233話 夫婦
邪魔な広告で遅れました
妻に連れられ救護所の中へ。特に代わり映えしないプレハブだが掃除も行き届いているので清潔感はある。特に騒がれる事はないが、妻が手を引いてるので娘辺りに見られているのだろう。どの道患者もいるので騒がれない方がいいな。後1時間で上がりだがその間医者から話を聞いた方が良いのかは迷う。
あくまで責任者は妻となり医者の方は研修で来ているというスタンスだ。この場合、意見の食い違いが発生するとギルドに入る時に軋轢は発生しないだろうか?どうしても治癒師と医者の意見というのは割れそうだし・・・。
「莉菜、待つのはいいが視察も兼ねてここに来てるんだ。話すのは君からと医者から直接聞くのどっちがいいと思う?」
「ん〜、互いのスタンスから言うとお医者さんはここだと判定係だから必要な物とか治療スタンスなら私からかな?別にお医者さんが悪い人って訳でもないけど、治癒師じゃないから出来る出来ないの話になるとやっぱり食い違いが出ちゃうのよねぇ・・・。どちらも患者を治すっていう目的は一緒なんだけど今までは〜って話し出すのがお医者さん。さっさと職を使って治そうとするのが私達的な?」
「一概にどちらがいいとは言えないけど、今既存の薬って使う事ある?」
回復薬に馴染みすぎて市販薬を使うと言う発想になりづらい。調合師の調合した薬なら効力は間違いないのだろうが、そもそも薬とは毒である。何かの薬を飲めば副作用があり、その副作用の強い弱いで毒か薬かを区別する。薬膳なんて言葉もあるが、エマなんかは朝から御粥でいいと身体に良さそうなものを食べていたが、動くならもっとカロリーがあっても良さそうだろうし、逆に健康だろうと今の俺の食生活を真似すると一発で病気を発症するだろう。結局身体に何かを入れないと生きては行けないが、入れると言う事は異物を取り込むのと一緒である。
「使うわよ?回復薬って私達的に言えば何でも効く万能薬だけど、限りがあるからそればっかり処方する訳にもいかないじゃない。軽い風邪とかなら調合師さんに成分弄って貰って薬害のない範囲で効力高めてもらったり、製薬会社の人が新しい薬だから試してくれって持ってくる事もあるし。」
「千代田さん、薬の認可ってかなり厳しくなかったですか?確か年単位で開発しないといけないし莫大な資金が必要だったような・・・。」
「本来ならそうなりますね。ただ、回復薬の製造を医師免許を持つ高槻氏が行うに当たり、認可制度の見直しが検討されました。その話は一旦落ち着いてから話しましょう。興味お有りですか?」
「あるか無いかと言えば関わりたくないと言ってしまっても?どうせ調合師に成分分析させて薬害度合いが規定に反しないなら許可するだけでしょう?」
調合師には配合と成分と言う説明が入る。なら、成分調整も配合度合いも提出された資料とサンプルがあれば一発で分かってしまう。後は治験だけと言う状態まで速やかに運べるがその治験で失敗したらどうする?という話になるのだが、飲んですぐ発症でもしない限りどこかで回復薬飲めば大丈夫なんじゃない?と、甘い見通しで許可していそうだ・・・。
いや、寧ろ薬害が出ても最終的に回復薬で帳消しにするから即効性重視のゲキヤバな薬とか出してる?流石にそこまで甘く考えてはいないと思うが、海外で認可されても日本では成分がダメだから販売できないとかは聞くしな・・・。しかも、高槻から前に51階層の樹液っぽいモノを大量にくれと依頼されて渡したが、あれによって回復薬の等級が上がったらしい。具体的に言えば前は欠損の結合メインで落とした指等が必要だったが、木の穴を直ぐに塞ぐ樹液を研究し欠損に対しても一定の効果が見込める所まで来たとか。まぁ、相手はスィーパーメインで職に就いていない者は普通の回復薬だとか。なんでも再生するにもイメージが必要だそうだ。
「人を癒やすと言う点ではこれから即効性が求められてくるでしょうから、古い価値観や固定概念を全て捨てろとまでは言いませんが頭は切り替えなければなりません。」
「了解です。政は政府の領分なので私からはとやかく言いませんよ。」
「軟膏とか有れば小さな傷にも使えるんだけどね。子供とか直ぐに擦り傷とか作るから。さてと、ここで待ってて。引き継ぎとかしてくるから。」
そう言って妻が部屋を出て入れ替わるようにおばちゃんがお茶とお茶請けを持ってきてくれる。見た顔だなぁと思っていたら案の定、前来た時にお菓子をたくさんくれた人の1人で今回もお茶請け以外にたくさんお菓子をくれた。俺の事は莉菜の夫と認識しているようなのだが、扱いに関しては少女のそれで逆に俺の方がどう対応しようか迷う。これについては千代田も珍しく対応を決めあぐねおばちゃんの押しの強さにタジタジである。
おばちゃん自体確かに何も悪い事もしていなければ、やっているのは好意の押し売りなのでどうしたものかなぁ・・・。慰安旅行についてくるなら一緒に温泉入ろうとか言っていたが・・・。ん〜、確かにこのおばちゃんは元からの知り合いでもないので、この姿しか知らない。なら、対応のされ方は女性へのそれで間違いないのだろう。一応、旦那さんとは呼ばれているのだが、同じくらいクロエちゃんとも呼ばれている・・・。
「興味本位の質問をしてもいいですか?」
「なんです?わざわざ改まって。」
「性別が変わった事に対する違和感等はないのですか?外見も性別も変わってしまったのにあまりにも自然体なもので。」
ふむ。これは妻やら講習会メンバー、望田のおかげかな?女風呂に連れ去られた時に納得してしまったのでスカートだろうとなんだろうとそこまで忌避はしない。まぁ、服の趣味があるのでヒラヒラしたものは好まないが、別に絶対ダメと言う訳でもな。
「納得してしまっているので特に無いですね。長い付き合いになる身体ですし強いて言うなら綺麗に作ってくれてありがとうとか?」
「身体と心の乖離を心配する声もありましたが杞憂でしたね。必要なら精神科の手配やカウンセリングも必要かと思っていましたが。」
「杞憂ですね〜。受け入れられていなければスカートなんて履かないでしょう?まぁ、今だとマイノリティーとか色々言われるようですが、客観視した私を男だと言い張るのは少々無理がある。」
髪の毛を摘んでイジイジしてみるが、やった所でこれが短くなる訳でもなければ切っても直ぐに繋がって切り落とされる事はない。邪魔だとは思うがそれも適当に縛ればいいのでさしたる問題でもない。妻の前でだけ俺であればいい。その妻がいなくなったら私でも俺でもどちらでもいい。そこに大きな執着はない。だって、どちらかでなければ駄目な事などないのだから。
「千代田さんも試しに女装とかしてみます?顔はかなりイジらないと厳しいでしょうが、特殊メイクすれば大丈夫でしょう?潜入捜査でそんな事しなかったんですか?」
「そこまでして潜入するくらいなら別の身分を用意します。そもそも女装して潜入した時点で違和感でバレてしまうでしょう?目立たず時折降る雨の雨水の様に自然に入り込む。それが潜入というものです。」
「その顔でフロア担当ってかなり厳しくありません?下っ端だったら違和感が更に凄いでしょうが、どちらかと言えば地上げ屋とかの方が・・・。」
「この顔は自前です。娘の授業参観に行ったら奥様方に距離を取られて若干ヘコんだんですからね!」
凶悪な千代田フェイスで接客業がよく勤まったよな・・・。いや、偉くなれば在庫チェックとか衣類の発注とかに回るから実質表には出ないのか。まぁ、そこでへまするようなヤツでもないので大丈夫だろう。しかし、千代田もヘコむ事ってあったんだな。バリバリ仕事して距離取られても些事程度にしか考えないと思った。まぁ、娘さんにも関わる事なのでそのあたりは慎重なのだろう。千代田の人間らしさが垣間見えた。
「あら、話が弾んでるみたいね。」
灰皿があったのでプカリと一服ついていると妻が顔見出した。スマホを見ると若干早いようだが仕事は終わったのかな?まぁ、この視察も仕事と言えば仕事なので早めに上がらせてくれたとか?妻と一緒に白衣を着た医者っぽい人も来たので多分この人も同席するのだろう
「そちらの方は?」
「雪城さんって言ってここに詰めてくれてるお医者さん。専門は外科医だったけど一応内科の方も見てくれてるの。」
歳の頃は60くらいだろうか?髪型はダ・ビンチ状態で頭頂部に髪はなくサイドの髪は伸びている。ただ、腰は曲がっておらず厳しい顔ながらも偏屈と言う印象は受けない。ベテランが居てくれるなら嬉しい事この上ないが引退後の再就職とかだろうか?
「雪城 健治。元々大学病院勤務だったが引退してボランティアとしてここにいる。医師免許は返納してないから安心しなさい。」
「クロエ・・・、ファーストは偽名なので本名は司です。」
「莉菜さんから聞き及んでおる。旦那さんという認識でよろしいかな?」
「ええ。それで構いません。」
名前を言う時に千代田をチラリと見たが頷いたので本名でいいだろう。多分、偽装工作は完璧と言う事かな?子供の頃の写真もテレビ局から世界に向けて公開されたので男の黒江 司と言う人物はほぼ息をしていない。まぁ、昔の友人やらを探られたらバレるかもしれないが、多分不用意な接触者には目を光らせているのだろう。
「私は増田 竜一と言います。旧姓が千代田なのでそちらで呼ぶ方もいますね。」
知らない間にバックカバーが出来たらしい。まぁ元々千代田の本名も増田が偽名な事も知っているので今更か。多分探せば同じような人間が多いのだろうが、人間不信になりそうなのでわざわざ探す気にもならない。
「さてと、視察って言うけど聞きたい事って何かある?ギルドに移るにあたってそのまま続けてくれる人のリストも出したし機材も雪城さんが必要だってもの頼んだけど。」
「では私から、ギルド稼働にあたって24時間の稼働となりますがそのあたりは大丈夫ですか?現状主婦層の方やボランティアの方が多いですが。」
「その点は大丈夫ですよ。ボランティアから正社員雇用って事で喜んでる人が多いし、なんか病院からもお医者さんを派遣してくれるらしいです。夜間帯は人が少なくなるのは仕方ないですけど、一定数の人員は確保できる見通しです。寧ろ、私が救護長のままでいいかの方が不安かな・・・。特に医療に携わってた訳でもないし元々夫の為にボランティアで始めたことだし・・・。」
確かにスタートは俺の為に、だったな。勿体ないくらいに出来た妻だ。しかし、そんな妻が弱気になって迷っているなら俺が背中を押す他ないだろう。
「サポートは俺がする。君さえ良ければここでの実績もあるし存分にやって欲しい。でも、不安でどうしょうもなくて他の人に譲りたいなら、言って欲しい。その時は他に出来そうな人を一緒に探そう。」
「不安・・・、雪城さんこのままギルドに正式に組み込まれるとして私達に足りないものって何だと思います?」
「そうだな・・・、医師免許がない以上医療行為は基本的に出来んな。ただ、それも法が代わってスィーパーの自由診療なら問題ない。経験を叫ぶならわしよりも救護長達の方が経験は豊富だろう。何せ最新の医療とも言える治癒師で且つ、これまで散々患者を見てきたからの。」




