223話 乙女の秘密です 挿絵あり
「クローンが無理というのはおおよそ分かりました。ただ、確証を得られないので警戒はしてください。使用した割り箸に下着類、シーツや枕等もこれからホテルに指示して滅菌処理を徹底します。」
「なんだか隔離病棟の患者の様ですが、それで納得するなら好きにしてください。さて、職も話したしペンタゴンの話もした。後は些事程度しかないのでこれでいいですかね?」
「些事・・・、貴女と私の物差しは違うのでよしとは言えませんが、今の話だけでもかなり大事なので一旦切りましょう。ハッキングと職の開示はこちらに任せてもらっても?」
「開示しないならしないでいいですよ。知らない方が平穏に過ごせることもある。特にハッキングの件はバッシングしか産まないでしょうし、出来ると言う事が分かれば各国が動き出すでしょう?ただ、第2職を有するくらいは公開してもいいのではないかと考えます。職名を出さなければ相手も警戒して動けないでしょう?」
強いやつがまだなんか隠し玉を待っている。詳細は一切不明。そんな相手に挑むなんて自殺行為だ。それをしなければならない程逼迫した事態なら分からなくもない行動だが、現状は何も逼迫していない。これが中世なら適当に大使でも送って暴言を吐かせれば、後は名誉を傷付けたとして戦の大義名分を得られるのだろうが、今の時代テレビ中継でもしていればおかしいと気付く。
まぁ、世界が鎖国政策でも取り出したらどうなるか分からないが、少なくとも海外との付き合いは続いているのでいきなり宣戦布告される事もないだろう。その代わりに水面下での動きは激しくなりそうだが・・・。
「一つ確認を取りますが、急に国を立ち上げるとか独立自治区を作るとか言い出しませんよね?」
「なんですかそれ?クロエ第三帝国とか銘打って国造りでもして欲しいんですか?絶対にイヤですよそんな面倒な事。」
「ツカサが女王の国かぁ・・・。武力だけは・・・、いや、賢者なら知力も凄いしスィーパーに呼びかけて囲めば人口も確保できるし・・・、無人島買って私有地内で準備して動き出したら割と最後は声明1つで完成して出来あがる?」
望田が脳内シュミレーションしているようだが面倒な事この上ない。何が面倒だって?管理だよ・・・。例えば日本の管理体制をそのまま採用したとして、国ならまず戸籍から作らないといけないし、秘密裏にやるなら誰も手を貸してくれない。なら、戸籍をなくせばいいと言われると、今度は海外に行く手段がなくなる。まぁ、密入国上等なら出来るかもしれないが、それをすると犯罪国家の出来上がり。
外貨獲得をどうするか?ゲートから金貨を集めれば賄えるし食料も馬肉やら魚、鳥を食えば食いつなげるがS料理人がいなければ寂しい食卓の出来上がり。そして何より国の体制をどうするのかと聞かれたら王政以外ない。当然だろう。国家の基盤がない状態で民主制にしたらみんな好き勝手にやりだすし、法律もないので犯罪がない代わりに殺人は起こる。だって誰も咎めないし。
だからこそ王政で基盤を作る所から始めないといけないのだが、今度は人材不足が足を引っ張るし王政なら最終決定は王に貰わなければならない。つまり、全ての仕事のしわ寄せが俺の所に来る。王様が暇なように書かれる国家は既にある程度成熟しているか、臭いものに蓋をして見ないようにしているかのどちらか。
まぁ、王政やめて民主制やら独裁国家やらになっても一定数の浮浪者や貧困者が出る時点で問題点があると言えるし、逆にその働かない状態を好んでいる人もいる。個人的な考えだが世の中には使う側と使われる側の2通りの人間がいる。この2つの関係を考えた時にどこで関係が破綻するかと言うと、使う側が責任を投げ出した時。つまりは使われる側のミスを叱責して訂正するのではなく、叱責だけした時。
人は機械ではないので色々な考えがあるのも事実なのだが、その色々な考えの上で仕事をしなければならない。なので、上が望む仕事をするしないは上の指示の出し方にもよるし、受けた側は最低限指示された内容はこなさないといけない。でも、そこに個人の考えが入り上司が認めず指示もなくやり直せと言われたら・・・。使われる側は仕事の完成形が分からずただただ時間の浪費で終わってしまうし、終わらない仕事を見た上司は妥協点を探り出す。その時点で100%の仕事から達成率は下がるし、下がった達成率は次の仕事でもまた下がる。だって、元が既に下がった完成物なのだから。
「出来ないではなく面倒と言うのなら信じましょう。時として出来ると言う事実を隠されるよりも、個人の感情としてしたくないや面倒と言われる方が信用出来る時がある。望田君ではないですが、長い時間をかければ建国は可能なのでしょう、賢者様。」
「シミュレーションしたとして、最短で約3年くらいでしょうか?まぁ、その3年は死にものぐるいで朝昼なく仕事した上で、最優先でゲートを確保する必要がありますが・・・。」
ゲート自体は山程あるので交渉して手に入れてもいいし、何かしらの見返りとしても要求はできる。まぁ、ゲートの有用性に各国が気付いたのでこれが一番ハードルの高い問題だが、逆を言えばこのハードルをクリア出来れば衣食住はどうにかなる。着るものは全員魔法糸の服で、住むのはゲートから出た箱を建材にした家。食うものはゲート内セーフスペースのモノ。
ソーツはゲートがあれば戦争なんかは起きないと言っていたが、確かに戦争する理由はなくなるんだよな・・・。まぁ、それだけあっても人は争うし小競り合いは終わらない。やはり認められた闘争心!暴力が最後は解決してくれる!
「3年で出来る国造り・・・、法治国家なんですかね?それ。」
「独裁法治国家、暴力マシマシ!からの民主制導入かな。基盤を整えるまでは半共産主義で、そこから社会主義と言う名の企業国家を作る路線ならいけるかな。貧富の差はあるにしても全員企業に勤めて働くならGDPは高いし、その分最低限保証も手厚く出来る。考え方としては国と言う大企業の分社会社がいっぱいあると考えればいい。企業とは基本的に利益を追求する集団だから、働かないなら国民権を失うけどね。」
「嫌にリアルなシミュレーションを出してきますね・・・。」
「即興なので穴だらけですよ。それに一般常識の範囲ですし感情を全て省いているのでリカバリー対策が何も無い。ゲートがなくなった瞬間に破綻する夢物語です。それに私は使う側よりも使われる側の方が性格には合ってます。」
「ツカサを使う・・・、メイド服とか着ます?」
「物凄く不味い紅茶とか淹れて欲しいの?入れ方知らないから茶葉は開かないし温度も知らない。ついでにお茶請けのスコーンとかジャムを投げつけるかもしれない。」
「ドジっ子メイドならワンチャン!」
「クロエ、先程の発言は公の場ではしないように。使われる方がいいと言う事は、裏を返せば貴女になにかさせたい人にとってはダメ元でもいいからお願いしようと言う気にさせる。そうなればギルドに人が詰め掛けます。」
ギルドかぁ・・・。ギルドマスターになるのはいいのだが、何時頃正式稼働なのかな?もうほぼ完成しているらしいので、もしかしたら来月・・・、4月には帰れるとか?元々ゲートが出現したのが初夏だったが、秋前には建設に着工していたはず。そう考えると本当に早く建設できたな。まぁ、資材は輸入の迅速化に設計手法の効率化。更には人そのもの、マンパワーが段違いだしね。
多分今なら自衛隊で警戒用の掩体を掘れと言われたら、長くて数分で掘れるのではなかろうか?まぁ、職に就いてある程度使いこなせればと頭には付くのだが。
「何にせよ国を作る気もなければ、淡々と仕事をする方がいいというのは分かりました。」
「ええ、既に一国一城の主ですからね。」
「あぁ、ツカサの家って持ち家でローンももうないんでしたね。離れがあったり倉庫があったり結構広かったような・・・。」
「庭付き畑付き離れ付き一戸建て。確か述べ200坪くらいだったかな?中古で買ったから占めて1500万円。今だと地価は倍くらいなってそうだけどね。」
東京では先ずお目にかかれないこの広さでこの値段!地方価格な上に建物が古くて資産価値0査定だから実現させていただきました!まぁ、本当にいい巡り合せで匠が作った家なので築60年過ぎても基礎にガタは来ないし、買ってやったのは瓦の葺き替えや外壁の塗装くらい。因みに前住んでいた人が手放した理由は高齢で畑や庭の管理ができないから。
家の周りも農業用地で何もなかったのだが、用地転用されて周りも宅地になったので税金含め色々上がってる・・・。畑の草どうしようかな・・・。前は草刈りしたら乾かしてそのまま畑で焼いてたんだけど、次からは指輪に収納してゲートに捨てるかな。
妻からの話では既に新しく建った家にも入居者多数らしいので、無闇矢鱈と焼き芋は作れなくなってしまった。でも、庭でバーベキューくらいならしてもいいよね?面倒なご近所付き合い少ないから少し辺鄙な所を買ったんだけど、時代の流れには逆らえないか・・・。
「それで、ギルドの稼働は正式に決まったんですか?それが分からないとなんと準備もできないんですけど。」
「では、こちらの書類をどうぞ。」
渡されたのは手書きの書類の束。この時代に手書きとか泣けてくるだろう・・・。国会ならまだ速記を使ってるらしいので一応手書きではある。まぁ、速記文字は見ても線でしか書かれていないから暗号文にしか見えないし、それが4種類もあれば覚える気をなくす。ついでに言えばその仕事に就いていなければ速記文字なんて見ないしね。そんな事を思いつつ手書きの種類に目を通す。内容的にはギルド稼働予定日から稼働後の体制に付いて等々。現実味を帯びた数字としては4月中頃から5月頭の予定としてある。
「建設そのものは既に終わっているんですよね?」
「内装含めて終わっています。後はゲートの収納とスタッフや奥方次第と言ったところですね。前に話したように救護所の方はそのままギルド内で救護員として働いてもらう方向です。」
「それはいいですが、問題出ませんか?あそこって一般の人もスィーパーも入り乱れて受け入れてましたよ?確か医者も研修にきてましたし。」
治癒師が緊急時以外一般人を治療できないとなると、今治癒師を頼っている人が困る事になる。まぁ、治癒師の治療は内容的には外科方面だろうが、膝の軟骨とかも増殖出来るので関節痛には効果覿面。ヘルニアだって麻酔とマクロファージ増殖で治してしまえる。そのうち医者=治療者から医者=技師兼判断者とかになるのだろうか?実際病名わからずに治療するのは怖いし。最悪回復薬処方しますね〜で、全て終わらせてしまってもいいのだろうが、それだと治癒師のイメージが何も生まれないような・・・。
「懸念は分かります。実際東京でも治癒師が腕を磨く為に開設する治癒場には人が集まりますから。なので、総合判断として医師免許を持つ者がいれば、そこは病院であると定義して良いとなりました。流れとしては医者の問診や機械的な判断を受けてから、治癒師や調合師が治療や薬を出すと言う流れになりす。」
医師会の飯の種かな?まぁ、高槻の信念的には何も問題ないだろう。ただ、ギルドが老人で溢れかえったら目も当てられない・・・。いや、やる医療って痛みや病を緩和して自己治癒力を高めるものではなく、物理的に軟骨増やしたりする根絶治療だから毎回治療を受けに来る人は目減りするな。
人体は機械ではないのでパーツ交換はできない。しかし、それでも健康なら不具合なく30年くらいは動けるし、不具合が出ても治療を受ければ健康寿命は伸びる。その不具合とは病気や関節痛と言った物理的な不具合かウイルスに依るものかの2通りに分かれる。つまり、治癒師が物理的な根絶治療を行えば、若返らなくても老人がフルマラソンを走れるようになる。
まぁ、治癒師のイメージもあるので筋肉増殖は出来ても他人のテロメア延長は難しいらしい。高槻と小田が試したらしいが、テロメアの延長を行っても外見は老人のままで死期が伸びるだけ。若返りを飲めば外見的な若さとテロメアの再生が手に入るが、消費速度は変わらない。なら、不老を飲んだ夏目はどうかと言うと、テロメアは減るが設計図の劣化はなくテロメアが減る。ただ、ここからが夏目の裏技で肉壁なのをいい事に全部制御した上でテロメアを毎日1日分伸ばしているのだとか。
ソーツもわざわざ薬を分けた事だし、死ぬ権利は残してくれたらしい。不死があるじゃないかって?生憎薬は誰かに売ってしまって検証はできない。まぁ、好きで長生きしたいんだろうからきっとハッピーだろう。知らんけど。事実の公表は研究段階なのでまだしてないらしいが、人口の話もあるので公表はもっと先だろう。多分、政府にも話してないだろうし。
「話は了解しました。ギルドを中心とした5km圏内は何も作らない予定なので老人の散歩兼恋愛スポットになりますね。で、ギルド自体は24時間営業で仮眠付きの2交代・・・、これは受付と食堂だけですか。まぁ、早期鑑定が必要でも判定機があればどうにかなりますからね。しかし、コックが警備員を兼ねるのはどうしてですか?」
受付と食堂調理員以外は毎日帰れるよ、やったね!まぁ、緊急時には呼び出しがかかるのだが・・・。それよりも何でコックを警備員と兼務させた!合気道の有段者で元警官か特殊部隊所属の奴を採用したくなるじゃないか!髪型はオールバックって規定作るぞ!?
「人員配置から考えてそうなりました。食事に毒を盛られても事ですからね。身元のはっきりした方を調理員には配置し、夜間は人が少ないので警備員としました。」
「・・・。」
「どうしました?沈黙されて。」
「千代田さん、これってテロリストが来るフラグですか?私合気道とかの格闘戦はそこまで上手くないですよ?元SPなので逮捕術や拘束術がメインです。」
「望田君、何でテロリストが来るんですか・・・。先程も言った通り人員の問題です。」
「いや、ツカサと映画見た時にそんな人がいたなぁと・・・。」
千代田はあまり映画を見ないらしい。有名なんだけどなぁ、沈黙シリーズ。ただ、夜間帯にギルドを襲撃したとして得るものは殆どない。有るとすれば預かってる出土品とか?警備は厳重にしないとな。下手に流出すると賠償問題やら物次第ではかなり大事になるし。
「警備員の件は了解しました。厳重に警備するとしましょう。法律関係は目処も立ってますし、懸念事項はこれくらいですか?」
「そうですね、後は企業の方の来客が多くなるので、そちらも法律系の方に回して決済を本部長が取るという形になります。政府側の考えとしてはスィーパーは目的がゲート内モンスター討伐や箱の確保と分かりやすいのに対して企業から来られる方は多岐に渡るので、そちらの対処の方が大変になるのではと考えています。」
「確かに出土品の管理販売をギルドがするとして、分からない質問事項はこちらに飛んできますからね・・・。その辺りは鑑定課の方達と連携を取りましょう。政府側も判定機のお陰でだいぶ出土品の整理がついたんじゃありません?」
「整理と言われればある程度としか・・・。資源等目録の項目は今も増えているのでしょう?回収分布図的なものは作ろうとしていますが、生産速度に対して人の管理限界というものもある。完全ランダムでどれくらい転がっているか分からない箱の中身を精査するのは無理ですね。」
「了解しました。この件は連絡を密にしましょう。連絡先は千代田さんでいいんですか?」
「ええ、その為のスィーパー派遣会社としての登録でもあります。」
いい隠れ蓑と言う事か。表に出せる出せない関わらず要請すれば政府子飼いのスィーパーが応援に来てくれると。しかし、それなら表の強面の人達は普通にスーツでも着て仕事してたらいい・・・、いや、スィーパー自体が多様性があるのでみんなスーツだと逆に目立つのか。話しかけづらいようにあんな格好してるとか?まぁ、それは千代田達の領分なので任せよう。
「さて、これで話は終わりですかね?」
「いえ、話は戻りますが職の人格の話です。その人格とは何かを聞けば答えてくれるモノと言う認識でよろしいんですね?」
「ええ、それだと思ってください。」
「ならばその人格を浮かび上がらせる、或いは入れ替わる事も可能なのですか?丁度二重人格の様に。」
話を終わらせて帰りたかったのに踏み込んだ事を聞いてくるな。どう回答しようかな?ただ千代田は既に魔女には会っている。ここでバラしたとして、利益不利益はないと思うが・・・、前に有識者が精神の乗っ取りの話をしていたよな?なら、出来ないと言っていた方が無難だろう。
「乙女の秘密です!・・・、なんですかその白い目は。出来ませんよそんな事。暗示が上手なのは知っているでしょう?話が終わりなら帰ります。お昼と言ったのにもう夕方ですしね。」
スマホを見るともう16時。思った以上に延長戦をしてしまった。まぁ、ギルドの稼働時期も分かったし、ありそうな懸念事項も話し合えたので良しとしよう。話を打ち切り望田と共に外へ。千代田はまだ疑ってそうだが、人格の証明とは何を持ってしてもそうであると証明できない。なので、出来ないと言う回答でいただろう。




