそこまで濃い化粧をする方ではない。どちらかと言えば望田の言うナチュラルメイクタイプで、元の良さを引き出す方向性だ。そうなると誰か該当しそうな人はいたかな?こちらで女性の知り合いなんて工藤さんとか医務室のおばちゃんくらいしか・・・。
「リベンジャー柊が召喚されました。望田さん、今回のオファーありがとうございます。」
「いえいえ、クロエが百合好きと言う情報を貰ったお礼ですよ。あちらでは新聞とかネットニュースばかり見てましたからね。私も見ましたがマリア様は良かった。」
「私は仏教徒だから見てるのは仏様だぞ〜。」
「仏様が見てるとか急に時代劇風になるんでやめて下さい。今のアニメは坊主になると誰が誰だか分からなくなるんですから。」
どうでもいいが産まれた実家の方では墓石の上に十字架が立ってたりとちょっと変わったお墓が多かったな。個人的には精霊流し見ながら爆竹とかロケット花火をガンガンやりたい。寧ろ、花火ってお墓以外でやらなくない?
「それ以上はいけない!」
「ならメイクしていきますね〜。目を瞑ってください。」
どうせすぐ落ちるんだけどなぁ・・・。そう言う間もなく柊が指輪から化粧道具を取り出し顔に塗り付けていく。下地とかファンデーションだろうか?こうなった女性は止まらないので諦めよう・・・。塗って落ちてを繰り返せば諦めもつくだろうし。
「この日の為に私は装飾師となって舞い戻ってきました。せっかくの素材をそのまま出す。確かにそれでも綺麗ですが、たまにはお洒落を楽しむのも気晴らしになりますよ。望田さんもなにか試してみたいのあります?」
「色々見てから・・・、うわっ!つけまがこんなにある!お目々パッチリメイクとかしてみようかな〜。テレビでしか見た事ないヤマンバとかもちょっと惹かれますね。」
「ヤマンバは実は年代毎で違いがあるんで難しいですよ?総称としてはヤマンバですけど動物っぽさを取り入れたり、こんがり肌に白いシャドー入れたりとどこを目指すかで変わりますね。」
「ほうほう・・・、それで今回はどんなメイクにするんですか?」
「最初っから肌色を変えるのは難易度高いのでナチュラルメイクで目を強調した感じにしようかと。元々の幼さは残しつつ小悪魔風でちょっと生意気な感じですね。」
・・・、父親とは!幼さって時点で色々と無視してるぞ!?そもそも職場に来た息子に会いに行くのに何故小悪魔風をチョイスした!文句を言いたいが動くと危ないと制止されて動くに動けない。そんな拷問の様にゴリゴリと精神が削られる時間が過ぎ手が止まる。多分完成したのだろう、2人共声を上げないが、そこはかとなく興奮したような雰囲気が漂ってくる。今にして思えば息子に会いに行くのにフルメイクでバッチリ決めるってどうよ?確かに友人はいるのだろうが望田の口車に乗せられた感が否めない。
「バッチリですね、いい仕事した〜。服はこれを着て下さい。メイクは固定処理したので多分すぐには落ちません。では着ましょうかって!伊月さんからの呼び出し!クソっ!最後まで見れないというのか!」
目を開けると柊がアイルビーバーックと言いながら部屋から出ていく姿が見える。取り敢えず鏡ないか鏡。望田の方を見るといい笑顔でコチラを見ながら口を開く。
「これも偽装工作だと思ってください。女性ならメイクの1つもするので余りにも化粧っ気がないとどうしても疑われてしまうんです・・・。」
「本音は?」
「たまにはメイクしたツカサが見たいじゃないですか。ギルドが稼働しても米国でパーティーに出ても化粧しないですし。まぁ、すぐ落ちるって言うのは分かるんですけどね。」
「はぁ~、稼働からこれまで頑張ってくれたからこれくらいいいけどさ、どうせなら普通にお願いしてよ。TPO次第では着るしやってもいいから。」
「えっ!お願いしたらしてもいいんですか!?」
「してもいいと言うか、宴会で女装するようなもんでしょ?身体には折り合いつけてるし、今更前の身体に戻っても重くて仕方ないよ。さて、似合う服も見繕ってもらったし最初の予定通り息子達に会おうかな。」
白いパーカーに黒い短パンとシャツ。その下にインナーを着けても大丈夫だろう。折り畳んであるから早着替えは出来ないのでインナースーツからインナーに変えて普通に服を着ていく。何やら望田が髪留めも付けてくれたが滑り落ちないかの方が心配だ。
「音を聞いた感じ那由多君達はまだロビーにいるみたいですね。食堂でご飯でも食べてたのかな?」
「ならそこに向かうよ。後は頼んだ。」
「分かりました。」
望田を部屋に残しエレベーターで下に降りロビーへ。やはりというか注目されるがここまで来たら腹を括るか。視線を無視して、いるであろう食堂に向かうと4人の学生の姿が目に留まる。あぁ、あの後ろ姿は那由多だ。千尋ちゃんがコチラに気付いて目をパチクリさせているが、知り合いのおっさんがフルメイクで現れたらビビるわな。
そんな千尋ちゃんに唇の前に人差し指を当てて静かにするように指示し、足音を殺してスタスタと歩いていき背後に立つ。これで凄腕スナイパーなら背後に立つなと言われるが、生憎と那由多はガンナーではない。そんな那由多の肩をポンポンと叩く。
「えっ?もしかしてうるさかったって!父さん!?」
「来たなら声くらいかけろよ?那由多。」




